月曜日の放課後。
普段であれば帰路につき、翌週に迫った中間考査について考えていたかもしれない。もしくは誰かしらの所を訪れ、仲を深めていたかもしれない。
けれども今日の行先は、そのどちらとも違った。
足を向ける先は、例の空き教室──否、部室だ。
向かっている理由は単純、呼び出しを受けたから。X.R.C全員への招集。幸いなことに勉強以外の予定は誘いを受けた時点ではなかったため、素直に参加することに。
こうして集められるのも、久しぶりな気がする、小旅行から1週間程度しか経っていないというのが不思議なくらいだ。
……まあ、小旅行を含め、その前も結構色々と動く機会があったから、その反動なのだろう。
部室の前にたどり着いたので、戸を開ける。
その感覚は、空き教室であった頃と部室となった今とで、やはり何ら変わりのない。大事なのは、中に誰が居るかということなのだろうか。
ほとんど揃ったメンバーを順に確認していく。
洸や璃音、空に祐騎、志緒さんが談笑している。約一名はサイフォンを弄っていて、話半分に参加しているようにも見えるけれど、まあそれも彼の平常運転だろう。
居ないのは美月と明日香……あとはそう、九重先生か。
「みんな早いな」
「まあ、ソラ以外は全員部活とかもないしな」
部活の有り無しは関係なくないか。と思ったけれども、そういえば今は1週間前とはいえテストの前。部活動でもない限りは特別予定も入れている可能性も低いか。
そう考えていた最中、璃音が空に心配そうな目を向けた。
「てか、ソラちゃんはホントに今日大丈夫だった? 急な招集だったし、部活とかで忙しいなら後で話の内容伝えに行くよ?」
「お心遣いありがとうございます、リオン先輩! 空手部の先輩には言ってきたので、そこまで遅くならなければ大丈夫です。一応ここに来る前、事前に時間がかかる話かどうかをアスカ先輩に確認したら、そんなには掛からないって答えてくれたので」
「そっか。まあアスカが言うなら大丈夫かな。でもムリそうなら我慢せずに言ってネ?」
「はい!」
嬉しそうに笑顔を浮かべる空に、つられて璃音も笑顔になる。
なんとなく、場が朗らかな雰囲気になった。
「リオンの言う通り、ただでさえ全員忙しい時期なんだから、自分の都合優先で良いんだぞ?」
「じゃあ僕はゲームしてようかな」
「そういうのはまずサイフォンから手を放してから言え」
「そうだよユウ君。さっきからゲームばっかり」
「いや僕、普段からこうだし。そもそもゲームの時間に予定を組み込んだのはこの集まりだからね。ゲームをやめる理由にはならないよ」
「ったく……四宮、言い分は分かったから話す時くらいは相手の顔を見ろや」
志緒さんの指摘にはいはいと生返事をし、祐騎はそのままゲームに没頭し始める。
話すときに顔を見ろとは言ったけれど、だからと言って相手を顔をみないから話さないというのは如何なものだろう。
……まあ、時間まではいいか。自由時間なのに変わりはないし、何かを強制するのもおかしな話だ。
尤も、聞こえてくる足音的に、その自由時間も持ってあと数秒だろうけれども。
「全員、揃ってるわね」
扉が開き、中を見渡した明日香が、頷きを挟んでそう言った。
その後ろには、美月と九重先生もいる。
何か持っているみたいだけれども、はたして。
もしかして今日の集まりと何かしら関係があるとか?
