帰りのバスの中。自分たちはなぜか行きとは違う座席順で揺られていた。
自分が座る位置は最後尾。通常なら5人掛けである所に、璃音、柊、洸、自分と4人で座っていた。X.R.C2年生メンバーである。
何故このような並びになったのかは、本当に分からない。柊や璃音ならともかく、友人たちと一緒に来た洸はそちらに居なくても良いのだろうか。
「で、なんでこの並びなんだ?」
出発して1分ほど。すぐさまその疑問が洸から飛んだ。
やはり同じことを考えていたらしい。
洸が尋ねた相手は、柊。彼は半目で彼女を見詰めている。
「私に聞かれても」
柊はその視線を躱した。どうやら本当に心当たりがないらしい。
唯一可能性があるとしたら、X.R.Cの面々が周囲に座っている場合だ。
部活の結成の報告は既に周知してある。他の面々も配置されていれば、きっと気を使ってくれたんだろうなと納得できただろう。
しかし、美月は例によって運転席近く。空や祐騎は中列くらい。志緒さんが後列。近いどころか普通に散り散りだった。
「まあイイんじゃない? こうして4人だけで話すのなんて、だいぶ久々でしょ」
「確かに、4月とか以来か?」
「そんなことないだろ……多分」
「邂逅当初に比べればだいぶ大所帯になったし、仕方のないことね」
始まりは、この4人だった。
もっと言えば2人と2人だったけれども、それはまあ置いておくとして。4人で相沢と空の問題を解決するために奮闘したのは今でも記憶に……残っているような、ないような。
「とはいえ昔だと柊とは若干距離を置かれていたし、4人で行動していた時間は実質短い気がする」
相沢の時の異界なんて、後ろで見守っているだけで戦わなかったし。
まあ自分たちの成長のためだったり、見極めるためだったりと、色々理由があったのは理解しているけれども。
「ハクノの言う通りだな。って言ってもまあ、最近になって漸く柊の抱えてたものも見えてきたし、当時の対応とか反応の理由が分かり始めた感じがする」
「あー……確かに色々あったねー」
「……そうね」
璃音と柊が遠い目をして景色を眺めはじめた。
まあこの2人に関しては、この前盛大にやってたしな。思う所が多いのだろう。
なんて声を掛けようかと迷っていると、ぺちんと小さくて乾いた音がした。
「って違う違う! こうやって振り返られるようになったってコトは、仲良くなった証拠ってコトでしょ!」
さきほど響いたのは璃音が自身の頬を叩いた音だったらしい。
ポジティブな意見に切り替えたみたいだ。
「ね、アスカ!」
「えっ!? そ、そうね。ええ……そうね?」
フリが急で対応しきれない辺り、まだまだ仲良くなる余地もありそうだった。
と思っていたけれど、どうやら柊が対応しきれなかったのは、何かを考えていたかららしい。
「……」
そのまま無言で長考へ。
果たして、何を考えているのか。
待つこと体感でおおよそ30秒ほど。彼女は漸く口を開く。
「でも、そうね。最初に会ったのが時坂君で、次に岸波君とリオン。……最初に行動を共にすることを決めた相手が、貴方たち3人で良かった。と思っているわ」
驚くほど素直な感情。
嬉しい感情と驚きとが入り乱れて反応が遅れる。
まっすぐな感謝だった。含みも混じりけもない、純粋な気持ち。
「アスカッ!!」
「……近い」
隣に座っていた璃音が柊に抱き着く。
最初はそれを甘んじて受け入れている様子だった柊だけれど、熱苦しかったのか顔を顰めて引き離しにかかった。
肩を押されて姿勢を戻した璃音は、それでも感極まった想いを打ち付けるように、大きく口を開く。
「……うん、ウン! ホントに、そう! あたしも同じコト思った!」
「そう。それは、良かったわ」
照れたように顔を背けようとするも、四方を囲まれている柊には向ける方向がなかった。自然と視線が下がっていく。
「確かに、この4人だから頑張れたって気はするな。柊は経験者。久我山は身体能力が高い。ハクノにはアレがあったし、足引っ張らないようにって気合いが入ったぜ」
「それは自分も同じだ。間違いなく一番動けない中で重要な役割を担ったが、投げ出さずにここまで来れたのは、色々な面で3人が支えてくれたからだと思う。ありがとう」
頬を掻きながらも語り出した洸は、やがて真剣な目をしてこちらを見据えてきた。
自分も3人に応えるように、当時の想いを呼び起こす。
