PERSONA XANADU / Ex   作:撥黒 灯

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9月28日──【教室】フウカと変化 1

 

 

 放課後になった。

 周囲の生徒たちは移動を開始し、一緒に帰ろうと誘う者や部活動へ向かう者など、それぞれの目的の為に人がばらけていく。

 自分は今日、特に用事がない。

 柊と璃音のお見舞いに行くこともできるけれど、どうしたものか。。

 学校での異界化明けだ。学校に居た面々と話をしたい気もするし、仲間たちと改めて話したい気もする。

 ……そうだな、暫くは学校に居たであろう人たちに会いに行くか。

 まずは、保健室へ行こう。

 

 

────>杜宮高校【保健室】。

 

 

「こんにちは」

 

 室内へ入ると、ベッドの上に体育座りしつつ顔を伏せた状態のフウカ先輩とその横に棒立ちしている寺田 麻衣先輩が居た。

 何やら雰囲気が重い。

 

「どうかしたんですか?」

 

 近付きながら話しかけると、寺田先輩はゆっくりとこちらを向く。

 一方のフウカ先輩はピクリと動き、そのまま顔を上げることはなかった。

 

「岸波くん」

「フウカ先輩に、何か?」

「……フウカ、自分で話す?」

 

 フウカ先輩が首を横に振る。

 それを見た寺田先輩は小さく、フウカ先輩に見えない程度に小さく息を吐いた後、こちらへ向き直った。

 

「どうやら、フウカ先輩の病状が少しだけ改善したみたいなのよ」

「……? 良かった、んじゃないんですか?」

「ええ。詳しくは私も聞けてないけど」

 

 まあ改善と言われてもどの程度かは分からないけれど。

 それにしたって聞いた感じは良いことのように思えた。

 何故彼女は落ち込んでいるのだろうか。

 

「それで、寺田先輩は何を?」

「どうにかそこまでは教えてもらったんだけど、それ以上はだんまりで、どうしようかなって」

 

 立ち尽くしていた訳か。

 ……正直自分も何をすれば良いのかは分からない。

 けれどこうなってしまえば、話してくれる気分になるまで待つしかないようにも思う。

 

「岸波くんごめんなさい、少し席を外しても良いかしら?」

「はい、じゃあ自分がここに居ます」

 

 耳打ちされた相談に応じ、自分と入れ替わる形で先輩は廊下へ出ていく。

 彼女にも彼女の用事があるのだろう。付き添っていたいだろうけれど、

 さて、一方で残った自分たちだけれど、どうしようか。

 取り敢えず横に座っているとしよう。

 

「……」

「……」

「……」

「……」

 

 無言。

 室内に音はなく、校庭からの音しか聞こえない。

 掛け声や笑い声を聞いているだけでも若干楽しいので、悪い時間でもなかった。

 

「あの……」

「はい?」

 

 ついに口を開いたフウカ先輩。

 何か言ってくれる気になったか。と聴く姿勢を取り直す。

 

「……いつまでそこに居るの?」

 

 どうやら悪くないと思っていたのは自分だけで、彼女にとっては居心地が悪かったらしい。まあ彼女が黙っている負い目もあるのかもしれないけれど。

 

「そうしている理由を教えてくれたら立ちます」

「マイちゃんと同じことを言ってる」

「でしょうね」

 

 それだけ心配しているということだ。

 言っては何だけれど、尋常ではないような気配を醸し出している。

 恐らく寺田先輩も同じことを想ったとは思う。

 フウカ先輩を見た際、直感的に1人にさせたら駄目な予感がした。

 だからこそ彼女は今のように、自身の留守を任せられる人が来るまでここを離れなかったのだろう。

 

「……なら、無理にでも聞き出した方が早いんじゃないの?」

「話したくないことを無理に話させるつもりはないので」

「横で圧を掛けられてるのは?」

「少し離れますか?」

 

 一歩分後ろに椅子を引く。

 まあ恐らくそういうことを言いたいのではないのだろうけれど。

 

「…………岸波くんは、入院していた時、さ」

「はい」

「リハビリって、した?」

「しました」

「始める前、どう思った?」

 

 リハビリを始める時?

