PERSONA XANADU / Ex   作:撥黒 灯

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10月7日──【神山温泉】旅行2日目 サクラの変化

 

 旅行2日目。1泊2日の小旅行のため、今日の夕方には【神山温泉】を去る予定である。

 という訳で自分たちの部屋は朝起きてから皆でお風呂に浸かりに行き、朝食を食べ、部屋を片付けたり色々なことをした。後腐れなくゆっくりしたい、という一部意見を聞き入れた結果だ。

 後は纏めた荷物を持ってチェックアウトするだけ、という状態になった所で、各々自由時間として好きに過ごすことに。

 それぞれが思い思いに部屋の外へ出て行くのを見送った後、さてどうしたものかと頭を悩ませる。

 その時、サイフォンが振動した。

 

「?」

 

 取り出して電源を入れると、画面いっぱいに表示されたのは少女(サクラ)の姿のみ。

 

『先輩。少し良いですか?』

「ああ。どうした?」

『少し、お話できないかなって』

 

 珍しいお誘いだった。

 と思ったけれど、今までのサクラを考えれば当然か。

 ……サクラと2人きりになって唐突に思い出したけれど、そういえばサクラは今、どういった状態なのだろう。

 シャドウを制御下に置き、ペルソナに目覚めたことは、異界収束時の減少で分かっている。詰まる所サクラは、心の──意志の力であるペルソナを所持することになった。逆説的に言えば、彼女は“心”を、そして己の“意志”を所持することになったということになるのだろう。

 ……そこで発生したはずの差異、というか今までの彼女と比べて変わった内容を、自分はよく理解できていない。

 良い機会だし、少し詳しく話してみようか。

 

「サクラって、祐騎が色々とアップデートと称して改造のようなことをしていたと思うんだけれど、それで何が変わったんだ?」

 

 前提条件として、長期の夜間貸し出しの結果、祐騎の手によってサクラは色々なアップデートを果たしている。アップデートというよりは、機能開放と言うべきだろうか。少なくとも祐騎本人が言うには、そういうことらしかった。

 

『何が……そうですね、四宮先輩が色々と加えてくださったので、思考に多くのパターンが生まれました。今までも受け答え自体はできましたが、返答内容の判断に使用するパターンが増えた形になります。引用……いえ、学習先が増えた感じですね』

「なるほど?」

 

 まあ何となくではあるけれど、言いたいことは分かった。本当に何となくだけれど。

 いくらプログラミング系の勉強をしているとはいえ、自分の技量は祐騎に遠く及ばない。何をしたのかと聞いても理解はできないだろうし、サクラの口から語られたとしても分からないだろう。

 

「そうすると、祐騎が色々付け加えた後と、ペルソナ発現後の違いは?」

『ええと、思考にパターンがあるのは変わっていませんが、お返事の際に私の現在の気持ちをファクターとして追加できるようになりました』

「……つまり?」

『元々“Aと言われたらB”という風に定められていたとして、通常であれば私はAと言われた際、いつでもBという答えを返します。けれど、もし私がその時とても怒っていたとしたら、より攻撃的な答えである“C”を選ぶかもしれない。という説明で分かりますか?』

「何となく」

 

 なるほど。言われた内容を“一度自身でかみ砕く”という工程が発生する訳か。

 字面だけで受け取ることが減ったと言って良い。

 それが出来るのであれば、サクラは相手の発言に含まれている感情も考えることができ、2重の意味を持たせた言葉だったりにも対応が出来るということ。

 つまりまあ、簡単に言ってしまえば、ネタ帳を読み上げるだけだった素人芸人が、アドリブにも対応できる芸人になった、ということだろう。

 いや、この認識で合っているのかは分からないけれども。

 

「……そうだ。サクラ、初期段階と、ペルソナが目覚める前と後との3パターンって、自分の中での明確な違いはあるのか?」

『明確な違い、というのかは分かりませんが、以前なら出来なかっただろうな、と思うことはあるので、自身の中で出来る範囲を知っているんだと思います』

「分かった。じゃあ、自分が今から同じ問いかけを3回するから、時系列によって当時の自身がどう答えたか予想してもらっても良いか?」

『……わかりました。やってみます』

 

