PERSONA XANADU / Ex   作:撥黒 灯

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10月10日──時坂 洸(魔術師)(Ⅷ)──空回る心

 

 今日も授業が終わり次第、九重道場へと直行した。

 修行に勤しむ洸の隣で、見よう見まねながらも取り組んでいく。

 空手の型、というものはどうやら、ただ決められた流れを辿るものではないらしい。しっかりとした仮想的を用意し、攻撃だけでなく防御の立ち回りをする必要がある。

 それがどう難しいのか、ということを理解するまでに、それなりの時間を要した。

 

 詰まる所、攻撃なら攻撃で、しっかりやらなければ次の動作の前にカウンターを受けたり、死角からの強襲を受けたりするだろう。防御もしっかりと防ぎきらなければ、次の動作の間に追撃をされてしまう可能性だってある。

 型をやりきるということは、自分の決めた動きに沿って相手を動かさなくてはいけないということだ。その感覚を磨くことが、型の修練の意義なのではないか、と体験してみて思った。

 

 洸がこの動作を、自分と向き合うことに使えると言っていた意味も分かってきた気がする。

 精神的な意味で言うのであれば、妥協や甘えを許さないことだ。相手を型通りに動かすのではなく、相手が型に沿って動いてくれると楽観視するような、そんな逃げをしないように。

 肉体的な意味でいうのであれば、そのまま自分と戦っている感覚が得られる。仮想敵を自分自身にすれば良い。

 

 ……であれば、どうして洸は、こんなにも納得していないような顔をしているのか。

 

「浮かない顔だな?」

「……まあ、少しな」

 

 身が入っていない訳ではないのだろう。寧ろ逆だ。力み過ぎなところも見受けられる。そこは師範代に指摘されることで、逐一解消されてはいるけれども。

 考えられるとしたら、焦り、だろうか。

 彼がこうして型の稽古に取り組むことになった理由。彼を突き動かしているもの。彼を追い立てているもの。それがここにも働きかけてきた、のかもしれない。

 ……聞いてみないことには、よく分からないな。

 

「洸、少し休憩しないか?」

「……いや、オレはまだ」

 

 頑なに鍛練を続けようとする洸。体力的には、確かに問題なさそうだ。

 仕方がない。洸が疲弊するまでは待つか。

 そう考えたところで、待ったを掛ける声が響いた。

 

「いいや、休むと良い。進展がないのであれば、一旦距離を置くことも大事じゃ」

「ジッちゃんまで……分かったよ」

 

 師範代である九重さんの言葉に後押しされて、不承不承ながらも休憩をとることにした洸。

 一旦、空気を入れ替えるためにも、外に出て話すことに。

 道場を出る直前、後ろを振り返ると、師範代がこちらを見て頷いた。

 任せる。ということだろうか。

 まあ、九重さんも色々と思う所はあるはずだしな。洸とも以前は結構な頻度で言い争ったみたいだし。

 ……そういえば、その辺りの話、詳しくは知らないんだよな。いい機会だし、聞いてみるか。

 

 

────>九重道場【庭】。

 

 

「あー……調子はどうだ?」

「質問下手すぎねえか? まあ、良くはねえ。ハクノもそう思ったから、休憩なんて言い出したんだろ?」

「気付いていたのか」

「いや、ジッちゃんに言われて、そういうことかって気付いた。情けねえけどな」

 

 そういえば九重さんも、進展がないならと言っていたか。孫が行き詰まっていることに気付いていたのだろう。

 それにしても、結構素直に言葉を受け取るんだな。話を聞いた限り、険悪ではないにしろ、良好な仲という訳ではなかった気がするけれども。

 

 

──Select──

  気付かれると恥ずかしいな。

 >師範代のこと信頼してるんだな。

  師範代と仲良いんだな。

──────

 

 

「まあ、な」

 

 言いづらそうに、洸は後頭部に手を当てる。

 言い淀むような何かがあるのだろうか。

 

「いや、そんな顔するなよ。深刻な話でもねえ」

 

 苦笑する洸。

 何か言われるような顔をしていただろうか。

 

「……自分、どんな顔していた?」

「そうだな。例えるなら運ばれてきた料理が予想以上に変な見た目だった時の顔、じゃねえか」

「……なるほど」

 

 自分ではよく分からないけれど、そんなものらしい。

 

