PERSONA XANADU / Ex   作:撥黒 灯

175 / 213
10月6日──【神山温泉】旅行初日 2

 

 目的地が神山温泉だと伝えられたのは、小旅行の話が出てから2~3日してからのことだった。

 どうやら幸運にも部屋が抑えられたのが神山温泉だったらしい。従業員側の立場で見てみると複雑だが、そもそも取れること自体が驚きだ。いつもの連休であればもう少しいっぱいいっぱいだったように思うけれど……まあ、日頃の行いが良かったということにしておこう。

 借りれたのは大部屋を2部屋に中部屋1部屋。男女と引率組とで別れる形となる。

 そんな旅館の門前に、バスを横づけした京香さん。ドアが開き、後ろの人たちからぞろぞろと降り始めた。

 美月は最後に下りるというので、自分だけ先に下りることに。どうやら京香さんに話しておくことがあるらしい。

 そういうわけで先に降りると、目の前に璃音の背中があった。

 

「あ~……着いちゃったぁ」

 

 数歩歩いた場所で看板を見上げる璃音が、そんなことを呟く。

 どういう気分で言ったのかは分からないけれど、拾ってしまったからには無視はできない。彼女に声を掛けて見ることにした。

 

「来たくなかったのか?」

「いや、来たかったよ。来たかったんだけど……まあ、なんて言うのかな」

「?」

「……行けば分かるよ、ウン」

 

 適当というよりは、歯切れの悪い答えが返ってきた。

 どこか表情が苦々しい。

 ……そういえば璃音は、誰も誘わなかったんだな。まあSPiKAの面々を誘うことはできないか。他のみんなの目もあるし。

 何にせよ璃音に話す気がないとなれば、自分も追及する気はない。彼女の言葉を信じれば、答えは直に分かるはずだ。

 と、足を進めようとしたところで、左側から袖を引っ張られる。

 顔を向けてみると、柊が居た。

 くいっくいっと引っ張る彼女。こちらへ来いということだろうか。少し輪から外れる形で、柊に付いて行くことに。

 

「朝からあの調子なのよね、リオン」

 

 そう言われて、彼女の振る舞いを思い返してみる。

 しかし今日はほとんど話していないため、違和感を察することができなかった。

 柊に言われてようやくその事実に気付いたほどだ。

 

「……まったく気付かなかった」

「?」

 

 首を傾げる柊。

 なぜそのような反応が返ってくるのかが分からない。自分のほうが首を傾げたいほどだ。

 

「どうした?」

「いいえ、なんだか少し意外だったわ。いつもなら一番早く気付きそうなのに」

 

 その言葉を受けて、そうだろうか? と自分に問いかけた。

 まあ確かに、誰かに璃音の様子がおかしいことを言われた記憶はないけれど。

 

「それは、自分より柊の方が璃音との距離が近くなったからじゃないか?」

「……そういうものかしら」

「多分」

「……まあ良いわ。とにかく心当たりはないのね?」

「ああ。力になれなくて申し訳ないが」

 

 確証なんてないけれど、単純に柊の方がよく話し、よく見ているからだと思う。

 なんだか腑に落ちない表情をしている柊。

 ……取り敢えず、話題を変えるか。

 

「そういえば柊は今日、誰にも声掛けなかったのか?」

「一応、日ごろのお礼を兼ねてマユちゃんには声を掛けたのだけれど」

「マユちゃん……って、あの金物屋の?」

 

 【倶々楽屋】の看板娘……というには少し幼すぎるが、まあ店の店主の娘である小柄な少女のことを思い出す。確かに色々とお世話になっているし、是非とも来てもらいたいところではあったけれども。

 

「来れなかったのか」

「流石に監督役が居るとはいえ、あんな小さい子を旅行には出せなかったみたい」

「……まあ、そうだよな」

「でっきり店主のジヘイさんであれば、行くか行かないかはお前が決めろとでも言うかと思ったけれど」

「まあ、来られなかったものは仕方がないだろう」

「そうね。別に今日じゃなくてもお礼はできるのだから、また何かしら考えてみるわ」

 

 そう。今回の旅行はお世話になっている方たちへのお礼の側面が大きい。迷惑や心配を掛けたような気がする人たちに向けて、ありがとうとお疲れ様とこれからよろしくの意味を込めてのことだ。

 まあ他の面もあるらしいけれど。

 柊と雑談をしていると、やがて美月がバスから降りてきた。彼女の足が地面に着いて少し経った頃、バスからエンジン音が響いて来る。

 

「それでは、私は車を停めてきますので」

「はい。よろしくお願いしますね」

 

 走り去っていくバスの背中を見送る。

 見えなくなったあたりで、美月はこちらを向き直った。

 

「京香さんは後で合流するとのことなので、先にチェックインを済ませてしまいましょう」

 

 各々頷き、旅館の中へと足を進めていく。

 そんな中で、璃音の歩みだけが鈍かった。

 

「璃音?」

「あ、ううん。大丈夫。ダイジョウブ」

 

 どこか覇気のない様子で応える彼女。

 本当に大丈夫だろうかと思いつつ先に旅館に入ろうとすると、後ろから彼女は着いてきた。

 どこか背中に隠れるように。

 

「?」

「……」

 

 何も言わない。なら、何も聞かない方が良いか。まだ何か起こった訳ではないし。

 気を取り直して、宿の戸を潜る。

 みんなは既にロビーで受付をし、仲居さんの案内を待っているようだった。その最後尾に付こう──と移動した所で、ロビーと中庭を繋いでいる側の扉が開く。

 

 そこから“見知った顔”が出てきて、

 

「────」

 

