『喧嘩……?』
「本当なら殴り合いの1つでもしたいけれど、貴女を殴ることはできないのよね。仕方ないし、殴るのはシャドウだけにして、貴女とは言葉と言葉をぶつけ合いましょう」
『「どんな妥協案?」』
敵味方からツッコミを受けつつ、彼女はシャドウに向けて駆けだした。
その後ろを自分と洸が追随する。
「美月! 祐騎! 空と志緒さんとで3体頼む!」
「わかりました!」「りょーかい!」
柊を追いつつ、指揮を取れる美月と祐騎に指示を流す。
彼らが少し離れた方に走っていくのを流し見てから、改めて柊と前方のシャドウへ視線を戻した。
敵シャドウは計6体。
3体を任せたため、残り3体はこちらで受け持つことになる。
柊は傷だらけで、自分も洸も疲労困憊だ。
しかし、身体に鞭を打っているような気はしない。
決して戦いを楽しんでいるとか、そういうわけではないけれど、無事にこういう形で揃って戦えるようになって嬉しいかった。
「“ネイト”、【マハブフーラ】!」
敵全体の動きを止める為、広範囲に氷結属性の攻撃が放たれる。
敵の全身を止める程の効果はない。足元から氷結が走っていき、腰当たりまで止めたあたりで、敵の抵抗によって逃れられてしまう。
それでも、一瞬足が止まる。
「時坂君!」
「応!」
洸の“レイジング・ギア”は、広範囲への攻撃を可能とする数少ないソウルデヴァイスだ。
地に縛ったシャドウたちを一閃、切り返しでもう一閃。さらに身体ごと回転させてもう一閃。
大したダメージにはならないけれど、隙を逃さず連携を重ねていく。
「柊! ハクノ!」
「応」「任せて」
呼ばれた意味を理解する前に、というか、洸が2回目にソウルデヴァイスを振るった時点で、ソウルデヴァイスを先行して走らせ、自分が後を追う形で走り出した。
ほぼ同時に柊も再度行動を開始している。
目的は勿論、連撃。
「しッ」
「はっ!」
ソウルデヴァイスを回転させて、シャドウの脳天へ振り下ろす。こういう時、実際跳んだりせずに好きな位置に攻撃ができるので、自分のソウルデヴァイス“フォティチュード・ミラー”は使い勝手が良い。その反面、力は他の人のように乗せられないけれど。一長一短というものだろう。
柊は助走を十分に取った後、手前で踏み切って大きく跳躍。胸元に強烈な突きを繰り出した。
「“ラー”! 【アギラオ】!」
自分と柊が左右の敵に攻撃を仕掛け、残りの1体に洸が火炎属性の攻撃を放つ。
それを見届けることなく、自分は後方へ。柊は中央のシャドウの方へ。
「“ネイト”、【ブフタイン】ッ!!」
近接として振る舞いつつ、ペルソナを召喚する柊。左右の敵から繰り出される攻撃を掻い潜って躱し、火炎属性の攻撃を叩き込まれたシャドウに再度相反する属性の攻撃をぶつける。
いくら柊とはいえ、発動の瞬間は無防備だ。そこに叩き込まんとされた左右からの攻撃を、片側の攻撃は自分のソウルデヴァイスで受け止め、もう片側は洸がソウルデヴァイスを巻き付ける形で攻撃をさせなかった。
『……どうして』
戦いに集中する最中に聴こえてきた声に、意識の一部を向ける。
『どうして戦えてるんですか? 柊さんなんて、完全に詰ませられるよう仕向けたのに』
「完全に、ね」
一旦攻撃の手を止め、後ろに跳んだ柊が、サクラの言葉に反応した。
「ちなみに聞かせてもらえるかしら。何を以て貴女は、完全と断言したのかを」
柊は実際ここまでたどり着き、継続して戦闘に入っている。
決して軽傷で乗り越えた訳ではない。それは彼女の服に残る血痕が物語っていた。
おそらく彼女が自身の回復スキルで治癒したのだろう。その上で、サクラにバレないよう虚勢を張ってるだけ。サクラの罠はしっかり機能していたはずだ。
それを彼女自身理解した上で、サクラに問いかけた。
恐らく彼女の“思い込み”を壊すために。
『何をって……敵の配置を見たでしょう! あの空間に氷結属性を通さない大型シャドウを多く配置しました! 単独では戦意を沸かないほどの物量! どうして、どうして乗り越えられたんです!?』
「……確かに敵の配置は厭らしかったし、配置された数もなかなかだったとは思うわ」