「アスカ。2人が持ってるそれ、なんだ?」
代表して洸が質問した。答える前に明日香は身を引き、美月と九重先生が部室へ入れるよう道を作る。
机の側まで歩いてきた彼女らは、それらを机の上に。
「荷物持ちなら、言ってくれれば手伝ったのに」
洸が九重先生を見ながら言う。
先生は曖昧な微笑を浮かべた。
全員でその反応に首を傾げる。
自然と、その理由を知っているであろう美月と明日香に視線が集まった。
「最初は九重先生に持たせるつもりはなくて、私たち2人で持つ予定だったのよ」
「ですが、九重先生が……」
「こういう雑用は任せてって、私から言ったんだ」
美月から発言を引き継ぐように、九重先生が言う。
「先生だから生徒だからって理由で持つ持たないってなるのも変だし、この部活動の肝心なところはみんなに任せることになるから、せめてこういうところで負担を軽減できたらなって」
「とはいえ、流石に九重先生にだけ持って頂くわけにもいかず、かと言って3人で分けるほどではなく」
「妥協案として時坂君に全部持ってもらう案も出したけれど、九重先生の反対で通らず」
「結果として、じゃんけんで勝った人が持つということになりました」
美月と明日香と九重先生がじゃんけん……少し想像がつかない。美月と明日香にじゃんけんという行為がどうも結びつかなかった。いや、先入観によるものだろうけれど。
見てみたいな。誘えばやってくれるだろうか。
「……いや待て。その妥協案突っ込みどころ多すぎねえか?」
眉を寄せた洸が物申す。
視線の先には明日香。彼女は心底心当たりがないのか、目を丸くしていた。
「と言うと?」
「まず妥協で第三者を巻き込もうとするのがおかしくねえか? あと別に構わねえけど、オレじゃなくてハクノやシオ先輩って案が出なかったのは? てかアスカが言い出してる時点でその案、本人の同意もないだろ」
「まず前提として、この機器はこれからの部活動に必要な部品だから、時坂君は無関係でもなんでもないの。そして九重先生が自身の持つべきだと考える荷物を誰かに与えるとして、最も心が痛まないだろうと思われたのが、先生の身内である貴方だったからよ、“コー君”」
「……その呼び方はヤメロ」
「あと、本人の同意がないって言ってたけれど、もしかして時坂君は、私と九重先生が頼んでも聞いてくれないと?」
「……いや、確かに頼まれればこれくらいの量運ぶが」
「頼んで運んでくれるなら、何も見誤ってないわね」
「……」
あまりな意見に、洸が閉口する。
……まあ、これも信頼、なのか?
頼ることは、できてるしな……うん。そういうことにしておこう。
「そろそろ良い? それで、これは何なのさ?」
その問いは、一目見た時から好奇心が抑えられていない祐騎から。
やはりこういった機械ものに対しては、関心が高いのだろうか。少し前のめりだ。
「こちらは、異界探査システムの拡張パーツとなります」
「探査システム?」
「美月さんの連合のような大人数の組織でなく、私の所属のような少数精鋭のチームでは、異界の対処などでどうしても後手に回らざるを得ない。それ故に、異界の発生予測と、探知済みの異界の活性状況が把握できる高精度のシステムが求められたのよ」
発生予想、ということは、事前にどのあたりに異界が発生するかが読めるということだろうか。常世のものではない異界に対してそのようなアプローチができる時点で、素人目にも相当の規格外であることは察せられる。
祐騎の目も輝いているし。
あとは、異界の活性状況の確認ができるとのことだけれど、なるほど。
人的要因の異界は原因を取り除けば消えるけれども、自然要因の異界はそうではない。消滅ではなく、不活性化する。ゆえに自分たちはいつでも異界に入りなおすことができるし、何なら腕試しや連携の確認、ソウルデヴァイスの調整などで度々入るほどだ。
「そういえばオレたちと会う前は、1人で杜宮全域をカバーしてたんだよな、アスカ」
「考えてみるとやばい話だが、そういったサポートがあるなら、ある程度は合点がいくってもんだぜ」
「コウ、それに高幡先輩も、そこまで言うほどのことでもないわよ。このシステムの力が及ぶのは自然要因によって発生した異界のみ。人的要因の異界は対処できないの。その点でまだまだ力不足が響くことが多々あったわ」
洸と志緒さんの誉め言葉に、謙遜するような態度の明日香。
いつもなら、まあプロだからこの程度は、みたいな反応が返ってくると思ったのだけれど、彼女なりにその力不足と言った所に、思うところでもあるのだろうか。
「……いえ、それでもやはり、1人で攻略を迅速にこなせるという点で、アスカさんは相応に規格外ですけれど」
「そうですよね! さすがはアスカ先輩です! わたしたちじゃ到底真似できませんし!」
とにかく謙虚だった明日香に対し、美月がやや引いたような表情でコメント。
元々異界と関わりを持つ立場の美月からすれば、どうしても言いたい一言だったのだろう。
それに呼応するように、空が笑顔で明日香を褒めた。先ほども言いかけていたけれど、明日香の謙遜により、言う機会を失いかけたからか、言えて満足そうな面持ちだ。
