今日は日曜日。昨日に続いて学校が当然休みだ。
予定はない。しかし何かしたいという漠然とした欲求がある。落ち着かないというかなんというか、とにかく衝動を持て余していた。
……そうだな、今日はバイトに行くか。
──夜──
────>【駅前広場】。
帰り道。
バスに乗って駅前広場のバスロータリーに辿り着く。
階段を昇っていくと、だんだん、聞いたことのあるような音楽が耳に届き始めた。
高架の歩道に足が付いた頃には、彼──オサムの姿を視界に捉えられるようになる。
……今日も、彼の周りに人が居ない。
近付くと、彼はこちらに気付いてくれたのか、歌唱中にも関わらずこちらへウインクしてくれた。
暫く聞いていこうか。
「っ! ……おおきに~」
締めの一音を奏で終え、挨拶を区切りにした。
そしてそのままギターを持ったままこちらへ歩いて来る。
「なんや、きてくれたんか」
「はい。頑張ってますね」
「あいかわらず、鳴かず飛ばずやけどな」
自虐気味、というほど沈んだ表情ではない。純然たる事実として捉えているのだろう。それはそれで問題だけれども。
「今日はどうしたんだ?」
「バイトの帰りです」
「あ~、温泉でバイトしとんやったか。って、敬語」
「……おっと。そうだ」
そういえば以前、もっとフレンドリーにって言われて、敬語は止めるようにしたんだったか。忘れてた。
気を抜くとついつい敬語になってしまう。
「それにしても、ええな。旅館のバイトっていうのは」
「ああ、良いところだ。ぜひ来てくれ」
「おおきに! そのうち行くわ!」
快活そうに彼は笑った。
「そういえば、どうしてそのバイトを始めたんだ?」
「うん?」
「金が必要やったんか?」
「ああ、そういうんじゃなくて」
「じゃあ夢とか?」
「そういうのでもなくて」
何といえば良いんだろう。
──Select──
>人生経験のため。
興味があった。
暇つぶし。
──────
結局は、経験を積みたかったからに尽きる。
向き不向きもやってみないことには分からないだろうし、ということで始めたような気がする。結構前のことなので、思ったより詳細には思い出せないけれど。
「人生、経験? どういうことや?」
「自分はまだ夢とかそういうのを持っていないので、判断する為に色々経験を積まないとって思ったんだ」
「そうか。はやく見つかるとええな」
まあ、漠然とやりたいことは見え始めてはいる気もするけれど。まだまだ鮮明なビジョンになっていない。でもこうして輪郭を捉えられるようにはなっているから、進んできた道は間違っていないのだと信じられる。
「ま、夢の為の努力も、夢を見つけるための努力も、正直同じようなもの。最短ルートだけが正解やあらへん。今は雌伏の時やな」
「雌伏の時?」
「高校生といえば、夢とかを持っとるやつもおるやろう。比べたりすることないか?」
夢を持っている人と自分を比べる、か。
したことは確かにある。
自分がどうにか夢を見つけようと頑張っていたのは、そういった理由もあった。
特に最初杜宮に来た出会った人たちといえば、将来会社のために働くことを意識し、その上で努力をしている美月や、既にアイドルとして活躍し、夢を叶える為の努力をしている璃音など。
その姿を見て、眩しいと思ったのだ。
「眩しい、ねえ。焦るんやのうて憧れたんか」
「憧れた……うん、そうだな」
間違いない。憧れたのだろう。
自分にはない輝きだからだ。
「うーん」
自分の答えに対して、どうしてか頭を悩ませるような雰囲気を醸し出したオサムさん。
焦っている、という回答が欲しかったのだろうか。
焦っていなかったわけでもない。人と比べて劣っている点だ。なんとかしたいと思うのは当然だろう。それでも必要以上にそれを出さなかったのは、色々な人と出会い、“夢”の難しさを知ったからかもしれない。
夢を持っている人、持っていない人、いろいろな人との出会いがあり、やり取りがあった。言葉を交わし、心境へ思いを馳せるたびに、夢というものの大切さを学んでいく。そんな大切なものが一朝一夕で思いつくわけがない、という思い込みもあるのかも。
「……それで、オサムさんは何に唸り声を上げたんだ?」
「ん? ああ、なんかええフレーズが浮かびそう、なんやけどな」
「フレーズ?」
「こう、喉のここらへんまで出てるんやけど」
本当に喉の上、顎下辺りに手を当てるオサムさん。かなり出かかっているらしい。モヤモヤしそうだ。
少し待ってみようか。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……あー! あかんで! ぜんっぜん思い浮かばへん!」
ガシガシと頭を掻くオサムさん。
特徴的なパンチパーマが、ゆさゆさと揺れた。
──Select──
>曲を作るのか?
手伝おうか?
作詞大変そうだな。
──────
「ん? そうやで。言わんかったか? オレ、出会いやネタを纏めて歌にするのが夢やねん。そんで、君との語らいも東京での出会いの1つやからな。いつかは歌にしたいんだ」
「……なんど聞いても、良い目標ですね」
本当に。
そして自分がその目標に少しでも関われていると言うのであれば。何かが残ると言うのであれば、それはとても誇らしいことであり、嬉しいことだと思う。
「まあそのフレーズが出る出ないは置いておいて、完成することを願ってます」
「おおきに。絞り出すけどな! このままじゃ夜寝られへん!!」
額に人差し指を押し付け、ぐりぐりと回す彼の姿を見て、心が温かくなる。
夢に、目標に必死な人間だ。本当に。
「まあ今すぐ出さなくちゃいけない訳でもないし、また今度にしよう。また話してれば思いつくかもしれないし、もっと良いものが思い浮かぶかもしれない」
「……正直、出会いや会話なんて一期一会やし、もう少しこの閃きを大事にしたいところやけど……>こうなったらもうドツボやしな」
といいつつ、顔は悔しさにゆがめている。
それでも今言ったことは本心からの一言だったのだろう。
彼は会話を切り上げて、ギターを再度握り直した。
「この悔しさを晴らすには、歌うしかあらへん! キミももう少し聞いてくやろ?」
その問いに、力強く頷く。
おおきに、と彼は笑った。
元の定位置に戻った彼は、陽気な音楽を奏で始める。
それから数曲聞いた後、夜も更けてきたので家に帰ることにした。
コミュ・節制“路上ミュージシャン”のレベルが4に上がった。
────
優しさ +2。
魅力 +1。
────