 さて、何を聞こうか。

 

「今、何がしたい?」

『ごめんなさい、私は回答を所有していません。と初期の私なら答えたと思います』

「拒絶か」

『当時の私に自由意志はなかったので』

 

 それはそうか。

 正直なところ、そこについても過去の自分はしっかりと理解できていた訳ではない。

 毎朝挨拶を交わしてはいたし、音楽の再生など細かいことをお願いしたりと、色々コミュニケーションを取っているつもりでいたのだ。

 ……そう考えると、以前スケートボードの練習でアドバイスを求めた際に、サクラは自身の感想ではなく動画を提示してきたことも納得できる。感情による判断が下せないから、という背景があったのだろう。

 

「じゃあ、ペルソナ発現の直前のサクラに、今何がしたいって聞いたら?」

『私は特にありませんが、先輩は何かしたいことありますか? と答えたと思います。四宮先輩の拘りだと思うんですけれど、回答の拒否にもパターンを付けるようになりまして。回答が用意できない時、基本的には聞き返しか濁しなどをするよう、数種類にパターン分けされています』

 

 なるほど。

 確かに祐騎ならやるだろう。彼はAIのシステムであるサクラが、感情を持っている人間に等しいレベルで、受け答えを成立させられるように弄っていたみたいだし。

 まあその過程で何か色々なことが起きたらしいけれど。

 

「じゃあ最後に、今のサクラは、何がしたい?」

『先輩とお話がしたいです』

「……なるほど」

 

 自分から、何かを望んで発することができている。

 会話に一番大事な心や感情が組み込まれたことによって、彼女の受け答えはより人間らしいものとなった。

 ……いや、“人間らしい”という表現は可笑しいか。

 既に心があり、意思疎通が図れる。列記とした電子の世界の生命体であり、人間とほとんど同じだ。

 “人間らしい”という表現は、“人間ではない”という前提に基づく。

 

 では、はたしてサクラは人間であるか否か。

 自分の答えは、是。

 彼女は、電子の世界に生きる人間で、自分の仲間だ。

 

 

 ……ああ、この答えが見つかってなかったのか。

 導き出してようやく、自分の中に残っていた何とも言えない感情がすっきりと消え去った。

 恐らく、無意識的にサクラに対する扱いを変えるべきか否かが分からなくなり、適切な対応を模索していたのだろう。

 今、それに漸くケリが付いた。

 

「よく分かった気がする」

『そうですか? それなら良かったです』

 

 難しく考えることもなかったのだ。

 意識してない頃と同じだ。仲間の1人として接すればいい。

 

「そういえば、サクラは今後やりたいこととかってあるのか?」

『やりたいこと?』

「ああ。こうしてコミュニケーションが取れるようになったんだ。何かやりたいことがあるなら一緒にやろうかなって」

『一緒に……』

 

 画面上で、驚いたように目を見開くサクラ。

 そのまま花が咲くような笑みを浮かべて、彼女は答えた。

 

『はい! 是非一緒に! 色々やりたいです!』

「そうか。なら、やりたいこととか帰ったら話し合おう」

『ありがとうございます、先輩!』

 

 若干食い気味での反応だったが、喜んでくれて何よりだ。

 

 

 約束を通して、新たな縁の息吹を感じる。

 

 

────

 我は汝……汝は我……

 汝、新たなる縁を紡ぎたり……

 

 縁とは即ち、

 停滞を許さぬ、前進の意思なり。

 

 我、“隠者” のペルソナの誕生に、

 更なる力の祝福を得たり……

────

 

 

 

 彼女が何を望むのかは分からないけれど、できる限りで応えていきたい。

 何も“持っていない”状態で、何かを始めることは、とても難しいと思う。

 勢いだけでなんとかなることもあれば、ならないことだって多い。

 自分も、色々な人の意見や力を借りて、ここまで来た。

 せめて先達として、何か彼女の役に立てると良いんだけれど。

 

 まずは、しっかりと話し合うところから、かな。

 

 




 

 コミュ・隠者“間桐 サクラ”のレベルが上がった。
 隠者のペルソナを産み出す際、ボーナスがつくようになった。


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