「ふふっ。ありがとう、ソラちゃん。……というより、裏の世界では名の知れているミツキさんも普通に単独で対処可能かと思うけれど」
「いえ、そんなことはないかと思いますが」
「それに、すでに簡単な異界であれば、岸波君とソラちゃんは単独でも何とかなるんじゃないかしら」
単独で、か。考えたことがなかったな。
いままで攻略は誰かと一緒が当然だったし、何より効率を考えれば、誰かと一緒に行うのが一番良いのは確か。進んでやりたいとは思えないな。
「こほん。システムの話に戻しますが、皆さんが持っている<ECHO>はそのシステムの携帯版、いえ、縮小版と言うべきですね」
「予測などはできないけれど、付近の異界の活性化情報を測ることができるのは、そういうことよ」
「へえ……謎技術だと思ってたけど、そんなカンジなんだ」
「いや久我山センパイ、納得してるところ悪いけど、謎技術っていうか、明らかなオーバーテクノロジーだから。どっちも」
各々が興味深そうに機材を見つめる中、九重先生が1人、接続の準備らしいいろいろな手順をせっせと踏んでいる。たまに美月が手伝ったりしているけれど、ほとんどが単独での作業だ。
さきほど祐騎の口からオーバーテクノロジーだとかなんとか語られたばかりだけれど、そういったものですら扱えるということは、やはり九重先生はすごいな。
「これから暫くの活動は、人数を数班に分けて異界の対処にあたっていくことになるわ。九重先生には指揮官としてここに残ってもらい、システムの稼働と現場への指示を一手に受け持ってもらうことになります」
「うん!」
「基本的に現場は、時坂君、岸波君の両名をリーダーとして班を形成。九重先生の指示で移動し、その日の優先度が高い異界に対処していくこと」
「普段リーダーをしてるハクノはともかく、オレが? アスカやミツキ先輩がリーダーにはならないのか?」
「私たち2人については、別途単独行動をとる機会が多いだろうから、据え置きのリーダーとしては不向きなのよ」
「お2人にリーダーを任せるのは、表と裏とでいろいろな事情が重なった結果となります。表面的には、単独で動ける戦力を将として据えると、身動きが制限されてしまうから、ですね」
「裏面的には、所属とか派閥争いとかが関わってくるから、知らないほうが身のためよ。泥沼の深さだけでも知りたいというのであれば教えるけれど」
「あ、結構です」
素直に引き下がった洸に、賢明な判断ねと頷く明日香。横で璃音と空が苦笑いを浮かべている。
……まあ、想像に難くはない。各々の組織から派遣されている2人が陣頭に立てば、その後ろに着いている人間はその派閥に属しているものとして扱われがちだ。
諸々の問題が片付いた後のことを考えると、そういった邪推は避けるに越したことがない、ということだろう。
「尤も、非常事態には今まで通り、岸波君をリーダーとして一丸となる形は変わらないでしょうから、そのつもりで」
非常事態。今までの人的要因のような、明らかな人命の危機。もしくは前回のような大規模な異界などのことだろう。
もう起こっては欲しくないけれど、今までの話的に増えてくるような気配もあるし、難しいだろうな。
「と、難しい話はここまでにして」
「本日の本題です」
「「「「「ここから!?」」」」」
全員がひっくり返る勢いで驚いた。
まさかの展開である。いや、今までの話も本気の話ではあったのだろうし、みんな真面目に話を聞いてはいたけれど、まさか本題は別にあったとは。
「ここからは生徒会長としてお話ししますけれど、先週を以て正式にこの集まりは部活動ということで学校の認可を受けました。ここまでは良いですね? 時坂部長」
「ああ。まあ大丈夫っすけど」
「では……高幡君。来月頭には、何の学校行事がありますか?」
「……文化祭だな」
「そう。杜宮高校文化祭です」
第61回杜宮高校文化祭。
自分にとっては初の文化祭だ。
日程は2日間。学校全体を使うお祭りらしく、その前後の期間は授業が短縮になったりするらしい。放課後も部活ではなくその準備期間として使用されるらしく、色々と変則的な動きになるらしかった。
「さて、文化祭にはクラス単位とは別に、もう1つ、出し物の発表を義務付けられている集団があります。それは何でしょう、ソラちゃん」
「……部活動、ですか?」
そう。生徒には出し物が義務付けられている。クラス単位での参加は義務だ。
また、今の話によれば部活動もそれぞれ催しを義務付けられているらしい。水泳部でも部長たちの間で何度か企画会議が行われているとのことだ。
「その通りです。ソラちゃんが所属している空手部も出し物の練習はしていることでしょう。それと同じく、ここX.R.Cも何かしらの催しを開かなくてはいけません」
「うっそでしょ。だってまだ設立して1週間くらいだよ?」
「残念ながら、本当です。逆にここで部活動として大々的に活動することができれば、今後私たちの活動に支障は起こりづらいでしょう。……まあ、部室の問題とかもありましたし、生徒会や教師陣としては、ここで何かしらの活動をしていただけないと困ったことになる、とだけ」
部室の問題?
