混戦、泥仕合、この戦いを後から評価するのであれば、そう言う他ないだろう。
敵は超大型シャドウ。身の丈の3倍はありそうな背丈の、人型シャドウだ。とはいえシャドウである以上、人のような見た目をしているという訳では決してない。人型と判断できる要素のは、空中に浮いた状態とはいえ2足で直立している点と、腕や頭と認識できる点があるくらいだった。
敵の攻撃は近距離遠距離問わず繰り返し放たれてくる。直接敵から巨体から繰り出される攻撃はひどく重く、巨体のわりに動きが早い。遠距離ではシャドウの身体から発生した荊のようなものが、何重にも重ねてこちらへ向けられてくる。
対してこちらの攻撃はといえば、どのペルソナのスキルも効き目が良いものがなく、相手の体勢を崩しきることもできていなかった。
言葉にしてみるとどうにも不利のように思えてしまう状況だけれど、どうにかして均衡は保てている。どうしてかと理由を端的に言えば、美月の貢献が大きい。
「美月!」
「っ、【テトラカーン】!!」
敵の大きな一撃を、彼女が覚えている反射スキルで攻撃を打ち返す。
それができるからこそ、なんとか戦況が不利に傾きすぎていない、という所だ。
大振りの攻撃を躱すだけでは、攻撃の手が足りない。相手の攻撃まで利用して何とか。という感じ。
現状こちらの攻撃として最も協力なのは、機動力的観点から見て空と、火力的観点から見て志緒さんだ。
ただ、敵があまりに仰け反らない為、空の攻撃は畳みかけている最中に反撃を受けてしまう。志緒さんは大剣のソウルデヴァイスを振り回す関係で攻撃の出が遅くなってしまうので受け止められてしまうことが多い。
どちらも確かにダメージは与えられているけれど、大きな一手には至っていないという感じだ。
……相性的な部分を無視した上で決定的な一撃を入れたいなら、現状ペルソナのスキルによるダメージが一番可能性が高い。しかし、回数に限りがある上、今は使用者にも制限がある。
この場にいるメンバーの中でペルソナによる高火力技を覚えているのは、美月と祐騎と自分のみ。美月はカウンターに力を割いてもらっている関係で攻撃に回せず、祐騎は洸と一緒に攪乱と牽制、自分は全体の指揮と防御。
正直に言ってしまえば、全員が己の役割で手一杯の状態。
……さて。
どうしたものか。
「祐騎、何か気付けたか?」
「流石に隙が無さすぎるね。だから、搦め手と行きたいところだけど……誰でどう攻めようかは悩み所」
「搦め手か……」
誰に頼もうか。
──Select──
>洸。
空。
祐騎。
志緒。
美月。
──────
洸、が良いか。現状で美月を動かすのはあまりにリスキー。空や志緒さんを抜いて攻撃の手を緩めたくない。
残るは洸と祐騎。機動力と対応力という意味では、洸に軍配が上がる。よってここは洸に任せるとしよう。
だとしたら作戦は……
「祐騎、洸に任せようと思うんだけれど」
「良いんじゃない?」
「よし、洸!」
大声で彼を呼ぶ。シャドウの注意を引こうが別に問題はない。むしろ引いた方が楽になるというものだ。
「奇襲頼んだ!」
「!? 応!」
一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに覚悟を決めてくれたらしい。
とはいえ時間は必要だろう。そこを稼がなければいけない。
あと彼に向いている注意もこちらへ割かせるべきだ。
となれば、自分と祐騎が牽制を引き受けるべきだろう。
「来てくれ“タマモ”! 【エイガオン】!」
「ブート、“ウトゥ”! 【ジオダイン】!」
最大火力をぶつける。
こっちを見ろと。
「祐騎!」
「分かってる! もう一発! 【ジオダイン】!」
祐騎に遠距離からの攻撃を任せて、自分は洸の役割と代わるよう敵への距離を詰めた。
「■■■■■!」
「──シッ」
伸ばされた腕に外側からソウルデヴァイスを当てる。
軌道を強引に外された腕が自分の横を素通りしていくのを見送ることなく、サイフォンを操作。ソウルデヴァイスをしまいペルソナを再召喚する。
「ペルソナッ!」
