終了を告げるチャイムが鳴る。
「よし、じゃあ今日はここまでにしよう。号令」
「起立」
佐伯先生によるLHRが終わり、委員長である少女が号令を掛けた。
それは放課後、自由時間が到来する合図。
取り敢えず今日の予定は……ああ、ベルベットルームの彼女を探すのだった。
何処かで待っているらしいし、急がなければ。
「ああ岸波、少し良いか?」
鞄を持った自分を、佐伯先生が呼び止める。
「何ですか?」
「少し言いづらいが、部活について大事な話がある」
部活? と首を傾げる。
そういえば自分は何処にも所属していない。
高校生といえば部活、とまで言われるらしい一大要素。可能ならば体験してみたいが。
「実は、今週の水曜日から今日までが部活動体験期間に設定されている。本来であれば新入生向けのイベントだが、編入生である岸波も参加が可能だったんだ」
成る程。だというのに自分は、検査入院やら何やらで貴重な3日のうち2日を休んだ、と。
まあ、割りきるしかない。比べ物にならないような事件を体験したのだ。
それに、今日がある。自分のやりたいことを探すには充分だろう。
「分かりました。体験の手続きとかはあるんですか?」
「いや、それはない。各部活時間いっぱいまで体験させてもらえるから、複数部活を体験することも可能だ。無論、そのデメリットもあるがな」
デメリット。
思い付くのは、部活の雰囲気を知れないことや、楽しさに気づく前に終わってしまうことだろうか。
やるからには、しっかりやってみたいが……
「はは、時間はないが、よく悩むと良い。相談があれば乗るから、何かあったら職員室に来てくれ。あと一応、これが部活のリストだ」
プリントを手渡される。学校紹介の1ページのようだ。
……結構な量があるな。
「ありがとうございます。ちなみにお薦めとかはありますか?」
「俺のか? 山岳部やワンダーフォーゲル部があればそれを薦めるんだが、
「ワンダーフォーゲル?」
「登山やキャンプ、スキーなど色々な活動の幅がある……アウトドア活動の総称のようなものだと思ってくれ」
どうやら佐伯先生は山が好きらしい。
この辺りに山は……確かあったな。学校からも見える。名前までは分からないが。
「ふむ……水泳や陸上はどうだ? 身に付けると益になるものが多いしな。まあ、どの部活も基礎からやるなら大して差はないが、野球やサッカーは今からだと難しいものもあるだろう」
確かに、チームスポーツに混ざっても、一年のブランクがある以上は難しいだろう。
個人競技で、自分を高められるものという意味では、水泳も陸上も大いにやる価値がある。
「ありがとうございます、参考になりました」
「ああ、じゃあ頑張れよ。正式入部はゴールデンウィーク明けからだからな。来週、希望調査表を渡す」
そう言って去っていく担任の姿を見送り、自分は肩に掛けた鞄を下ろして、それぞれの活動場所を探すことにした。
────
──>杜宮高校【グラウンド】。
「ん、なんだ。体験か? 制服姿で何をするって言うんだ」
一度グラウンドに顔を出した所、体育着に着替えるよう指示されたので、慌てて出直してきた。
確かにその通りである。制服姿で走るとか、どんな拷問だろう。
グラウンドには一通りの機材が置かれていて、区画によって、短距離、長距離、ハードル、走り幅跳び、棒高跳びなどに挑戦できるようだ。各種目の場所には先輩らしき人たちが居て、体験生に声を飛ばしている。
……長距離でもやってみるか。
何より今後のことを考えたら、体力が大事になるだろう。
短距離のような瞬発力も捨てがたいが、優先度はこちらが上な気がする。
「うん? 体験の子……じゃ、ないね。2年の編入生の子だ、話題の。あ、でも君も一応体験でいいのかな?」
「はい」
「そか、じゃあまずは準備運動して、走ってみよう。屈伸とか基本的なのは一通りやって、屈伸伸脚アキレス腱伸ばしは入念にやること。良いね?」
頷きを返し、少し離れた場所でやってみる。
その最中で走っている生徒たちを眺めていると、1人、際立って走るのが上手な男子生徒が居た。
上級生たちもその少年が走る姿に注視している。
「スゴいな、彼。タカシって言ったか?」
「ああ、是非入って欲しい」
そんな内緒話まで聴こえてきた。
少年は走り終えると即座に囲まれ、色々な話を振られている。
少し困っているようだが、嫌がってはいないようだ。
さて、自分も走るとしよう。
────
「……編入生くんは、もう少し基礎的な体力を付けようね」
軽く走ってみて。と言われて軽く走ったが、それだけで息が上がってしまった。
おかしい、事件の時はもう少し動けた気がするんだが。
「でも、陸上部に入って毎日少しずつでも走っていけば、夏には人より走れるようになると思うよ。よかったら是非入部を!」
「ありがとうございます。少し考えますね」
笑顔で送り出してくれた先輩に感謝を伝え、その場を後にした。
────
