PERSONA XANADU / Ex   作:撥黒 灯

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9月18日──【通学路】霧が晴れた次の登校日

 

 

 休日が明け、平日になっても、霧は晴れたままだった。

 通学路を歩く同じ杜宮高校生たちの表情は、天気と同じく晴れている。漸く異常気象が収まったのだ。嬉しくない訳がない。

 だがその一方で、不安そうな顔持ちの人達もいる。単純にまったく関係ないことで落ち込んでいる人や、晴れてしまって憂鬱になる人。……そして先日までのような原因不明の異常気象がまた起こるのではないかと恐れる人。

 当然だろう、原因不明なのだから。天気も事件もよく分からないまま急に解決したということは、後ろ向きに考えると、また急に起こることもあるということ。時間が解決してくれるだろうけれど、それを解決するにはまだ3日ほどでは足りない。

 自分はどうなのか、と考えてみるに、抱いている気持ちの3割ほどは不安だろうか。誘拐事件の顛末が、どうしても気になる。

 

「おはよー!」

 

 後ろから、小走りで近付いて来る足音が聞こえた。

 聞き覚えのあるような声だった気がして、振り返る。

 璃音だった。

 後ろには柊もいる。

 

「おはよう璃音、柊も」

「ええ、おはよう岸波君」

「……登校日に会うのも珍しいけれど、2人が一緒に登校してくるのも珍しいな」

「ああ、昨日もお泊り会だったの。アスカの家で」

「……あれ、でも土曜日も」

「そうだよ。それから一回解散して、ちょっとしたヤボ用でもう一度4人でお泊りになったワケ。ね、アスカ」

 

 土曜日だけでなく、昨日もお泊り。しかも女子4人全員集合でか。見違えるほどの仲の良さだな。

 しかし、話題に出た空と美月の姿がない。

 

「ソラちゃんは朝練よ」

「ミツキ“さん”は生徒会の仕事だって」

「……ああ、忙しいんだな、2人は」

「あたしたちが忙しくないみたいな言い方しないでくれない? あーでも……あんなに夜遅くまで話してたのに、2人ともタフだよね」

「そうね……一緒に起きてくれたはずだけれど、流石に眠いわ」

「一体何時までやってたんだ?」

「「……さあ?」」

 

 揃って首を傾げる2人。

 どうやら本当に覚えていないらしい。

 時計を見ることなく寝落ちした、ということだろうか。

 ……遅刻しなくてよかったな。そこら辺は、早起きに慣れているであろう美月や空のお陰だったりするのかもしれない。

 

「そうだ、岸波君」

「なんだ?」

「土曜の夜、“リオン”たちに話したこと、皆とも共有しようかと思うのだけれど、10月の3連休って空いているかしら?」

「3連休……」

 

 そんなものあっただろうか、とサイフォンを起動してカレンダーを見てみる。

 確かに6・7・8日で連休になっていた。

 ここに何かあるのだろうか。

 

「今の所、空いている」

「なら、もう少しの間だけ空けておいてもらえるかしら? 他の3人にも聞いてみて、大丈夫そうなら予定確定させるから」

「分かった」

 

 他の3人。これが男子の数を指すなら、女子全員は了承したということだろう。

 つまり全員で集まって何かするということだろうか。

 ……うん、楽しみだ。

 

「どうかしたの? 急に笑って」

「いいや、すまない。何でもないんだ」

「そう。……あ、それとは別に、今日の昼休みは集まれるかしら?」

「ああ、それは大丈夫だけれど」

「なら、みんなで昼食でも食べながら、“今後のこと”について話しましょう」

 

 今後のこと。つまりは、土曜の一件の後始末や、経過の確認など。

 願ってもない申し出だった。

 気付けば女子同士の呼び方が変わっていたことも含めて、できれば詳しく聞きたい。まあ野暮だろうし聞かないけれども。

 

 

「ただ、何で昼に? いつもは放課後だよな?」

「そ、それは……」

 

 柊が顔を逸らす。

 心なしか、若干赤くなっていた。

 一歩下がった所で璃音がニヤニヤしながらそれを見ている。

 その視線に気付いたのか、柊は人差し指で璃音の頬を押した。

 

「ひょっ、ひゃめ」

「ふふっ、何を言っているか分からないわね」

「……ヤメテってば!」

 