 こちらと目線がかち合い、

 

「──ッ!?」

 

 驚愕の表情を見せた後に、

 

「ッ!!」

 

 引っ込んだ。

 

 一瞬だったから、他の人たちは気付かなかったかもしれない。けれど確実に自分は目が合ったし、その後自分の背中に張り付くものを見てひどく驚いていたようにも見える。

 ……そして、璃音の様子がおかしかった理由にも想像が付いてきた。

 

「……璃音、今のって」

「あー……うん、その、ね」

 

 気まずそうに顔を逸らす璃音。

 自分もやや顔が引きつっているのが分かる。

 

「バッティングしちゃった。SPiKAのミーティング」

 

 てへっ。と、冷や汗をだらだらと流しながら言う彼女に嘆息する。

 問題にならなければ良いけれども……まあ、さきほどの向こうの反応を見る限り、難しいんだろうな。

 

 

────>神山温泉【男湯】。

 

 

「にしても、まさか生徒会長まで洸たちと一緒の同好会だったなんてな」

「まあ、色々あってな。参加したって言っても最近だぞ」

 

 湯船に浸かっていると、伊吹と洸の話し声が聴こえてきた。

 

「それでもあんな美人と一緒に居られるなんてうらやましいぜ。そのうえ、柊さんにソラちゃん、何よりあのリオンが居るなんて!! く~っ、どこまで良い思いしやがるんだ!」

「知らねえよ。というより、久我山や北都先輩と仲良いのは……」

 

 こっちを見るな。

 

「……なんでもない」

 

 無言で見返したのが効いたのか、洸は自身で視線を外してくれた。

 まあ伊吹ともある程度は仲良くさせてもらっているし、もうないとは思うけれど、転入当初のような険悪な感じにはなりたくないから。

 

 それにしても、なんだか不思議な感じだ。

 特段特別なことはないはずだけれど、普段自分がこの温泉を使用できるのは、夜遅く。清掃が終わった後なので、周りに人が入っていることは少ない。話し声が聴こえていることはあっても、大勢で話をすることなどはないからだ。

 静かな温泉も良いけれど、こうやって大勢でわいわい賑わう温泉もとても良い。居心地が。

 

「そういえば、洸たちの同好会って普段なにをしているの?」

「何を……?」

 

 洸が言葉に詰まる。

 普段何をするか、というと、実際の所同好会としては何もしてない。

 異界化が起こってから調査などに赴くので、同好会としての活動頻度はそう高くなかったりする。

 

「普段はもっぱらフィールドワークだね」

 

 答えが出せない洸に代わって、祐騎が口を開く。

 

「僕らの同好会が何を目的としたものかは知ってる?」

「オカルトとかを調べているんだっけ」

「そうそう。怪奇現象と人の心の結びつきを調べてるんだよ。病は気からって言うでしょ?」

 

 人差し指を立て、いかにも正しいことを説明しているかのように振る舞う祐騎。

 いや、嘘は言っていないけれど。

 

「コウセンパイやハクノセンパイはフィールドワーク。街を歩いて情報を集める役割。僕はネットで情報を集める役だし、高幡センパイと久我山センパイと郁島は各学年に聞き込みをする役。北都センパイと柊センパイはマニアックな知識を持ってるから、独自で動く役だね」

「……うん? 柊さんと北都先輩の役割ざっくりしすぎじゃない?」

「いや。実際柊は外国での経験が、北都は家での経験があるからな。アドバイザーのような役割が務まるんだ」

「「へえ」」

 

 

 志緒さんのフォローが入り、取り敢えず疑問を抱かれない程度には納得してくれたらしい。

 確かに祐騎の言う通りの役回りで調査をすることが多い……けれども、美月や柊以上に、志緒さんや璃音たちの活動が意味わからなくないか……? まあ納得してくれているなら良いけれど。恐らく突かれて痛い部分は多くあるし。

 

 

「まあ何にせよ、コウが楽しそうで良かったぜ」

「……え?」

 

 頭の後ろで両手を組んだ伊吹が、背中を風呂の淵に預けながら話し出す。

 

「そうだね。コウは前から……なんて言うか、何かに焦ってるような気がしてたから」

「焦ってる? そんなことないだろ」

「いいや、ジュンの言う通りだな。何かに取りつかれたかのようにバイトしてるし、人助けも欠かさねえ。そこがコウの良いところっていうのは知ってるけどよ、ダチのオレたちからしてみれば、結構心配だったんだぜ?」

「リョウタ……ジュン……」

 

 思いもしなかったと言わんばかりに目を見開く洸。

 自分もそれは短い付き合いながらも感じていたことがあった。思い返すのは忙しい中でも誰かのお願いなどを聞いて行動している彼の姿。その後ろ姿に、何かに駆り立てられているような印象を抱いたことを覚えている。

 数か月の付き合いである自分でもそう思うのだから、数年と付き合っている彼らの思いは深かっただろう。

 とはいえまだバイトも人助けもしている。彼らからしてみれば他に熱中できるものが見つかったのだと喜ぶところだろうけれど、実際は自分たちの活動も人助けの延長。彼がしていることは何も変わっていない。

 この異界化に関わる一連の騒動に終わりがあるとして、その時に彼が昔のような生活に戻るか、それともまた何かを変えるのかは、これから次第だろう。

 

 

 ……不意に、夏頃に彼とした会話を思い出す。

 そういえば自分は、以前洸に対して、何を焦っているのかを直接聞いたことがあった。その時は若干白熱してしまい……確か、整理する時間が欲しいと言われたような気がする。

 その答えは、出たのだろうか。

 後で聞いてみよう。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。