何かあったのだろうか。
「あ、やっぱこの空き教室って、部室にするのに無茶したんだ」
「ええ、まあ……それなりに色々と融通させて頂きました。それで不満が溜まっているのも事実です。『空いているのであればなぜ今まで使わせてくれなかったのか』といった問い合わせも、1週間経過してなお来てますし」
「それ問い合わせじゃなくてクレームじゃん」
実際、杜宮高校にも部活動には昇格していない同好会活動がいくつか存在する。そういった組織はぽっと出で部活になり、部室を与えられる自分たちを快く思わないかもしれない。
「実際、そういった人たちに空き教室を渡さなかった理由はあったんですか?」
「いずれ取り合いになるようなら平等に与えない方針を、と先代には聞いていますね」
元々全部の同好会は決まった部室を持てない決まりになっている。とのこと。
なら、文句を言われる筋合いはないのでは?
「でもそれ文句を言ってるのが部室を持ってない人たちってことは、前のあたし達と同じ、同好会の人たちなんでしょ? もう部活として成立した以上、あれこれ言われる謂れはなくない?」
自分の疑問を、璃音が代弁する。
同意するように空が首を縦に2回振った。とても前のめりだ。
体面に座り、未だに機材ばかりを気にする祐騎と熱意を分け合うとちょうどいい感じになりそう。まあ、だからこそこの2人はバランスがとれているのだろうけれど。正反対という意味で。
「感情論で動く相手に正論を返すのは、あまり効率がよくないので」
「まあ、今後のことを考えるのであれば真摯に対応するしかないでしょうね。生徒会選挙も控えていることだし」
「あー……」
「……つまり、今回の文化祭でしっかり活動しないと、そういった人たちの活動に勢いを与えてしまうかも、ということか?」
「ええ、力不足で皆さんにご迷惑をお掛けしますが」
「構わない。寧ろ自分たち全員の問題だろう。仲間の苦労を軽くするためでもあるからな」
別に、何ということはない。ただ、自分たちが部室を与えられるに値する仕事をしっかりすれば良い、という話なのだから。
「でも実際、今月いっぱいの期限で何か大々的にやるって無理じゃない? テスト含めずに、あと2週間余りだよ?」
祐騎が冷静な一言を放つ。
それは……そうなのかも。そもそも自分は文化祭の出し物がどういうもので、どれくらい大変かを経験として知っている訳ではない。
「実際、ハードル的にはどうなんだ? 高いのか?」
「あたしも去年はちゃんと参加できなかったし、知らないかも」
「わたしも今年が初めてです」
「郁島に同じ」
記憶のない自分、アイドルとして活動していた璃音、新入生の2人にとっては未知の領域だ。残りのメンバーに回答権を委ねる。
「そもそも、部活動として出し物をしたやつなんているのか?」
全員が黙る。そういえばここのメンバーは、自分と空を除くと部活に参加している人がいない。
まさか誰も回答できないとは思わなかった。
まあ、仕方ない。
「つまり、ノウハウも何もない状態で、急ピッチで1から作成し、見た人参加した人が満足できるような何かを作り上げるってこと? 無茶すぎるでしょ」
「無茶でもなんでも、やるしかないだろう」
「……とりあえず、いったん宿題として持ち帰るとしましょう。明日また話し合うということで、どうですか?」
全員が頷く。
今日は解散の運びみたいだ。
帰ったら何かいい案がないか考えてみよう。