PERSONA XANADU / Ex   作:撥黒 灯

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10月5日──【2階廊下】 九重先生の教師観

 

 放課後、荷物を纏めて教室から出ると、ちょうど奥の方の教室から歩いてきた少女に出くわした。

 

「わわっ、ごめんね……ってあれ、岸波君?」

「……九重先生」

 

 接触しかけたのは少女ではなくて、九重先生だった。

 一瞬遅れて出来事を把握し、感情が後からついて来る。

 ……九重先生か。

 直接的に言葉を交わすのは、とても久々な気がする。恐らく人づてに話を聞くことが多かったからだろう。

 数学の授業で顔は合わせるものの、当然そこは私語を慎むべき時間。交わされる言葉は授業上のやり取りであり、そこに意志は存在しても、思惑などは存在しない。

 顔は見る。噂も聞く。けれども話す機会に恵まれなかった。

 とはいえ、ここではいさようならとも言いたくない。

 理由は言うまでもないだろう。今後のことについて、彼女と直接話したことはないからだ。

 

 

「先生、少し時間とかもらえますか?」

「……えっと、けど今日は職員会議があるから、その後とかでも大丈夫かな? それとも、急ぎの要件だったりする?」

「いえ、でしたら待ってます。寧ろ忙しいんじゃないですか?」

「ううん、それは大丈夫。終わった後なら特に問題はないよ。それに私も少し話したいことがあったから」

 

 話したいこと……?

 まあでも好都合だ。彼女からも用事があったと言うのであれば、互いに遠慮する必要はないか。

 

「では、また後でお願いします。図書室で待っていても大丈夫ですか?」

「あ……ううん、待ってる間退屈させちゃうのは申し訳ないし、本を借りるのは良いんだけど、“例の空き教室”で待っていてもらってもいいかな?」

 

 ……まあそうか。図書室で話をする訳にもいかないし、そもそも待ち合わせして移動するのは少々問題かもしれない。次の日には良からぬ噂さえ立ちそう。勿論そんな根も葉もない噂が立ったところで否定は容易だけれど、先生に付けさせていいレッテルとも思えないし、ここは大人しく空き教室で待つことにしよう。

 

「わかりました」

「じゃあそれで。ごめんね」

「いえ、では」

「うん、また後で」

 

 それにしても、例の空き教室で、ということはやはり活動内容などはだいたい聞いているみたいだな。

 今日まで直接的にそんな素振りを見せてこなかったので、今更ながらに現実味を帯びた気がする。

 

 

────>杜宮高校【空き教室】。

 

 

 立ち寄った図書室で借りた本を読んでいると、扉をノックする音が聴こえた。

 

「どうぞ」

「失礼するね」

 

 中に入って来たのはやはり九重先生。

 待ち合わせていたのだから当然と言えば当然だけれど。

 

「早かったですね」

「そうかな? 結構時間経ったと思うけど」

 

 そうかな。と思い時計を見る。

 ……割と時間が経過していた。それほどまでに没頭してしまっていたのだろう。

 少し恥ずかしい気持ちになりながらも、話を切り替える。

 

「あ、先生も座ってください」

「うん、ありがと。……よいしょっと」

 

 ……想定していたより頭の位置が下だった。

 特にどうと言うことはないのだけれど。

 

「あ、今小さいなって思った?」

「……よく分かりましたね」

「前も言ったと思うけれど、人は視線には敏感なんだからね。気にしているところとか、コンプレックスに感じているところに対する視線は特に」

 

 先生も身長がコンプレックスなんですね、と言うのは止めておいた。

 いやまあ以前までのやりとりで、なんとなく分かってはいたけれども。

 

「あと、あからさまに目を逸らすのも避けた方がいいかも」

「……難しいですね」

「あはは、まあ私は言うほど気にしてないけど、世の中にはそれで傷付いちゃう人もいるから。気を配ってくれると嬉しいかなって」

「九重先生が嬉しいんですか?」

「うん。それはそうだよ。誰だって、関わった人たちに不幸なことが起きてほしくはないからね」

 

