一旦、美月と別れた後、改めて電話を掛けていく。
そこから先はあっという間に時間が流れた。
手に入れた情報を繋ぎ合わせ、自分と祐騎が導き出した解は。
「灯台元暗し、ではないけどさ」
「少し違うだろうけれど、言いたいことは分かる」
【杜宮記念公園】。
自分たちのマンションの目と鼻の先の距離にある敷地を指し示していた。
今、みんなにはこちらへ向かってもらっている。途中でシャドウと接敵する可能性もあるから、出来るだけ消耗や損傷を抑える為にもゆっくり来てもらうよう伝えたけれど、時間的にはあと30分もせずに到着するだろう。
自分たちはそれを待つしかない。
……何か、出来ることはあるだろうか。
「……そうだな」
「どうしたの?」
「出迎えの準備をしよう」
「……は?」
────
「ねえ分かる? これ待ってるのは無駄な消耗だよ?」
「無駄ではないと思う」
「だってみんなが来てから一掃した方が楽じゃない? 消耗抑えようって言うならそこら辺徹底したほうが良いと思うんだけど。そもそもみんなにはそう言っておいて自分たちは進んでシャドウと戦うって何なの?」
「まあまあ」
地点をおおまかに割り出した10分ほど後、1階のロビーで祐騎と2人で待機していた。
彼はとても不満そうな顔でこちらを見ている。
「みんな戦ってきたのに、自分たちだけ何もしていないというのも気分が悪くないか?」
「思わない。それに何もしていないって言うけど、僕はさっきまで戦ってたつもり」
「何と?」
「……さあね」
何が言いたいのかは分からなかったけれど、とにかくこれから行う露払いがお気に召さないらしい。
まあ、その行為自体にはもっとちゃんとした理由があるんだけれど。
「……あ。来るみたいだ」
「ちょっと、話は終わってないんだけど」
「まあまあ」
ひとりでに動き出していたエレベーターが、美月の住む階にて止まる。エレベーターの表示パネルはそこから下降、1階へと向かう動きを示していた。
必ずしも彼女が乗っていると言うことも無いだろうけれど。
待つこと数秒、その期待は外れず、水色の髪を揺らす女性が開いた扉の奥に見えた。
「すみません、待たせてしまいましたね」
「いや、気にしないで良い」
「ホント、気にするべきはセンパイだから」
「まあまあ」
自分はなにも、祐騎が心配するような理由でシャドウの殲滅を行おうとしている訳ではない。ただ、本当にそれを行うとすると美月の許可が必要になるから、彼女に確認が取れるまで待っていただけだ。
「えっと、四宮くんどうかされたんですか?」
「ああ。そのことで美月に相談があるんだ」
「私に、ですか。何でしょう」
「シャドウと戦うところを見せてくれないか?」
「? えっと?」
「詳しく話すと……」
今後、洸たちとも合流したら、すぐに異界へ突入することになるだろう。そうなってくると、美月との戦闘を合わせるのはぶっつけ本番になる。
ただ幸いにも彼らと合流するまでに時間ができ、かつシャドウとの交戦機会を望めるタイミングが来た。ぜひともこの機会に色々と把握しておきたい。
しかし、そうなってくると一番負担が増すのは美月だ。彼女には普段通り全力を出して対敵してもらうことになるし、何より個人としての動きと、連携を取った時の動きを一通り実演してもらうことになる。後にやってくる仲間たちがどの程度の疲労を抱えているかは分からないけれど、もしかしたら美月の方が大変かもしれない。
だから、前もって許可を取っておきたかったのだ。と話すと、彼女は目を閉じて何かを考え込んだ後に、口を開いた。
「分かりました。指揮官である岸波くんが言うのであれば、従います」
「いや、自分が指揮官であるからとはいえ、無理に従う必要はないぞ?」
「ふふふ、岸波くんが頼んできたのに、どうして一歩引いてしまうんですか? 生存率を上げる為にも、万全を期して挑みたい。その為の努力でしょう? 不確定要素は出来るだけ消したいというのも、隊を纏める者としては、よく理解できる考えですし」
「……ありがとう」
穏やかな表情で笑いかけてくれる美月。どうやら本当に不満の欠片も感じていないようだった。もしかしたら今回の要求が、自身の実力を疑われている、と取られることも覚悟していたので、その点は拍子抜けだったような気もする。
でも、そうか。彼女も本来であれば隊を纏める側の人間。柊と同じ経験者でありつつ、長としての知見を持っている。しっかりと考えたことを伝えれば、理解や賛同は得やすそうだ。ただ、的外れなことを言ってしまえば、それに関する批判も苛烈になるだろう。
何にせよ、彼女も自分の指揮下で動いてくれるみたいなので、それに相応しい人間にならなくては。
「という訳で祐騎」
「なに?」
「新キャラ操作のチュートリアルみたいなものだ」
「……ああ、そういうことね」
案外祐騎にはこういう風に伝えると理解が早い。そもそもの理解が早い方なのだが、ゲームとかに例えると呑み込みスピードが格段に増す。
そういうのも、彼と仲良くなってきたから見えてきたものだろうか。
少なくとも彼と関わる前は、ゲームなんてしなかったしな。
「それじゃあ美月、頼んだ」
「ええ、ちゃんと見ていてくださいね」
美月を先頭に、マンションから出る。あまり離れると見えなくなってしまうので、付かず離れずの位置を確保したまま。
シャドウを探すより先に、サイフォンを起動。サーチアプリを立ち上げ、反応を探る。微弱ながらも異界の存在を探知した。
異界がこの周辺に出現していることは分かっていた。けれども、具体的な位置は把握できていない。
これを頼りに、異界の方角だけでも先に割り出しておこうか。歩くついでだし。
「来ましたね」
美月が立ち止まる。
相変わらずの濃霧に包まれてた世界の中、異形のものが徘徊していた。
シャドウが闊歩しているなんて普通は夢にも思わない。まあそもそも自分たちはその形相を知っているから離れていてもシャドウだと断言できるけれど、見も知りもしない一般の人たちは、それが危険性の高いモンスターであることすら分からないかもしれない。
そう考えると、まだ誰とも接触してい無さそうなのは運が良かったのだろうか。
……いや、目撃情報が少なすぎる。もしかしたら、出会った人たちはみな連れ去られてしまっているとか?