氷結属性が効かない、ということは、柊はペルソナによる攻撃スキルをほとんど使えないということ。つまり、ほとんどソウルデヴァイスでの攻撃のみで大量のシャドウを相手取る必要があった。ということだ。
苦境、だろう。絶望的な状況かもしれない。敵の強さは分からないけれど、大型シャドウというだけで倒すのに時間が掛かることも分かる。
そんな逆境をどのように跳ね返して来たのか。
「それで、逆に聞くけれども」
柊の表情を言葉にするのであれば、激情。
溢れんばかりの感情が、むき出しになっていた。
「貴女は私が、敵に攻撃が通用しない程度で、倒しても倒しても敵がいる程度のことで、諦めるとでも思ったのかしら?」
『──ッ』
感情を乗せ、獰猛に睨み付けた柊。
いや、眼付きが鋭いだけで睨み付けている訳ではないのかもしれないけれども。
「貴女の勘違いを正すとしたら、2ヶ所」
再度シャドウの足元に突っ込んだ彼女が、ソウルデヴァイスを振るいながら話す。
先程と同様、自分と洸はフォローへと動いた。
「1つは、私が絶望や恐怖に直面することで折れる人間だと思い込んだこと。確かに私はさっき皆が言っていたように、合理的な判断をすることはあるし、冷血な勧告をすることもある。けれど、自分や皆の命を諦めたことはないし、諦めることはないわ」
……初めて、だろうか。彼女がこうして、言葉にして自分たちの大切さを語ってくれることは。存外嬉しい。言葉にしてくれなくても大事に想ってくれていることは知っていたけれど、それでも歓喜の想いは沸いて来る。
会話が進むにつれて、柊の意識がそちらへ傾くようになったのか、シャドウへの対応が少し乱れた。その隙に3体まとめていたうちの一体が柊の横を抜け、後衛にいた自分の方へ迫ってくる。洸がこちらへフォローに回ろうとしていたけれど、それを手で制した。
1人1人が個人としてそれぞれの個体への対応を強いられている。けれども決して無理に回避するような状況でもない。対応しきれないこともない、程度の話だけれど。
ソウルデヴァイスを手元に戻して、全体へ向けていた意識を目の前に集中させた。
……ん? あれ、さっき……皆が言っていたように、と言ったか? もしかしてさっきの説得を聞いていた?
いや、自分は聞かれてマズいようなことは言っていないけれど……まあなるようになるか。
『で、でも、それでも恐怖は。死への恐怖も絶望も、諦めないという気持ちだけでどうにかできるものではないはずです!』
「それがただ漠然と抱いているだけの気持ちだったら、確かにどうにもならないわね」
条件付きとはいえ、あっさりと肯定する柊。
ということは、彼女にとってはその条件に含まれない理由があるのだろう。
「知らなかったかもしれないけれど、私、根性論者なのよ」
『……はい?』
耳を疑いながらも、ソウルデヴァイスを操作。敵の攻撃との間に緩衝材として挟み込み、どうにかして攻撃をやり過ごす。
「それでこれは、単純に私の矜持……いえ、性格には組織の先輩からの借り物だけれど、とにかく私の生き方としての話。それを胸に抱いているから、私は決して折れないの」
『生き方? 矜持? そんなものただの感情に過ぎません』
「いいえ。かくあるべし、と己に課した定めに、人というのは逆らえないものよ。生まれたばかりの貴女には分からないかもしれないけれど。そうして強くなっていく。そうでしょう、時坂君、岸波君」
「「ああ」」
その通りだと思う。
自分の主軸が定まると、取るべき行動がはっきりする。それに背かないように生きたいし、出来る限り成し遂げるためにはどうすべきかを試行錯誤することにも繋がる。
自分が自分に課した定はいくつかあった。
“目の前で起こる悲劇から目を逸らさない”。
“自分にできる最善を尽くし、発生する責任は負う”。
“リーダーとして仲間は絶対に死なせない。誰1人として”。
それらの誓いは胸に抱き続けていたし、常に決断の念頭にあった。
だからこそ自分は、いいや、自分たちは、ここまで来れたのだと思う。
『よく分かりません。そこまで言う柊さんの、生き方って何なんですか?』
