PERSONA XANADU / Ex   作:撥黒 灯

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10月6日──【神山温泉】旅行初日 5

 特に何かをするわけでもなく、そのまま宴会場に1人残る。広い空間に1人で居ると、どうしてか居心地が悪い。あまり感じたことのない窮屈観だった。

 手持ち無沙汰を解消する為に、サイフォンの電源を入れる。

 

『あっ』

「あっ」

 

 サクラの姿が投影された。

 

「……そういえばいつの間に電源が切れていたんだ?」

『すみません。私が会議中ずっと立ちあげたままにしていたので、充電が』

「ああ、なるほど」

 

 充電が切れそうだというのは、盲点だった。

 何にせよこの場所をいったん離れる理由もできたことだし、一回部屋に帰ろう。充電器を持って戻った頃には、誰かしらが帰って来ているかもしれないし。

 

 

────

 

 

 部屋に戻り、充電器と長めのコードを回収。特に何かするわけでもなく、部屋を出た。

 誰かしらいるかと思ったけれど、誰も居ない。みんな外に居るのだろうか。話し合いに参加していない人たちはもしかしたら再度お風呂を使用しているのかも。

 自分も入りたくなってきたな。話し合いが終わって時間が余っていたら入ってしまおうか。

 

 そんなことを考えながら宴会場の扉を開けると、たった1人、帰って来ていた人物が視界に入った。

 

 

「あら、早いわね岸波君」

「柊こそ、早いな」

「別に私は誰も呼んでいないから話す相手もいないから……って、貴方もだったわね」

「ああ」

 

 誰も連れてこなかった仲間である柊と自分。厳密にいえば志緒さんもそうだけれども……彼が帰って来そうな気配はない。

 そんなことを考えていると、祐樹が戻って来た。

 彼は座っていた自分と柊の姿を一瞥すると、口角を上げる。

 

「どうした?」

「いや、予想通りのメンバーだと思って」

「……少し馬鹿にされているような気がするのだけれど」

「そうか?」

「そんなことないよ柊センパイ。気のせい気のせい」

 

 なんてやり取りをしながら、他のメンバーが帰ってくるのを待つ。

 柊と合流したのが、再集合時間の40分前。祐樹が30分前に帰って来て、その後はしばらく誰も戻ってこなかった。

 そして、約束の10分前くらいだろうか。久し振りに戸が動く。

 

「まだ3人か?」

 

 開いた戸の先には、志緒さんが立っていた。

 

「志緒さん、と美月と九重先生も一緒か」

 

 志緒さんの大きな身体に隠れてしまっていて見えなかったが、彼の後に続いて2人が入室してくる。

 みんな、各々の元居た場所に座り直した。

 

 

「ちょうどそこで会いましたので」

「あと来ていないのは、コー君とリオンちゃんにソラちゃんかな」

「そうですね。まあ時間にルーズな人たちではないから、待っていれば来るでしょう」

「……まあ時坂は全員に声を掛けて回ってたみたいだから、少し遅くなるかもな」

「あ、センパイたちの所にも来たんだ。マジメだよね、コウセンパイも」

 

 洸自身も色々な情報を与えられて困惑しているだろうに、そんなことを。

 ……いや、だからこそか。頭の整理をするのに誰かと話をすることは分からなくはない。事情を共有している人と話し合うことはごちゃごちゃな頭の中のものを順序だてて落とし込むには一番の近道だろうし、まったく関わりがない人と話せば一度頭の中のものを強制的にリセットできるだろうから。

 その後も、なんとなく洸の話で盛り上がる。改めて話してみると、話題に欠かない存在と言うか、みんながそれぞれ洸とのコミュニケーションを築いていることが分かった。

 例えばだけれども、祐樹に璃音とのエピソードを語ってと振ったところで、特に何も返ってこないだろう。ここは友達というよりは仲間という関係性が正しい。一方で祐樹に洸とのエピソードを聞けばぽろぽろとこぼれ出てくるだろうし、璃音も同じだろう。

 全員と付き合いがあるという意味では自分も同じだけれど、やっぱり自分たちの中心が誰かと言われれば、洸のような気がする。

 

