PERSONA XANADU / Ex   作:撥黒 灯

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9月15日──【杜宮記念公園】一抹の不安

 異界化が終息していく。

 視界に映る景色が段々と現実のものへと移り変わっていき、気付けば目の前は完全に、家の目の前にある空き地になっていた。

 

「戻ったわね」

 

 柊が空を見上げながら呟く。

 聴こえた言葉に、各々が思い思いの反応を返した。

 

「……ごめんなさい、みんな」

 

 全員の反応を聞き届けてから、改めて頭を下げる柊。

 真摯に、腰を折っての謝罪。

 全員、突然の謝罪に驚いたような姿を見せなかった。多分何となく彼女が謝ろうとしていた空気を肌で感じていたからだろうし、みんなもみんなで色々と考えていたからだろう。

 

「許す、って言いたいところだが……」

 

 洸が口を開いたものの、続きの言葉を言い淀む。

 彼の視線は、何故か璃音に向いている。

 何故だろうか。何か璃音に言いたいことでも?

 いや、よくよく見ると祐騎も璃音の方を見ていた。

 自分が見ていることに気付いたのか、祐騎は一瞬鼻を鳴らすように息を吐き、緩んだ口端を隠すように手を当てる。

 

「久我山センパイが一撃入れて許したのに、僕たちが何もしないで許すっていうのもなんだよね。控えめに言って僕らも一撃入れた方が良いんじゃない? って言いたいんでしょ?」

「いやそこまでは思ってねえよ?」

「どうだかね。それにほら、こういう機会じゃないと叩く機会とかなさそうじゃん」

「いやまあ……確かにそりゃそうだが、そんな仕返しみたいな……」

 

 洸の返しに、やれやれと首を振る祐騎。

 意気地がないなぁとでも言いたげな雰囲気だ。

 そんな反応をする祐騎を咎めたのは、志緒さんの大きな手。

 

「オラ」

「うわっ。ちょっと何すんのさ」

 

 志緒さんの大きな手が、祐騎の頭を優しく押さえつける。

 

「別にこれからいくらでも叩き合える仲になればいいんじゃねえのか」

「! そう、だな。流石は志緒さん、良いこと言うぜ」

「だがそれとは別にケジメとしての一撃が必要だって言うなら」

「いや、いらな「必要だって言うなら?」」

「俺は郁島に託すことにする」

「…………えぇえ!?」

 

 

 突如話を振られた空が、狼狽した声を上げた。

 

「ちょっ、高幡先輩、何をっ」

「流石に年下の女子にはな……その点、郁島なら拳の重さも同じくらいだろ」

「いや……ええ!?」

「なるほど、じゃあ僕もそれに便乗しよっと」

「ユウ君!?」

「ユウ君って呼ばないでってば」

 

 空の味方がいない……自分はどうしようか。

 

 

──Select──

  皆を止める。

 >空に託す。

  一緒に頭突きするか?

──────

 

 

「そんな、岸波先輩まで!?」

 

 驚きの表情でこちらを見る空の視線をどっしりと受け止める。決して目は逸らさない。後ろめたいような気分がするからだ。

 いやまあ別に止めても良かったのだけれど。

 

「洸はどうする?」

「こ、洸先輩……」

「…………悪いソラ。頼んだ」

「そんなぁっ!」

 

 洸も空気に負けたのか、空から目を逸らしつつ彼女に依頼することに。

 これで、彼女の拳もしくは頭に男子4人の想いが乗ったことになる。

 急にそんなものを託されても困るのだろう。空の視線が、自分たちと柊の間を行き来していることからも、焦っていることが分かった。

 それを同じく察したのか、柊が柔らかく微笑んで。

 

「大丈夫よソラちゃん」

「あ、アスカ先輩?」

「覚悟は、決まっているもの」

「勝手に決めないでくれます!?」

「……せ、せめて鳩尾だけは避けてくれると助かるわ」

「全然決まってないじゃないですか!!」

 

