水泳部の練習に来た。
だが、いつもよりもプールサイドがざわついている気がする。
「ん、ああ、たしか2年の……そうだ、岸波先輩、でしたね」
たった今入って来た自分に気付いたのか、一番出入口近くに居た生徒が寄って来た。言葉遣いから察するに、後輩だろう。
あまり練習にも出ていない身だが、覚えてもらっているだなんて……いや、この場合はこの子が凄いのかもしれない。
「こんにちは。この騒ぎは?」
「聞いてないんですか? 今日、選考会の結果発表があるんです」
「選考会、というと……」
前に部活全体で行っていた、タイムを測るやつだろうか。自分はまだ泳げないため参加することができなかった、あの。ユウジが1回目に欠席し、欠席者向けのタイム測定で、あのハヤトの記録を抜いた時の。
……あの時の異様な雰囲気は、今でもはっきりと覚えている。
「それじゃあ今は、先生待ちか」
ああ、よくよく観察してみると、いつもは泳いでいる面々がプールサイドに立っていた。いつもよりも人数が多かったことで、ざわついているように思えたのかもしれない。
どちらかと言えば、言葉数が少ない人の方が多そうだ。いつになく、場に緊張感がある。とはいえ逆に盛り上げている人もいる。前者の筆頭がハヤトで、後者の筆頭がユウジだった。
……やっぱりこの2人は対照的だな。
どちらかに声を掛けてみようか。
──Select──
ハヤトに。
ユウジに。
>そっとしておく。
──────
どちらも、選考を前に気が高まっているのかもしれない。
今、話しかけて乱すべきではないだろう。
彼らには彼らの落ち着く方法がある。形は違えど、共に第一線を張る泳者。変に関わってしまうと悪影響かもしれないから。
それから、他の生徒たちと待つこと数分。
ざわりと、プールの一部がざわついた。
どうやら、サキ先生が到着したらしい。
「アタシはまどろっこしいのは苦手だ。前もって言っておくが、選ばれた者は一層の努力を仲間に、呼ばれなかったものは更なる研鑽を自身に誓え。団体戦は部員全員で勝ちに行く。良いな?」
『はい!』
全員の、覇気の籠った応答が繰り出される。それを真正面から受け、満足気に頷いたサキ先生は、手に持っていたバインダーに視線を下ろした。
「それじゃあまず──」
名前の読み上げが、代表発表が、始まる。
────
残る枠もあと少し。
ハヤトとユウジは、未だ呼ばれていない。
「個人メドレーの200Mだが、ここはユウジに任せる」
「はーい」
先に、ユウジが呼ばれた。
その様子に、ハヤトは反応しない。まるで分かりきっていたかのような態度だ。
……それは、そうかも。自身より速かったハヤトが呼ばれないのであれば、彼も呼ばれないと腹を括っていたのかもしれない。
そして。
「ハヤト、お前は400M自由形だ。頼んだぞ」
「はいッ!」
勢いよく、喰ってかかるように返事をしたハヤト。
だが、元気はあるものの、嬉しそうではない。
「良し、これで個人の発表は全員終わったか? 言っておくが、怠けてるようならすぐにでも入れ替えるから気合入れてけよ!」
『はい!』
「リレーについてはこれからお前らの調子を見て入れたり抜いたりするが、大元のメンバーは各レースの代表が選べ。部長が400M、ハヤトが800Mだ」
「はいッ!」「は、はいッ!」
「以上、解散! さっそく練習に戻れ!」
その号令で、全員が散り散りになる。自分も自分の練習をしようとコースへ向かおうとして、足を止めた。
「ハヤト、お前は少し残れ」
「! はい」
サキ先生に呼び止められるハヤトの姿が見えたからだ。
……少し険しい顔をしている。
サキ先生も、彼から返ってきた反応が欲しかったものと違ったのか、もどかしそうな、歯痒そうな表情だ。
やがて彼はこちらへ歩いて来る。
俯いたまま歩いているので、自分には気づかないかもしれない。
……声を掛けるか。
──Select──
疲れているのか?
代表おめでとう。
>なにを言われたんだ?
──────
「……ああ、岸波か」
俯いていた顔を上げて、自分の姿を視界に捉える彼。
どこか疲れたような面持ちだ。今日はまだ泳いでいないはず。だとしたら今の先生との会話の中に、疲れるようなポイントがあったとか?