「足を止めないこと。恐怖という名の足枷を嵌められようと、絶望という名の壁が立ちはだかろうと、ね。仮に死が眼前に迫ったとしても、死ぬことへの恐怖“で”足掻き続ける。という誓い」
足を止めない。
諦めない。
その誓いは、自分たちと志を同じとするものだった。
……なるほど確かに、合理的かつ根性論。言いたいことは分かった気がする。
最初。本当の根性論者だったら、恐怖を乗り越えて行動するとか言うかもしれない、と一瞬だけ思った。しかし彼女の言い方で気付かされる。恐怖を抱くことは間違いではないのだと。
「
恐怖を忘れるのではなく、恐怖と向き合う。自身が何に恐れを抱いているのかを把握し、その恐怖の矛先を変え、恐怖を使って行動しろ。
うん、根性論だ。
それでも前にさえ進み続ければ、きっと何かが見つけられる。
確かに諦めて他のことをすることも、効率が良くなるだろう。合理的だ。多分。
……戦いながら別のことを思考するのは、本当に難しい。いや、まったく別のことではないから成り立っているだけで、本来ならもっとどちらかに意識を割かれてしまっていたかもしれない。
そう考えると、柊はすごい。直接説得をしながら言葉を大して途切らせず、余裕を見せつつ攻撃をひらりひらりと躱しながら、柊単独でシャドウを斬る。倒すほどまではいかないにしろ、相応のダメージは与え続けていた。
一方の洸と自分どうだ。どんなに言葉を尽くしたところで、善戦しているなんて言えなかった。傷を負いながらもなんとか不利にならない程度の戦いを繰り広げていく。
『そ、そんなの無理です。合理性主義とは対照的な生き方を、貴方ができるとは思いません』
「だから言ったでしょう。根性論者だと。それに、出来る出来ないで言うなら、出来ない訳がないのよ」
『ど、どうして言い切れるんです?』
その問いに、柊はこちらを一瞥した。
「その貫き方は、先輩が、仲間が、親友が、背中で語り続けてくれたから」
生き方としては常に彼女の胸にあって。
それを貫いてきた自分たちや誰かの姿を見ていて。
……そういう風に生きたいと、思っていてくれていたのだろうか。
『でもそれは、貴女の生き方では』
「ない、というのが貴女の勘違いだと言っているのよ。私はそうして生きてきたし、今後もそうして生きていく。それに仮に私が貴女の言うような合理主義者であっても、一緒に過ごした人たち……少なくとも憎からず想っている人たちから、影響を受けないわけがない。貴女にも直に理解できる日が来るわ。私だって、皆と居て気付けたのだから」
……確かにそれは、感情を持って人と接してこなかったサクラには、分からないことかもしれない。人から受ける影響というものは、実際かなり大きいだろう。無地の状態からとはいえ、自分も多くの人の影響があってここまでこれた人間だから、それは強く感じる。
一方の言われたサクラはといえば、納得はできていないような表情だった。とはいえここまで強気に言葉を並べられてしまえば、万が一自身が間違っている可能性も、と思い込んでも不思議ではない。
それにしても、柊もよく自分たちについての好感を素直に話してくれる。璃音との喧嘩がどれほど彼女にとって衝撃だったのか。少なくとも以前の彼女であればここまでの発言はしなかったと思うけれど。
「そういえば、もう1つの勘違いしていることを教えていなかったわね。……と言ってもそこまで言う必要すらないことだけれど」
『……何ですか?』
「ひょっとして気付いていない? もしくは忘れているだけかしら。だとしたら甚だ心外ね」
『いったい、何を』
「まあ実際、もし閉じ込められたのが今ここに居る私ではなく、数か月ほど前の私であれば、貴女の言う完全な詰み手というのは完成していたでしょう」
ケロリと、彼女は吐き捨てた。
自分たちが、成長した彼女であれば或いは。と信頼を寄せたのと同じように、柊自身も以前の自身と今の自身を比較して物を語っている。
「昔の私でも諦めはしなかったと思うけれど、絶望的な状況には相違がない。そこは認めるわ」
『ですけど、貴女は乗り越えた』
「ええ、そうね。昔の私なら、困難を1人で乗り越えようと足掻いたはず。なんせ誰かと握り合うべき両手は常に剣とサイフォンで塞がっていて、共に歩くべき足は常に常にと前へ進む。決して悪いとは思わないけれど、それではこの壁は超えられなかったでしょう」
