PERSONA XANADU / Ex   作:撥黒 灯

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9月27日──【マイルーム】学校異界化の顛末

 

 

『先輩、起きてください。先輩』

 

 意識が朦朧とする中、誰かの声を聴いた。……ような気がする。

 いや、聴こえたのだろう。

 今でも、耳元で誰かが自分のことを呼んでいる。

 

『もう、先輩!』

「……おはよう」

 

 目を開けた。視界が徐々に鮮明になっていく。

 声のした方向へ向くと、立て掛けて置いたサイフォンの画面から、腰に手を当てている少女がこちらを見ていた。

 

『おはようございます、先輩?』

「……ありがとう、起こしてくれたのか」

『アラームのスヌーズ機能は止めてしまいましたけど』

「いや、助かった。正直起きれた自信もない」

 

 それを自覚する程度に、疲労は残っていた。

 ここ最近、調査に動き続けていた反動が来たのかもしれない。

 

 昨日の夕方を以て、事態は正式に収束した。と思う。

 美月もそう判断していたし、何より一連の異界の核である間桐 桜がもうしないと宣言したので、そこはこれ以上疑っていない。

 とはいえ、収束はしたけれど、終息したわけではなかった。

 あといくつかの後始末が残っている。こちらは美月が先導する形で動いてくれるらしい。とはいえ組織の力を借りず、自身の持てる人脈などで事に当たるみたいだ。

 

「わたしが独断で動いた結果ですし、都合よく組織を使うわけにはいきません」

 

 というのが、彼女の持論らしい。

 折りを見て手伝いに行こう。

 当事者である自分たちなら、きっと断られることもないだろうから。

 あともう1つ、やるべきことがあるのだけれど……あ。

 

「桜、全員が起きてるかの確認とれるか?」

『はい。メッセージを送ってみますね』

「頼む」

 

 ……今日、普通の登校日だけれども、大丈夫だろうか。

 

 

──朝──

 

 

 エントランスに出ると、見慣れた女生徒の姿があった。

 

「おはようございます、岸波くん」

「おはよう美月。起きてたのか」

「ええ、二度寝の誘惑はありましたけれど、なんとか」

 

 困ったように笑う美月。

 確かに分かりやすくはないけれど、顔に疲労の色が見える。

 それもそうか。ここ最近、色々と彼女には無理を強いてしまっていた。

 自分たちと行動を共にするにあたって、環境の変化とか感情や思考が付いて行かないことがあったと思う。

 だと言うのに、弱音を吐かせる暇も与えず、期待を彼女に向けすぎてしまった。

 今抱えている一件が終われば、精一杯の労いをしよう。

 

「岸波くんは……岸波くんもお疲れなようですね」

「……まあ」

「無理もないです。あんなことが起きたのでは、気も休まらなかったでしょう」

 

 あんなこと。

 その内容が、異界攻略後に起こった一波乱を指しているのは、考えるまでもないことだった。

 

 

────

 

 異界攻略直後、いや、異界が解除される直前に、自分たちの耳に飛び込んできたのは、何か重いものが壁に衝突したような音だった。しかし視界は異界化の収束が起こり始めていたので歪んでおり何を捉えることができない。

 故に、何が起こったのかを認識したのは、数拍置いてからだった。

 

「──」

 

 そこは、教室だった。

 見慣れた空き教室。それもそうだろう。全員そこから異界へ巻き込まれたのだから。

 当然そこには、最初にはぐれた璃音と柊も居る──はずだった。

 

「っ」

「ッ、アスカ先輩! リオン先輩!」

 

 空の大きな声で、身体の硬直が解ける。

 いち早く状況を察知したのは、自分と、おそらく美月だ。

 “地面に璃音と柊が倒れている”。

 異界化収束時に身体のバランスを失ったとかではなく、純粋に、意識を失っているような脱力感が彼女らにはあった。

 だから、だろうか。反応が遅れてしまったのは。

 元より重傷を負っていたことも、限界の中気力で動いていたことも知っていた。

 いや、知っていたからこそ、呑まれたのだ。“最悪の状況”の想起に。

 空が居てくれて助かった。考え事をしている暇はない。とにかく動かなければ。

 

 そうしてそのまま、呼んだ救急車に彼女らを乗せ、病院へ。

 行き先は自分も以前入院した、杜宮総合病院。あそこはどうやら北都グループの息が掛かっているらしく、理由などを求められることもないとのことだ。

 ただそれでも、彼女らの意識が戻るまでは、安心なんてできる訳もない。

 交代交代ではあるけれど、全員が病院に張り付くようにして、数時間。あわや面会時間ギリギリというタイミングで、柊が目を覚ました。

 

