PERSONA XANADU / Ex   作:撥黒 灯

171 / 213
10月3日──【マイルーム】水泳部のライバルたち 2

 

 

 水泳部の練習に来た。

 だが、いつもよりもプールサイドがざわついている気がする。

 

「ん、ああ、たしか2年の……そうだ、岸波先輩、でしたね」

 

 たった今入って来た自分に気付いたのか、一番出入口近くに居た生徒が寄って来た。言葉遣いから察するに、後輩だろう。

 あまり練習にも出ていない身だが、覚えてもらっているだなんて……いや、この場合はこの子が凄いのかもしれない。

 

「こんにちは。この騒ぎは?」

「聞いてないんですか? 今日、選考会の結果発表があるんです」

「選考会、というと……」

 

 前に部活全体で行っていた、タイムを測るやつだろうか。自分はまだ泳げないため参加することができなかった、あの。ユウジが1回目に欠席し、欠席者向けのタイム測定で、あのハヤトの記録を抜いた時の。

 ……あの時の異様な雰囲気は、今でもはっきりと覚えている。

 

「それじゃあ今は、先生待ちか」

 

 ああ、よくよく観察してみると、いつもは泳いでいる面々がプールサイドに立っていた。いつもよりも人数が多かったことで、ざわついているように思えたのかもしれない。

 どちらかと言えば、言葉数が少ない人の方が多そうだ。いつになく、場に緊張感がある。とはいえ逆に盛り上げている人もいる。前者の筆頭がハヤトで、後者の筆頭がユウジだった。

 ……やっぱりこの2人は対照的だな。

 どちらかに声を掛けてみようか。

 

──Select──

  ハヤトに。

  ユウジに。

 >そっとしておく。

──────

 

 

 どちらも、選考を前に気が高まっているのかもしれない。

 今、話しかけて乱すべきではないだろう。

 彼らには彼らの落ち着く方法がある。形は違えど、共に第一線を張る泳者。変に関わってしまうと悪影響かもしれないから。

 

 それから、他の生徒たちと待つこと数分。

 ざわりと、プールの一部がざわついた。

 どうやら、サキ先生が到着したらしい。

 

「アタシはまどろっこしいのは苦手だ。前もって言っておくが、選ばれた者は一層の努力を仲間に、呼ばれなかったものは更なる研鑽を自身に誓え。団体戦は部員全員で勝ちに行く。良いな?」

『はい!』

 

 全員の、覇気の籠った応答が繰り出される。それを真正面から受け、満足気に頷いたサキ先生は、手に持っていたバインダーに視線を下ろした。

 

「それじゃあまず──」

 

 名前の読み上げが、代表発表が、始まる。

 

 

────

 

 

 残る枠もあと少し。

 ハヤトとユウジは、未だ呼ばれていない。

 

「個人メドレーの200Mだが、ここはユウジに任せる」

「はーい」

 

 先に、ユウジが呼ばれた。

 その様子に、ハヤトは反応しない。まるで分かりきっていたかのような態度だ。

 ……それは、そうかも。自身より速かったハヤトが呼ばれないのであれば、彼も呼ばれないと腹を括っていたのかもしれない。

 そして。

 

「ハヤト、お前は400M自由形だ。頼んだぞ」

「はいッ!」

 

 勢いよく、喰ってかかるように返事をしたハヤト。

 だが、元気はあるものの、嬉しそうではない。

 

「良し、これで個人の発表は全員終わったか? 言っておくが、怠けてるようならすぐにでも入れ替えるから気合入れてけよ!」

『はい!』

「リレーについてはこれからお前らの調子を見て入れたり抜いたりするが、大元のメンバーは各レースの代表が選べ。部長が400M、ハヤトが800Mだ」

「はいッ!」「は、はいッ!」

「以上、解散! さっそく練習に戻れ!」

 

 その号令で、全員が散り散りになる。自分も自分の練習をしようとコースへ向かおうとして、足を止めた。

 

「ハヤト、お前は少し残れ」

「! はい」

 

 サキ先生に呼び止められるハヤトの姿が見えたからだ。

 ……少し険しい顔をしている。

 サキ先生も、彼から返ってきた反応が欲しかったものと違ったのか、もどかしそうな、歯痒そうな表情だ。

 やがて彼はこちらへ歩いて来る。

 俯いたまま歩いているので、自分には気づかないかもしれない。

 ……声を掛けるか。

 

 

──Select──

  疲れているのか?

  代表おめでとう。

 >なにを言われたんだ?

──────

 

 

「……ああ、岸波か」

 

 俯いていた顔を上げて、自分の姿を視界に捉える彼。

 どこか疲れたような面持ちだ。今日はまだ泳いでいないはず。だとしたら今の先生との会話の中に、疲れるようなポイントがあったとか?

