PERSONA XANADU / Ex   作:撥黒 灯

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10月6日──【杜宮記念公園】旅行初日 1

 

 

 3連休の初日。本日の天気は晴れ。絶好の行楽日和と言って良いだろう。

 そんな日の昼前の杜宮公園の出入口から、公園の内部を眺める。多くの知人がベンチや広い空間、道路端など思い思いの場所に集まって談笑していた。

 

「なあコウ、これってどういう集まりなんだ?」

「前にも言っただろ。同好会の小旅行だ」

「それにしたって、メンツやばすぎんだろ」

 

 ひそひそと会話する声が聴こえる。盗み聞きしているようで申し訳なかったが、聴こえてきたものは仕方がないだろう。

 それに、彼の気持ちも分からなくはない。

 自分や洸といった同好会のメンバーに加え、今回は親しい人もある程度なら呼んでいいとのことだったので、数名が加わっていた。

 まず、洸の友人として、伊吹や小日向、倉敷さんがいる。他には空の友人として同じ1年生の……確かアユミ、だっただろうか。その子が参加していた。

 加えて引率役として九重先生に、祐騎の姉の葵さんも来ている。今はいないが、美月の秘書である雪村さんも参加予定だ。

 こうして思い返してみると、結構な大所帯である。逆に誰も呼ばなかったのは、自分と璃音、柊と志緒さんくらいか。

 

「柊にリオン、ここにはいねえけど北都先輩まで。学校の美人どころが勢ぞろいじゃねえか! それにトワちゃんや見たことない美人のお姉さん方もいるし!」

「別に話すぐらいなら構わないが、変に誘おうとしたら怖い会長と弟に詰め寄られるぞ」

「それって誰のことかな、コウセンパイ?」

「お前のことだぜ、ユウキ後輩」

 

 友人たちとの会話に、不機嫌さが顔に滲み出ている祐騎が割って入る。

 大方、葵さんのことを話に出されて不愉快に思ったのだろう。洸も特別動揺することなく彼に答えた。

 

「えっと、キミは」

「初めまして先輩がた。コウセンパイに顎で使われている後輩の、四宮でーす」

「お前まともに俺の言うこと聞いたことないじゃねえか」

「嫌だなぁコウセンパイ、友人の前だからって持ち上げないでよ」

「勝手に高いところから見下ろしてるお前をどうやって持ち上げんだよ」

「……まあこんな感じで僕らも適当にやってるから、センパイたちも適当にすると良いよ」

 

 ……何と言うか、珍しい光景もあったものだ。

 祐樹が他人に気を使っている姿を見るなんて。

 

「仲良いんだね。ありがとう、四宮くん」

「ああ、サンキューな。後輩」

「別に」

 

 いやまあ、祐騎は元より優しいし、突拍子のない行動をしているというわけではない。けれども、それを素直に出す少年でもなかった。だからこんなにもスムーズに会話に加わり、気を回している姿が意外なもののように映ったのだろう。

 

「っとそうだ。リョウタ、ジュン、あそこにいるのが、こいつの姉の四宮 葵さんだ」

「い!? あの美人さんお前の姉ちゃんなのか!?」

「あ、四宮くんのお姉さんだったんだ」

「……まあね」

 

 祐騎たちの視線が葵さんに向くと、九重先生と話していた葵さんがそれに気付き、祐騎に手を振った。

 祐騎はそれに対して嫌そうな顔をして無視する。

 この反応はいつも通りだった。

 

「おいおい無視してやんなよ後輩……って、すげえ嫌そうな顔」

「照れんなってユウキ」

「……あ、コウセンパイ」

 

 祐騎が少し大きな声を出す。彼の目は近くに居る先輩たちに向けられていなかった。

 その視線の先を追う。

 柊や璃音たち女性陣と談笑する、倉敷さんの姿があった。

 

「! ……?」

 

 倉敷さんは彼らの視線に気づいたのか、若干首を傾げた後、洸に手を振った。

 洸の顔が赤くなる。

 