 パシッと手を叩き落とした璃音は少し怒ったような、しかし嬉しそうな表情で、柊を見る。

 ……ああ、本当に距離が近くなったな。

 

「それでアスカ、どうしてお昼なのかな?」

「……貴女は知っているでしょう」

「アスカの口から言うべきだと思うケド?」

「うっ」

 

 相変わらずニヤニヤと笑う璃音を眼力で諫めようとするも、効果は出ず。

 柊は諦めてこちらへと向き直り、鞄を開いた。

 ……気付かなかったが、ずいぶん鞄が膨らんでいる。

 

「その、お弁当を……」

「お弁当を?」

「……作った、のよ」

「……自分たちに?」

「……ええ、お詫びも兼ねて。だから、お昼はそれを食べながら話しましょう」

 

 ちらりと覗かせる鞄の中には、確かに大きな風呂敷ようなものが入っている。

 

「そういうことなら、お言葉に甘えさせてもらおう」

 

 拒否する理由はない。作って来てくれたというなら是非食べたいし、その場で気になっていた話も出来るなら一石二鳥というものだろう。

 了承の言葉を伝えると、柊は肩を撫で下ろした。

 

「……そう。じゃ、先に行くわね」

「……え、ちょっ、待ってアスカ、ねえってば!」

 

 小走りで去って行く柊を、璃音が追いかける。

 緊張、していたのだろうか。

 やはり、言葉で許すと言っただけでは不安だったのかもしれない。

 ……と、話し込みすぎたか。自分も歩くスピードを上げよう。彼女たちに追い付かない程度に。

 

 

 ……そういえば空は結局、託されたことを全うしたのだろうか? いや、まさかしていないよな。

 

 

──昼──

 

 

「え? しましたよ。頭突き」

「「「したの!?」」」

「えへへ。しちゃいました。……って、皆さんがお願いしたんじゃないですか!」

 

 もう。と怒る空が怖かった。

 恐る恐る柊を見る。

 頭部に腫れた痕などは無さそうだけれど、髪でよく分からない。

 

「よく無事でいたな、柊」

「大げさよ。……まあ、流石にやられるときは目を瞑ったけれど」

「だろうな」

「流石の石頭だね、柊センパイ」

「馬鹿にしているのかしら、四宮君」

「ははは、ソンナマサカ。ねえセンパイ方」

 

 柊のジト目がこちらを捉える。

 いや、自分たちは何も言っていないんだから見られても困るんだけれど。

 

「……柊、このおかず美味しいぞ」

「目を逸らさなかったことは褒めるけれど、話は逸らさせないわよ?」

「いや冗談抜きで。なあ洸」

「おう。すごい旨いな」

「……そう。ありがとう」

 

 少し嬉しそうにそっぽを向く彼女。

 テーブルの中央には2つの大箱があり、色々な具材が詰め合わせられている。どうやら朝早くから作ってくれたらしい。夜遅くまで起きていて、朝も早起きしたということか。すごいな。

 そんな彼女の努力の結晶を、昼休みの時間を使ってみんなで食べている。

 ちなみに最初からお弁当を持ってきた志緒さんや、コンビニで買っていた祐騎はそれも一緒に食べていた。普段と変わらないものの中に何かしらのアクセントがあるのは嬉しいだとか何とかで。

 

「しかしこんな量を柊1人で作ったのか?」

「大部分は私ね。多少リオンたちにも手伝ってもらったけれど」

「イヤイヤ、手伝ったって言えないくらいちょっとだけだったよ?」

「私たちは4人で作ろうと言ったのですが、アスカさんが1人で作ると聞かなかったので」

「わたし達が関わったのは料理の提案と味見、それから盛り付けとそれぞれ一品ずつくらいですかね?」

「それじゃあほぼ柊1人で作り上げたってのはマジなのか」

 

 ぱっと数えた限り、15種類ほどのおかずはある。10品以上が彼女の作った品だとすると、本当に凄まじい熱量だ。

 

「……今回の件は、本当に悪かったと思っているの」

「と言っているけれども、まだ何か柊に言っておきたいことがある人はいるか?」

 