近距離でシャドウの胸元目掛けて【エイガオン】を放つ。
無事にヒットした【エイガオン】だけれど、やはり大したダメージになっていないらしい。大きく仰け反ることなく反撃の姿勢を整えてきた。
「“タマモ”、【ラクンダ!】」
相手の防御力を下げ、そのままペルソナをしまい、ソウルデヴァイスを再装備。鏡の面を相手に向け、防御の姿勢を整える。
「ッ」
重い。けれども、受け止め切れないほどではない。反動で少し後ろに下がった程度で済んだ。
その隙を突く様に、志緒さんと空がそれぞれ別方面から攻撃。残念ながら志緒さんの攻撃は受け止められたけれど、空の攻撃が完全に通った。
「■■■■■──!」
シャドウの注意が完全に空の方へ向く。
その隙を逃す洸ではない。
助走をつけ、走り出した彼は、シャドウの背中へと飛び、ソウルデヴァイスを大きく振り回す。
「アンカー──」
シャドウの首元へとソウルデヴァイスの剣先を伸ばす。無事シャドウの首元へと届いた洸の“レイジングギア”。しかしそれだけでは奇襲には足らない。
それは洸も気付いているのだろう。だから、彼の攻撃はそこで終わらないのだろう。彼の目は何を狙っているようにぎらついていた。
「──スライド!」
ソウルデヴァイスの剣先の方に、洸の身体が引き寄せられていく。レイジングギアにそういう使い方があったのか。
「よっと」
ともかく、シャドウの首元へ向かい、肩へと乗った洸は再度ソウルデヴァイスを振り被った。
「オラァ!」
首にソウルデヴァイスを何重にも巻き付けそのまま肩を降りる洸。当然ソウルデヴァイスには伸びる上限があるので、強引に引っ張る形に。
重力が働くこともあって、シャドウの体勢が一瞬だけ崩れる。
「そこ!」「シッ!」
そこへ、祐騎のソウルデヴァイス“カルバリー・メイス”による射撃と、空による連撃が重なり、シャドウの身体を強引に倒させた。
「ハクノ!」
地面に着地した洸が、自分の名前を呼んできた。
総攻撃の確認だろう。
当然、この機会を逃す手はない。
「行こう皆!」
「ああ、行くぜ!」
全員で駆け寄ってダメージを与える。敵が強引に起き上がろうとするまでひたすらに叩き続けた。
残念ながら倒しきれなかったけれども、結構なダメージを与えられたように思う。
「戦闘継続。倒しきるぞ」
「おう! 全員、気合入れろや!」
志緒さんの鼓舞で、全員が己の役割を全うする為に移動を始める。
たった一度、形勢が極端に有利になっただけ。
それでも、全員が気を緩ませなかった結果、最後まで戦いを有利状態のまま進行することができた。
消滅していくシャドウを見送る。
全員が息を切らし、全身の至る所に傷を付けている。恐らく、目に見える範囲だけで傷付いているのではないだろう。
これで異界化は解決だ。
学校もじきに元へと戻るだろう。
……?
「戻らないな」
「どういうことだ?」
眉を顰めた洸と首を傾げ合う。
今までにないパターンだった。通常、異界の核となっているシャドウを倒せば、異界化は終息する。人的要因であるなら、構成者のシャドウを元の人の元へと返すことで。自然要因であれば、今のような大型シャドウを倒すことで。
連鎖要因とはいえ、自然要因の一種のはず。異界化の終息の条件は満たしているはずだけれど。
「美月、何か知っているか?」
「……」
黙り込む美月。いや、答えが分からないというより、答えを言うべきか分からないという表情だ。決して困惑している顔ではない。
「北都?」
「ミツキ先輩?」
空と志緒さんが不思議そうに彼女の名を呼ぶ。
……何か危惧することがあるのかもしれないけれど、このままでは何も進まない。どんな危険が待っていたとしても、進む他ないのだ。
「心当たりがあるなら、話してくれ」
「そう、ですね。……わかりました。岸波君の判断に従います」
そして美月は、ソウルデヴァイスを仕舞って、再度口を開いた。
「とのことですが、貴女から何か言うことはありますか? “AI-Navi-S”。……個体名称は確か、初期設定のままですと、間桐 サクラ、でしたよね?」
「…………え?」