「柊!? おい、柊!!」

 

 ちょうどその時当番だったのは志緒さん。彼の大声で、全員が病室へ駆けこんだ。

 そこには身体を起こすことはできないにしろ、しっかりと目を開けた柊の姿が。

 

「……情けない姿を、見せてしまったみたいね」

「情けなくなんかないだろ。そんなこと言うやつ居たら、俺らがぶっ飛ばしてやる」

「ああ、洸の言う通りだ。かっこよかったぞ、柊」

「……そう。……身体の節々は痛いけれど、まあ、悪くない気分だわ」

 

 穏やかな表情を見せた後、布団を深く被り直す柊。

 その後も、彼女の負担にならない程度に会話を続けていると、面会時間の終了を告げる音楽が流れ始めた。

 璃音が目を覚まさないままに。

 

「リオンが目を覚ましたら、連絡するわ」

「……頼んで良いか?」

「ええ、勿論。だからみんなも、今日は帰って休んで頂戴」

 

 そのやり取りを最後に、病室を後にする。

 柊を信じていない訳ではないし、璃音が起きないと思っている訳でもない。それでも心配で寝付けなかった深夜。

 だいたい1時頃だろうか。サイフォンが振動したのは。

 少しでも寝つきがよくなるよう暗くした自室内で、食いつくように一件の通知を開く。

 

『心配かけてゴメン』

 

 その一言がもたらした安心感に、自分は気付いたら意識を手放していた。

 

 

 

────

 

 

 もはや何時に寝たのかも覚えていない。今朝なんとなく確認したメッセージの受信時刻は、やはり深夜1時を超えていた。

 サイフォンが立て掛けてあったのならば、すぐに寝落ちしたわけではないだろう。それでも明確に寝ようと思って寝た訳ではなかった。お世辞にも、十分な睡眠とは言えない。

 危うく今朝は寝坊という結果になりそうだたったし。

 

「よかったですね」

「うん?」

「リオンさんの目が覚めて」

「ああ、本当に良かった」

 

 とにかく一抹の不安は、取り除かれた。今回もまた、皆が無傷とも無事とも言い切れない終わり方。

 けれど、生きて帰ることができた。

 今回の件で分かる範囲に死傷者はいない。衰弱してしまっているという人の報告は受けているけれど、現状大事には至っていないとのことだ。

 

「今日の放課後はお見舞いですか?」

「ああ、そのつもりだ。行ける人みんな誘って行こうと思う。美月も行けるか?」

「はい。話し合いたいこともありますから。……ですがそうなると、疲れた表情を浮かべて行くわけにはいきませんね」

 

 確かに。自分たちのように、お互いの顔を見て不調に気付いてしまうようなら、現在入院中の彼女らにもバレてしまうだろう。余計な心配をさせてしまうかもしれない。

 

「……そうだ。久しぶりに、お茶でも一緒に如何でしょう? できれば、お昼休みにでも」

「昼休みか。特に予定はないし、うん。自分は大丈夫だ。場所は?」

「生徒会室にしようかと。少し、内密の話もありますので。他の役員には近づかないよう周知しておきますから、遠慮なく入って来てください」

 

 私物化し過ぎでは、と不安になるけれど、内密の話を生徒会室で行おうというならば、真面目な話かもしれない。お茶を飲むだけなら空き教室に道具を持っていけば良いし。

 

「分かった。……さて、そろそろ行くか」

「そうですね。せっかくですし時間もあるので、一緒に歩いて行きましょう。キョウカさんに連絡するので、少し待っていただいても?」

 

 彼女の問いに、頷きを返す。

 そうか、雪村さんが送迎をしているのだったか。すっかり忘れていた。

 無駄足を踏ませてしまったことに対して心の中でお詫びする。

 偶然エントランスで出会ってから、立ち話を続けてしまったので、さぞ長いこと車で待ってもらったことだろう。

 

『あの』

 

 彼女の不満そうな顔を想像しながら、謝罪の言葉を探していると、外に居る間にしては珍しく、胸ポケットから声が聴こえた。

 通話中の美月の視線も、こちらへ向く。

 桜と目を合わせたのか、軽く会釈をしてきた。

 

「桜、どうした?」

『その、皆さん起きてらっしゃるか確認を取っていたんですけど、四宮さんだけ、反応がなくて』

「「……」」

 

 美月と2人、顔を見合わせる。

 

「あ、キョウカさん、もう少し待機していただけますか? 場合によっては、2名同乗をお願いするかもしれません」

 

