PERSONA XANADU / Ex   作:撥黒 灯

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10月9日──時坂 洸(魔術師)(Ⅶ)──晴れない心

 

 ホームルームの終わりを告げる鐘が鳴り、クラスメイトたちは会話を交わしつつ下校準備もしくは部活へ行く準備を始めた。それを尻目に、今日1日を振り返ってみる。

 特に目立った出来事も事件もない、平凡な日だ。けれどもしいて言うのであれば、すこしばかり教室の空気は緩んでいたのだろうか。皆、思い思いの楽しい3連休を過ごせたのかもしれない。自分たちのような。

 自分だって、今でも思い返せば気分が浮かれる。

 何せ友人たちと旅行に行けたのだ。近場とはいえ自分にとっては初めての経験。

 きっとこの思い出は、ずっと心に残り続けるだろう。

 

 とはいえ、休み惚けを起こす生徒たちを気には掛けても遠慮はしない杜宮高校教師陣。授業自体は遅れることなく進んでいき、身が入らない人たちを置いていくように1日は過ぎていった。

 まあ、あと2週間後にはまた中間考査が始まし、先生たちも出来るかぎりは進めたいのかもしれない。

 ……そろそろ身を入れて勉強する必要がありそうだ。

 

 とはいえ、今は放課後。

 今日の予定は、特になかったけれど……昨日の話の結果が気になる。今日は洸に会いに行くとしよう。

 

 

────>九重神社【境内】。

 

 

 洸に連絡を取ると、合流するから神社まで来てくれと言われた。

 何やら彼には別件で用事があるとのことで、そちらを片づける関係で現地集合の方が都合がいいとのこと。

 という訳で、なんとなくうろついたり、おみくじを引いたりして時間を潰すこと数十分。

 漸く待ち人がやって来た。

 

「悪ぃ、待たせた」

「いや。自分こそ、急に連絡を取ってしまってすまない」

 

 決して今日は暑くないけれど、洸は結構汗をかいている。ここまで急いで来てくれたのだろう。神社の手前は長い長い階段となっているし、駆けあがってきたのだとしたらかなり疲れるはずだ。

 

「階段、走って昇って来たのか?」

「まあな。あまり待たせる訳にもいかねえ。つってもオレ自身、ここまで疲れるとは思ってなかったが」

 

 ああ、確かに。

 異界攻略などもあるし、たまに鍛練しているから、少しは体力や筋力が付いたと錯覚することがある。いや、事実その“戦闘に必要な力”としては身に付いているのかもしれない。けれどもそれは日常で使う力とはまた別なのだ。

 自分だって部活や体育などで疲れるのは変わりないし、バイトの配膳などで盆を軽いと思えるようになったわけでもない。

 結局のところ、そういったものはよりコツコツした努力に支えられる。ということだろう。

  

「待っていてくれ。飲み物を買ってくる」

「ん? ああ、いや、大丈夫だ。中に入ればあるからな」

「中? って……ああ」

 

 忘れていた。そういえば彼は現地集合としてこの場所を指定した。ならばやりたいことは明白。昨日彼が言った武道の再開に関しても、一応再出発という意味では正しい選択だろう。

 

 

──Select──

  それで、何をやっていたんだ?

  まずは中に入って休もう。

 >取り敢えず願掛けしておくか?

──────

 

 

「は? 何をだ?」

「これから洸の身が無事でありますように、とか」

「いや怖えよ。どうしてそうなった」

「洸のお祖父さん、バイトとかについてまだ反対なんだろう? この機会に性根を叩き直そうとされるかも」

「まあ、そうかもしれないが、取り敢えず今ご機嫌は取って来たからそこまでじゃない……はず……いや、やっぱり祈っておく」

 

 段々自信がなくなっていくあたり、彼も想像が付いているのだろう。だとしたら自分も本当に彼の無事を祈っておいた方が良いな。

 そういえばここの神社って、無病息災とかお願いしても大丈夫なのだろうか。

 ……まあ、駄目ということはないか。専門外というだけで。取り敢えず祈れるだけ祈っておこう。

 

