PERSONA XANADU / Ex   作:撥黒 灯

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4月17日──【杜宮総合病院】これからのこと

 

 

 

 ──ここ、は……?

 

「気が付かれましたか」

 

 知らない天井だ。

 本当に。

 

「少々お待ちください、医師とお嬢様方を呼んで参ります」

 

 朧気な視界の隅、朦朧とする意識のなかで、雪村さんらしき人の声を聴く。

 顔を向けようとして、全身が鉛のように動かないことに気付いた。

 痛みもない。全身の感覚がぼんやりとしている。

 

 動こうとすることを止め、現状認識を優先させてみよう。

 自分は確か、玖我山を助ける為に立ち上がり、戦ったのだ。

 ソウルデヴァイスとペルソナ、超常なる2つの力を手にして。

 

 ……戦った、か。

 

 戦えていたのだろうか。

 偶然得た、摩訶不思議な力を以て。

 助けられたのだろうか。

 自分にはない、輝く夢を持った少女を。

 

「岸波君、起きられ──」

「岸波くん!」

 

 ……ああ、そうか。

 虚ろな視界で、女性の表情を捉える。

 玖我山 璃音と北都 美月。

 痛ましそうに涙し、けれども嬉しそうな笑顔を浮かべていた。

 その顔から察するに、すべてとはいかずとも、だいたい上手くいったのだろう。

 

「キョウカさん、現在の彼の状態は?」

「概ねの処置は完了しています。もう少ししたら麻酔も切れ、話せるようになるでしょう」

「そうですか。ありがとうございます」

「あ、あたしからも、ありがとうございます」

「恐縮です」

 

 そうか、麻酔のせいでぼんやりとしているのか。

 動きたいが、やはり無理そうだった。

 それなら仕方ない。睡魔に身を任せてしまうとしよう。

 

「……あら、寝てしまいましたね。詳しい話はまた明日と言うことでよろしいですか、玖我山さん」

「あ、はい。分かりました」

「それでは今日は一旦帰りましょう。また明日、放課後に。……岸波くんも、また明日」

「……また明日ね、岸波くん」

 

 

────

 

 

「まずは、謝罪を。救出が遅くなってしまい、申し訳ありませんでした」

 

 翌日の同時間帯。窓から見える空が、若干赤く染まり始めた頃、3人は再度ここに集まった。

 杜宮総合病院の1個室。

 窓際に美月と雪村さん、廊下側に玖我山と、ベッドの両際を挟まれる。

 

 そうして開口一番、美月はそう謝罪した。

 

「なんの謝罪か分からない」

「申した通り、遅くなったことについてです。あちらの世界の反応を感知しながらも、準備に手間取ったせいで、貴方に重症を負わせてしまいました」 

「それは……違うはずだ」

 

 助けがくる可能性には気づいていた。だが事態の非常識さと緊急性を見て、それを待てずに突っ込んだのは自分。力不足ながらも彼女を助けようとし、結果として重症を負っただけ。

 

「そうですよ、謝罪するとしたらあたしです! あたしが、あんなことを起こしたせいで!」

「それは仕方のないことです」

「皆様、そこら辺で」

 

 雪村さんが嗜める。

 そうだ、誰が悪いと言うことはない。

 例えばそう、すべて間が悪かった、というものだろう。

 幸い怪我したのは自分だけ。自分が誰かを責めるつもりがない以上、ここで終わらせておくべきだ。

 

「あちらの世界……と言うからには、美月たちは知っていたんだな」

「ええ、それらを今から説明させて頂きます」

 

 彼女は、自分と玖我山を一瞥し、ゆっくりと目を閉じた。

 

「お2人が体験したのは、“異界化(イクリプス)”と呼ばれる事象です。これは今に始まったことではなく、世界中で似たような事例が確認されています」

「あんなことが、世界中で!?」

「それは……」

「それらは日常の裏に確かに存在しています。表に出てくることは早々無いですが、今回のように犠牲者が出てしまうことも少なくありません」

「け、ケド、そんな話聞いたこと……!」

 

 ない。ないはずだ。

 一般常識的な部分は、書物からの知識だが手に入れている。半年分の新聞だって読んでいた。その中にそんな話題は一切出ていない。

 

「公にならないのはある意味当然でしょう。あくまで“裏”での出来事。連なる組織が揉み消しを図りますし、万が一今回のように巻き込まれた一般人が居るなら、記憶消去等の措置がとられていますので」

