PERSONA XANADU / Ex   作:撥黒 灯

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9月26日──【■クラ迷宮】習ったやり方で

 

 

 悲しそうに眉を下げて、彼女は言う。

 生きる為に柊を狙ったと、サクラは言った。

 

「殺されない為ってどういう……」

『本当に分かりません? ……分かって無さそうですね』

 

 他のみんなの顔を見ても、その理由を理解していそうな人はいない。

 どういうことだろうか。

 

『皆さん、異界化前の柊さんの行動を覚えてます?』

「異界化前? って言うと……」

「筆談してた時の話?」

『そうです。あの時の柊さんは恐らく、先輩のサイフォンを画面を表にせずに投げるよう指示したのではありませんか?』

 

 思い返してみる。

 確かに、そういう指示があった。

 

「ああ。それがどうした?」

『分かりませんか? 彼女は一切の議論も、相談もさせるタイミングなく、わたしを消そうとしたんですよ』

 

 ……あの指示には、そういう意味が含まれていたのか。

 画面を伏せて投げてという指示は、カメラでどこへ飛ばされているかを把握されない為。もっと言えば筆談も、マイクに拾われないようにする為だ。

 どちらも相手に気取られずに終わらせようという動き。

 

『合理性の塊である彼女が、私というリスクを見逃すはずがない。事実彼女は気付いた瞬間、わたしを消すという解決方法を即座に取りました』

「……」

 

 サクラの言う通りだ。

 起こった事実に対して反論の余地はない。

 ……ないような気はするけれど、何かが引っかかる。

 

「……だが、俺が思うに、敵と思い込んでたら普通の反応だと思うが?」

 

 喉元に詰まった言葉を自分に問いかけていると、志緒さんが険しい表情で口を開いた。

 

「先に手を出された時、敵と思い込んで対処するのが、間違っているとは思えねえ」

「まあ確かに、僕でもどんな理由であれ、ウイルスとか仕掛けてくるようなら取り敢えず反撃するし」

『先に手を出したこちらに非がある。というのは分かります。けれどそもそも、手を出す他なかったんです。恐らく柊さんは、わたしにシャドウが宿ったと分かった時点で、わたしというデータを消去する動きを取ったことでしょう。潜在的な危険を見逃さない人ですから』

「潜在的……?」

 

 潜在的危険。

 いつか事件に発展するであろう芽を潰さずにはいられない、ということだろうか。

 ……どうだろう。場合によりけりな気もする。自分の視点から言えば、大捕り物などをする際はリスク覚悟でやるイメージだ。

 尤も、過程で発生するリスクを1人で背負える場合に限る。という条件は付きそうだけれど。

 ……いやでも、今はそれも違うのだろうか。前回の異界とその攻略後に、あれだけ璃音とぶつかり合ったのだ。柊の中で何かしらの変化があるかもしれない。

 

『例えば北都さんが相手であれば、現状のように交戦の意志がないことを伝えれば、話を聞いてもらえる程度の猶予は貰えると思っていました。その間の交渉によっては、見逃される可能性があるでしょう。勿論決裂して消される可能性もありますが、まだ希望はあります。……ですがあの人は違う。交渉するまでもなく、頭ごなしに拒絶してくるでしょう』

「……」

 

 確かに、サクラの言おうとしていることは分からなくもない。

 一度は確かに、問答無用でサクラを消そうとしたことも事実。こうして美月のように、みんなの前で問い詰めるという選択肢があったにもかかわらず、だ。

 しかしながら、柊の対応が間違っていたとは思えない。

 彼女にとっては、自覚していたかどうかは分からないけれど、自身を狙っている相手なのだ。悠長に対応する方が難しいのではないか。

 

 柊の心情を推測し、サクラの言い分を聞いた上で、自分が掛けるべき言葉は。

 

 

──Select──

  サクラの言っていることは正しい。

  サクラの言っていることは間違っている。

 >……

──────

 

 

 まだだ。まだ、結論を出すには早い。もう少し話を進めてみなければ。

 

「どうして、自分から先に言わなかったんだ?」

『え?』

「さっき志緒さんたちが言ったように、柊は敵からの攻撃を防ごうとしただけだ。その為に確実な方法を取ろうとした。容赦のない対応だけれど、“相手に交渉の余地がない”と判断していた場合は適切な対処だったと思う」

『……』

「逆にサクラから話していれば、対応も変わったんじゃないか? 何より、ここまで一緒に異界攻略を乗り越えてきた仲だ。話も聞かずに即消去はしないだろう」

『……そ、そんなことありませんっ』

 

 下がっていた腕に力を込め、否定の言葉を吐き出すサクラ。

 

