PERSONA XANADU / Ex   作:撥黒 灯

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9月24日──【マイルーム】水泳部のライバルたち 1

 

 

 先週末、ようやく手がかりを1つ手に入れることができた。

 九重先生曰く、登校中にサイフォンを弄る生徒が増えたとのこと。

 言われるまで一切気が付かったので、今日は意識しながらゆっくり歩き、周囲を観察してみた。

 

 ……確かに、サイフォンを弄っている人が多い。

 とはいえやはり、意識しないと分からない程度の差だろう。普段から弄っている人は多いし。

 しかしこうして実感したところで気になるのは、彼ら彼女らがどうしてサイフォンを見ているかということ。何か追いたい情報などがあるのだろうか。

 ……こういうのは、祐騎に聞くのが一番だな。後で聞いてみるとしよう。

 

 

──昼──

 

 

「ふーん、サイフォンを弄ってる人がねえ」

「ああ、何か心当たりはあるか?」

「残念ながら。正直ここ最近、大きな話題とかも出てこないからね」

 

 昼食を共にしながら、祐騎から話を聞いてみる。しかし、ここ最近ずっと調べてくれていた彼ですら、ネット内の流行などを見つけることは出来ていない。

 ということは、たまたま、ということだろうか。

 

「まあ、そっちでも気になるなら調べてみると良いんじゃない? 僕の方でももう少し解析してみるよ」

「頼む」

「ん。要件はそれだけ? ならゲームするけど」

「ああ、邪魔して悪かったな」

 

 ……まあ、明日からも注意は払っておこう。

 

 

──午後──

 

 

「コラ、静かにするんだ!」

 

 国語の授業中、タナベ先生が振り返って黒板に文字を書いていると、不意に教室の一部がわっと盛り上がった。

 そこから火を付けたようにざわめきが広がり、タナベ先生がそれを鎮めようと声を出す。

 だが、それでも教室の静けさは戻らない。

 

「静かに! し、ず、か、にィ!」

 

 三度言って漸く落ち着きを取り戻す教室。

 しかし、全員の集中は切れ、何事もなく授業に戻る、という雰囲気ではなくなってしまった。

 しかし、タナベ先生はやりづらそうにしているわけではない。というか何かを考え込んでいるみたいだ。

 

「そうだ! 1つ問題を出そう!」

 

 そして唐突に発問をする。

 突拍子もないけれど、タナベ先生の授業ではわりとよくあることだった。良くも悪くも、彼はまっすぐで情熱的な教師である。教えたいと自分が思ったことを教え、言いたいことをはっきり言える、強い大人だ。

 

「よし、岸波に答えてもらおう!」

「!?」

 

 唐突に指名されることも、まあなくはない。驚いたけれど。

 何を聞かれるのだろうか。

 

「今みたいな行動を表す熟語に、東西東西(とざいとうざい)と言うものがあるんだが、ここで使われている東西という漢字の、正しい意味は何だか知っているか?」

 

 東西?

 

 

──Select──

  世間一般の事柄。

  関東と関西。

 >東端から西端まで。

──────

 

「正解だ!」

 

 へえ、という反応がまばらに聴こえる。

 自分も半分当てずっぽうだったから、同じような反応だけれど。

 

「これから口上などを述べたいなあという時、観客がざわついているところを鎮める為に、端から端まで聞きなさいという意味を込めて、東西、東西と言うんだぞ! 一説によれば相撲が起源とも言われているが、舞台などでも使われる言葉だな!」

 

 東端から西端まで声を掛け、聴こえていますかと問うているということか。

 そうすることで聞く姿勢を作らせ、いざ口上を述べる、と。

 相撲や舞台を見たことはなかったけれど、そういう文化があるものなのか。

 勉強になるな。

 

「うんうん、それじゃあみんな静かになったところで、授業を再開するぞぉ!」

 