「き、記憶消去ッ!?」

 

 穏やかでない。

 そんな技術が開発されていたことも、それが秘密裏に執り行われていたことも。

 

「じゃああたし達も……?」

「……いえ、それはありません。可能ならばそうしておきたいですが、出来ないというのが正しいでしょう。お2人は、正しく覚醒されましたので」

「……ぇ?」

 

 覚醒。

 そう言われて思い浮かぶのは、あれらしかない。

 

「ペルソナ……ソウルデヴァイス……」

「はい、その2つです」

「ちょ、ちょっと待って! お2人ってことは、あたしもその……ペルソナとソウルデヴァイスってのを使えるようになってるの!?」

「玖我山さんの経験を聞いた限りでは、そのようですね。岸波くんも感じ取れたのではないですか?」

「……ああ」

 

 それは確かに、自分も感じた。

 あの時、消え行くもう1人の玖我山が本人に取り込まれ、彼女の力に変わるのを。彼女が同種の力に目覚めたことを。

 

「え、じゃあホントに……?」

「ええ」

「……それで、あの力は何なんだ?」

 

 使い方は分かっても、概要は分からない。知っていることがあるなら、是非教えてほしい。

 

「ペルソナとは、もう1人の自分(本音)を受け入れた時に生まれる力。ソウルデヴァイスとは、目の前の困難(現状)を乗り超える覚悟を抱いた時に生まれる力。本人が心の奥底で無理だと諦めたことを、正しく受け入れつつ乗り越えようという足場を構成するためのもの、ですかね」

「……つまり?」

「簡単に言えば、あれは“足掻こうという意志”の力、といった所でしょうか」

「意志の……力?」

 

 玖我山が聞き返す。

 自分も、正直そうしたかった。

 説明されても、何がなにか分からない。本音を受け入れて、現状に抗う覚悟があれば、戦えるということか?

 

「具体的には、そういった形で曖昧に捉えていただいて構いません」

「え、まだよく分かんないんですケド……」

「2つの意志の力は、サイフォンを通じて切り替えることが可能です。ペルソナを使用するときにはソウルデヴァイスを仕舞う必要があり、ソウルデヴァイスを使用するときにはペルソナを解除する必要があります。これは、両方が心の力を源にして抽出された別存在だからだという説もありますが……詳しいことは未だに謎が深くて」

 

 両方の力も本質的には同じということか。

 確かに自分も、ソウルデヴァイスをサイフォンに収納してからペルソナを呼んだ。なんとなくそうすべきなのは分かっていたが、そういう理由があったとは。

 

 自分が理解したことを噛み砕いてみるならば、水道に例えてみよう。

 ソウルデヴァイスが水で、ペルソナがお湯。ハンドルやレバーの役割をサイフォンが果たしている。

 謂わばサイフォンは切り換え役。大元は同じ2つのモノは2つ同時に排出されない。だからこそサイフォンを通じて使い分ける必要があるのだ。

 

「ペルソナやソウルデヴァイスは、ここでも出せるのか?」

「いいえ、基本的には異界の影響下でないと使えません。あそこらは心の力を増幅させ、その具現化がしやすくなった世界ですから」

「なら、日常生活でこれが関係してくることはない、と?」

「その力を持つことによる副作用は確認できていません。過ごしづらくなったり、突如制御できなくなることはないでしょう。ですので、無事に生活を送ることは可能ですね」

「……危険はない、と。だから詳しく説明する必要がない、とは思ってないよな?」

「捉え方は自由です」

 

 ……まあ、目覚めたものが善くないものではなかった、というのは朗報だ。安心していい。

 しかし、いつまでも自分の中によく分からないものがあるのは落ち着かない。未知の恐怖に支配されているようだ。

 

「力を使う上での注意点を教えておくなら、ソウルデヴァイスの使用には体力を、ペルソナの使用には精神力を使うこと。これら2つの力は魂に起因するものなので、原則、同時使用ができないこと。ペルソナがダメージを受ければ自身にもフィードバックがあること。それぞれのペルソナには出来ることと出来ないことがあり、個性があること。……これくらいでしょう。あとは実践で掴んでいってもらえれば」

「……実践?」

「はい……現在お2人には、2つの選択肢があります。

 ──日常に戻るか、裏に足を踏み込むか、ですね」

 