──>杜宮高校【プール場】。
続いてやって来たのは、水泳部。
だが、他の部に比べて人は少なかった。
「ん? 確かD組の岸波だよな」
「はい、そうですけど……えっと、貴方は?」
「ああ、俺のことはハヤトって呼んでくれ。隣のクラスだし、仲良くしようぜ」
「よろしく」
「それで、どうしたんだ?」
自分は編入生なので、体験したいという旨を伝えた。
「おお、そうか。……嬉しいことだが、1つだけ、言っておかなければならない」
「? それは?」
「この時期のプールは……寒い!」
…………成る程、人数の理由はそれか。
「いつもここで練習を?」
「いや、学校のプールが使えるようになるまでは近くの施設を借りているんだが……流石に体験では使わせて貰えないみたいでな」
「成る程」
だとしたら普段は練習ができるらしい。
1度泳ぎを体験してみたかったが……次の機会にしよう。自分でもジムなどに行けば入れるはずだ。
「帰るのか?」
「ああ、流石に出来なさそうだし」
「できないことはないんだが……まあやって不快感を持たれても逆効果だしな。興味があったら是非入部してくれ。泳げない人用のコースもあるから」
「ありがとう、考えておく」
初心者用でコースを確保してくれる、というのは良い環境そうだ。つくづく体験してみたかった。まあ、候補から外れる訳ではないし、決定までにピンと来る部活がなければここも良いだろう。
────
そうしていくつかの部活を体験していると、完全下校時間直前となった。
かなり有意義な時間が過ごせた気がする。
さて、着替えて帰るとしよう。
────
──>駅前広場【オリオン書房】
せっかくだし、運動系の本でも買ってみるか。
そう思い至り、駅前広場へと足を伸ばした。
本屋【オリオン書房】の中は結構な人数で賑わっている。
ちょうど高校の帰宅時間や、大学などの終業時間が重なった結果だろうか。結構同じ年代の人が多い。
そんななか、ふと見知った顔を見つけた。
確か、事件の日に珈琲屋でバイトをしていた──そう、時坂だ。
珈琲を一杯おごってくれた彼が、今日は本屋のエプロンをしている。またバイトだろうか。
忙しそうだし、声は掛けないで行こう。
目当ての本も、探した所で吟味する余裕は無さそうだ。また違う日にでも来るか。
そう思い直して、店を後にする。
──>杜宮駅【駅前広場】
駅前広場に戻り、デジタルサイネージの音が今日もしているなぁ、と駅に掲げられた液晶ディスプレイへと視線を向ける。
その途中、視界の隅に、蒼い何かが映った……気がした。
……なにか、わすれている、ような、きがする。
気がする、だけで済んで欲しかった。
足が自然とそちらへ向かう。
蒼い扉のようなものと、その前に立つ不思議な雰囲気の女性に、吸い込まれるかのように。
自分の姿を眺めていたらしい女性が、首を傾げながら口を開く。
「質問します。まさかとは思いますが、本屋の中に入り口があるとでもお思いに?」
「いや……」
「作用でございますか。まあ1000歩程度譲ってお戯れだと思いましても? 待たされました。時間という概念がない私ですけれども、待たされましたよ、ご主人様?」
「すまない。それであの、アメーリア、人前でご主人様は止めて頂けると」
「どうせ見えも聴こえもしませんでしょうし、構わずともよろしいかと」
見えも聴こえもしない?
どういうことだろうか。
「率直に回答しますと、ご主人様以外に私を関知できる存在がいないということです。今のご主人様は虚空に語りかける変人、ということですね」
それは、つまり。
今までの話の内容を聞かれていたら、空想上の存在にご主人様呼ばわりさせてるイタい人と、思われているということ……?
慌てて周囲を見回す。
人影は、ない。
思わず、安堵の息を吐いた。
「良うございましたね、こちらを見ている人間が居なくて」
「ああ」
「それでは、ご安心なさったご主人様に、朗報です」
「朗報?」
果たして、この状況で与えられるものが善いものではないことくらい察しがつくけれども、一応聞いてみよう。否、この不思議な圧力の前では聞かざるを得ないのである。
「私と1対1で、実践に加え死の恐怖さえ体験できる付加価値満点説教を施しましょう」
「お、横暴だ!」
「な ん か 言 い ま し た か ?」
……とても、凄まれた。
「……なんでもありません」
言い返すにはもう少し“度胸”が要る。
まあ何にせよ、遅れた自分が悪い。怒っているのかどうかは表情から読み取りづらいが、少なくとも不快に感じさせたようだ。
甘んじて、その罰を受け入れよう。
「ふふ、素直で結構……では」
出番を得て早々暴れるベルベットルームの住人らしくないキャラ。まあ今後は大人しいでしょうし、大丈夫……だよね?
あまり彼女のキャラは深く掘り下げない方針でいきます。そこら辺は原作に倣う。
はてさて白野は何を喰らったのか。やっぱメギドラオンかなぁ。