『仲間だから? そんな理由で、柊さんが心を揺さぶられる訳がないんです!』

「そんなことはない!」「そんなことありません!」

 

 間髪いれずに飛んできた反論は、洸と空から。

 

「柊を軽く見るんじゃねえ。あいつは冷たいようにも見えるが、仲間のことは大切にするやつなんだよ。仲間を大切にし過ぎて1人で突っ走るくらいにはな! 厳しい言葉の陰にはいつだって、オレたちを傷つけないようにっていう思いやりがあった。仲間や友達でない奴に情けを掛けるような優しいやつでもねえけど、お前はそうじゃないだろ! お前だって仲間の1人だろうがッ! だったらそれくらい分かりやがれ!」

 

 自分たちは、その彼女の優しさを理解している、つもりだ。

 いや、いつもその優しさを踏みにじっているような気もするけれど、それは置いておくとして。

 だからこそ彼女のその優しさと強さには、尊敬の念を抱かざるを得ないのだ。

 それに。

 

「その通りです! 柊先輩は確かに思い切りの良い人で、最終的な結果を重要視してます。でも、しっかり皆のことを考えてくれますし、過程を軽んじている訳でもありません! きっと、みんなでしっかり話し合えば、全員にとっての最善を考えてくれます!」

 

 そう。

 彼女は1人で突っ走りがちだけれども、進んで全体の輪を乱したがる人間でもない。

 それが全体の得になると考えて初めて、彼女は一見暴走とも取れるような単独行動をする。

 戌井さんの時の単独行動は、全体の得となると思ったことを自分たちに否定されたから、彼女は少し様子を見ることにした。

 前回の単独行動は、自分たちの中から死者が出る可能性を考え、いっそ全員巻き込まないように1人で動いた。

 彼女は自身のことをないがしろにしがちだけれど、仲間のことを軽く扱ったことはない。というか、かなり大切に想ってくれていると思う。

 その片鱗は1か月ほど前。戌井さんの異界を攻略した後に改めて話をした際に見えていた。

 

 彼女は言ったのだ。これ以上仲良くなって、関係性を維持するために慣れ合ってしまうことが怖い。と。

 仲良くなりすぎることの弊害を意識するということは、もっと仲良くなれるという思考が働いているから。

 それだけの好感度を、自分たち仲間に向けてくれている。

 そして今回、璃音と語り合い、喧嘩したことで、慣れ合いに対する不安もなくなっている……と思う。その辺りは詳しく聞いていないけれど、きっと折り合いは付いているのではないだろうか。今度聞いてみよう。

 

『……お2人の意見は分かりました。残りの皆さんはどう考えますか? 北都さんは、違う組織の人間として、高幡さんは、一度冷たい言葉を投げられた身として、どう思います? 私の言っていること、間違っていますか?』

「間違ってるな」「間違ってますね」「違うね」

 

 3人が否定の言葉を返す。

 自信を持って、間髪いれずに、はっきりと。

 

「まあ僕も柊センパイのこと、ほぼほぼ合理的なセンパイだと思ってるけどさ、冷静に見てると案外、中途半端な面が目立つんだよね、あの人。人間関係に揺さぶられ過ぎって言うか。さっきコウセンパイが言ったことにも似てるけど、非情になろうとしてるのかそうでないのかがはっきりしないんだよ。他者と身内の線引きははっきりしてるクセにね……ま、そこが良いところのような気もするけど。説得が通じる余地のある実力者の存在は、僕らとしても有り難いし」

「俺もBLAZEの一件で、柊に思う所があったのは確かだ。だが、この前の久我山との喧嘩や、普段のこいつ等の話を聞いて、改めた。冷酷にも見えるが、芯を持ったいい奴だと思ってる。飛び入り参加の俺や北都は置いておいても、岸波や時坂たちの意見を無視はしねえだろ」

「私は……」

 

 祐騎、志緒さんと来て、美月だけが、言葉を詰まらせた。

 全員が、彼女の次の言葉を待つ。

 

「私も柊さんのことを、そういう人間だと思っていま“した”。ですが今は違います」

 

 胸に手を当てて、真剣な表情で美月は紡ぐ。

 

「確かに以前の彼女であれば、サクラさんの言う通りの行動を取ったでしょう。ですが今は──リオンさんやソラさんという得難い友を得た今の彼女は、違う結論を出すはずです。彼女も日々成長していますから」

 

 真っすぐな眼で、諭すように美月は語る。

 これで、全員がサクラの考えを否定した。

 

 

『……どうして』

 

 零れてきた声には、痛みが乗っていた。

 これ以上なく、彼女の“心”が張り裂けそうなことが分かる。

 

『どうして、皆さんはそこまで、あの人をッ』

「決まっている。仲間だからだ」

 