 それは、つまり。

 

「あの世界に、また行けっていうの……!?」

「いいえ、お2人の意志を尊重します。決して無理強いはしません。言い方は悪いですがお2人は素人、今回のようにただの怪我で済む保証もありません。選んだ後、途中で道を変えてもいいでしょう。ただ、現時点での考えを聞いておきたいんです」

「考え……」

 

 関わるか、関わらないか。

 聴くのは、リスク管理という面を含んでいるのかもしれない。

 彼女たちは先達者のような立場だと、勝手に判断している。先にこれらの知識に触れていて、現場慣れもしているのだろう。もしかしたら色々とサポートしてくれるつもりかもしれない。

 

 しかしどうする?

 関わり続けるということは今回のような目に。死にそうな体験をしていくということだ。

 そんなものに自分から関わり続ける必要は……ない。絶対にない。

 ……ないのだが。

 

「何か、あるのか? 自分たちのような素人も数に入れないといけないような何かが」

「…………」

「その沈黙は、肯定と捉えて良さそうだ」

 

 笑顔のまま固まった彼女。美月にとって少し都合の悪いことかもしれない。

 だが、だとしたら、今こそ約束を果たす時だろう。

 

「以前、自分が言ったことを覚えているか?」

「……ふふ、そうですね。何かあった時は頼れ、と言ってもらったんでした」

「ああ、もし困っていることがあるなら、力を貸したい」

 

 それに、これも自分の価値を上げるための努力だと思う。彼女の周囲で何かが起こっているというなら、それを手伝うことで見えてくることもあるはずだ。

 

 加えて……契約もあることだし。

 

「じゃあ、岸波くんは」

「ああ、事情を話してくれるなら、手伝おう」

「……ありがとう、ございます」

 

 自分は決めた。

 あとは、玖我山だけだ。

 悩むような素振りを見せた彼女は、恐る恐る口を開く。

 

「……1つ、聞きたいんですけど。世界中で、似たような事件が確認されてるんですよね? ってことは、今後身の回りで、あたしと似たような事件が起こる可能性も、あるってことですか?」

「はい。特にこの杜宮に居る限りでは、あり得るでしょう」

「杜宮では?」

「ええ、ここ数年、杜宮はこの“異界”関連事件が多発しています。それも、年々増加する形で」

「え、じゃ、じゃあ高校の皆や、パパやママも……」

「絶対に無事、とは言えないでしょう。そして、玖我山さんが力を付けた所で、それに対応できるかは分かりません。……が」

「助けられる可能性は、上がる」

 

 だが、それでも死地に向かうという恐怖はあるだろう。

 彼女は少し黙った。

 噛み締めるように、手を強く握りしめている。

 

「……別に答えは急がない、そうだろう、美月」

「はい。焦らなくて良いですよ、玖我山さん」

「……いえ、大丈夫です」

 

 不意に薄紫色の瞳に、決意の火が灯った。

 

「誰かを助けられるなら、やりたい。誰かに希望を届けるのは、あたしが目指すアイドル()そのものだから!」

 

 それは、彼女があの世界で得た答えの1つ。

 追い続ける夢を抱くことで、彼女は立ち上がった。

 向き合ったからこそ得た強さと答え。

 それを持つが故に彼女は、それに向き合うことを決めたのだろう。

 苦痛と、そこから得たものを知っているから。

 

「そう、ですか。……覚悟を問う必要は無さそうですね」

 

 頷きを返す。

 玖我山も力強く頷いた。

 

「それでは……ようこそ、日常の裏側へ。一緒に、杜宮を守っていきましょう」

 

 詳しい話は、また後日ですね。

 その発言で、今日の残り話は歓談へと変わった。

 

「そういえば気になってたんだが、何で岸波くんは、北都先輩を美月って呼び捨てに? まさか、そういう関係だったり?」

「「……あ」」

 

 





 ほとんど喋らない雪村さん。お付き人の鏡。

 というわけで、取り敢えず1話終了。
 リオンが仲間に。
 お付き合いありがとうございます。

 今章主題は、“夢を追うこと”への諦め。
 夢を追うことを諦めたいと思ってしまったリオンと、夢を抱けない白野の邂逅含め3日間のお話でした。
 だとしたら副題は“夢の輝き”とかですかね。


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