 と考え込んでいると、不意に充電状態だったサイフォンから声が聴こえてきた。

 

『先輩、リオンさんから連絡です』

「?」

 

 サクラの呼び掛けに応え、サイフォンの待機画面を覗き込むと、未読のメッセージが1件来ていた。開いてみると確かに璃音の名前が。

 内容は……

 

「“少し戻るのが遅れるから、話進めてて”って」

 

 ……SPiKAのところにでも行ったのだろうか。

 まあ戻って来れないようなら仕方ない。

 その伝達の直後、最後の来訪者がやって来た。

 

「スミマセン、遅れたっす」

「すみません!!」

 

 右手を立てて謝る洸と思いっきり頭を下げる空が帰って来たことで、再開可能な人が揃う。

 2人に璃音が遅れることを伝え直した後、再度話し合いを始める。

 と言っても、前回上がった話題は一応結論が出たので、交わされるのは新しい議題だ。

 

「そういえばさ、結局柊センパイと北都センパイの所属ってどういう組織なの?」

 

 祐騎の問いかけに、2人が顔を見合わせた。

 

「そういえば男子の皆には話していなかったわね」

「そうですね。リオンさんも居ないことですし、話すにはちょうど良いかもしれません」

「久我山は知ってんのか?」

「リオンがというよりは、女子はという形ね。お泊り会の時に少し話したのよ」

 

 ああ、例の。と男子が納得する。

 救出の後に行われたというお泊り会。気付けば女子たちの仲がぐっと縮まっていた、自分たちの知らない時間。

 確かに、璃音が居ない状態で進める話題としては最適と言っても良いだろう。

 

「ではまず、私の所属する“ゾディアック”から」

 

 ゾディアック。美月というか、北都が所属しているらしい組織。

 その程度しか事前の知識としては持ち合わせていない。

 

「“ゾディアック”の特徴は、複数の企業が共同で成り立たせている組織ということでしょう。正式な数を把握はしていませんが、その組織の中核もしくは代表となる大企業は12社。参加企業の所属国は多岐に渡り、世界的に活躍をしている組織の1つです」

「世界的に……そうっすよね、当たり前だが、杜宮だけの問題じゃない」

「その通りです。人知れず対処しているとはいえ、異界……というより、対シャドウ案件は世界各国の闇で蠢いています」

「……ん? わざわざ言い直したってことは、異界と対シャドウ案件っていうのは別なのか?」

「そうですね。今回の杜宮の一件は異界化ですが、この異界化という現象は対シャドウ案件の一種とされています。対シャドウ案件は、シャドウが発生する事件すべてのことを指すので、異界化より大きなくくりになりますね」

 

 異界化以外にも、シャドウが発生するケースがあるということか。

 首を突っ込みたいとは思わないけれど、どういう事件があるのかは気になる。

 とはいえ、そこまで聞いていくと話が脱線してしまうので、取り敢えず今は気に留めておく程度にしよう。

 

「……話を戻しますが、ゾディアックに参加している多国籍企業のうち、日本国籍の企業は2社あります。それが、“南条コンツェルン”と“北都グループ”ですね」

「……へえ、北都の名前が挙がる時点でどこが来ても驚かないつもりだったけれど、南条もなんだ」

「まあ南条は歴史的に見れば比較的新しく参加した会社ですけれどね。あれよこれよという間にゾディアックの中心企業になる辺り、流石は南条といったところでしょうか。とはいえ日本でゾディアックに参加しているのは北都と南条だけではなく、協力会社や準構成会社などを含めれば相当な数が参加しています」

 

 思っていたより大規模らしい。

 自分には南条コンツェルンとか、北都グループとか言われても規模にピンと来るものがないけれど、まあみんなの驚き様を見ていて、凄いことなのは分かった。

 

 一通り語り終えたのか、美月は一度水を飲んで、柊へと顔を向けた。

 ここからは、彼女の所属の話になるのだろうか。

 

「“シャドウワーカー”はゾディアックとは違い、歴史のある組織でも、構成人数が多い組織でもないわ。どちらかといえば少数精鋭という形ね」

「実際結成は数年でしたよね?」

「ええ。活動は主に日本国内のみ。正規隊員数は1桁。といった形で、言葉にしてしまえばかなり小規模よ」

「……なんか、北都センパイのとこの組織について聞いた後だと、どうしても比較しちゃうね。さっきは北都に南条なんてビッグネームが並んでいたわけだし、国際規模の話だったからさ」

