PERSONA XANADU / Ex   作:撥黒 灯

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9月15日──【マイルーム】濃い霧の日 6

 

「こほんっ。予定ですね? 今後は異界の反応を探りながら、攻略隊を編成。皆さんの控えに当たる第二次攻略班として待機するつもりですが……」

「?」

「なんで首を傾げているんですか?」

 

 こちらの様子を伺い、不思議なものを見るかのような目を向けてくる美月だったが、あいにくこちらの方が同じ視線を向けていたと思う。

 どうにも話が通じていないみたいだった。

 

「自分は美月の組織の予定を聞いたんじゃなくて、みーちゃん本人の予定を聞いたんだけど」

「……」

 

 本当のところは彼女本人にしか知る由のないことだけれど、恐らく彼女は自分の質問にその意図があることに気付いていたのだと思う。

 だからこそどちらを話すべきかで悩み、先程は黙ったのだと。

 

「あー……なるほど、分かった気がする」

「四宮くん?」

「会長ってアレなんじゃない? “北都としての自分の価値”が高いことを知り過ぎてるんじゃないかなって。だから無意識か意識的かは知らないけどさ、“ただの北都 美月個人”について追及されることはない、とか判断したんでしょ」

「「……」」

 

 そうなのか? と目線を向けるけれど、彼女とそれが噛み合うことはない。

 美月は俯いて何かを考えているらしい。

 

「ちなみに言うと、これはハクノセンパイがバカだからだね」

 

 祐騎のジト目がこちらを貫いた。

 咄嗟のことだったので、瞠目してしまったのが自分でも分かる。

 

「どういうことだ?」

「バカ正直とでも言うのかな。まあ、中立かつ被害者の僕じゃないと気付けないことだろうけどさ」

 

 やれやれと彼は頭を振った。

 しかし被害者か。どういうことだろう。美月と祐騎に対して同じことをした覚えなんて……両方あだ名で呼んだことくらいしかないけれど。

 何を言われるのだろう。と気づいたら自分の姿勢が祐騎の方へと向いたまま整っていた。

 いつの間にか顔を上げていた美月は、やや真剣な表情をして、祐騎の話に聞き入っている。

 

「最初から疑問だったんだよね。頼ったの、なんで会長なのさ」

「頼りになるからだけれど」

 

 困ったような顔をする美月。

 そんな彼女ではあるけれど、実際とても頼りになることを知っている。

 寧ろなぜそこまで縮こまったような反応なのか、疑問なくらいだ。

 

「うわ、会長の反応……こっちもなのか。そうかもとは思ったけどめんどくさっ」

 

 話し出しておいて、随分な反応だった。

 取り敢えず最後まで聞かない事には、彼のその反応の意味も分からないだろうから無視するけれども。

 

「ハクノセンパイさ、なんで会長が頼りになると思ってるの?」

「頼りになるからだけれど」

「堂々巡りになる答えヤめなよめんどくさい。……多分会長はそもそも、なんでそこまでの信頼を向けられているのかが理解しきれてないんでしょ」

「そうなのか?」

「……正直に言えば。そこまでのことをした記憶がありません」

「結論には理由が必要だし、信頼には積み重ねが必要なんだよハクノセンパイ。そこをハクノセンパイ……いや、ここは郁島や久我山センパイにも言えるんだけどさ、センパイたちって、過程ガン無視して信頼を向けることあるでしょ。そういう所」

「そうか?」

 

 そうか? と美月に確認を取ると、おずおずと彼女は頷いた。

 祐騎は言わずもがな何度も肯定している。

 

「センパイたちの中には何か、ここを越えたら信頼するラインがあるのかもしれないケドさ、正直そういうのがない人にとって、それは不気味で、かつ理解しがたいものでしかないんだよ」

 

 僕はもう慣れたけどね。とことも無さげに祐騎は言う。

 しかし、彼の言ったことに実感が湧かないのも事実だった。

 そもそも祐騎の場合は彼自身が物怖じしない性格だったから、普通に関わるようになったと思うのだけれど、そこらへんはどう違うのだろう。

 