洸は自分たちに置いていかれないようにと言ったが、彼の力がなければ聞き込みの手間は増えていただろう。それこそノウハウは彼に教わったと言って良いし、何より自分の人脈が広がったのは彼の力あってこそだ。
足を引っ張らないようにする。
そういった面で真に努力が必要だったのは、自分の方だろう。
各々が各々の得意分野で活躍をしていく中、得意どころか自分のことすら分からない自分は自発的に何かをすることは出来なかった。
必要に迫られて、求められて、漸く自分の仕事を見出すことができる。
誇張でも何でもなく、以前の自分はそう過ごす他なかったのだと思う。
でも。
柊と出会い、戦い方を知って。
璃音と出会い、フォローの仕方を知って。
洸と出会い、呼吸の合わせ方を知って。
そうして自分は着々と、戦うことができるようになった。
洸と歩いたことで、縁の結び方を学び。
柊と話したことで、言葉を字面だけで受け取らないようになり。
璃音と仲良くなって、心を開く勇気を見付けて。
そうして自分は段々と、他人と繋がった縁を深められるようになった。
璃音が共に歩いてくれたから。
洸の努力を知っていたから。
柊が見守っていてくれたから。
自分はここまで、誓いを反故にすることなく進めてきたのだろう。
すべて、3人のお陰だ。
この3人から始まり、やがて空や祐樹といった後輩たちが加わり、志緒さんや美月といった先輩たちが力を貸してくれるようになり、今では九重先生のような大人が帰りを待ってくれるようにもなった。
最初に比べれば、倍以上の人数になっている。それは自分たちが行動し続けた結果であり、決して良いことばかりではなかったけれども、決定的に何かを損なわなかったからこそ訪れている結果だろう。
「……って、なんか別れの前のやり取りみたいじゃないか?」
「だな。オレも少し思ってたわ」
「縁起でもないことを……って、言いだしたのは私か」
「まあでも、大丈夫でしょ。あたし達なら!」
「慢心は身を亡ぼすわよ、リオン」
「油断も慢心もないって。けど、あたし達が力を合わせたら、どんな困難でもなんとか出来るようになるんじゃない?」
それを慢心と呼ぶのでは? と言いかけたけれど、まあ璃音の言いたいことも分かる。これでも修羅場は潜って来たのだ。相応の対応力は身に付いていると信じたい所。
なんでもできる、という自信よりは、どこまでも成長できる、という期待が大きい。そういう意味を踏まえて言うのであれば、璃音の言う、あたし達なら大丈夫も理解ができた。
「璃音って、人に希望を抱かせるのが上手いよな」
「あー……分かる。希望って言うか、明るい気持ちにさせるのだったり、相手を乗せるのが上手い」
「確かに。アイドルとしての素養なのかしら」
「えぇ!? ちょっ、ナニいきなり!?」
いきなり褒め言葉が不意打ちとなったのか、彼女は顔を赤く染める。
リオンには何と言うか、ムードメーカーな面があると思う。実際彼女が気持ちを前に向けてくれたおかげで、前向きな形で指示が出せたという場面は今までにもあった。
璃音がいなかったら、この仲間たちの関係ももう少し暗かったのかもしれないな。仲良くはなれただろうが、打ち解けるまでの時間はもっと掛かったかもしれない。
それこそ今でこそ柊は自分たちを仲間として受け入れるが、璃音がいなければあの喧嘩も無かった訳で。
……そういえば、喧嘩で思い出した。
「結局、柊が仲間に求めていたことって何だったんだ?」
「ゲホッ」
柊が咳込んだ。慌てた璃音が背中を摩る。
別に何かを食べたり飲んだりしていた訳ではないし、その行為に優しさを伝える以外の意味はないと思うけれど。
まあいいか。
「どうしたの、いきなり」
「そういえば聞いてなかったなって」
「……確かにそうだな。教えてくれよ柊」
「……」
表情からして渋る柊。
あまり言いたくないことなのだろうか。
「あれ? そういえばアスカ、前に話すって言ってなかった?」
「……本当なら、昨日の夜に話すつもりだったのだけれど」
「あー……忘れて、タイミングを逃した上で急に持ち出されたってことか」
「言い辛いなら、別に日を改めても良いぞ」
「いえ、言うわ。どうせ言うつもりだったから。どうせこの距離なら高幡さんも聴こえてるでしょうし、会話相手のいない四宮君も聞き耳立ててることでしょう」
少し前方、バス座席の中列あたりで、手がひらひらと振られた。本当に祐騎は聞いているらしい。
いや、無関係な人たちにも聴こえてしまう可能性を加味して、聞かれても問題ない範囲の話をしているから良いんだけれど。