 

 祐騎の意見に、美月を除いた全員が同意を示した。どうして所属している柊自身が同意しているのだろうか。

 そんな疑問を他所に、さきほど唯一同調しなかった美月が口を開く。

 

「一応、シャドウワーカーさんの方もバックは南条ですよね?」

「いいえ、違いますけれど」

「……? しかしシャドウワーカーのリーダーは、桐条の人間ですよね?」

「ええ」

 

 なにやらまた分からない人の名前が出てきた。

 

「桐条って誰だ? 有名人?」

「いや、俺も知らないな」

「私もです」

「え、センパイも郁島も嘘でしょ? まあ確かに南条には劣るけれど、桐条グループも世界的に有名な大企業グループだよ」

 

 自分がこっそり近くの人たちへと問いかけたところ、首を横に振られる。

 洸も空も知らないということは、そんなに有名人ではない、ということか? しかし祐騎の反応を見る限りでは知名度はあるみたいだし、裏の世界での有名人、というわけでもなさそうだ。

 

「念のため私から軽く説明させてもらうと、桐条家というのは先程話に上がった、南条コンツェルンの創設者の血筋、南条家の分家にあたる家柄になります」

「分家……でもアスカ先輩はそういうバック的な繋がりはないって」

「その辺りは私も聞いた話程度にはなるけれども、少なくとも桐条家は南条家と別として考えて問題ないらしいわ。両家間は別段仲が悪い訳でもいざこざがあるわけでもないけれど、敢えて別々の道を進むことを選んでいる、みたいな……」

「? よく分からないな」

 

 説明を聞いてはみたものの、ついつい首を傾げてしまう。

 つまりはどういうことなのだろうか。

 まず、美月がそもそもシャドウワーカーを南条由来の組織だと思っていたのは、シャドウワーカーのリーダー的立場である人の家柄が、南条コンツェルンに通じるものだったから。

 しかしながら、その人の家系──桐条家は、南条家の分家であるものの、南条と袂を分かった家柄だという。だからシャドウワーカー、柊の所属組織に南条コンツェルンの息は掛かっていない、ということか?

 

「なるほどな。敢えて進む道を分けたってことか」

 

 不意に、志緒さんが納得したような顔持ちで口を開いた。

 

「分かるのか? 志緒さん」

「まあ何となくだがな。味方の全員が全員同じ道を辿らなくちゃいけねえなんて、そんなことある訳がねえだろ。それを家……血筋単位でやってのけてるのが、その南条家と桐条家ってことじゃねえかって」

「ええと、つまり?」

「ま、端的に言えば、組織が違えば見方も変わるじゃん? その見方が違う人と協力しあうことができれば、問題に対してより有効的なアプローチが取れるようになるってことじゃない?」

 

 ってことでしょ? と志緒さんの様子を横目で伺う祐騎。その問いかけに志緒さんは頷きを返す。

 

「ま、四宮の言う通りだ。そこら辺、北都の方が理解できるんじゃねえか?」

「……ええ、そういうことなら。敵対しないのであればそれは、足の引っ張り合いが発生しないということ。異なる視点を持った上で、何の憂いもなく同じ目的に取り組むことができる存在というのは、存外得ることが難しいですから」

「そういうものか?」

「会議参加者たちの権力や名声が大きくなればなるほど、そういう裏切りは起きやすい傾向があります。より利益を求めたり、地位や立場を重んじることが増えるからでしょうね」

「……なんていうか、北都先輩たちも大変なんスね」

「大変、ということはありませんけど……まあ慣れていますので」

 

 本当に? と思わないこともない。

 だって、美月はまだ18歳の少女だ。

 確かに自分たちの中では一番そういった場にも慣れているだろうし、権力や地位などを身近に感じる人間だろう。

 それでも、それが当たり前だからといって、大変さが薄れたり、疲れにくくなったりということは、あるのだろうか。

 