 

「言い辛いことか?」

「まあ……そうだな。いや、言っても良いんだが」

「? よく分からないけれど、もやもやしているものがあるなら、ぶつけた方が良いんじゃないか?」

「ぶつける……」

 

 目を点にして、自分の言葉を反芻させるハヤト。

 何処か様子がおかしい気がするけれど。

 

「ありがとう岸波! 助かった!」

「え、あ、うん。プールサイドは走っちゃだめだぞ」

「っとと、まさかお前に言われるとはな」

 

 まあ、確かに自分のような初心者に注意されるなんて。もしかしてよほど興奮しているのだろうか。

 何を思いついたのだろう。

 

「……なーんか、様子可笑しいよな」

「!?」

 

 気付くと、ユウジが背後に立っていた。

 

「あ、代表おめでとう」

「さんきゅー……ってそうじゃなくてな」

 

 いつも飄々としていて捉えどころのない彼の、真剣な目がまっすぐハヤトに向けられる。

 

「気を張り詰めてたかと思えば、何か落ち込んで、かと思えば今度は小躍りしそうなほどウキウキして……何があったんだ?」

「さあ?」

 

 正直まったく分からない。

 そんな自分たちの視線の先、何かをサキ先生に相談に行ったハヤト。

 ハヤトから何かしらの話を持ち掛けられたサキ先生は、少しの考慮の後、ニヤリと笑った。

 

「頑張れよ!」

「! はい!」

 

 ハヤトの背中をバシッと叩くサキ先生。そして彼女はこちら……というか、ユウジを見ているようだ。

 

「え? は?」

 

 困惑するユウジ。当然だ。ここからでは話の内容は聴こえないのだから。

 そんな自分たちを置き去りにしたまま、ハヤトはサキ先生に一礼し、練習へ向かう。残された先生はといえば、こちらへ向かって歩いてきた。

 

「アタシの前でサボりとは余裕だな」

「いやいやサキちゃん、あんなの気になるでしょ」

「先生と呼べ。あと敬語」

「すみませーん。んで、ハヤトと何話してたか、聞いてイイっすか?」

「ああ、お前にも関係あることだしな」

 

 俺に? と首を傾げるユウジ。

 やはり先程の視線には意味があったらしい。とはいえ、話の流れがまったく理解できていないこちらには、どうして唐突にユウジが関わったのか分からない。恐らく話のタイミング的には、さきほどの選考も関わっている可能性があるけれど。

 

「お前とハヤト、2人には直接勝負をしてもらうことになったからな」

「……は?」

「差しの決闘だよ。熱いじゃねえか。日程は公平になるよう、少し置いて実施するから、備えておけよ」

 

 じゃ。と手を挙げて去ろうとする先生。

 当然、納得のしようがないユウジはその後を追う。

 

「……?」

 

 どういうことだろうか。何がどうしてハヤトとユウジが勝負をすることになる?

 推測はできても、確定はできない。本人に事情を聞くことができない限りは。

 渦中の人間のもう1人、ハヤトに目を向ける。

 さきほどまで活き活きとしていた彼だったが、今は鬼気迫る表情で泳ぎにのめり込んでいた。

 ……今、邪魔しては悪いか。

 後で話が聞けそうなら聞いてみるとしよう。

 ──と思ったけれど、結局はその機会が訪れることはなく、今日の部活は終わってしまった。

 また日を改めるとしよう。その時にはハヤトも落ち着いているかもしれないし。

 

 

──夜──

 

 

 今晩はなんか、ひとりで没頭したかったので、ゲームをやることにした。

 『イースvs.閃の軌跡 CU』を起動する。ストーリーを進めていくうちにキャラが増えていくゲームだけれど、そろそろストーリーも折り返しだろう。今まで散々撒かれていた伏線の一部が回収されていく。

 それと伴にバトルが増える訳だけれど……これが勝てない。

 ということで、少し操作練習をすることにした。今までは特に“ヒュンメル”というキャラクターを使っていたけれど、最近は操作可能キャラも増えたし、得意を増やす努力をしても良いだろう。ヒュンメルは中距離キャラなので、近距離キャラを使えるようになると、今後楽かもしれないな。

 

「…………っ…………」

 

 いや、難しいな。

 触った感じ一番楽なのは、オールラウンダーである“ユーシス”か。あとは近中距離を使える“フィー”とか。なんというか、ある程度間合いを取れるキャラでないと安定しないかもしれない。

 ……近距離だと、攻撃を読んで回避してからの反撃を急がないといけないから、難しいような気がする。避ける所までは上手くいくのだ。そこから先が続かないというべきか。

 そういう意味では、速度か高く動きの起こりを見てからの回避が楽で、いざとなれば離れて狙撃もできるフィーはスタイルに合っているかもしれない。

 ユーシスも練習しておこう。オールラウンダーに慣れて置けば、やがて他の操作キャラが必要になった時に経験を転移できる。

 ……今日は結局、練習をずっとするだけで終わった。

 

 

 

 




 

 コミュ・剛毅“水泳部”のレベルが7に上がった。


────
 

 優しさ +2。
 根気  +2。



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。