まあ祐樹まで聴こえているなら、彼より後ろに座っている志緒さんには充分届くだろう。
「サクラと話している時にも話したけれど、私には追っている背中があるの」
「背中?」
「同じ組織の、先輩たち」
ああ、シャドウワーカーという組織の。
本当に尊敬しているんだな。組織の概要はなんとなく昨日聞いたけれど。
「えっと、確か……死が近付いても、ってやつか?」
「よく覚えてるわね。ええ、そうよ。死を目の前にして恐れるのは当然。けれどその恐怖に対して、逃げて息を潜めるのではなく、戦い抜いて生き抜くことを、私は先輩たちから教わった」
そう語る柊の目は光に満ちていて、あの説得の時の力強さの理由が分かった気がする。
彼女の信念が、誓いが、一朝一夕で組み上げられたものではなかったからだろう。
「だから私は、追いかけていた背中を目指して、誓いを立てたのよ。
根性論者だと、柊は自身のことを称していた。
この前サクラのシャドウに語ったことだ。
あの時も考えた気がするけれど、柊の誓いって本当に綺麗なほどのド根性論だと思う。
まあでもそのお陰で、自分たちの誓いは、諦めないという点で重なるのだけれど。
「私は先輩たちが“そう在ろう”と成った長い戦いに参加していた訳じゃない。けれどその背中を見て、追いかけることだけを決めた」
そうして柊は、「けれどね」と逆接の接続詞を挟む。
「私には先輩たちのように、共に成長し、共に抗うような仲間は、居なかったのよ」
……なるほど。柊の組織の先輩たちは、今の自分たちのような大きな問題に取り組み、戦い抜いた。その結果、柊が憧れるほどの大きなナニかを見つけたのだろう。
しかし、柊がそれと同じものを得るには、同じような体験をする必要がある。共に仲間と駆け抜けるような、一朝一夕では得られない何かが。
「その想いに気付いたのは、とある仕事で日本の田舎町に行った時、先輩たちとはまた違う同業者? を見た時ね」
「なんで疑問形?」
「正直、同業者というか、一般人だったのよ。その人たちは。それでいながら、考えも付かないほどの大きな山を解決しているって言うのだから、驚きだったわ」
「……もしかしてそれは、昨日言ってた自分と似た人たちも関係があるのか?」
「あー、会ったことがある人と、噂だけ聞いている人だったか?」
「ええ。その前者の人と、その仲間たちと会った時のことよ」
自分の他に居るという、
その先駆者たちのことがこれから話されると分かり、自然と背筋が伸びる。
「その人たちの所で起きた、解決した大きなものとはまた別の事件……というか、その大仕事の後片付けのようなものが残っていて、私たち組織はそこに横やりを入れたようなものだったのだけれど……何て言うか、その人たちは凄かったわ」
「すごかったって、何が?」
「一言で表すなら、信頼感が。かしら」
彼女が絞り出した言葉は、少し漠然としていた。何がどうして、信頼感が凄いと思ったのだろう。
柊自身も流石に纏め過ぎたと思ったのか、彼女は更に言葉を探す。
「大雑把で、自由なように見えて、連携は緻密。サポートも適切。誰もが生き生きと動き回っていて、誰もが周りを気遣っている。そんな完成された立ち回りだったわ」
「……それは」
「ああ、凄いな」
「その人たちのリーダーは、岸波君と同類の人だったわ。そこで聞いたのよ、どうしてそんなに強いのか、とか色々ね。そうして返ってきた答えを纏めると、大部分が“絆の力だ”の一言ばかり」
「……おぉ」
「かっこいい」
かっこいい? と璃音が首を傾げていたけれども、まあそれは置いておくとして。
「でも、話を聞いていて、気付いたのよ。私が憧れるような絆は、一緒に巻き込まれて、一緒に苦難を乗り越えて、一緒に成し遂げたという過程で築き上げられていくものだって」
「……まあ絆とかって、普通はそうして築かれていくものじゃないか?」
「ええ、そうね。本当にその通り。それを当時の私は本質的に理解していなかったわ。そしてそのことを理解するのと同時に、こうも思ったのよ」
一拍置いて、少し暗い表情で、柊は言う。
「もしも私が、今後似たような仲間を得るのであれば、一般人を、守るべき人たちをこちらに引き込まなければいけない。でも私のような経験者が、仲間欲しさに未経験者を巻き込んで良いのかって」
ああ。と色々腑に落ちた。
だから、自分たちを育てようとする反面、異界関連の出来事に深入りし過ぎないように牽制するといった、一見矛盾している行動を取るようになったのか。
