「まず分かっていることと分かっていないことを書きだしてみましょうか。岸な…………あの、声を掛ける前に黒板の前でスタンバイしているのは怖いから止めておきなさい」
「そうか?」
なんかそろそろ声が掛かりそうだなと思って席を立って移動しておいたら、柊に呆れたような目を向けられてしまった。
いや、3年生組を除いた全員が同じような表情でこっちを見ている。
「役割に忠実過ぎだろ。というか、別に人数が増えたんだし、お前じゃなくても良いんじゃねえか?」
「それを決める時間ももったいないだろう。嫌なわけでもないし」
「……まあ、本人がそう言うならこれ以上は言わないけどよ」
事実、この書記のような役割について、不満を持っている訳でもない。
書いて情報を纏めるというのは大事だし、聞く・見るに加えて書くまで加われば、より正確に記憶へと残るだろう。
という訳で、黒板の前でチョークを握る。
黒板中央に縦線を引き、分かっていることのエリアと、分からないことのエリアを分けた。
「まず確定したことといえば、この異界が“連鎖要因による異界”だったことね」
「そういえばそうなるね。この前の一件だけで終わっていれば、自然要因による異界だったわけだけど」
「確かに。妨害工作があったってことは、まだ敵がいるってことだもんな」
分かっていることのエリアに、連鎖要因と記入しようとする。
しかし、途中まで書いたところで、あの、という控えめな声が上がった。
振り返った先にあったのは、申し訳なさそうに小さく手を上げる、空の姿。
「あの、結局連鎖要因と自然要因ってカテゴライズすることにどういう意味があるんですか? 根本的な違いがまだよく分かってなくて」
空の問いを受け止める。
名前でわざわざ異界を纏める意味、か。
確かに脅威度の次元が違うことを知るまでは、自分もその必要性は理解していなかった。そもそも連鎖要因の由来とかを知らなかったということもあるけれど。
というかそもそも、異界の発生要因について、空や志緒さんは知っていたか?
いや、2人のことだ。知らなければその都度聞いて来ただろう。恐らく柊あたりから説明を受けている、はず。
ならば今回は誰が説明するのかな、と思い、美月や柊に目を向けてみる。
美月はこちらを向いていた。どうやら説明を任せたいらしい。彼女の性格上、億劫がっている訳でもなく、嫌がらせということもない。まあ、にっこりと微笑んでいるところを見るに、こちらの理解度を試しているのかもしれないけれど。
柊も同様の結論に至ったのか、腕を組んだまま口を開かなかった。
洸を始めとする他の皆もその空気に従う。
「簡単に言えば、被害の予測規模に違いが出るからだな。自然要因の異界はそれ1つで完結しているのに対し、連鎖要因の異界は複数個存在し、大元を叩かない限りは限りなく出現する。そうなってくると当然、攻略の難易度も取るべき対策も変わってくるから、逆に同じと思っていると危ないだろう」
「なるほど……すみません、分かりました!」
特に引っ掛かったところはないようで、空は笑顔で頷く。
ところが、自分の方が説明していて首を傾げそうになった。
「今回のが連鎖要因の異界だとして、最初の異界以降、眷属の異界が発生しないのはどうしてだ?」
確か美月の話では、上限やクールタイムは存在しているけれど、生み出した使い魔が異界を形成し、分布をどんどん広げていくのだということだった。
なら、連鎖要因の異界として、あれ以降一切の動きが無いのは変なように思えるけれど。
「確かに、聞いていた連鎖要因の特徴には沿わないな。そこの所どうなんだ、柊」
「考えられる理由は2つあるわね。眷属を1体しか産めない主で、かつその発生に時間が掛かるタイプ、ということ。もう1つは、眷属を作る分の労力を何処かに割いている、ということ」
提示された2つの可能性に、一層首を捻る。
いや、1つ目の理由は違和感があるものの、理解は出来る。あれだけ強力なシャドウを使い魔として従えているのだ。もしかしたら準備にかなりの時間を要するのかもしれない。
ただやはり、時間を掛ければ同じ規模の異界を発生させられる使い魔が産み落とされてしまうということ。一刻も早く対応に動かなければ。