 流石に誰も手を上げなかった。

 それどころか、早く許してあげようといった優しい瞳が向けられている。

 寧ろ自分たちはもう許したつもりだったのに、柊の反省が深すぎるのだ。

 

 

「土曜日には言葉で、そして今日は物でもお詫びも受け取ったし、説明も近いうちにしてくれるんだろう? これで完全に手打ちとしよう。柊もそれで良いか?」

「……皆が本当にそれで良いなら」

「イイって言ってんの! 気にしすぎ!」

「……分かったわ」

 

 やや渋々といった形ではあるものの、柊も全員が許していることを認めた。

 よし。これで元通りだな。

 前回、今回と柊が居ない状態での異界攻略をしていたけれど、結果として志緒さんや美月が加入し、柊も戻って来た。戦力としてはこの上ないほど上昇しているし、みんなの仲も格段に深まっている。

 

「それで、柊、璃音、朝言っていた今後のこと、というのは?」

「ええ、そうね。……正直な所、今回の異変は、まだ終わっていないと仮定した方が良いかもしれない」

「……みんな驚かないね」

「まあ、オレたちも終わった後にそんな話はしていてな」

「異界化が解けた時に、周りに誰も居なかったのが気になってね」

「そうですね、それは私たちの方でも気掛かりでした。……ですが問題はそれだけではなくて」

 

 美月は、柊と顔を見合わせる。

 それだけではない。というのは、どういった問題が残っているのだろう。

 

「これは私とミツキさん以外気付けなくて仕方ないことだとは思うけれど、正直言って敵が“弱すぎた”わ」

「……は? いや十分に強かっただろ。柊だって苦戦してたじゃねえか」

「いえ、実際疑問には思っていたわ。あの時は、紛いなりにも経験を積んで来たことで地力が上がり、抗戦できているのだと勝手に納得していた。けれどそれはあくまで主観の話。客観的な視線──ミツキさんも同意見だと言うなら話は変わってくる」

「ええ。あのレベルのシャドウでは、ほぼ間違いなく“現実世界に顕現はできません”」

 

 確かに、強かったは強かったが、今までのシャドウと比べて常軌を逸するものだったかと言われれば、そうでもなかった。

 なんせ、行動が読み切れたのだから。

 全体的に能力は高かったのだろう。それでも、極端な強みのようなものがあった訳でもない。

 ということはどういうことか。

 

「この状況で考えられる事態は3つ。1つ、異界と今回の霧騒動、そして誘拐事件は無関係だった」

「……いや、そんなことあり得るか? ここまで符牒が揃ってるんだぞ?」

「ええ、高幡先輩の言う通り、あり得ないでしょう。だから2つ目、前回の異界の主は霧を起こしただけで、誘拐事件の犯人は同時に出現しただけの別個体だった」

 

 彼女の提示した内容を考えてみる。

 いや、これは否定しても良いはずだ。

 

「それもないね。それだと確かに、シャドウを討伐した結果として霧が晴れたことは説明できるよ? けど、聞いていた噂に反するでしょ」

「だな、確かに動物の遠吠えを聞いたって声はあった。とすると、少なくともあの狼型シャドウは現実世界に出ることが出来ていたはずだ」

「でも、だとすると前提条件の“弱くて現世に関与できない”というところと矛盾してしまう。だからこの考えもなし。故に残るは3つ目。力がない異界の主でも、現世に関与できる方法」

 

 指を3本立てた柊は、ゆっくりと口を開く。

 

「あの大型シャドウは、大元の異界の主の“眷属”であり、あのシャドウを生み出した親元が存在している」

「眷属……って、ちょっと待って。つまりこの前北都センパイが話してた」

「ええ、使い魔と同じですね。つまり連載要因となり得るほど強力な力を持つ異界の主が産み出したシャドウのうちの1……いえ、3体ということになります」

『……』

「産みの親が異界と現実を繋ぎ、そこから狼達を送り出す。そう考えると、狼型シャドウが現世に出てきたことも理由として妥当として見えてくるわ」

 

 空気が、沈んだ。

 あれが、眷属……使い魔だというのか。元の個体はもっと強いと?