「……というか、珍しいな」

「何がだ?」

「洸が自分の表情について、何か言うのが」

「あー……確かに、そういうのは久我山の専売特許みたいなもんだったしな」

「そうか?」

「他に言う人居るか?」

「……いないな」

 

 どうしてだろうか、とも考えてみたけれど、一番付き合いが長いからだろうか。

 その点、洸が自分の表情を読み取れるようになっても不思議はない。一緒にいる時間で言うのであれば、恐らく璃音の次に長いのが洸だし。

 相互理解が深まってきた、ということでもあるのかもしれない。

 ……相互、と呼ぶには、自分の洸に対する理解が低すぎる気もするけれど。

 

「それで、どうしたんだ? やっぱり、焦りか?」

「あー……まあ、な」

「?」

 

 またしても、煮え切らない返事。

 いったい何があったと言うのだろう。

 

  

──Select──

 >聞き出す。

  待つ。

  話題を変える。

──────

 

 

「話してみて、くれないか? 話しづらいことかもしれないけれど」

「……」

 

 問いかけに、黙り込む洸。

 やはり駄目なのだろうか。

 勇気を出して尋ねてはみたものの、言い出しそうな雰囲気は──

 

 

──Select──

  

 >──それでも、彼の口から聞くのを諦める訳にはいかない。

  

──────

 

 

 待つ。

 一度踏み込んだのだ。

 自分はただ待つだけだろう。

 洸が答えるなり逃げるなり、何かしらの回答を用意することを。

 

 

 

「……“焦り”って言っても、前と同じじゃねえんだ」

 

 長い時間が、過ぎて。

 ゆっくりと洸は、口を開き始めた。

 

「前と違う“焦り”?」

「ああ。今回は姿かたちがハッキリしてて……余計にやりづらい」

「内容が分かっているということか?」

「まあそういうことだな」

 

 ただ何もない地面に、しゃがみこむ洸。

 自分も、目線を合わせる為に屈む。

 

「ま、ここまで付き合って貰った上に、情けない姿を見せてんだ。今更隠す必要もねえか」

「話してくれる、ということで良いのか?」

「聞いてくれるなら。……つっても、お前はそれが聞きたかったんだったか」

 

 洸はどこか、自棄になったような言い方をする。

 もしかしたら、追い詰めてしまったのだろうか。自分が。

 

「その前に、伝えておくべきことがある。どうしてオレがハクノを道場に誘ったのかを」

「そういえば聞いてなかったな」

「まああの頃は言うつもりもなかったからな。情けない話だし。……正直に言うと、お前なら何かしらの道筋を見つけてくれるんじゃないかと期待したんだ」

「……そうだったのか。すまない。たいした力になれていなくて」

「いや、気にしないでくれ。そもそも頼ったこと自体が間違いだし、勝手であほ過ぎる理由だったしな。ああ、別にハクノに問題がある訳じゃねえから、そこだけは理解しておいてくれ」

 

 ?

 どういうことだろうか。

 

「前回道場に来た時、ジッちゃんが組み手への取り組み方の違いについて話してただろ?」

「あ、ああ」

 

 

──────

 

 「コウは投げられることに対応しようとし、お主は投げられないように対応しようとした。だがどちらも、投げられた瞬間、そして投げられた後も諦める様子がない」

 

──────

 

 

 思い返す。

 確かにそんな話はあった。

 それが、洸の焦りにどう影響したのだろうか。

 

「当たり前のことなんだが、いくら周りが似てる似てると言っても、違うんだよなって」

「……洸と自分のこと、を言っているのか?」

「ああ」

 

 ……それは、そうだろう。

 突き詰めれば、他人だ。違う人間だ。大なり小なりの異なりはあって当然のはず。

 

「けれど……まあ焦りもあったんだろうな。それを踏まえても、何も見えていなかった」

 

 俯きながら、彼は小さな声を零す。

 

「あの時は、お前にも一緒に己と向き合って貰って、ハクノが見た答えを教えてもらえれば、カンニングみたいにオレにも活かせるはずって思って疑わなかった。そうじゃなくても、真似したりすれば、現状から脱却できるはずって思い込んでいたんだ」

 

 そんなはずないのにな。と嘲笑する洸。

 何が問題なのだろうか。いまいち話が見えてこない。

 