 というのは、コールドスリープから目覚めた後、なんとか身体が動くようになってきた頃の話か。

 あの時自分は……

 

 

──Select──

  嬉しかった。

  怖かった。

 >覚えていない。

──────

 

 

「そうですね……特に何かを思ったということはないかもしれなません。目の前のやるべきことに必死だったので」

「……そう」

 

 それを聞き、また彼女は少し黙った。

 ……望む答えではなかったのだろうか。

 とはいえ、嘘を吐くべき所ではない。自分の話を聞いた彼女がどう思ったところで、それは仕方ないことなのだ。

 

「私は」

 

 少しの沈黙の後、彼女は重い口を開いた。

 

「怖かったの」

「怖かった、ですか?」

「うん」

 

 何が、だろうか。

 それを自分から追及するのも何なのでやはり、彼女が話してくれるのを待つ。

 

「急にね、体が軽くなったんだ」

「動きやすいとか、そういう話ですか?」

「うん。いままでは何か……重石のようなものとか、枷のようなものを感じてたんだけど、急にそれがなくなってね」

「はい」

「最初は何が起こってるのか分からなくて、次に嬉しくなったような気がして、そしてすぐに怖くなった」

 

 ……最初に困惑が来るのは分かる。

 それは今まで当然あると思っていたものがなくなっていたら、何でないのと焦るだろうし困るだろう。

 嬉しくなるのも分かる。できることが増えるという点で、歓喜の気持ちは沸いて出てくるだろう。

 けれど、恐怖はなかなか分からない。

 何に対しての恐怖なのだろう。

 

 

──Select──

  自身が戦ってきた時間が終わったこと。

  また同じ状態に戻ること。

 >急に自由を与えられたこと。

──────

 

 

 考えられるとしたら、やれることが増えたことだろうか。

 だけれど、想像がつかない。感情は想像ついても、実体験に反映のさせようがなかった。

 そんな状態で、どのようにして理解を示すというのか。

 ……まずは、推測が合っているかの確認を取ろう。

 

「急に自由になったから、ということですか?」

「そうかも。ううん、そうだね」

 

 少し顔を上げて、膝の上に顎を置く。顔を合わせず前を向いたまま、彼女は口を開いた。

 

「前、回復したら何をしたいかって聞いてくれたよね? それを思い出しちゃった。急に頭の中にそれが過って、何もしたいことがなくて」

「……」

「ほんと、急に来ちゃうんだもん。ゆっくり探していこうって言ったばっかりなのに」

 

 儚く笑う彼女。

 確かについこの前その話をしたばかりだ。

 こればかりはタイミングが悪かったと思う他ない。

 間が悪い日というのは、往々にしてある。そういう日もあるか、程度で流せるのであれば流したいけれど、これは流石に無理そう。

 

「……私、甘えてたのかな」

「何に?」

「自分の、病気に」

「病気に甘えるもなにもないですよ。気が滅入るのも、何かできなくなるのも、何かを失うのも、すべては起こってしまったことであり、事故です。フウカ先輩はそれを受け入れていただけで、甘えていた訳じゃありません」

 

 受け入れると言うことはとても難しい。そこも本来はとても難しく、時間がかかるものだ。

 しかし彼女はそれを受け入れ、共存している。

 ……まあその姿勢に、思う所があったのも事実だ。せっかくそこまで来たのに、足を止めるのはもったいないという気持ち。頑張って欲しいという気持ち。自分の昔の姿を彼女に重ね、何かできることがあるのではないかと模索した。先達として言えることを考えてきた。

 でも、それはすべて自分の体験談からくる話であり、自分にとっての善。彼女にとってそれが必ずしも正しいことだとは思っていない。

 重く受け止められすぎていたのだろうか。それとも自分が言い過ぎたのだろうか。

 ……何にせよ、別に将来のことを考えなかったことは甘えじゃないだろう。と自分は思うけれど、彼女は違うように捉えているらしい。

 

「でも私結局何も考えなかった。身体が動かないことを理由に避けてきたものと向き合うことになって、不安になった。しなくちゃいけないことと、したほうがいいことがたくさんあって、怖くなっちゃった」

「……それは」

「岸波くんには、分からないんだろうね」

 

 続けざまに放たれた言葉は、自分に対する拒絶だった。

 ……いや、これは理解されることを拒絶しているのか?

 何にせよ今の終わり方は、話を続ける意思はないと示されたと同義だ。

 

「戻ったわ。……って、どうしたの2人とも?」

「……」

「……」

 

 今この瞬間を以て、自分はフウカ先輩の理解者の地位を外されたのだろう。

 似た境遇を体験した身として、後から道を辿ってくる彼女に進みやすい方法を教えていたはずが、気付けば道を外れてしまっていた。

 寄り添えなかった。フウカ先輩に。彼女の心に。

 

 ……それでもここで、はいさようなら、となるのは、間違っているだろう。

 自分も、考えるべきかもしれない。

 今の彼女に何て言葉を掛けるべきか。

 今後どのようにして、彼女と向き合っていくべきか。

 

「フウカ先輩。また、来ます」

「……」

「寺田先輩、すみません」

「……後で説明しなさい」

「はい」

 

 一旦、間を置こう。

 

 

──夜──

 

 

 今日は病院の清掃のバイトをすることにした。

 ……掃除のコツを掴んだ。家の掃除にも役立てよう。

 

 

 




 

 コミュ・死神“保健室の少女”のレベルが6に上がった。

────
 

 魅力  +1。
 根気  +2。


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