「しかしなるほど。考え方が少し固執し過ぎていましたね。家柄とか、血筋とかの関係を超えて全体の益となるフットワークの軽さは、私たち北都も見習わないといけないのかもしれません」

 

 家系だとか、家柄、身分という言葉に囚われる。

 北都として生き、北都の顔の1つとして行動してきた美月だからこそ、嵌りやすい沼かもしれない。考え方は染み付いていて、一朝一夕で変わることはないだろう。

 ……今度、一度しっかりと話し合ってみて、自分の中の違和感を解消すべきだろう。

 

 って、盛り上がっているところ申し訳ないけれど、この話の主題はそこではない。

 

「つまり美月の所属する“ゾディアック”と、柊の所属する“シャドウワーカー”は、協力関係を結びにくい立場にそれぞれあるのか?」

「「その通り」です」

 

 まったくの別組織。古豪と新興勢力。美月も柊も各組織では重要な立場の人間。正直言って、独断で仲良くできる範囲なのかまったく分からなかった。本当に美月が前回、美月個人として動いてくれたのはとてもありがたいことだったな。

 先程の話を聞いていて思ったことだけれど、ここで両組織が手を結ぶことを、南条家が快く思うとも考えにくい。ゾディアックの主要会社の1角にして、シャドウワーカー創設者の家系における本家筋。南条家の考え方としては、わざわざ別勢力として存在することに価値があるという内容だったと思うので、多少なりとも両方動きづらいのではないだろうか。

 

「まあそれを解決するためのアイデアはもう出ているのですが……アスカさん」

「ええ。これについては、リオンが戻ってからにしましょう」

「え、それ僕たちにも関係ある話?」

「そりゃそうだろ。柊も北都先輩も仲間なんだから」

「……まあ、抗争とかに巻き込まれないならイイけどさ」

 

 口を尖らせた祐騎。

 これには美月も柊も苦笑気味だった。

 彼女たちも巻き込みたいと思っているわけではないだろう。恐らくそれは祐騎自身も分かっている。

 まあ別に解決案が出ていると言うのであれば、今回はそれで良いだろう。

 でも、これから先長く付き合っていくのであれば、こういった問題は今回だけのことではない。

 だから、しっかりと話しておかなければ。

 祐騎だけでなく、全員に。

 

「けれど祐騎、巻き込まれていないと何が起きているか分からなくなるぞ」

「……そっちの方がヤだね。知らない所で勝手に物事が進んでて、勝手に進路を決められ勝手に退路を断たれるなんてまっぴらごめんだ」

 

 そういった己の無知による理不尽を、祐騎は嫌う。

 知っていないと気が済まない、探究者気質の彼らしい反応だった。祐騎の目に光が灯る。

 いや、灯らせたのは1人だけではない。理不尽を嫌っているのは、何も祐騎だけではないから。

 誰もが大あり小ありの苦渋を飲まされているのだ。

 例えば力が足りなかった志緒さんとか。

 例えば間が悪かった空とか。

 璃音だって洸だって同じ。きっと美月にも柊にもあるだろう。

 だからこそ、自分たちはこうして戦うことを選んでいる。

 

「じゃあまさに、勝手が過ぎるって感じになりかねないわけだ」

 

 最初に口を開いたのは、洸。

 

「なら全員、覚悟を決めて巻き込まれるしかねえな」

 

 続いて志緒さんが拳を突き合わせつつ、口角を上げて話す。

 

「問題も何もかもを踏まえての仲間、ですしね! でも、どれだけ問題があったとしても、わたし達なら解決していけると思います! 時間が掛かっても、1つずつでも、しっかりと!」

 

 空が良いことを言ってくれた。

 おかげで、そうだな、と全員の表情が明るくなる。

 そう。自分たちには培い育み続けた縁がある。信頼も信用もある、素敵な仲間たちに恵まれた。

 だから大丈夫なのだろう。と思う。空が言った通り、問題が起きたとしても何とかできるはずだ。自惚れでも慢心でもなく、このメンバーならできると信じられる。

 それはきっと、ここにいる皆も同じものを共有してくれていて。

 そして、今大急ぎでこの部屋に向かってきている足音の主も、そうだろうと思えた。

 

 


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