日曜日。
せっかくだし、今日は回ることのできていない地域を回るとしよう。
駅前広場やレンガ小路は既に一度観察を終えている。杜宮商店街も蓬莱町もだ。記念公演は通学路だし言わずもがな。とすればあと訪れていない所で人が集まりそうな所と言えば……アクロスタワーや七星モールだろうか。
……今日は七星モールへ行こうか。買い物もできるし。
────>七星モール【1階】。
1階を通り過ぎ、2階をぐるっと一周し、ほとんど毎日着ているTシャツを買った【ピクシス】や、アニメショップなどをちらりと覗いた後、また1階へと戻った。
【城嶋無線】に立ち寄り、店主のテツオさんに挨拶した後、気分的にアーミーショップを外から眺めた後、輸入雑貨店の前を通る。
友人が、1人でレジに立っていた。
……お客さんも少ないし、少し寄ってみるか。
「あ! ザビ!」
「こんにちは、カレン。店番か?」
「ウン!」
金髪の少女が、朗らかに笑う。
とても楽しそうだ。嫌々やっているわけではないらしい。
そういえば、彼女はいつもお店を手伝っているような気がするな。
──Select──
手伝おうか?
>お母さんは元気か?
定員さんおすすめは?
──────
「マム? マムは元気! 今日はイドハシカイギ? でいないヨ」
「いどはし? ……井戸端会議?」
「多分ソレ!」
井戸端会議でいない……まあそういうこともあるか。
雑談は大事だしな。交友も深められ、情報も集められる。
「じゃあ帰って来るまで店番か?」
「ウン!」
「そうか」
大変そうだな。
……少し手伝っていくか。
「手伝えることがあったら言ってくれ」
「ホント!? ありがとうネ、ザビ!」
以前も棚卸しを手伝ったことだし、その関連ならできる。と思っての口だしだったのだけれど、気付いたらレジ業務も教わっていた。
どうやら彼女は自分にそれを任せて、やりたいことがあるらしい。それは製品の陳列だったり、お客さんとのコミュニケーションだったりするのだけれど、どれもお店にとって大事なこと。
だから、黙って引き受けることにした。
そして時間は流れ、お昼の時間帯。
昼食の前後で買い物へ寄ってくれる人が増えているのか、お客さんが全体的に多くなってきた。
自分はそのままレジに立てこもり、置かれた商品をひたすらに捌いていく作業に。自分よりキャパのあるカレンは、お客さんの対応などに追われる。
そんな多忙な中でも、彼女は笑顔で接客をしていた。たまに言葉を間違えることはあるが、それはそれでお客さんに受けているらしい。店内は笑顔でいっぱいだ。
……それにしても、やはり接客に慣れている。今まで色々な働く人々を見てきたけれど、彼女はそんな人たちに負けず劣らず、対応が上手だ。いったい何歳の頃から彼女はこうしてお店を手伝っていたのだろう。
……というより、いつのころからお店があったのかも気になる。出身は外国だったはずだから、幼いころからこちらに来ていた、というのは若干考えづらい。
とすると、どこかのタイミングでこの国に来て、このお店を開いたことになるんだけれど……はたして、詮索して良い問題か。
──Select──
>聞く。
聞かない。
他の人に聞く。
──────
……聞こう。ある程度腹を割って話せない関係に、先はない。
となると、今はこのお客さんの波を捌き切ることが先決か。
気合を入れよう。
────
「お疲れさまだネ~」
「お疲れ様」
客足が段々と遠のき始めてから数分。
作業の合間合間に雑談ができるくらいには、自分も彼女も余裕を取り戻していた。
いや、彼女は最初から余裕だったかもしれないけれど。
「凄いな、カレンは。いくつの頃からお店を手伝ってるんだ?」
「小っちゃい頃からだヨ?」
「その頃からお店があったのか?」
「向こうの方にネ」
ということは、日本には移転してきたような形なのか。もしくは新しくお店を立ち上げたのか。
「いつ頃からこっちに?」
「2年前からカナ」
2年。2年か。それだけあれば、日本語も上達するだろうし、ずっとここにお店を構えていたならば、お客さんにあそこまで受け入れられているのも分かる
いや、それを可能にしたのは、彼女の人格あってのことだろうけれど。
カレンの底抜けな明るさや、好奇心旺盛な態度。この国が好きだと分かる言動。これに敵意を持つ方が難しいというものだろう。
「でも、今日はホントに助かったヨ。助太刀ありがとネ!」
「いや、力になれたようでなによりだ」
……いま、助太刀だけ凄く流暢な日本語だったな。難しい単語だったと思うけれど。
一度誰かに訂正されたのか、それとも誰かが使っているのを聞いて学んだのか。
「カレンはどうやって日本語を習ったんだ? 2年前より前からやってたのか?」
自分が思うに、言語を習得するのに、2年という月日は少なすぎる。
確かにできなくはないだろうけれども、同じ月日を費やして、カレンのように淀みなく会話ができるかと言われれば、難しいと答えるだろう。
自分は記憶がないとはいえ、日本語を話せていたから、そこに苦痛ややりづらさを感じることはなかったけれど、それでも難易度は何となく想像がついた。
なんとなく付いた程度だから、実際はもっと大変なのだろう。
「ソレは……」
自分の問いに、一瞬、言葉に詰まらせたカレン。
その一瞬は彼女特有の朗らかな笑顔を打ち消し、しかし逆にどこかが凍ったような笑顔を張り付けさせる。
激しい笑顔の寒暖差を作りながら、カレンは口を開いた。
「ダディーが話してるのを、聞いたのと、マムが教えてくれたヨ」
「ダディー……お父さん、か」
彼女の口から父親という単語が出てきたのは、初めてなように思う。
思えばいつも彼女が話すのは、マム……お母さんの話ばかりだ。
今までだって、彼女の母親とは会っても、父親とは会ったことがなかった。いや、それ自体は普通のことだろう。仲良くなるのに親の承認が必要なわけではないし、親と必ず会わなければならないわけでもない。
寧ろ仲間たちを例にあげて言うなら、仲の良い関係性だとは思うけれども、自分は彼らの両親の顔を知らなかった。
だから普通のことだ。特に気にすることもない、話を続けることもなく、空気的には話を変えても良いくらいの流れ。
それでも、眩しい笑顔をいつも浮かべていたカレンに、こんな表情をさせていることがあるのだと思うと、何かしたい気になって、つい話を続けてしまう。
「……カレン、聞いて良い?」
「……イイよ」
「お父さんは、今何をしている人なんだ?」
「……モウ、いない」
「……そうか、教えてくれてありがとう」
……薄々、変わった空気から察していたことだった。
言わせて良いのかすら悩んだ。
それでも、踏み込むと決めたのだから。
彼女の悩みの解決を手伝いたいと、思ったのだから。
「……あ、マム!」
彼女の声が、不意に元気を取り戻した。
見ると、カレンの母のキャサリンさんがこちらへ向けて歩いて来ている。
目が合ったので会釈をした。
……話は取り敢えずここまでだな。
手伝っている経緯の説明と、今日は帰宅する旨を彼女たちに伝える。
途中でカレンからの注釈が入り、キャサリンさんがとても感謝してくれた。
またいつでも来てください。と頭を下げられてしまうほどに。
感謝されるのは嬉しいけれど、少し恐れ多かったので、また来ますとだけ答え、早々に別れることにした。
彼女との縁が、少し深まった気がする。
……家に帰ろう。
──夜──
今日は……勉強しようか。
……そこまで捗らなかった。
コミュ・太陽“同い年の外国人”のレベルが3に上がった。
────
知識 +2。