「遅れてゴメン! ホントにゴメン!!」
勢いよく開いた戸。その先に、息を切らした璃音が立っていた。
「そんな急がなくても大丈夫よ。今ちょうど、この前話した私とミツキ先輩の組織の話をしていたところだから」
「いや、でもっ……ゴメン。あたしだけ」
俯く璃音。彼女が遅くなった理由は分からない。とはいえ恐らくSPiKA関連で、何かしらの揉め事があったのではないだろうか。
取り敢えず、SPiKAの人たちが来ていたことを知っているのは、この中でも一部のメンバーだけだ。あまり気軽に言いふらして良いことでもなさそう。ここで遅れた理由や、そこで起きていたであろうトラブルが無事解決したのかを尋ねる訳にはいかなかった。
「と、とにかく座ったらどうかな? ね?」
一方的に謝罪の言葉を述べる璃音に何も言えなくなった柊。それを見た九重先生が、ひとまず着席を促す。
それを聞いた璃音はやがてこくんと頷き、失礼しますと宴会場の中に入って来た。
元居た位置である、空の隣に腰を下ろす。
「それじゃあ久我山センパイも来たことだし、さっきの解決策とやらを教えてもらってもイイかな?」
璃音が座ったことを確認してすぐ、祐騎が口を開いた。
そういえば、その話は璃音が来てから、ということだったな。
「えっと、さっきのって?」
「アスカ先輩とミツキ先輩の組織が表立って仲良くはできないので、本人たちが仲良くすることはできないんじゃないか、っていう問題のこと、ですよね?」
「……概ね合ってはいるけれど」
「ま、まあ仲良くというか、普通に仲間として過ごしていくには、という問題ですね」
日和ったな。と、空と九重先生以外の全員の視線が2人に刺さる。
2人も居心地悪そうにしている。心なしかお互い顔を少し逸らしているようにも見えた。
この2人は若干似ているところがあるというか、仲良くできそうなのだけれど、如何せん今までが今までだったので歩み寄りがたいのだろう。そこはこれからの時間で解決していくほかない。
「それで、その解決案とやらはどういうのなんだ?」
「……コホン。ええと、部活という括り、それから皆さんのような現地協力者の存在を借りる手ですね」
「端的に言ってしまえば、“将来有望な戦力の引き抜き合いをするから、同じ団体として活動することを見逃してくれ”ってこと。私たちが逐一組織に情報を提出し続けることで、競争しているという構図を守り通すやり方よ」
さきほどの話で、美月……いや、北都グループが所属する“ゾディアック”と、柊が所属する“シャドウワーカー”の間には、埋めるべきではない溝があることが判明した。少なくとも、互いにその溝を埋めるような動きは、組織の重要な一部層に良い顔をされないであろうことも。
故に必要なのは、同じ団体──部活として動く大義名分。
所属組織が仕方なくとも黙認するような理由付けだ。
「でもそれって、大変なのは報告する柊と北都先輩だけじゃねえっすか?」
「いいえ時坂君。将来有望な戦力と報告するのだから、その名前や来歴、戦い方に能力などは一緒に報告しないといけないのよ。だから貴方たちには結果的に、迷惑を掛けてしまうことになるわ」
「……つまり、どういうコト?」
「この対シャドウ案件が終わった後、両陣営の関係者から声を掛けられることが増えるかもしれない、ということです」
言ってしまえば彼女たちの案では、自分たち未知の戦力に興味を抱かせる必要があると言うこと。そうすることで美月や柊が一緒に戦うという事態には目を瞑ってもらえる、というか、目を向けなくなるだろうから。
一方で自分たちは興味を持たれるわけだから、その興味や関心が直接自分たちに働いて来るかもしれない。俗にいえばスカウトなどを受ける可能性があるということだった。
「そもそもは私たちの組織の問題。その解決の労力を皆さんにも強いてしまう形になってしまい、逆に申し訳が立たないほどです」
「勿論、皆の了解を得られないのなら、また別の案を考えるわ。だから、忌憚ない意見を頂戴」
柊の言葉に、全員で顔を見合わせる。
数人は不思議そうな顔持ちで、数人は既に覚悟を決めたような表情をしていた。
