PERSONA XANADU / Ex   作:撥黒 灯

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9月29日──【マイルーム】小日向にとっての杜宮

 

 

 土曜日。今週は学校が休みだ。

 本来であれば昨日フウカ先輩に会いに行ったように、先日の異界発生時に学校に居たであろう人たちの様子を見に行きたいけれど、学校が休みだと正直会うのは難しい。

 ともすれば、どうするべきか。

 ……少し、歩くか。

 

 

────>レンガ小路【通路】。

 

 

 記念公園で飲み物をテイクアウトし、公園を抜けて歩き続けること10分ほど。

 レンガ小路に入り、珈琲の香りを感じながらも歩き抜けた先、ブティック【ノマド】の前で、小日向らしき人物を見掛けた。

 

「小日向」

「……! 岸波君か」

「どうかした?」

「ううん、なんでもないよ」

 

 そういう割には、声を掛けた時の動揺が大きかったようにも思えるけれど……まあ自分に関係があることでの驚きかどうかは分からないか。

 なんにせよ、このままはいさようならというのも少し無関心がすぎる。

 

「小日向はいま暇?」

「え? ……うん。夕方までなら大丈夫かな。夜は予定があるから、あまり遅くなるわけにもいかないけれど」

「なら少し話をしないか?」

「……いいよ。場所を移動しようか。立ったままだと疲れちゃうしね」

 

 それは良いけれど、何処へ行こうか。

 ここからだと、壱七珈琲店が近い。さっそく行ってみようかと思ったけれど、彼は自分よりさきに口を開いた。

 

「あ。良ければアクロスタワーに行かない? なんかあそこのきのこサンドが食べたくなってきちゃった」

「きのこサンド?」

「うん。もちもちきのこサンド。アクロスカフェの名物料理の1つだね。食べたことないなら、どうかな?」

「うん、行ってみよう」

「ありがとう」

 

 別に断る理由もない。

 アクロスタワーへと向かうことにした。

 

 

────>アクロスタワー【アクロスカフェ】。

 

 

 久方ぶりにアクロスタワーへとやってくる。

 基本的に街の何処に居ても視界に入るほど高い建物だけれど、実際来る予定はそう多くない。自分にとっては中のシアターの出し物に興味がある時か、ゴールデンウイークの時のようなバイトの時くらいか。

 その時もこうしてカフェに来たことはなかった。名物料理と言われてもピンと来なかったのは、きっとそのため。

 出された料理に目を向ける。名前の通り、きのこのサンドイッチだ。それもなかには大量のきのこが入っており、見ただけでパンがふっくらもちもちであることが伺える品物。

 これは美味しい、と見ただけで分かった。

 

 

──Select──

 >好物なのか?

  よくここへ来る?

  ひょっとしてグルメか?

──────

 

 

「うん? ああ、好きだけれど、そんなに食べてはないよ。1回か2回くらいかな」

「じゃあ癖になったとか?」

「そうだね。確か最初はカレー特集でこのお店を知ったんだけど、初めて来たときに売り切れで、このサンドを頼んだんだ。そしたらこの通り、具沢山で美味しいでしょ」

「確かに」

「たまに食べたくなるんだよね」

 

 本当に具沢山だ。加えて材料がきのこということもあるのか、比較的安価な分、手を出しやすい。軽食としては充分だろう。

 ただ、アクロスタワーまでの距離が結構問題で、1人でふらっと立ち寄ろうとする場所ではない。

 いや、2人3人に増えたところで、立ち寄る必要のある場所ではないだろうけれど。

 

「それで、何でここに?」

「え? 単純に知らないならどうかなと思っただけだよ。軽食でもどうかなと思ってたし」

「……そうか」

 

 まあ、それが本当でも嘘でも別に構わないのだけれど。

 何となく、彼らしくない気がした。それだけだ。

 とはいえ実際まだ、彼のことを分かっているというほど付き合いが長い訳ではなく、密接なわけでもない。流石に洸や璃音相手に心情を読み取る時のような自信は持てなかった。

 正直なところ、友人ではあるけれど、少し距離の遠い存在なのだ。まだ。

 

「よく杜宮を回ったりしてるのか?」

「最近は特に。昔はしてたよ。それこそ、こっちに来た当初とかね」

「……ああ、そういえば小日向もここが地元じゃないのか」

「うん。だからつい目新しさとか、後は慣れる為に、結構回ったかな。今では地元の人より詳しいものもあると思うよ。行事とか歴史は流石にそこまで分からないけどね」

「へえ」

 

 自分もガイドブックなどでたまに読んだりするし、同じようなものかもしれない。

 というか、身に憶えのある話だった。どこに何があるのかを把握することは大事だと思って、自分も最初は色々な場所をうろうろしていたし、興味の沸いたところにはふらふらと立ち寄っていたように思う。

 

「岸波君は杜宮で一番好きなところってある?」

「好きなところか……」

 

 住んでいる記念公園周辺はよく回っているし、好きな場所だと言える。

 あとよく行くのは蓬莱町か。ゲームセンターを筆頭に結構足を運ぶし、BLAZEの方々とも交流があるから、居やすい。

 神山温泉は杜宮郊外だから今回は除こう。

 他にも駅前広場にも色々な思い出があるし、商店街の活気の良さ、レンガ小路のおしゃれ感も好きだ。かと言って街全てが好きという回答は卑怯な気もする。

 ……どこが一番好きだろうか。

 