それも彼女の優しさ故だったのだろう。巻き込まない、傷つけないといった、柊 明日香の良心が齎した遠慮だ。
でもそれは、いつまでたっても自分たちを、仲間と見做さなかったということに等しい。
恐らく本人は無意識で“諦めていた”のだろう。
そんな仲間できる訳がないと。作って良い訳がないと。
望んで良い訳が、無いのだと。
以前彼女は、馴れ合うだけの関係に成長はないと言った。それは彼女が彼女自身に言い聞かせていたことなのかもしれない。
そう思い込むことで、自身を律し、自分や洸たちを守るべきものとして捉えるようにしたのだろう。
仲間としてではなく、あくまで守るべき一般人として、自分たちと接していくことを、定めたのではないだろうか。
「だから、さっきも言ったけれど、きっかけ……というか、殻を打ち破ってくれた貴方たち3人には、感謝しているのよ」
「……ッ」
不意に、洸が窓側を向いた。
「……あれ、まさか時坂クン、泣いてる?」
「ったりまえだろ。こんなの……聞かされて……」
「大丈夫よ時坂君。リオンにこの話をした時は声を上げて大号泣してたわ」
「なんで言うの!?」
そうか。さっきから璃音の反応だけ淡白だなと思っていたけれど、そういえば彼女は事前に聞いているんだった。
まあ、確かに璃音なら感動して涙を流しそうだ。
「まあとにかく、今のオレ達に望んでることはないってことか?」
「……ふふっ、何を言っているのかしら時坂君は」
「は?」
「色々としてもらいたいことはあるわよ。そもそも大前提として、もっと強くなってもらわないと」
まあ自分たちに対する望みがない訳はないか。
別にさきほどまでの話は、仲間になる人に求めることであって、仲間になっている人に求めているものではないのだから。
「もう一度だけ忠告しておくわ。着いて来るというなら、覚悟を決めなさい。仲間として扱う以上、遠慮はしないわよ」
「今まで遠慮してたのか……?」
「けっこう色々言われてたよな」
今までの無茶振りの数々を思い出す。
無茶は言い過ぎか。けど結構ハードルの高いものも求められていた気がする。
……まあ、これ以上を求められたとしても、逃げることなんてあり得ない。
「遠慮の方向性が違うんじゃない?」
「遠慮のあるやつが威圧感まき散らして校内で追ってくるかよ」
「それは基本的に洸が悪いやつでは」
「時坂君がお望みとあらば、もっと上の対応もしてあげるけれど」
「謹んでお断り申し上げます」
4人で笑いあう。そういえば昔何度か追いかけられたような気がしなくもない。だいたい洸に擦り付けて終わった気がするけれど。
「こうして考えると、洸と柊の仲の良さって変わらないよな」
「ん? そうか?」
「そうね。でもそう考えるともう出会って時坂君たちと出会ってから既に、半年……あら、もう半年経つのね」
感慨深そうに呟く柊。
確かに長いな。自分も転校してきてから既に6か月が経とうとしているという点に驚いている。
「ふふっ、半年も一緒に居るのに未だに苗字呼びなのは、少し他人行儀過ぎるかしら」
「そうか?」
「まあ日本ではそうかもしれないけれど、ステイツに居た頃は仲良い人たちは普通にファーストネームで呼んでいたから、実際そちらの方が馴染んでいるのよね」
ファーストネーム、つまりは名前呼びか。
そういえば自分も、仲間内で柊だけ苗字呼びのままだった。
いい機会だし、変えて良いなら変えさせてもらおう。
「それじゃあ、アスカ。これで良いか?」
「自分も、これからは明日香って呼ばせてもらって良いか?」
「ええ。これからもよろしくね。コウ、ハクノ」
「あ、それじゃあたしも、トワ先生に倣って時坂君のこと、コー君って呼ぼうかな」
「倣うな……いや、まあ良いか。それなら、久我山のことはリオンって呼ぶことにするわ」
「ふふっ、これで2年生組全員、ファーストネームで呼び合うようになったわね」
そうやって聞くと、とても距離が縮まった気がして良いな。
いや、実際縁は深まっているのだろう。そうでなければ、柊……いや明日香はそのようなフレンドリーな接し方を好まなかっただろうし。
……そう思うとなんだか、心が温かくなるな。
「また、明日からも頑張ろう」
「だな」「ええ」「ウン!」
下記ネタバレ配慮備考。
原作の最終章(?)で見ることが出来た、アスカ激カワポイントは無しです。理由は単純に、対象が2人になったことで特別感が薄れたから。
という訳で、第6話はこれにて完結。
次回からインターバルです。