前者は何なのだろうか。
「わたしは大丈夫です! 寧ろそこで迷惑を掛けるなんて畏まらないでください! 仲間なんですから!」
空が力強く断言する。
彼女の言葉に、近くにいた璃音と志緒さんも頷いた。
「あたしも大丈夫。注目されることには慣れてるしね。本業に影響してくるようなら、流石に困るケド」
「対シャドウ案件はあくまで日陰。明るみには出せない事業ですから、リオンさんの懸念していることは大丈夫だと思いますが……」
「まあ力を持っていることは事実だしな。多分ここに居るメンツなら、勧誘に押されて負けることもねえだろ」
「まあ、泣き落としでもされない限りは大丈夫でしょうけれど。好い人ばかりなので、その点だけ心配と言えば心配ですね」
まあ確かに、セールスとかには負けなさそうだな、全員。
詐欺とかにも引っ掛から無さそう。
なんだかんだ言って他人に優しくできる洸や空だって、間違っていることは間違っていると指摘できる人間だし、何ならセールスや詐欺の人に無理矢理声を掛けさせるのを止めるように動く姿まで想像できた。
余計なお世話を焼く姿が目に浮かぶのは相当だと思うけれど、まあそれも彼らの良さだろう。
色好い返事が聴こえてくる一方で、反応しなかったのは洸と祐樹だった。
「オレはてっきり、もう報告とかをされているもんだと思ってたが」
「流石にしていないわ。現地協力者がいる、という程度ね」
「……とはいえ、流石に岸波君のことだけは報告しています」
「いや、自分のことを北都に報告するのは義務だろう。休憩前の話を鑑みるに」
保護してもらっている分、その対価は支払わないといけない。それがこの地での活動なのだったら、提出することに何の問題もないだろう。
先程美月にも言ったけれども、特に気にしないで欲しい。
と視線に込めて美月を眺めたら、彼女は2,3回頷いた。
何の頷きだ?
「ちなみに岸波君のことはシャドウワーカーにも報告済みよ」
「……? え、それは何で?」
「流石にワイルド能力者となると、話が変わってくるの。事態の規模の把握にも繋がるし、何より戦力として大きすぎる。……まあ、岸波君は半ば北都の所属のようなものだから、隙があれば引き抜いてこいくらいのことしか言われていないけれど」
「柊さん? それは初耳ですよ?」
「聞いていなくても予想はしていたでしょう、北都先輩」
何故急に苗字で呼び合っているかは分からないけれど、じゃれあっているのは分かった。深く踏み込まないようにはしよう。
しかし、度々聞いているけれど、本当にすごい力なんだな、自分のペルソナ能力って。
……どうして自分にだけ、そんな力があるのだろうか。
「参考までに、過去いたワイルド能力者って、どんな人だったんだ?」
「「…………」」
「なんだその、味が分からないものを食べているような表情は」
ものの見事に似たような反応を示すので、思わず突っ込んでしまった。
「私は直接会ったことはないので、人づてに聞いた評判にはなりますが、それでも良ければ」
「じゃあそれで」
「私は1人話したことがある人と、1人よく話に出てくる人がいるから、その2人についての共通点を私なりに見出してみるけど」
「ああ、頼む」
それでも、うーんと考え込む2人。
まあ、類似点を見つけるのは難しいのかもしれない。人には個性というものがあるわけだし。
「曰く、感情の起伏を表情で隠すことが上手く、総じて第一印象が“地味目”だったり“暗め”だったりするとのことです」
「え、キミのことじゃん」
「璃音?」
いやまあ、確かに地味とは言われたけれども。特に璃音のシャドウには。
それに、感情が読み取りづらいとも言われた気がする。平気な顔して冗談を言うなどと言われたこともあった。まさかここが共通点だとは思わなかったけれども。
「曰く、それでも一本の芯があり、筋を通すことができる人間」
「あ、岸波先輩らしいです!」
「……ありがとう、空」
小恥ずかしいけれども、そう言ってくれるのはありがたかった。
「曰く、時たま突拍子もない行動力やノリの良さを見せつけることがあります」
「ハクノだな」
「?」
「いや自覚なしかよ」