 その発言に教室全体から、えーという反応が沸き、また教室内が騒がしくなってしまった。上手くいったぞと満足気だったタナベ先生の顔も一転。焦ったようなものになる。

 どうやら収束まではもうしばらくかかりそうだった。

 

 

──放課後──

 

 

────>クラブハウス【更衣室】。

 

 

「あれ、ユウト?」

「お? ザビ……じゃなかった、岸波か」

 

 言い間違いのようなものをされたことは一旦置いておくとして、久しぶりに出ることにした部活で、滅多に練習へ参加しないと噂のユウトに出会った。

 更衣室に居た彼は、一足先に水着を着ている。

 

「早いな」

「ま、たまにはな。まだ時間あるし、一緒に泳ぐか?」

「いや、自分まだ泳ぎ切れないから止めとく」

「そ、そうか……そういえばハヤトに教わってるんだったか」

「教わってるというか、アドバイスを貰っている感じだな。教わってるのは他の先輩」

「ふーん。まあ何でもいいや。ちょっと見てやるからやってみろよ」

 

 

──Select──

  教えてくれるのか?

  大丈夫なのか?

 >泳ぎを見せて欲しい。

──────

 

 

「は? オレの?」

「ああ。上手いって聞いたから」

「誰から?」

「ユウジが」

「……ふーん」

 

 ややそっけない反応だが、彼は上がった口角を隠すかのようにそっぽを向いた。

 選考会の日、ハヤトは自分と同じくらい速い2年生がいる、と言っていた。酷く悔しそうな表情で。

 その顔が、とても記憶に残っている。

 彼の表情の理由が知りたい。

 あとは単純に、上手い人のはどれだけ見ても悪い影響にはならないはずだから、勉強にしたいというものある。

 

「……ま、お前が良いなら良いけどよ。それじゃあ、練習前にひと泳ぎするかね」

「よろしく頼む」

 

 

────>クラブハウス【プール】。

 

 

 一言で言えば彼の泳ぎは、“静か”だった。

 。3年生の先輩たちやハヤトと比べてしまえば、躍動感や前身の意志に欠けるようにも見える。しかしながらそれを補うどころか、カバーしてなお余りある長所が、彼の無駄を省くような泳ぎ方だった。

 ゴールにいち早く辿り着こう、という動きではなく、最適化された結果いちばん速くなった、というのが正しいだろうか。

 ただそれは、基本に忠実なわけではない。基本を極めているといえば、ハヤトの方が上だろう。ユウジのそれは、自身にのみ最適化されたものだ。

 どうやら真似は出来そうにない。

 

 

「ふぅ……どうだよ」

 

 レーンを1往復した彼がプールの中から聞いてくる。

 さて、何て答えようか。

 

 

──Select──

 >上手いな。

  もう一回。

  勉強にはならなそうだ。

──────

 

 

「へへっ。だろ?」

 

 嬉しそうにはにかんだ後、じゃあ次の泳ぎを見せてやる、と再度壁を蹴りスタートを切る彼。今回は25mでバタフライと背泳ぎを切り替えて見せてくれたが、やはり彼の泳ぎは無駄な力なんて入っていなく、まるで魚が自由に泳ぎ回っているような感想を抱かせた。

 

 その後も平泳ぎを見せてもらった後、真似してみてアドバイスをもらったりしてみる。とはいえ部活前なので、そんなに時間は取れなかったけれど。

 やがて先輩たちが集まって来たので、レーンを独占し続けるわけにもいかず、一回休憩を兼ねてプールサイドへ上がることにした。

 

 

「そういえば、何で今日は部活に?」

「ん?」

「選考会、休んでたよな?」

「あー……それ聞いて来るか」

 

 スイムキャップを外した彼は、ガシガシと頭を掻いた。

 

「まあ、その選考会関係だな。前回休んだし、今回はタイム測るから来いってサキ先生にどやされてよ」

「なるほどな」

 