壁とは困難か、それとも過去の自分か。
どちらにしても、今の物言い。
完全に吹っ切れた、力強い断言だ。
「けれど、今は違う。今の私は──」
柊は一旦言葉を区切って、続く言葉を探すように一瞬思案する。
そして、その表現が見つかったのか、頷きを挟みつつも、ソウルデヴァイスを構えた。
「──ええ、そうね。今の私には──」
そうして柊は、ソウルデヴァイスを引き、シャドウに突進を仕掛ける。
「──壁を飛び越えてなお余りあるような、力強い翼が背中にあるから」
シャドウに鋭い突きが入るのと同時、高速で飛来した何かが、シャドウの頭部を蹴りぬいていった。
前後からの衝撃で、身体がくの字に折れるシャドウ。
このタイミングで飛来するものなんて、1つ、いや、1人しか居ない。
「璃音!」「久我山!?」
「ごめん、お待たせ!」
「話は後! 岸波君、行ける!?」
大きく体勢を崩した大型シャドウが、前のめりになった身体を踏ん張らせることができず、頭部から地に倒れ込む。
どこからどう見ても、畳みかけるチャンスだった。
全体の様子を見る。自分と対するシャドウも洸の目の前にいるシャドウも、大きな音に反応したのか、こちらから一瞬視線を外していた様子。
今が、チャンスだ。
「行こう、皆!」
「「「応!!」」」
意識を逸らしたシャドウの横を抜き、洸と共に倒れたシャドウの元へ。
それから追ってくるまでの間、転倒している敵に4人で攻撃を畳み掛ける。
残念ながらそう長く時間は取れず、置いてきたシャドウたちが追い付いてしまったので全員で離脱。呼吸を整え直した。
「……と、まあこれまで色々言ったけれど、理解できたかしら?」
シャドウとの間合いを保ちつつ、柊はサクラに問いかける。
サクラはといえば、俯き、己の身を抱きかかえていた。
『……私は、消えるしかないってことですか?』
「あら? 貴女さっき、殺されたくない、生き残りたいって言っていなかったかしら?」
『言いました、けど。私は消されるんですよね?』
「誰もそんなこと言っていないでしょう。……リオン、貴女って説得上手かったのね」
「諦めちゃダメ。向き合うって決めたんでしょ? なら最後までやりきなきゃ」
「別に諦めてなんていないわ」
「そっか。どうしてもって言うなら代わるケド」
「遠慮しておくわ。これは、私とサクラさんの喧嘩だから」
途中から来た璃音は、すべて分かっているように柊と話をする。
彼女たちの間で成立する激励に、柊の目に活力が宿った。
「言ったでしょう、サクラさん。想いをぶつけ合いましょうって。これは喧嘩なのよ。貴女の想いは聞いた。それに対して私の想いは伝えた。それで貴女は、何を想ったの?」
『……』
「勝手に納得しないで。言葉にしないで何かを伝えようだなんて考えないで。抱え込んですべて解決するだなんて思い上がらないで。願いを通したいなら、何に遠慮することなくぶつけてきなさい」
『私、は……』
待つ。
サクラの言葉を、4人で。
背後で祐騎たちが戦っている音を聞きながら。
シャドウとの距離を開けたまま。
『私には、分かりません』
彼女の想いを、聴く。
『私が間違っていたんですよね。皆さんを、先輩を巻き込んで、危険にも晒したのに、その行動が間違っていたというなら、私は、どうすれば……』
出てきたものは、自責の念。
自身が正しいと考えての行動だったはずだ。だからこそ、柊や璃音のことはともかくとして、その時から仲間だと思ってくれていた自分たちまで巻き込んで、異界化を起こした。
自分が生き残る為と言い聞かせて、被害が大きくなろうと何だろうと事を起こさずにはいられなかったのだ。
だというのに、その前提が間違っていたとしたら。許容した被害や犠牲は何のためだったのか。という話になる。
その責任を自覚した結果、彼女はさっき自身について、消えるしかないと言ったのか。
沈黙が下りる。全員が言葉を探した結果、数秒の間、剣戟の音とシャドウの唸り声だけが大きく聴こえた。
……まあでも、これも同じだろう。
間違えたのならば、取り返せばいい。