 そのやり取りを、高見の見物と行く男子4人。

 どう思う? もう鳩尾しかねえな。みたいな話ばかりしている。

 璃音と美月の呆れたような視線が刺さるけれども、気にしないことにした。

 

「え……えい!」

 

 そろそろ止めるか、と思っていると、いつの間にか覚悟を完了させた空が、拳を柊の方へ突き出した。

 何の音も鳴らないような、弱弱しいパンチ。

 

「み、鳩尾を守りたいなら、今後は気を付けてください! なんか遠慮があるな、って思った時には、容赦なく行きますから!!」

「ソラちゃん、そんな“仲良くしてくれないとドつきます”みたいな宣言をしなくても。イジメっこじゃないんだから」

「リオン先輩もその時は一緒に一発入れさせてもらいますから!」

「何で!?」

「筋を通した結果です!」

「なんも通ってないケド!?」

「……も、もう仲良くない人皆さん殴りますから! 良いですねミツキ先輩」

「え!? 私もですか!?」

「当然です! もう仲間なんですから!」

 

 空がはっちゃけたことで、女子4人がわいわいと盛り上がり始める。

 水を差すのも気が引けたので、男子4人は先に空き地から出て、公園の方へ。

 近くにあるオープンカフェにて席を取り、休んでいることに。

 

「……霧、薄くなってるな」

 

 遠ざかった女子たちの喧騒をBGMにしつつ、洸がぽつりと呟いた。

 確かにだいぶ視界がクリアになったような気もする。これも先程の大型シャドウを倒したお陰だろうか。

 

「このまま時間が経過すれば、今回のこの異変は解決かな?」

「まあ、霧が収まるってことは、そうじゃねえか?」

 

 この一連の騒動は、霧が発端となっている。

 濃霧の中、シャドウが現実世界に出て来て、人を攫う。その行為が行方不明事件となっていたのだ。

 ……?

 

「そういえば、異界の中で行方不明になった人って見たか?」

「「「…………」」」

 

 考え込む。

 しかし、誰も望んでいる答えを口に出来る者はいなかった。

 あの時は急いでいたし、異界をすべて攻略したわけではない。柊が通った道筋を追っただけ。もしかしたら脇道のどこかに纏めて収容されていて、異界化が解けると同時に解放されているかもしれない。

 しかし、もし“違った”ら?

 

「……明日から、街の様子を見て確認していこう。祐樹はネット関係を頼む」

「りょーかい。一息吐くのは、全部終わってからだね」

「柊たちに知らせるか?」

「ああ、だけれど少し時間は置こう。何より今日は全員疲れただろうし、向こうはこれからお泊り会だって言うからな」

 

 それに、柊はどうか分からないけれど、美月は気付いているはずだ。

 一晩語り合うというのなら、多分どこかでその話題も上がるだろう。

 

「……なんか、違和感があるんだよな」

 

 洸は飲みかけの珈琲が入ったカップを口に近づけたものの、傾けることはせずにそのまま離し、ぽつりと小さく呟く。

 

「違和感?」

「ああ、喉に小骨が刺さったみてえな、嫌な感じだ。だがそれがなんのことだか分からない」

「大丈夫? 柊センパイ叩いてスッキリしてきたら?」

「それでスッキリするのお前のイタズラ心だけだろ」

「まあね」

「……いや認めるのかよ」

「コホン、まあ何にせよ、何か分かったら報告してくれ。今日はこれで解散にしよう。あの4人には戻ってきた時に伝えておくから、みんなも帰って休んでくれ」

「「「応」」」

 

 ……ひとまず、自分たちと柊を隔てていた壁はなくなり、目下顕現していたシャドウの討伐は済んだ。

 後は心配が杞憂に終わることを願うとしよう。

 

「……それはそうと、あの4人はいつになったら移動するのだろう」

 

 積もりに積もった女子たちの立ち話は、長い。

 まあでも今日くらいはゆっくり話してもらおう、と心の底から思えた。

 

 


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