 サキ先生には体育の授業でお世話になっている。タナベ先生とは違うタイプの熱血系教師。常に生徒のことを想い、叱ってくれる先生だ。

 

「前回選考会を欠席した者たち、集合!」

 

 そんなサキ先生の号令が聴こえる。

 どうやらユウジだけが対象なのではなく、欠席者へ向けた予備選考らしい。

 だからこそ、そこもサボられたら手が打てないから来るよう口うるさくしたのだろう。

 

「お、噂をすればだな。呼ばれたことだし行ってくるわ。いい準備運動になったぜ。サンキュ、岸波」

「いや、自分の方こそ助かった。いつか一緒に泳ごう」

「……だな、次気が向いて練習に来る時までには泳げるようになっとけよ?」

 

 気が向いた時、か。

 どうやらこれからは毎回練習に来る、という訳ではないらしい。

 泳ぎを褒めた際に嬉しそうにしていたことから、水泳が嫌いなわけではないのだろう。ハヤトのことが話題に出る時も、あまり嫌そうな顔はしない。恐らく人間関係という訳でもなさそうだ。

 だとしたら、どうしてあそこまでの実力者である彼は、部活に消極的なのだろうか。

 

 サキ先生の方へ歩き去るユウジの姿を見送る。

 特段、気負った様子などは見られない。

 

「岸波」

 

 考え事をしていると、後ろから声を掛けられた。

 振り返った背後に居たのは、やや硬い表情のハヤト。

 

「今、ユウジがここに居たか?」

「ああ。さっきまで一緒だった」

「そうか。……何か言っていたか?」

「いや。何かって?」

「……いや、何にも言ってないなら良いんだ。悪かったな」

 

 そう言って、彼は自分から視線を切り離す。

 顔を向けた先にはユウジが居て、何やらサキ先生から説明を受けているみたいだ。

 

「これから選考会の第2回タイム測定なんだってな」

「……ああ」

 

 肯定、というよりは、聞き流した言葉に対する相槌、みたいな返事。

 どうやら彼の意識はあっちに集中しているらしい。

 

「タイム測定、近くで見ていくか?」

「……ん、ああ、そうだな」

 

 どこか呆然とした様子の彼を引っ張り、ユウジが泳ぐというレーンまでやって来た。

 待つこと数分、飛び込み台で登った彼が、少し身体を捻った後に力を抜いて立つ。準備を終えた彼を中心に、空気が変わり始める。

 やがて先生の掛け声で聴こえてきて、ユウジがスタートの姿勢を取る。一瞬の静寂の後、ホイッスルが鳴り響き、彼は踏切台を蹴った。

 ──ユウジの叩きだしたタイムは、ハヤトが前回の測定で出した結果よりも、0.2秒早かった。

 

「……ッ」

 

 横から、歯ぎしりのような音が聴こえてくる。

 

 なんとなく、彼らの関係性が分かったような気がする。

 

 選考会の結果は、後日通達されるらしい。

 ハヤトの様子が気になるけれど、彼はどうやら何ともなかったようにして振る舞いたいらしい様子。

 今日のところは、練習して帰ることにした。

 

 

──夜──

 

 

 今日も勉強するとしよう。

 

「……あ、サクラ」

『はい! なんですか?』

 

 サイフォンに向けて声を掛ける。

 夜に貸し出す約束も終えたので、暫く出来ていなかった音楽の再生をお願いしよう。

 

「何か集中しやすそうな音楽を流してくれるか?」

『はい、それじゃあ流しますね、センパイ』

 

 

 音楽が鳴り出す。

 ……うん、いい感じだ。これなら集中して取り組めそうな気がする。

 

「ありがとう」

『いいえ。その……どうですか?』

「ああ、凄い良いと思う」

『本当ですか? 良かった……』

 

 安堵の息を吐いた彼女。

 ……よし、気合を入れて頑張るか。

 

 

 

 




 

 コミュ・剛毅“水泳部”のレベルが6に上がった。


────
 

 知識  +3。


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