 ……ああ、エントランスから出なくて良かった。

 それにしても雪村さん、本当に申し訳ない。

 

 

──昼──

 

 

────>杜宮高校【生徒会室前】。

 

 

 お昼ご飯を買って、生徒会室へ赴く。

 扉をノックすると、美月のどうぞという声が聴こえた。

 

「こんにちは、今朝ぶりですね」

「ああ。お互い間に合って良かったな。雪村さんのお陰だけど」

「ええ、本当に。これからは気を付けないといけませんね」

「一番気を付けるべき人が居ないけれど」

「ふふっ、確かに。……ああ、立たせたままになってしまいすみません」

 

 どうぞ、と席まで案内される。

 案内した美月はといえば、そのまま席を立って給湯器の方へと歩いて行った。

 そのままゆっくりと、しかし無駄なく動く彼女。驚くべきは、比較的すぐに良い香りがしてきたことだろうか。恐らく前もって準備してくれていたのだろう。

 やがて、トレーに乗った紅茶が運ばれてきた。

 

「どうぞ」

「ありがとう」

 

 口に運ぶ。温かくはあっても、熱すぎるということはない。普通に少しずつならば飲める、といった温度だ。

 お茶を飲み、ほっと息を吐く。

 数秒の沈黙の後、美月が口を開いた。

 

「さて。お昼ご飯は召し上がってくださって結構ですよ」

「わかった。それで、話って言うのは?」

「大きく分けて2つ。と見せかけた1つの話題ですかね」

「……2つの話題には関連性があると?」

「持たせようとすれば、という形ですけど」

 

 つまり、その2つに関連性も含ませるための話し合い、ということだろうか。

 何についてだろう。

 

「まず1つ、先日の異界攻略についてです。衰弱している人や、小さな怪我をしている人の割り出しが正式に終わりました」

「早いな。まだ1日なのに」

「寧ろ記憶消去の関係で、昨日のうちにほとんど終わらせておく必要があったので」

 

 なるほど。

 新しい記憶の方が消しやすいとか、そういうのだろうか。

 記憶消去のシステムは知らないけれど、そんなピンポイントで行えるような代物のようにも思えない。だから、急ぎ対処する必要があった、と。まあそういう推測なら出来る。推測でしかないけれど。

 

「被害の規模は小さいと聞いたけれど」

「ええ。衰弱者2名に、軽傷者6名。どなたも軽い治療で済んでいます」

「……良かった」

 

 正式な報告として上がって来た数字を聴くのは初めてだけれど、あの規模の異界化に対してこの数字なら、間に合った方だろう。体調を崩してしまった人には本当に申し訳ないけれど。

 

「実際、連鎖要因の異界として見るなら、最小の被害と言っても良いほどですよ。まあ戦わないで勝つ、という裏技あっての結果ですね」

 

 裏技。

 まあ実際その通りだけれど。

 あれを力で突破しようとするのは、流石に難しかったと思う。

 

「と、ここまでは良い話でして」

「……悪い話が?」

「私や柊さんにとっては悪い話。みなさんにとっては、若干悪い話となります」

「?」

 

 続きの言葉を待つ姿勢を取る。

 自分の聞く姿勢が整ったことを確認した美月は、ゆっくりと口を開いた。

 

「1人、異界の記憶の消去に失敗した相手がいました」

「……それは、逃げられたとか、そういうことか?」

「いいえ。単純に異界適正の高さが原因で、記憶消去を受け付けてくれない方がいらっしゃった、ということです」

 

 ということは、異界について知る一般人が存在する、ということか。

 柊や美月にとっての悪い話というのは、本来異界が秘匿されるべき情報だから、ということだろう。自分たちのようなソウルデヴァイスに覚醒した人たちですら本来は関わるべきではないと、柊は言っていた。となるとそれよりも半端な立ち位置になってしまうその人は、彼女らにとって目の上のたん瘤のようなものになり得るのかもしれない。

 しかし、それが自分たちにとっても悪い話、というのは?

 

「……もしかしてそれが、自分たちに関係性の深い人間だと?」

「ええ。お察しの通りです」

 

 目を伏せた美月は、最初からテーブルに置いてあった書類へと手を伸ばす。

 クリアファイル2枚の内、一枚だけを取った彼女は、こちらにそれを見せるようにして、テーブルの中央に置いた。

 見覚えのある名前の右下に書いてあった異界適正の値は、A。

 

「その人の名前は、“九重 永遠”。杜宮高校の数学教師にして、時坂君の従姉になります」

 

 

 

 


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