「一応言っておくけど、初対面の時の僕は、姉さんを救出する前提でいくとセンパイたちを信じる他なかったから信じてただけで、そこまで信じ切ってたってこともなかったからね?」

「そうだったか……?」

「そうだよ。そっちが色々とこっちに無茶振りするから答えていただけ」

「でも今は全面的に信頼してるんですよね?」

「いやいくら何でも全面的にってわけじゃないけど、まあ出会った当初よりはしてるんじゃない?」

 

 ということは、背中を預けられるほど信頼し合っていたあの時よりも、自分たちを信頼してくれているということだ。

 言葉にはされていないけれど、嬉しいものだな。

 自然と表情が緩む。それを見た祐騎はだから言いたくなかったのにと顔を歪め、一方で美月は微笑んでいた。

 ……これ、美月についての話だったよな?

 

「それで、話を戻すけど……って、説明してあげている本人がこっちに突っ込んできたの? 可笑しくない?」

「すみません、出来心で」

「いやいやマイペース過ぎるでしょ。別にいいケドさ。とにかく、会長が質問の意図を素直に受け止められなかったのは、信頼される謂れが思い浮かばなかったから。それはハクノセンパイが過程すっ飛ばして信頼を向けてるから起きたことで、基本的にセンパイの所為。だから、その信頼の出所ぐらい説明しなよってこと!」

 

 ……なるほど。

 信頼の仕方云々はともかく、求められていることは分かった。

 しかし、信頼している理由なんてそんなもの、探して見つかるものだろうか。

 順番に、考えてみようか。

 どうして美月を頼ろうと思ったか。

 それは勿論、美月が異界に精通しているということもある。

 ──けれど。

 

「自分はそこまで、例の組織や会社の社長令嬢としての美月と関りがない」

「え、そうなの?」

「ですね。意図的に避けさせて頂いた部分もあります。岸波くんには、“今”をしっかり楽しんでもらいたかったので」

「……まあそこら辺は置いておくとして」

 

 だとしたら自分が信頼しているのは、異界関連のエキスパートとしての美月や、権力や地位を持った美月ではないということになる。

 いや、そこを含めても美月という人間ではあるけれども、信頼するようになった理由としてはもっと別の所にあるはずだ。

 

「そうだな、多分何個かあるんだけれど」

「全部言っておこうよ。後腐れない方がすっきりするし」

「……四宮くん、楽しそうですね?」

「そう?」

 

 思い当たる節を考えてみる。

 単に恩人の孫だから?

 否。

 璃音の救出の時に命を救われたから?

 否。

 

 

 

「美月が生徒会長として、校内を案内してくれた日があったのを覚えてる?」

「はい。岸波くんが杜宮に来た次の日ですよね」

「ああ。その時、周囲から向けられている期待だとか、人望だとかを目にして。生徒のことを本当に大切に想っているのが分かって。“この人は生徒の為に動ける人だ”と思えたのが、多分大きいんだと思う」

「へえ」

「……何だか恥ずかしいですね」

「それからややあって異界に関わるようになってからもそれは変わらず、もし異界関連で生徒が巻きこまれるようなら立場を忘れてでも手を差し伸べられる人だと思っている」

「ああ、そういえば、今までも会長に相談することをなんどか考えてたよね。昨日だってコウセンパイとその話をしたって聞いたし」

 

 そんなに考えていただろうか。

 ……いや、よく思い浮かべているな。

 柊の居る場では流石に言葉にはしていないけれど、仲間たちにはある程度伝えてあるとは思う。

 それもあって、自分と美月が仲が良いという話になったと思うし。名前で呼んでいるのも噂を広めるのに一役買ってはいたけれど、そっちはあくまで話の切っ掛けでしかない。

 

「そうだな、出来る限りは自分たちの手でなんとかするけれど、それでもどうしようもなさそうなら、美月を頼る選択肢は常にあった。相手が生徒なら、絶対に相談に乗ってくれると信じていたからな」

「……あれ、これって噂の羞恥プレイというものでは?」

「今頃気付いたの?」

「……1回は1回ですからね」

 

 言葉にしてみてはっきりした。

 あの日から、生徒会長としての北都 美月は、信頼し切っていたと思う。そしてそれは決して間違いではないと、今でも思っている。

 ……ほかにも理由はあるか?