「……」

「……よかったねコウセンパイ。今話しているのがコウセンパイじゃなかったら、『え、なに? 照れてるの? 後輩には照れんなって言っておきながら恥ずかし気もなく照れちゃったの? いやあ恥ずかしいねえセンパイ。……なに? 悔しい? ならその赤くした顔のまま手を振ればいいじゃん。当然できない後輩への手本として、恥ずかしがらずにかっこよく振ってくれるんだよね?』って思っていることを正直に口に出して煽ってたよ」

「……いや口に出してるじゃねえか」

「まあこれに懲りたら、自分にできないことを相手にさせるような、口だけの大人にならないよう気を付けるんだね」

「……悪かった」

 

 両手を挙げて降参する洸。少し溜飲が下がった様子の祐騎。苦笑いする洸の友人たちに、困惑した様子の倉敷さん。ついでに葵さんは何事もなかったかのように九重先生との談笑に戻っていた。

 

「あはは、2人とも仲が良いんだね」

「……ま、何だかんだ3~4か月は一緒に居るしな」

「四宮もコウと同じ同好会のメンバーなのか?」

「そうだね。まあコウ先輩と、あそこでこっちを見てるハクノ先輩にはお世話になってるかな。不本意ながら」

「不本意なのかよ」

 

 はぁ。と溜息を吐く洸。出る前からどっと疲れた様子だ。

 

「にしても祐騎が葵さんを誘うなんて思わなかったぜ」

「……誘ってない」

「は?」

「誘ってないどころか、行くことも、この旅行があることすら伝えてないのに、居るんだよ……!」

「え、何で?」

 

 え、何で?

 

「僕以外で姉さんを誘う物好きなんて1人しかいないでしょ……」

「……まさか」

「はい! わたしが誘いました!」

「「うわっ!?」」

 

 不意に、彼らの背後から大きな声が聴こえてくる。

 退いた彼らの隙間から見えたのは、にこにこした表情で立つ空の姿。

 

「は? ソラが呼んだのか」

「はい! せっかく親しい人を呼ぶってお話なら、声を掛けてみようかなって」

 

 あくまで良いことをしましたと笑う空。いや良いことだけれども。

 自分と洸は祐騎に対して、何と言うか、同情の視線しか送れなかった。

 来て嫌、というわけではないのだろうが、束縛を鬱陶しがる彼の性格上、気楽きままに過ごしたかっただろう。

 ……ああ、だから最初、とても不機嫌だったのか。

 

「ほんと何してくれのさ……おかげで日陰でゲームしてることもできないし」

「ああ、道理で。手持ち無沙汰だったのか、ユウキ」

 

 洸の言葉で自分も理解する。祐樹が雑談に加わったのも気を回しているのも、すべては葵さんに対するアピールなのだろう。ちゃんとやっているからこっちは気にしないでくれという。

 

「良いさ。バスにさえ乗っちゃえばこっちのものだからね。今は雌伏の時だよコウセンパイ。ここで没収されるわけにはいかないんだ」

 

 指摘されたところで止めずにゲームをしていたであろう昔の姿を想像する。祐騎もとても成長しているな。

 その後、空は今の話を聞いて思うことがあったのか、祐騎を葵さんの元へと連れて行こうとした。祐騎も必死に足掻いていたけれど、力で空には敵わない。やがて反抗を止めて大人しく連行されていく。

 その姿を見送ったあと、不意に口を開いたのは小日向だった。

 

「あ、高幡先輩だ。ちょっと挨拶してくるね」

 

 遠くから、志緒さんが歩いてくる姿が見え、小日向がそちらへ向かう。

 なんとなく、予想外の繋がりだった。年も1つ違うし住んでいる場所も離れている。小日向はこの町で生まれ育った人間じゃないらしいので、昔馴染みという線も薄そうだ。いったいどういう関係なんだろうか。

 そんなことを考えていると、気付けば洸と伊吹がこちらへ向かって来ていた。

 

「取り敢えず会長たち以外は全員揃ったな」

 

 洸が自分に向かって話しかけてくる。

 自分はそれに首肯した。

 

「てか、岸波はここでなにやってたんだ?」

「迎えの車を待ってた」

「ああ、なるほど」

 