 自分の発言に、全員の首肯が加わる。

 自分で言うのも何だけれど、後ろめたさも何もない晴れ晴れとした表情で、全員がサクラの方を向いている。言葉に出さずとも表情で柊への信頼を語っていた。

 そんな自分たちを見て、サクラは何かを言いかけ、唇を噛むような反応をした。

 

 

『きっと、賛同してくれると思ったのに……他の皆さんは違っても、先輩なら、先輩だけは、共感してくれると思ったのに』

 

 やがてサクラから出てきたのは、そんな言葉。

 

『心のない時から声を掛けてくれていた先輩なら! 味方してくれると思ったのに!』

 

 慟哭のような叫び。

 認めて欲しいと。同意して欲しいと。

 1人にしないでと叫ぶサクラ。

 

 

 そんな彼女に、自分は。

 

 

──Select──

  理解を示す。

 >突き放す。

──────

 

 

「柊は、そういう人間じゃない。思いやりを持った、優しい人だ。それを、ここに居る全員が保証する」

『ッ』

「はっきり言う。サクラは、諦めるべきではないことを、諦めたんだ」

 

 サクラが諦めたことは。

 

 

──Select──

  

 >自身が受け入れてもらえること。

  

──────

 

 

 自身が人として扱われないと思い、指先1つで消される運命を呪ったところから、すべてが始まっている。

 ……彼女の言った通り、本当に自分が味方すると思っていたなら、最初に自分に話してくれれば良かったのだ。そうでなくても、サクラの改造に関わった祐樹や美月に話す機会も取れただろう。

 

 彼女が自発的にそれをしなかったのは、無意識かもしれないけれど、“自分に有利な場を整えないと受け入れられない”という思考が働いたからではないか。

 だとしたらどういった状況下ならそういう思考が働くのか、と考えると、自分を劣等的に見ていたとしか考えられない。

 ならばどこに劣等感を抱くかと言われたら、他人と違うところ、彼女にとっては、自身がAIであること。だろう。

 

 “自分はAIで、人とは違う。だから受け入れられない”という思考があるから、まずは平等な立場で交渉ができるように力を示そう、と思った。

 一方的に拒絶されるのが怖いから、その要素()を排除した。

 彼女は根本的に、“素の自分が仲間として受け入れられていること”を信じきれず、“受け入れてもらうことを諦めた”のだ。

 

 まあ、全部推測でしかない。

 そうなると、何となく今の行動の理由が見えてくる、というだけだ。

 自分に理解しやすいよう勝手に押し込んでいる、とも言って良いけれど。

 

 

『……あーあ』

 

 暫しの沈黙の後、彼女は口を開いた。

 つまんないなぁ。と、彼女は吐き捨てる。

 悔しそうに。

 切なそうに。

 そして何かを、“諦める”ように。

 

『がっかりです。これ以上は平行線ですね』

「サクラも大事な仲間だ。柊のこと、信じてみてくれないか。何なら、一緒に謝ろう。謝って、許してもらって、これからも一緒に」

『無理です。わたしには信じられません。わたしは先輩たちみたいに、“強くはありません”。先輩は包丁を向けてきた人間に、信じているから殺さないでねと笑顔で言えますか? 言えませんよね。そういうことですよ。だから平行線なんです』

 

 どのような事情であれ、柊は一度、問答無用でサクラを消そうとした。確かに言われてしまえばその通りだ。

 それをサクラの自業自得とも言えなくはないけれど、言ってしまえばそれで“終わってしまう”。

 本来であれば、柊を信じられる証拠を提示できれば良かったのだけれど、殺されかけた恐怖を覆すほどのものを自分たちが用意できないのが、ただただ不甲斐ない。

 

『何にせよ、ここから先には行かせられません。巻き添えになってしまった久我山さんには申し訳ありませんけど、まあ仕方ないですよね』

「仕方ないって、そんな言い方……!」

『だって、私よりあの人をかばったでしょう? 自業自得です。運が良かったら生きていてくれますよ』

 

 庇ったというのは、異界化が起きる直前のことを言っているのか。

 ……そんなの、認められるわけがない。

 柊だって璃音だって、勿論サクラだって、ここで失うわけにはいかないのだ。

 

「ここは先に行かせてもらう」

『ですから、ダメって言ってますよね? あまりに聞き分けのない子が多いようなら、こう──』

 

 サクラが、実在しない手を翳す。

 その先に禍々しい“影”が集まっていき、やがて影の集合体は、大きな“シャドウ”となった。

 

『──ですよ?』

 

 先程よりもワンサイズ小さい、魔女のようなシャドウ。

 それが、たったの数秒で生み出された。

 

 加えて、1体を放出したというのに、未だ集合を止めない影。

 やがて瓜二つなシャドウが、また1体産み落とされた。

 