 

「……それで」

 

 つい口を突いて出てきた言葉の続きを止める。

 冷静に、自分が今何を言おうとしたのかを考え、周囲のみんなの注目を理解した上で、発言を再開した。 

 

「その主は、どこに居るんだ?」

 

 柊と美月に問う。

 彼女らは顔を見合わせて、頷きあい、こちらに視線を戻した。

 

「戦うというのね?」

「ああ。まだ解決していないというのなら、そしてこれから先も同じ事件が起こると言うなら、止めないといけない」

「相手は、昨日のシャドウよりも遥かに格上ですよ?」

「実力差は、挑まない理由にはならない。目の前で悲劇が起きているんだ。打てる手は考えないといけないし、最終的な解決策も、見通す必要はあるだろう」

「……そう、やはり、前向きなのね」

「そりゃ、そうだろ」

 

 肯定したのは、洸だった。

 

「それが出来ないなら、オレたちは今まで、何のために戦ってきたんだ」

「だよね。あたしもそう思う。悲劇を見過ごさないことと、出来るからコツコツやってく。が、あたし達のモットーだし!」

「ですね! 困ってる人がいるなら、見過ごせません!」

「ま、途中で投げるのは性に合わないし、当然ボスは討伐しないと終われないでしょ」

「俺たちのホームに手を出したんだ。黙ってられるかよ」

 

 洸に続いて、璃音が、空が、祐騎が、志緒さんが、前向きな言葉を返してくれる。

 本当にいつも思う。素晴らしい、頼もしい仲間に囲まれた。

 彼らと、彼女たちと共に、先達2人を見詰める。

 彼女たちは、少し間を開けて……笑った。

 

「貴方たちなら、そう言うと思ったわ」

「まったく、大変なことになりそうですね」

「そう言う割にはミツキさん、楽しそうですよ?」

「アスカさんこそ」

 

 ……思っていた反応と違う。

 もっと窘められると思ったけれども。

 

「勿論、馬鹿な真似はするな、と言いたいところではあるわ」

「けれど、手を打たないといけないのも事実。そして、それなりの戦力が揃っているのも、また」

「……ええと?」

「どーゆーこと?」

 

 空と璃音が首を傾げる。

 自分たちもまた、彼女らが何を言いたいのかが、分からなかった。

 

「異界の主と戦うかどうかは置いておくとしても、その前段階までは、積極的にやるべき、ということよ」

 

 それは、つまり。

 

「……認める、ということか? 自分たちの、行動を」

「認めるもなにも、誰の承認もいらないはずですよ? 私たちは私たちとして、この地を守るために活動するだけです」

 

 皆さんが今までそうしてきたように、ね?

 と微笑みながら言う美月。

 ……話が進みすぎて怖いな。

 いや、願ったり叶ったりなのは確かだけれど。

 

「……もしかしてお2人、浮かれてます?」

「「はい?」」

 

 空の質問に、美月と柊は揃って声を上げる。

 

「いえ、なんだかそわそわしているようで」

「「そんなことは……」」

 

 動揺しているのか、返事が丸々被っている。

 言われてみればどことなく目に力がないというか、真っ直ぐこちらを見ていない感があるな。

 

「……あ」

「なんか気付いたのか、璃音」

「いや……もしかして」

 

 ジト目の彼女は2人を見詰めた。

 

「協力していることを本部? の人たちにバレたくない、とか?」

「ふふ、まさか。ねえアスカさん」

「そうね、ミツキさん。人聞きが悪いわよリオン」

「それではご馳走さまでした」

「お粗末様でした。じゃあやって欲しいことは後で連絡させてもらうわ」

「「オイオイオイ」」

 

 洸と志緒さんが止めようとするが2人は笑顔を張り付けたまま出ていった。

 やっぱり似ているな、あの2人。見立てに間違いなかった。うん。

 ……どうしようか。

 

「取り敢えず、あたし達も解散、する?」

「……そうだな。ご馳走さまでした」

「「「「「ごちそうさまでした……」」」」」

 

 こんな調子で大丈夫なのだろうか。

 ……まあ、大丈夫だろう。元々協力に乗り気だった美月を見るに、恐らく所属の問題ではないような気はするから。

 だからこそ逆に何かを隠しているような気はするけれど。

 ……取り敢えず、詳しく話は聞いておくとしよう。

 

 

 




 

 コミュ・愚者“諦めを跳ね退けし者たち”のレベルが7に上がった。


────


 柊 明日香プロ。本日2逃走。



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