一方、2つ目だとしたら、今の平穏な時間も入念な準備に割かれている、ということになるだろう。勿論敵シャドウも手をこまねいて待っているだけではないとは知っていたけれど、危険度が高いどころの話ではない。下手したら罠を張っていたり、祐騎を封じ込めたような智略を他に練ってくるかもしれない。。
こうなると、より色々なことを考え、相手の想定の上を行く準備をしなければならない。せめて相手の狙いが少しでも別れば良いんだけれど……現状では難しいか。
「2つ目の理由だとして、シャドウは何を考えていると思う?」
「まず間違いなく、四宮君の妨害には労力が割かれ続けていたはずです。ですから、何故シャドウは四宮君を妨害する必要があったのかを考えてみるのはどうでしょう」
「何故って……特定されるのを防ぐためじゃないんですか?」
「何を特定されることを恐れたのか。という話です」
美月が答えに、考え込む。
確かに、現状の考えだと祐騎を妨害したのは、自身の存在を隠すため、ということになってしまう。しかしそれだと、ただの時間稼ぎに労力を割いていることになり、またこうして答えに辿り着いている辺り、大した成果を得られていないようにも見える。
……祐騎の妨害をして、シャドウが得たメリットか。
「ユウキを止めることで、何が得られたか……正体がバレることってことか?」
「けど、隠してたのって小説サイトでしょ? 隠したところでってカンジじゃない?」
「そのサイトの作成者が分かってしまうことを怖がった、ってことはないですか?」
「いいえ、それは考えづらいかと。そもそもシャドウがネットに働きかけて作ったのであれば、サイト設立者もなにもありません。適当な人のパソコンやサイフォンから勝手に作ったことにできるのですから」
「え、何それチート過ぎるでしょ……」
「実在しない存在ですからね。虚像を追ったところで惑わされるだけです」
だとしたら、サイト設立者を隠したがったという線はないと思って良いか。
「……あのさ、まだよく分かってないんだけど、この小説サイトってシャドウが作ったの? 元からあったとかじゃなくて?」
璃音の質問が飛び、全員が手元のサイフォンに視線を落とす。
そういえば、祐騎のアクセスが拒絶されていたというだけで、そのサイト自体をシャドウが作ったと言う話は出ていなかった。
「サイトの中には、かなり前から投稿されている小説もあるな」
「……ということは、成程。隠したかったのは、外ではなく中。“小説サイトにアクセスさせないこと”ではなく、“小説を悟らせない”ことだった。そういうことね、リオン?」
「多分そう!」
「……多分って」
「いやー……正直そんなしっかり考えての発言じゃなかったし」
「いいえ、助かりましたよ、久我山さん。先入観で話し過ぎましたね」
そうかな、と照れる璃音。
その通りね、と首肯する柊。
確かに、サイト自体が隠されていたとはいえ、サイトを隠すこと自体が目的とは限らないのだ。
となると。
「シャドウの目的は、生徒たちに自分の小説を読ませることで、こちらを妨害した理由は、小説を読ませないようにすること?」
「……でも、そもそも何で他の生徒たちに小説を読んでもらう必要があって、わたし達には読まれることを避けたのでしょうか」
何故自分たちを、生徒の枠に入れなかったのか。
自分を討伐しようとする敵に、知らせたくない理由。
それは。
──Select──
恥ずかしいから。
意味がないから。
>正体がバレるから。
──────
「そう考えるのが、妥当かしらね」
柊の同意を得る。
それに対し、訝しげに眉を寄せたのは志緒さんだ。
「つっても、読んだだけで正体が分かる、なんてことあるか?」
「例えば僕たちの中にはそれを判断できる人物がいる、とかかな。特定のエピソードがあったり、キーワードがあったりして。他にも、弱点が載ってるから隠したい、なんてこともあるかもね」
「……なんでわざわざそんなこと書くんだ?」
「僕に聞かないでよ。自叙伝とか、エッセイとか、そういう誤魔化したら伝わらないジャンルなんじゃない?」
つまり祐騎の推理では、自分たちに近い誰かのシャドウの犯行だ、ということか。
まあ確かに、的確な妨害と言い、まったく知らない人の線は考えづらいものがある。けれど、仲間内でもない限り、そんなことは分からないと思うけれど。
「……」
途端、柊が何かを考え込み始めた。
何か引っかかることがあったのだろうか。