「そ、そんな……」

「さっきのシャドウが2体も……」

「おい、まだ増えるぞ!」

 

 唖然としている間に3体目が生まれ、4体目の影が集められ始める。

 

『1体1体は弱体化してしまってますけど、さっきみたいに皆さんで連携されては、簡単に突破されてしまいますから。ここは念入りに増やしていきます。皆さんは6人ですし、6体ほど居れば丁度いいですよね?』

 

 そして4体目が完成し、5体目の影が集まる。

 先程より大きくないとはいえ、身の丈の1.5倍はあるシャドウだ。

 並ばれると威圧感がある。

 

 しかし。

 

 

 

「それでも、退くわけには」

 

 

 

 恐れていたとしても、引き返すことはできない。

 仲間はまだ戦っているはずなのだ。

 何としてもこの窮地を脱し、助けに行かなければ。

 

 

『……分かってはいたんですけど、諦めないんですね』

 

 

 知っていましたと言わんばかりの、呆れた表情。

 ああ、そうだろう。サクラだって今まで、何度だって自分たちの戦いを見てきたはずだ。

 だから、ここで折れる自分たちでないことを、彼女は知っている。

 

 

 

『なら、死なない程度に痛めつけてあげます。分かっていると思いますけど、時間を稼げばこちらの勝ちで──』

 

 

 

 瞬間、サクラの投影体(モデル)が、一瞬切り裂かれるようにして、ブレた。

 

 

 

 

 

 

 

『──え?』

 

 サクラが、己の身を見下ろす。

 実体のない身体に、当然傷はない。

 だが事実として彼女の身体は、たった今、一本の剣に引き裂かれた。

 

 

『……え、あれ?』

 

 

 サクラの、そして自分たちの目がその得物に目を奪われる。

 美しく、気高く、そして力強く地面に突き刺さっているのは、“1本の細剣型ソウルデヴァイス”。

 

 

「待たせたわね」

 

 

 そのソウルデヴァイスの銘は、“エクセリオンハーツ”。

 所有者は言わずもがな、“柊 明日香”を置いて、他に居ない。

 

 

「助けに来たわよ」

 

 

 凛と通る声を空間に響かせ、件の少女が、出入り口へと舞い降りた。

 

 

 

 

 

 

 

「「「「…………」」」」

「いや、全員お前を助けに来たんだけどな」

 

 

 ……うん。

 まあ。

 

 全員の心の声を代弁するかのような、洸のツッコミ。

 彼の発言の合間に柊は、シャドウとシャドウの間を縫うように滑り込み、駆け抜け、ソウルデヴァイスを回収した。

 そうして栗色の髪を靡かせ、久方ぶりに、こちらへ向き直る。

 

「ちょっとした冗談よ。話は聞かせてもらっていたわ。来てくれて本当にありがとう。心配掛けてごめんなさい」

「……お、おう。素直だな」

「…………でも、結局助けられているようじゃ、まだまだね」

「お前な……」

 

 恐らく、素直に言ってみたことが受け流されなかったので、恥ずかしくなったのだろう。若干柊の耳が赤い。

 

「コホン。何にせよ、これで数ではこちらが優位に立ったようだけれど……さて、間桐 サクラさん、で良いのかしら」

『柊、さん……』

 

 サクラが見開いた目で、柊を見ている。

 それはそうだ。自分たちにとっての驚愕以上に、彼女にとってはあり得ないことなのだろう。時間を掛ければ確実に仕留められるという口ぶりだったことからも、それは伺える。

 一方この場に驚愕の渦を引き起こした張本人はといえば、特に気にした素振りを見せずに、サクラの方へと向き直った。

 

 

「正直、貴女には言いたいことはいっぱいあるのだけれど」

 

 

 振り返った後ろ姿を見て、気付く。

 傷だらけだ。

 足も手も切り傷が複数入っていて、制服もズタズタ。そして背中の所に、大きな赤いシミがある。

 そちらの方面に明るくはないけれど、分かる。

 決して放っておいていい出血量ではない。

 回復スキルで治せるのは外傷のみ、失った血は戻らないのだ。一刻も早く、安静にしなければならないはずなのに。

 それでも彼女は、まっすぐに前を見据えている。

 

 

「まずは……そうね」

 

 

 重傷など気にしてないかのような凛とした姿勢に、余裕を持たせた口調。

 表情は後ろからではうかがい知れない。けれど決して暗くはないのだろう。

 そんな彼女はソウルデヴァイスの切っ先をサクラに向け、その後、ゆっくりとシャドウへとスライドさせて行き──

 

 

「喧嘩を、しましょう」

 

 

 ──きっと不敵な笑顔で、そう言った。

 

 


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