 

──Select──

  記念公園。

  蓬莱町。

 >街全て。

──────

 

 

「何て言うか、結構多くの人と関わって来たから、この町全体が好き、というのが正しい気がする」

「へえ……凄いね。岸波君よりずっと前に来たのに、学校内のコミュニティから全然外に出てないや」

「小日向はどこが好きなんだ?」

「学校かな」

 

 自分の問いに、小日向は即答した。

 

「勿論町も全体的に好きだけどさ、僕の好きっていう感情は、学校のコミュニティであるサブロー君や、コウとリョウタ、シオリちゃんのいる町に向けられているから。一番好きなところを挙げろと言われたら、やっぱりみんなと会える学校になるよ」

 

 学校が好き。なるほど。あまり聞かない意見だ。

 世間一般の学生は、学校に行きたくないというのが普通らしい。

 まあそれで言うと、好き寄りの自分も異端なのだけれど。

 

 友達と絶対に会える場所。確かにそう言われると、学校の価値は大きい。

 学校にいる間に遊ぶのは難しいし、そもそもほとんどが授業の時間だ。コミュニケーションをまともに取る時間もない。

 けれどもきっかけを作るのであれば、学校で会って話すだけで事足りる。朝や休み時間、放課後に話の流れで約束をして、下校後に遊ぶ。その流れが自然と作れるというだけで、学校の素晴らしさは分かるだろう。

 休日の自分が町を歩いて共に過ごす人を決めることが多いのは、学校に居る生徒という選択肢がないからなのかもしれない。今気づいたけれど。

 

「小日向は本当に洸たちが好きだな」

「あはは……まあ、こっちに来て寂しい思いをしなくて済んだのは、みんなのお陰だしね。元々はそんなに友達って言えるほど、深い付き合いをする相手は作らないつもりだったんだけれど、おかげで毎日が楽しいと思えてるから」

 

 友達を、作らないつもりだった?

 どういうことだろうか。

 

「友達を作ると何か不都合が?」

「……別れが、寂しくなるからね。元々僕は引っ越しが多かったからさ、1か所に根を下ろすっていう経験を、してこなかったんだ。いつ引っ越すことになってもいいように、人とは距離を取っていた、はずだったんだけどね」

「意外だな。今の4人を見ていると、そんな壁は感じられない」

「あはは。取っ払われちゃった」

 

 ……困ったように眉を寄せ、少し嬉しそうに笑う彼。

 まあ想像に難くない。特に伊吹なんて距離をガンガン詰めてくるタイプだろうし、洸はお人好しだ。何か遠慮しているようなら容赦なく突っ込んでくるだろう。

 あの2人の前で、壁を作り続けろというのも難しい話だ。

 ……そういえば、小日向は自分の知る限り唯一、洸と伊吹だけを名前で呼び捨ててるな。そこら辺も、距離感の違いなのだろうか。

 

「引っ越しが多かったのは、親の転勤が多かったとか、そういう?」

「まあ、そんなところ。育ての親に言われたら、子どもとしては、従う他ないしね」

「なるほどな……」

 

 何か引っかかる物言いだけれど、そこは家庭の事情もあるだろう。今の距離間で首を突っ込むべきではなさそうだ。

 

「まあそんなわけで、僕は学校が好きだし、今の日常が大好きなんだ」

「……そうか」

 

 それは、自分も同じ。

 この日々が好きで。この土地に住む人たちの温かさが好きで。この土地が好きだ。

 だから、戦ってきた。

 

「……頑張らないとな」

「そうだね、頑張らないと」

 

 不意に口を突いて出てしまった独り言に、小日向は反応して、同意を返してくる。

 まあでも、そうだな。頑張ることは大事だ。戦いだけではない。人と仲良くあり続けるのも、幸せであることにも、努力は必要なのだから。

 

 気付けばお互い、きのこサンドを食べ終えている。

 移動も含めて、結構な時間を過ごしていたようだ。

 

「今日はありがとう、楽しかった」

「ううん、こちらこそ。じゃあまた月曜日に」

「ああ、また学校で」

 

 ……家に帰ろう。

 

 

──夜──

 

 

 何となく触発されて、読み途中だった、『歴史で紐解くTOKYO郊外』の後半を読み始める。ほとんどが杜宮に関係ない記述であったけれど、面白かった。次の長期休みとかには誰かを誘って遠出してみてもいいかもしれない。

 また一部、杜宮のスポットとしては記念公園が取り上げられていた。戦後に作られたというこの公園は、一般的な公園としての機能はもちろん、スケートボードや船なども含めてレジャー要素も多く取り入れており、豊かな人間性を養う場所かつ、自然を大切に保管する場所としての役割を願われたらしい。

 実際こうして今でも緑豊かなままで、かつ老若男女が集い、遊んでいる姿も見られている。

 恐らく、多くの努力があったのだろう。綺麗なものであってほしいと願われたものが綺麗なままでいる、ということに、深い感動を覚えた。

 充実した気持ちのまま、『歴史で紐解くTOKYO郊外』を閉じる。読み切って良かったと思える内容。続きを読むきっかけをくれた小日向には感謝しよう。

 

 

 




 

 コミュ・正義“小日向 純”のレベルが5に上がった。


────
 

 知識  +1。
 優しさ +1。
 魅力  +2。

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