 入り口の所に立っておけば、自分たちがどこに集まっているのかを車側からも知れるだろう。それに、俯瞰して見れるから誰がどこにいるかが分かりやすい。

 

「……と、噂をすれば」

 

 マイクロバスが走ってくるのが見えた。乗用車に比べて座席が高い分、運転手の顔もよく見える。

 中型車の免許を持っているらしい雪村さんが、運転席に座っていた。また、助手席には美月の姿も。

 

「来たみたいだな」

「ああ。皆を集めるか」

「じゃあ声掛けるぜ。おーい! こっち来てくれー!」

 

 伊吹が大声を出してくれる。その呼び掛けに従い、全員がこちらへ集まった。

 背後でバスを降りた美月がこちらへやって来る。

 

「本日はお忙しい中ありがとうございます。幹事の北都です。取り敢えず、集まっていても邪魔になるでしょうし、話は中でしましょう。皆さん、バスへのご乗車をお願いしますね」

 

 それから、みんなが集団ごとに乗り込んでいく。

 まず、洸と伊吹、小日向。続いて志緒さんと祐騎。後を追うように空とアユミ。次に柊と璃音、倉敷さん。

 どうやら大人組の九重先生と葵さんは最後に乗り、助手席とその後ろに座ってくれるらしい。譲られる形で自分と美月も乗り込んだ。

 全員が乗り込み終えると、バスの扉が閉まる。全員の着席を葵さんが確認し、雪村さんに報告。バスがゆっくりと前進を始めた。

 

「晴れて良かったですね」

 

 隣に座る美月が声を掛けてくる。

 それと同時に、マイクが前方から回ってきた。

 普段はバスガイドさんが使っているものだろうか。まあ何にしても、用途は分かっている。

 

「そうだな。本当に良かった」

「……ふふ」

 

 それを受け取り、美月へ渡す。

 受けとった彼女はためらいなく電源を入れ、拡声器へ語り掛けた。

 

『えー。皆さん、改めましてこんにちは。幹事の北都です。この度は急なお誘いにも関わらず、ご参加いただきありがとうございます』

 

「こっちこそありがとー!」

 

 伊吹のレスポンスが入る。

 少しびっくりしたのか、目を点にした美月。

 だがその後も、伊吹に続くようにぽつぽつと色々なところから感謝の言葉が聴こえて来て、美月はくすりと笑みを零した。

 

『こちらこそ、ありがとうございます。事前にお伝えしている……かどうかはわかりませんが、今回は私たち同好会と、同好会メンバーが普段お世話になっている人たちとの小旅行となります。恐らくこの中にはお会いしたことのない方々、付き合いの浅い方々等いらっしゃると思います。1泊2日という短い時間ではございますが、各自羽を伸ばして英気を養うも良し、何かしら有効に活用いただくもよし。とにかくご存分にお楽しみ頂けると私どもとしても本望です。……では、私からはこのくらいで。短い道中ではございますが、席は立たない範囲でご歓談ください』

 

 拍手が聴こえてくる。

 マイクを切った美月は、疲れた様子も一息吐く様子もなく、背中を座席に預けた。

 手を差し出して、マイクを預かるという意思表示をする。

 それに気付いた美月は、ありがとうございますと小さく笑って、自分にマイクを渡してくれた。

 

「皆さんの友人ともあって、良い人が多いですね」

「そうだな」

 

 本当にそう思う。

 さきほどの伊吹の反応。美月は恐らく嬉しかったのだろう。驚いてはいたけれど困惑や嫌悪と言った表情は一切浮かべていなかった。

 

「楽しんでくれると良いんですが」

「ああ。美月も楽しんでくれ」

「……ふふ、そうですね。岸波くんもしっかり休んでください」

 

 美月と他愛無い雑談を続けること、十数分といった頃。景色が見慣れたものに変わってきた。

 初めてこちらの方へ足を伸ばしたのか、空が上げた驚きの声が耳に入ってくる。それから少しの間、みんながぽつぽつと目的地について語り出していった。

 そんな旅行先が、やがて視界に入ってくる。

 自分にとっては慣れ親しんだ門構え。

 自分たちは、【神山温泉】へとやってきた。

 

 

 


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