取り敢えず、蔓延らせる訳にはいかない。迅速に撃破してもらおう。
「美月」
「分かっています」
紫色のサイフォンを取り出し、右手の指でスワイプ。
彼女の
「輝け────“ミスティックノード”!」
それは杖だった。
祐騎のカルバリーメイスに似たような棒状のソウルデヴァイス。それを杖だと判断したのは、殴るような突起も、取り回すような凹凸もないから。
その代わり両端は広がっており、音叉のような……いや、違うか。似たような形であればラクロスのスティックからネットを外したもの。が近しいかもしれない。
とにかく、どうやら近接戦闘にはあまり向いてい無さそうな武器だった。
段々と近づいて来るシャドウに対して、彼女は。
「えいっ」
ただ杖を振るった。
いや、ただ振るったというと語弊があるだろう。しっかりと力を込めて振るっている。
しかし、シャドウとの距離がある状態で、わざわざ振り被る必要性が見受けられなかった。
それが出てくるまでは。
彼女の振るったミスティックノードからは、何かが出てくる。
霧で飛び道具を見間違えたとか、そういうのではない。
現実的に、理解しえない“光弾”が出てきた。
『──』
それがシャドウに当たると、敵は殴打を喰らったように仰け反り、ひどく苦しんだ。そこに畳みかけるように彼女が同様の玉を飛ばす。
5、6発は当てただろうか。彼女のその攻撃は、そうして敵を消滅させた。
「ええー」
祐騎が隣で信じられないようなものを見た目をしている。
自分も今見た光景に半信半疑だ。
「ふぅ……その、如何でした?」
「「さっぱり分からなかったです」」
もう、そう返すほかない。
「さっきのって何? 霊弾? 魔力弾? それとも氣でも飛ばしたの? ほんっとうにワケが分からないんですけど!」
「何が一番近いか、と言われると……霊力の弾、というべきですけれど。やっていること自体はそう難しいことでもありませんよ?」
「その難しくないことに自分たちは理解が及んでいないのだけど」
「単純なことです。ペルソナを使って術を繰り出すのと同じ。その術の反映を、このソウルデヴァイスは特性として行えるんです」
要約すると、つまりはこういうことらしかった。
美月のソウルデヴァイス──“ミスティックノード”は、己の中に眠る精神力をエネルギー弾として射出できるという特性を持っている。それはペルソナを使う際に支払う力と同じ。ただ、ペルソナのスキルに比べてかなり低負荷で繰り出せる反面、威力もそう大したことはないらしく、かつ属性とかがある訳でもないらしい。
祐騎はこの説明を聞き終えた後に、『なるほど、デフォルトで魔術攻撃をする非物理型のキャラね。了解了解』と呟いた。その後に『いやワケわからなさすぎるでしょ』と連続して零したところを見るに、彼自身、己を納得させるのが難しいほどのことなようだ。
「それとは別に、ペルソナも使えるんだよな?」
「ええ。……ちょうどシャドウも来たようですし、お見せしますね」
美月はソウルデヴァイスをサイフォンへと取り込ませ、もう一度画面をスライドする。
「ペルソナッ」
彼女の後ろに現れた霊体は、蝙蝠のような羽を生やした女性。
その名は。
「“ペルセポネ” 、【コウガオン】!」
名高き冥界の女王、ペルセポネ。
それが、彼女の使役するペルソナ。
ペルセポネが放った祝福属性のスキル【コウガオン】は、迷いなくシャドウの身体を打ち抜いた。
シャドウが瞬く間に消滅していく。
「ふぅ。こんなところでしょうか」
「……見せてくれてありがとう。後はみんなが来るまでの間、他にどんな術が使えるか、教えてもらっても良いか? 分かりづらかったら実演してくれると助かる」
「ええ、喜んで付き合いますよ」
「祐騎も、これからは自分たちも戦闘だ。行こう」
「え、やるの? チュートリアルって言ってたじゃん。僕らの動きの確認なんていらないでしょ」
「ゲームじゃないんだから。それに、連携の確認だってあるし」
「……はー……はいはい了解デース」
不承不承、といった形だが、彼はポケットから水色のサイフォンを取り出して操作し始めた。そのまま、ソウルデヴァイス“カルバリーメイス”を召喚する。
自分も同じようにソウルデヴァイスを呼び出し、美月の隣に立った。
「それじゃあ、準備運動がてら、みんなが来る前に道を拓いておこう」
「「了解」」
1つだけ欠点があったとすれば、ここに居る全員が、肉弾戦を得意とするメンバーでなかったことだったが、まあ終わってみれば些細な問題だった。多分。