「それで、ご機嫌を取って来たっていうのは、御遣いか何か?」

「そうだな。ちょっくら頼まれ事を解決してきたって所だ」

「……機嫌良いと良いな」

「ま、良くも悪くも頼みは聞いてくれるだろうよ」

 

 良くも悪くも。

 それもそうだ。頼まれ事を解決したとはいえ、快く快諾してくれるかは別問題。しぶしぶ引き受けるか嬉々として引き受けるか。その反応をこちらで推測することは難しい。自分にとっては判断材料が無さすぎるし、洸にとっても難問みたいだ。

 とはいえご機嫌を取るのが目的ではない。

 武道に触れ、己と向き合うのが、今回の目的。

 その為であれば、多少のしごきも覚悟の上なのだろう。悪くても頼みを聞いてもらうということは、そういうことだ。

 応援しなければならない。そう思った。

 だから自分も付いてきたのだけれど。

 

「そんじゃ、行こうぜ」

「ああ」

 

 洸の後を追い、道場の方へ。

 鬼が出るか蛇が出るか。

 どちらが出ても地獄には変わりない。

 

 

────>九重神社【九重道場】。

 

 

「せいっ!」

「うっ」

 

 潰されたような鳴き声が聞こえた。

 もはや見慣れたような気もする、洸がご老人に投げ飛ばされる光景。

 

 九重 宗介──洸や九重先生の祖父にあたる男性。彼は古武術である九重流柔術の宗家であり、門下生を始めとする多くの弟子を持つ方だ。

 かつては九重先生も洸も、彼に武を習ったらしい。一時期は空も玖州から習いに来ていたとか。

 実際の彼はと言えば、宗家というだけあって、かなりの実力だと思う。自分や洸も修羅場は多く潜って来たつもりだけれども、それでも九重さんの方が強いと言うのが肌で感じ取れた。

 事実、赤子の手を捻るようにぽんぽんと洸は投げられている。

 彼は畳の上で起き上がるのを止めて、口を開いた。

 

「……なんでだ?」

「どうした、コウ。その程度か」

「なあ、ジッちゃん」

「なんじゃ」

「オレ、空手の型を学びに来たって言ったよな?」

「一朝一夕で身に付くものではないことくらい知っておるじゃろうに。良いから大人しく次じゃ。向かって来い」

「……なんでだ?」

 

 首を傾げながら、不承不承に起き上がった彼は、ファイティングポーズを取る。

 そして九重さんへと突っ込み、数度の衝突……のあとまたすぐに投げられ、潰されたような悲鳴が再度聴こえてきた。

 

 最初、洸と2人で九重さんに稽古を頼みに行った。その際、どうして洸が空手を求めているのかも伝え、九重さんもまたそれに納得していたように見えた。

 だとしたら、この光景は何だろう。

 

 洸が伝えた想いを振り返ってみれば、何か分かるだろうか。

 洸はまず、第一声に己と今一度向き直りたいということを伝えた。詳しい事情は当然明かせないけれど、洸の本気度は合わせた目から知ってもらえた、はず。

 それで何故ここに。と聞かれた際には、型に取り組みたいからだと。心身に乱れがあればきれいに映らないであろう型を極めたいのだと、洸は伝えていた。

 

「甘いわ!」

「うぉ──かはっ」

 

 倒され、床に寝そべったまま、胸を上下させる洸。

 それをじっと眺めた九重さんは、ゆっくりと口を開く。

 

「どうじゃ。少しは落ち着いたか?」

「ジッちゃん……」

「まったく、世話の焼ける孫じゃ」

 

 呆れを含んだ声色だったが、表情は優しい。寝たままの洸には見えていないだろうけれども。

 

「それで、岸波くん。お主もやるんじゃったか?」

 

 話を振られた。

 どうしようか。

 

 

──Select──

 >組み手を行う。

  型の練習から参加する。

  洸を起こしに行く。

──────

 

 

「……はい。よろしくお願いします」

「ふむ。意気やよし。少し、揉んでやろう」

 

 身体に圧が掛かる。

 洸はこんな相手に突っ込んでいったのか。

 だけれど、洸に出来たのだ。幾ら素人とはいえ、負けていられないだろう。

 

「良い目をしている。が──」

「っ」

「──まだ未熟」

 