 はっきりと、きっぱりと、笑顔で言い切る九重先生が眩しく見える。

 言っていることは普通なことだ。けれど、恐らくこれは全員が全員恥ずかし気もなく言えることではないし、日常会話で不意に出てくるような言葉でもない。普段からそう思っていない限りは、だけれど。

 ……関わった人たちが、不幸な目に合わないように、か。

 

「だから、今回の件も、関わることにしたんですか?」

「……今回の件っていうのは、その、異界についてだよね」

「はい」

 

 彼女の確認の言葉に対し首肯を返すと、九重先生は困ったように眉を寄せる。

 

「正直、今でもみんなが危険に飛び込むことには、反対なんだ。私」

「……」

「きっとどこの学校にも、生徒が危険なことに首を突っ込んでいる現状を良しとできる先生なんていないよ」

「……そう、でしょうね」

 

 それは予想通りな、どこまでも教師として正しい回答だった。

 

「でも、多分そう言っても、みんなは止まらないんだろうなって思った。コー君とソラちゃんが来た時にね」

「……」

「ずっと昔から知ってる従弟と、一時期とはいえ一緒に暮らしていた子だもん。びっくりするほどすぐに伝わってきちゃった。真剣で、まっすぐで、止まることなんてないんだって」

 

 ……まあ、そうだろうな。

 情熱で押し切るような説得だっただろうことは、容易に予想ができる。

 存分に想いをぶつけてもらったはずだ。洸も空もそこら辺、遠慮なくいける人間だろう。

 

「でも、私だって知らない所で傷付いてほしくない。それに知ったからにはやれることをしたいと思ったの」

「それで、裏方としての支援を受け入れてくれたんですか?」

「それが全部じゃないけどね」

 

 それは、目の前で起こる悲劇から目を逸らさないという自分の誓いにも近いものだった。

 少し嬉しく、少し悲しい。

 こんな素敵な先生に余計なものを背負わせてしまうことが。

 

「すみません」

「どうして謝るのかな?」

「自分たちが失敗したら、関わっていた先生にも責任が行ってしまうことになるので」

 

 直接的に何かをした訳でもないのに、責任だけが存在してしまう。

 自分で自分たちの要求に対し穿った見方をするのであれば、正直今回の話は九重先生に負担を掛けるだけとも言えるだろう。

 支援を買って出てもらっておいてなんだけれども、そこだけは謝っておきたかった。

 

「……生徒が」

「?」

 

 九重先生が、ゆっくりと息を吸って、口を開く。

 視線が、噛み合った。

 緊張感が増す。

 

「生徒が何かしたいって言った時、助けてあげられるのが、先生の役割だと思うんだ」

「……先生」

「生徒が何かに立ち向かったりするとき、寄り添い、手助けをするのが、私たちの仕事。勿論普段だったら怪我なんてしてほしくないし、命の危険があることになんて触れてほしくはないけど、それでも皆が皆の意志でやり遂げるって決めたのなら、精一杯のサポートくらいは、やらせてくれないかな?」

 

 向けられてきたのは、覚悟の込められた瞳。

 九重先生の本気度が、空気を通して肌で感じ取れる。

 ……いや、正直なところ、分かってはいたのだ。

 優しい教師である彼女が、中途半端な覚悟で自分たちの提案に乗る訳がないと。

 そう、分かってはいたけれど。

 

「ありがとうございます」

 

 深く頭を下げる。

 こうして言葉を、熱意を向けてもらえて。

 なんて良い人に出会えたのだろう。なんて良い教師に見守られているのだろう。と心の底から思えたから。

 ありがとうございます。感謝の言葉なんて、それくらいしか今の自分には出せないけれど、それでも必死に想いを込めて、頭を下げ続ける。

 