「言い辛いことか?」
「まあ……そうだな。いや、言っても良いんだが」
「? よく分からないけれど、もやもやしているものがあるなら、ぶつけた方が良いんじゃないか?」
「ぶつける……」
目を点にして、自分の言葉を反芻させるハヤト。
何処か様子がおかしい気がするけれど。
「ありがとう岸波! 助かった!」
「え、あ、うん。プールサイドは走っちゃだめだぞ」
「っとと、まさかお前に言われるとはな」
まあ、確かに自分のような初心者に注意されるなんて。もしかしてよほど興奮しているのだろうか。
何を思いついたのだろう。
「……なーんか、様子可笑しいよな」
「!?」
気付くと、ユウジが背後に立っていた。
「あ、代表おめでとう」
「さんきゅー……ってそうじゃなくてな」
いつも飄々としていて捉えどころのない彼の、真剣な目がまっすぐハヤトに向けられる。
「気を張り詰めてたかと思えば、何か落ち込んで、かと思えば今度は小躍りしそうなほどウキウキして……何があったんだ?」
「さあ?」
正直まったく分からない。
そんな自分たちの視線の先、何かをサキ先生に相談に行ったハヤト。
ハヤトから何かしらの話を持ち掛けられたサキ先生は、少しの考慮の後、ニヤリと笑った。
「頑張れよ!」
「! はい!」
ハヤトの背中をバシッと叩くサキ先生。そして彼女はこちら……というか、ユウジを見ているようだ。
「え? は?」
困惑するユウジ。当然だ。ここからでは話の内容は聴こえないのだから。
そんな自分たちを置き去りにしたまま、ハヤトはサキ先生に一礼し、練習へ向かう。残された先生はといえば、こちらへ向かって歩いてきた。
「アタシの前でサボりとは余裕だな」
「いやいやサキちゃん、あんなの気になるでしょ」
「先生と呼べ。あと敬語」
「すみませーん。んで、ハヤトと何話してたか、聞いてイイっすか?」
「ああ、お前にも関係あることだしな」
俺に? と首を傾げるユウジ。
やはり先程の視線には意味があったらしい。とはいえ、話の流れがまったく理解できていないこちらには、どうして唐突にユウジが関わったのか分からない。恐らく話のタイミング的には、さきほどの選考も関わっている可能性があるけれど。
「お前とハヤト、2人には直接勝負をしてもらうことになったからな」
「……は?」
「差しの決闘だよ。熱いじゃねえか。日程は公平になるよう、少し置いて実施するから、備えておけよ」
じゃ。と手を挙げて去ろうとする先生。
当然、納得のしようがないユウジはその後を追う。
「……?」
どういうことだろうか。何がどうしてハヤトとユウジが勝負をすることになる?
推測はできても、確定はできない。本人に事情を聞くことができない限りは。
渦中の人間のもう1人、ハヤトに目を向ける。
さきほどまで活き活きとしていた彼だったが、今は鬼気迫る表情で泳ぎにのめり込んでいた。
……今、邪魔しては悪いか。
後で話が聞けそうなら聞いてみるとしよう。
──と思ったけれど、結局はその機会が訪れることはなく、今日の部活は終わってしまった。
また日を改めるとしよう。その時にはハヤトも落ち着いているかもしれないし。
──夜──
今晩はなんか、ひとりで没頭したかったので、ゲームをやることにした。
『イースvs.閃の軌跡 CU』を起動する。ストーリーを進めていくうちにキャラが増えていくゲームだけれど、そろそろストーリーも折り返しだろう。今まで散々撒かれていた伏線の一部が回収されていく。
それと伴にバトルが増える訳だけれど……これが勝てない。
ということで、少し操作練習をすることにした。今までは特に“ヒュンメル”というキャラクターを使っていたけれど、最近は操作可能キャラも増えたし、得意を増やす努力をしても良いだろう。ヒュンメルは中距離キャラなので、近距離キャラを使えるようになると、今後楽かもしれないな。
「…………っ…………」
いや、難しいな。
触った感じ一番楽なのは、オールラウンダーである“ユーシス”か。あとは近中距離を使える“フィー”とか。なんというか、ある程度間合いを取れるキャラでないと安定しないかもしれない。
……近距離だと、攻撃を読んで回避してからの反撃を急がないといけないから、難しいような気がする。避ける所までは上手くいくのだ。そこから先が続かないというべきか。
そういう意味では、速度か高く動きの起こりを見てからの回避が楽で、いざとなれば離れて狙撃もできるフィーはスタイルに合っているかもしれない。
ユーシスも練習しておこう。オールラウンダーに慣れて置けば、やがて他の操作キャラが必要になった時に経験を転移できる。
……今日は結局、練習をずっとするだけで終わった。
コミュ・剛毅“水泳部”のレベルが7に上がった。
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優しさ +2。
根気 +2。