「えっと、つまり?」

「オレは、オレと似ていたはずのハクノが気付いたらずっと前へ進んでいるのを見て、真似をすればオレも同じくらい進めるはずだって思い込んだよ。ハクノが前に進むための努力をしてたのは、知っていたはずなのに。馬鹿な話だよな」

 

 その間違いを、この前改めて叩き付けられたのだと、彼は言う。

 つまりすべては、空回りした結果、ということだろうか。

 

 正体の分からない焦りを解消するため、同じく悩みを抱えていた自分を参考にし、真似をすれば洸自身の焦りもなんとか出来るはず。と。 

 しかし、洸と自分は違う。

 自分の抱えていた焦りは、恩を返したいというもの。役に立つ何かを見付け、価値のある岸波 白野になること。それに対して焦り、色々なものに手を出して来た。

 確かに、手当たり次第に何かをする、という点で、自分と洸の焦りに対する取り組み方は似ていたのだろう。

 

 けれども彼や彼の祖父が言った通り、時坂 洸と岸波 白野は別人だ。抱えていた焦りも、悩みも、異なるものだ。自分が得ている答えがそのまま使えないのは当然としても、応用が効かないとは言わないけれど、本質の違う悩みに対して有効な手を、自分が持っているとは限らない。

 

 

 ……それが見えなくなるほど、洸は焦っていた、ということか。

 いや、自分も分かっていたはずだ。

 洸が突き動かされてきた焦りの大きさを、漠然とだけれど。

 それに対して、口出し、突くだけ突いて終わりというのは、違うだろう。

 当然できることであれば助言をするつもりだったし、力になるつもりだった。

 

 ……考え直してみても、別に洸が愚かだったという話にはならないはずだけれど。

 

「いや、馬鹿らしいのはここからか」

 

 どうして洸が自罰的な発言を繰り返すのか。

 その答えは、聞くまでもなく話してくれるらしい。

 

「結果、オレは嫉妬したんだ。ハクノ、お前にな」

「…………は?」

「1人で、ずっと先に進んでいるハクノを、羨ましく思った。お前みたいになりたいと思った。……お前に追い付きたいと思ったし、お前より前に行きたいとも思った」

「……それが」

「ああ、今のオレの焦りって訳だ。笑っちまうぜ。焦りを解消する為に焦りを抱えてんだからな」

 

 洸が自分に対し、羨望の眼を向けているなんて、知らなかった。

 正直、自分と洸にそこまでの差はないと思っている。

 前には確かに進めているだろう。けれどもそれは1歩、2歩の話。手を伸ばせば、きっかけさえ掴めれば、届く範囲だ。

 ……いや、進めないと悩む彼に、そう言うのはあまりにも酷だった。

 

 

「洸の言いたいことは、分かった」

 

 

 知った今、自分が洸になんて声を掛けるべきかは、分からない。

 

 だけれども、何か言うべきなのは、何かすべきなのは、分かっている。

 

 洸の友人として。仲間として。……ライバルとして。

 

 

 自分が出せる答えとは、何だ?

 

 

 自分に取れる手段は、何だ?

 

 

 

「まず、話してくれて、ありがとう」

「いや、こんなの聞かされても迷惑だろ」

「いいや、嬉しい。言ってくれないと、自分はずっと分からなかっただろうから」

 

 ずっと、自分が追う立場なのだと思っていた。

 自分には、何もないから。

 色々なものを持った洸を、ずっと追いかけていたつもりだったから。

 

 本当であれば、前を走っているのは洸の方だと、言いたい。

 けれど、そのまま言った所で、恐らく伝わらないだろう。

 お互いがお互いの背を追いかけ回している。とても不毛な論争になりそうだった。

 なら、今ひと時。

 いや、彼の思い違いを正すまでは、“自分が洸の前を歩いているフリをしよう”。

 

「洸の取った手段は、結果として間違ってないはずだ。誰かに頼るというのは大事だと思うし、こうして素直に教えてくれたから、また色々と対策を立てられる」

「……まだ、付き合ってくれるのか?」

「当たり前だろう。頼まれたって、仲間を見捨てはしない」

 

 そして、彼に叩き付けるのだ。

 時坂 洸という人間が、どれほど凄い人間なのかを。

 自分が彼に、どれだけのものを貰ったのかということを。

 

「準備ができたら、声を掛ける。それまで待っていてくれ」

 

 

 




 

 コミュ・魔術師“時坂 洸”のレベルが8に上がった。


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