 重みを跳ね除け、九重さんへと向かった。そこまでは良いだろう。

 その後、ある一定の距離を近づいた時点で、身体は自由を失った。目掛けた相手に近付いても止まらず、そのまま横を抜き、直後地面へと落ちた。

 落ちたことによって、自分の身体が浮いていたことを自覚する。

 先程まで見ていた、投げ。九重さんによる柔術だろう。

 

「受け身は、取れているようじゃな。結構」

「……驚きました。いつの間に」

「間合いを測り、相手の勢いを活かしきってこその、合気。伊達に歳ばかり喰っておらぬわ」

 

 合気……合気道か。柔術だけでなく、そちらにも傾倒しているとは。

 けれど、そういうことなら、次は対策を練るとしよう。

 

「ほう、続けて来るか」

 

 間合いを測られるというのであれば、その距離を逆手に取れれば良い。

 間合いを詰める。先程よりも緩やかに、そしてしっかりと。

 腕の動きや足の動きに注視するのではなく、動きの起こりを観察する。

 

「……む」

 

 相手の動きを観察するというのであれば、直接戦うよりは、得意なつもりだ。

 読み合いが始まる。

 牽制を数度払い、掴まれないよう注意を払う。とはいえ攻勢に出ないことには勝ち目がない。これが戦いであるならば、狙うのはカウンターで良かった。

 しかし相手は柔道家。投げ技や掴み技、締め技の使い手。カウンターに持ち込むより先に、動きを抑え込まれてしまう。

 ……分かりきっていたけれど、抗う術は今のところない。

 地面に打ち付けられる身体。受け身を取っているから、音は鳴ってもそこまで痛くはない。

 受け身が取れると言うことは、反応しきれない訳ではないということ。つまり、投げられ辛い角度などを取れれば──

 

「やはりお主は、投げられまいと抗うのじゃな」

「……?」

「コウは投げられることに対応しようとし、お主は投げられないように対応しようとした。だがどちらも、投げられた瞬間、そして投げられた後も諦める様子がない」

 

 ……どういうことだろうか。

 いや、言っていることは分かる。洸と自分とでは、勝利へのアプローチが異なる。という話だ。

 しかしながら、何故そんな話が出てくるのか。

 

「何度も投げられて、頭の中はある程度すっきりしたであろう。邪念や雑念を払い、今の言葉、もう一度考えてみると良い。尤も、年寄りの助言を聞くつもりがあるのなら、じゃが」

「……ああ」

 

 何度も投げられて。ということは、その言葉は洸に向けたものらしい。

 洸は今何を言われているのか。何を伝えられているのかが分かっているのだろうか。

 自分には、よく分からなかった。

 それでも、きっと彼の何かしらの核心には響く言葉だったのだろう。

 立ち上がった彼の目は、数分前とはまた少し違っていた。

 そんな孫の姿を見る、九重さんの目は、厳しさの中に優しさを宿したもののままだが。

 

 

 

「……さて、型の修練じゃったな。岸波くんも、こっちに来ると良い」

「ああ、頼むぜジッちゃん」

「お願いします」

 

 その後、1時間以上に渡り、型の稽古が付けられた。

 修行が終わったのは完全に陽が落ちてから。秋で夕暮れ時が早まっているのは分かるけれども、こうして外を覗いてみると、結構な時間取り組んだなということが分かる。

 

 やがて、ただいまー。という声が響き、九重先生が帰ってきた。玄関の靴を見て、自分たちが来ていることを把握したのか、まず道場に顔を出す彼女。

 そのまま、『御夕飯の支度をするから少し待っててね!』と小走りする彼女の後ろ姿は、止める間もないほど素早く。

 洸と2人、目を合わせて、今日はご相伴に預かろうかと苦笑した。

 

 

──夜──

 

 

 九重家での食事を終え、先生に捕まった洸を置いて一足先にマイルームへと戻った自分は、夜の時間を勉強に使うことにした。

 中間考査は近い。最近集中して勉強することも少なかったし、前回より好成績を目指すためにも、しっかりと復習に取り組もう。

 

 




 

 コミュ・魔術師“時坂 洸”のレベルが7に上がった。


────
 

 知識  +2。

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