一番いけないことは、足を止めることなのだ。
決して、死や削除を選んではいけない。
さきほど柊は、自身とサクラの喧嘩だから余計な助力は必要ない、みたいなことを言っていたけれど、これくらいは口を挟ませてもらおう。
「サクラ」
『なん、ですか……先輩』
一瞬、サクラの身体が震え上がったように見えた。
実際は射影の関係上、そんなことは起こり得ないけれど。
「思い返してくれ。柊が語った想いを」
柊は伝えようとしたのだ。
自分が得た、素晴らしいことを。
人と人との関わりで得た物を。
仲間と培ってきたものを。
「すべてのことは、“未来のサクラ”が知ることだって言ってくれたんだぞ」
『──』
時たま彼女が言った、今の貴女には分からない。だとか、これから知っていく、だとかいう単語には、そういう意味が含まれていたのだと、自分は推測する。
未来を考えさせる、ということは。未来の存在を認める、ということは。間違いなくサクラの生存を許すと言うことだろう。
その是非を柊に確かめることはしない。まあ間違っていたら反論が来るだろうけれど、それ以上に彼女の率直な思いは、自分たちも受け取っていたのだから。
受け取って、読み解いた、自分にとっての解なのだから。
「間違えたのなら、取り返せばいい。謝りたいなら代弁するし、罪を償いたいなら協力しよう。だから、一緒に帰ろう」
『……良いん、ですか?』
理解に数秒を置き、サクラは。
立体として空間に投影されている感情を持ったプログラム──間桐 サクラは、涙を見せた。
『良いんですか? 私、生きていて、良いんですか?』
「貴女が生きたいというなら、条件付きでね」
「「「条件?」」」
「なんで貴方たちが聞き返すのよ」
「いや、てっきり良いよって言うのかと」
「今の、ドラマとかアニメとかだと、言って抱き締める展開じゃなかった?」
「抱き締めるかどうかは分からねえけど、優しさを見せる場面だろ」
「いいえ時坂君。残念だけれど、優しさはもう売り切れたわ」
「在庫少ないな」
「そうよ。時坂君の言う通り、私って冷たい女だから」
「……聞いてたのか」
「まあその件は後で話すから。全員、覚えておきなさい」
にっこりと笑う柊から後退る洸。
あれは時坂クンが悪い、と苦笑いする璃音の姿に、やはり聴こえていたのかと自分もそっと溜息を零した。
『あの、その条件って……?』
おずおずとサクラが、柊に問いかける。
笑顔のまま、しかしそこから圧力を消した柊は、口を開いた。
「認めて、誓いなさい」
『認めて、誓う?』
「その罪が、間違いが、諦めがあったことを認めなさい。認めて、受け入れた上で、次に繋げることを誓えるかしら?」
試すような笑みを浮かべる柊。
それを向けられたサクラは、目を閉じ、身体の前で手を握った。
『……認めて、受け入れて……』
目を閉じ、言葉を反芻させるサクラ。
そうして祈りを捧げるように黙っていた彼女だったが、段々とその姿に異変が起こり始めた。
薄まり始めたのだ。
「「「!?」」」
そして、薄れた彼女は光の粒になり、“蒼い光”となった粒子が、自分のサイフォンへと流れ込んでいく。
その光から与えられる温かみは、いつか、そして何度か感じたものに近い。
洸と璃音と、顔を見合わせる。
2人とも、これってまさか、という顔をしていた。恐らく自分も驚愕を隠せていないだろう。
そのまま3人揃って、平然としている柊の方を向く。
「良かった。上手くいったのね」
「柊、お前……」
「核である彼女がペルソナ使いに昇格したことで、暴走しているシャドウも制御下に入る。それに伴い異界化も解除。作戦通りよ」
「怖っ、アスカ怖っ」
「何とでも言いなさい。どうせあんな数のシャドウには勝ち目がなかっただろうし、仕方がないでしょう。ああほら、始まったわ」
異界が、眩い光を放ち始めた。
終息の前兆。柊の言う通り、もう大丈夫なのだろう。
「ああ、そうだ。時坂君、岸波君」
「?」
「なんだよ?」
「後は任せたわ」
異界が放つ光から逃れるように視界を腕で遮る中、柊のそんな言葉が聴こえて。
次の瞬間、ドサッ、ドサッと何かの倒れる音が2つ続けて起きた。