そんなことをした記憶はない。まあ後悔のないように思い至ったらできるだけすぐ行動はしているけれども。
「曰く、求心力が強く、リーダーシップではないけれどもカリスマ性はある」
「人たらしのハクノセンパイらしいね」
「たらしてない」
「「「……」」」
「えーって目で見られても」
祐樹を始めとし、璃音に美月も、なんでそんな目でこちらを見るのか。
「曰く、誰に対しても隔てなく接する傾向にある」
『先輩は確かにそういうところがありますね』
「ついにサクラにまで……?」
いや、偏見を持たないようにはしているし、そこは正直否定するつもりはないけれども。
でも、そういう生き方をしている人に、タイプ・ワイルドの力は目覚めるのだろうか。
「曰く、物事には真面目に取り組む性格。一見優等生で、広い目で見ると問題児」
「……あ、あはは」
「九重先生、言いたいことがあるならはっきりと言った方が」
「止めてくれ。もうわかったから」
まあ、問題児……そうだな、問題児と言われても仕方ないかもしれない。色々やってるし。
それはすべて九重先生の言い辛そうな反応で読み取ることもできた。下手な優しさが心にキた。とはいえみんなのように、はっきりと言って欲しい訳でもないけれど。
「……まあ、こうやって並べてみると、岸波君のことだったわね」
「そうですね。今まで聞いていた人物像にかなり近いです」
全員が深く頷いた。自分を除いて。
恥ずかしいような、苦しいような、不思議な気持ちだった。みんなからはそう見えていたのか。
「そういや聞きたいことがあったんだが、ハクノはその力に目覚める前に、何か声とか聞いたか?」
「声?」
「……そういえば時坂君は、“異界の子”の声を聴いたんだったわね」
「“異界の子”?」
「……時坂君。その話、詳しく聞かせてもらっても?」
美月の深刻そうな声に、彼の質問に対する答えを一旦控え、話を聞くことに。
何でも洸がソウルデヴァイスを発現させる前に、1人の少女の声が聴こえてきたらしい。
その少女は空に浮いていて、青白い光を纏っていたとか。
とにかくその少女は、洸の中に力が眠っていることと、その力を引き出すことを洸に伝えると、自然と消えて行ったのだとか。
「なんか、御伽噺を聞いているような感じですね」
「なかなかにメルヘンじゃん。ラノベ作家か絵本作家にでもなる?」
「茶化すな」
まあ確かに、異界のような非現実的な出来事に直面している自分たちだけれど、それとはまた若干異なるタイプの話だった。
何よりシャドウ以外で人の形を保っていて、意思の疎通ができるというのが不思議だ。
青白い光というと、ペルソナに目覚める際の光を思い出す。洸の覚醒にも関わっているとのことだし、何かしら能力に関わりがあるのか?
「“異界の子”。都市伝説とばかり思っていましたが」
「なあ北都先輩。そもそもあの子はいったい何なんだ?」
「……わたしにも分かりません。ただ1つ分かっているとすれば、彼女は10年前の冥災の時に現れ、人間の努力を見守っていたとか」
「私が持っている情報もだいたい同じよ。冥災以降は蜃気楼のように姿を表しては消えを繰り返しているようね」
結局のところ、不思議な存在という情報以上のものは出てこなかった。
話を聞いている限り、敵と言うことは無さそうだ。取り敢えずは気にしなくても良いだろう。
「それでハクノ、どうなんだ?」
「え?」
「質問の答え。って言ってもあの子のことを知らなかったみたいだし、聞いていないんだろうな」
「……声。声か」
言われても思い出せない。
……いや、待て。何かを聞いたような気がしなくもない。
「…………」
何かの声を、聴いた気がする。
「おい、ハクノ?」
「……岸波君?」
そして、何かを、約束、した、よ──────
「……こッ、け■、■■──!」
────
「そう急くでない、小童」
────
思考を強制的に落とすような頭痛。
痛い。
痛い。
イタイ。
イタイ。
何かを考える余裕なんてない。
声を出すことも、呼吸をすることだって忘れるほどの激痛。
その痛みも忘れるように、段々と視界が白くなっていって────