「……頭を上げて」

 

 顔を上げた先に会った九重先生の微笑みは、慈愛の女神のようであった。

 

「これは皆にもお願いするし、北都さんと柊さんにはもうお願いしたけど、岸波君もリーダーって話だから、先に言っておくね」

「……はい」

「約束して。出来る限りはするけれど、本当に危険だと思ったら引き返すって」

「はい」

「絶対に無事に帰ってくること。いいかな?」

「はい」

「……じゃあ、大丈夫。私は私のできることを頑張るから、皆は皆にしかやれないことを頑張って」

 

 ああ、いつもされても気が引き締められるものだ。

 託された上で、応援されるのは。

 私にはできないからと。君たちにはできるはずだからと。

 そういう相手側の悔しさや無力感を理解した上で、自分たちに託されるという重みを噛み締めるのは。

 心に、響くものがある。

 やり遂げなければならないと。裏切るわけにはいかないと。情熱が身体中を駆けまわっていくように、熱くなった。

 

「頑張ります。これからも、迷惑かけるかもしれませんが、よろしくお願いします」

「うん。こちらこそ、みんなを、杜宮を、よろしくお願いします」

 

 お互い、頭を下げる。

 今度は上げてと言われる前に、頭を上げた。

 ……頑張らないとな。

 今はただ、やる気だけが満ちてくる。

 九重先生の想いに触れることができてよかった。

 また1つ、大事なことを学べた気がする。

 それに少しだけ、先生との距離も近づいた気がした。

 

 

 暫く、教室で無言の時が流れる。

 自分の話は終わったので、彼女の番なのだけれど、これは促すべきだろうか。

 

「……あ、すみません。自分の話はこれで終わりです。九重先生の話と言うのは……」

「あ。えっと、確認と、相談なんだけどね──」

 

 

 その内容を詳しく聞いていき、そういえばその問題もあったなと頭を抱えた。

 まあ詳しくは明日とかに話し合うとは思うけれど、取り敢えず自分の意見だけを伝え、話し合いを終える。

 かなりの時間話し込んでしまったらしい。気付けば丁度下校を促すアナウンスが流れる5分前ほどになっていた。

 九重先生に改めて時間を取らせたことへの謝罪と感謝を述べ、学校に後にした。

 

 

──夜──

 

 

 明日から3連休。

 この前約束した、小旅行の日だ。

 

『明日の集合場所は、杜宮公園前にします。集合時間は11時で』

『……朝早くない?』

『ユウキお前……何時まで寝るつもりなんだ』

『いつもの土日は8時頃に寝るから』

『8時って、ユウ君、それは朝だよ?』

『ソラ、それ以上はいい。ユウキ、今日はもう寝ようぜ』

『ぜんっぜん眠くないんだけど』

『目を閉じてるだけでも休まるぞ』

『高幡センパイも朝弱そうだけど』

『残念だが仕込みやらなんやらの手伝いで早朝に起きる癖が付いてんだ』

『あ。朝のランニングの時、たまに会いますもんね』

『ソラちゃんも早起きなのね』

『柊センパイは……寝て無さそう』

『わかる』

『時坂君まで……貴方たち、私をロボットかなにかと勘違いしてないかしら』

 

 数分文章が止まる。

 

『既読してるの分かってるわよ? 答えなさい?』

 

 柊の文面の圧が強まったところで、個人チャットが来た。

 美月からだ。

 

『岸波くんは日程大丈夫そうですか?』

『はい。段取りとか、ありがとうございます』

『いいえ。ではまた明日』

 

 返信を終え、サイフォンを閉じる。

 きっとそれ以降、全体チャットは動かないだろうし。

 

 ……さて。明日からみんなと旅行か。楽しみだな。

 ……欠員出ないといいけれど。

 

 




 

 コミュ・法王“九重 永遠”のレベルが4に上がった。

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