 

「……後は単純に、初めて出来た友人だから、っていうのも大きいかもな」

「えっ、それだけ?」

「それだけ? とは言うけれど、美月は初対面からしっかり、“今現在の岸波白野”をまっすぐ見てくれていたんだ。それでいて、最大限幸せにすると言ってくれた。友人として、共にあることを望んでくれた。それが当時の自分にとって、たまらなく嬉しいものだったんだ」

 

 4月頃の自分はまだ、その有り難さに気付いていなかったけれど。

 己を磨き、恩返しをすることだけに固執しなくなったのは、彼女の言葉あってだろう。

 彼女に仕えるのに相応しくなるよう価値を磨くことを決めた半面で、これ以上自分のことで不安を掛けないことを決めた。

 すべては、彼女の友人であろうと決めた時から、始まっている。

 

「確かに美月は、やんごとなき立場で、異界に対しても色々な働きかけができるんだろう。それは知らないけれど分かっている」

「……」

「だけれど、そういうのじゃなくて、単純に」

 

 本当に、単純な話で。

 

「友人としてのみーちゃんに、力を借りたかったんだ」

「──」

「多分、所属の関係とかなんとかで、柊の救出に積極的に動くのは難しいんじゃないかと思って。だから、対異界のスペシャリストだとか、北都グループの社長令嬢の美月だとかにお願いするんじゃなくて、信頼できる友人としてのみーちゃんに、頼みに来た」

「……」

 

 美月と……みーちゃんと、目が合う。

 これは、彼女の善意に付け込むような話だ。本来であれば一蹴されても仕方のないほど、彼女に無理を強いている。

 だって、そもそも彼女が気軽に動けるような立場だったら、既に問題は解決しているはずだ。学校の生徒が巻き込まれるような事態を、放置しておくような女性でもない。

 それを承知で頼み込んでいて、彼女もそれを恐らく理解してくれている。理解させてしまっている。

 

 ……そう。友人として、一方に負担をかけてばかりのこの行為が相応しいものでないことくらい、自覚している。

 ただ、それでも、守らなければいけないものがある。守りたいものがある。

 そして、やるべきことがある。自分にも、彼女にも。

 もう、被害者は出ているのだ。今、すぐに動けるのは自分たちだけ。

 

「本来なら、直接的な助力を頼む予定ではなかった。けれど美月の話を聞いて、自分たちの想定より脅威度があることを理解したし、手に負えないかもしれない可能性にも行き当たった」

「……それなら、もう少し待ってもらえれば、部隊を編成して──」

「だからこそ、後に本隊が準備できると言うなら、今は一刻も早く先行して、自分たちにできる範囲で助けられる範囲を助けておきたい。自分たちだけでも出来ることだけれど、美月が居ればその範囲は広がるはずだ」

 

 救出が早くなることで、救える人もいるはずだ。

 何より、早くなるに越したことはない。

 勿論彼女に言った通り、全てを救おうと思っている訳ではない。

 それでも、出来ることはあるはずなのだ。

 

「それは……」

「まあまあ。その部隊の編制ってのは会長じゃないとできないものなの?」

「そういうわけでは……キョウカさんにお願いすれば十分に可能ですが」

「リーダーが必要だって言うなら、会長は途中でそっちに合流すれば良いじゃん。そこからバトンタッチってことで。これならどっちも損しないでしょ。会長の労力が増えるだけで」

 

 増えるだけと簡単に言うけれど、確かに彼女の負担は途轍もないものになるだろう。

 だから、無理強いはできない。

 彼女が行けないと言うなら、自分たちで行くしかないのだ。

 

「……はぁ。まったく、ひどい人を友人にしてしまいました」

「嫌だったか?」

「残念ながら」

 

 とは言いつつも、少しも残念そうには見えない美月。

 

「救える命があるのなら、救いたい。私も、そう思います」

「それなら……」

「そこまで友人に頼まれたのでは仕方ありません。生徒会長……いえ、“ただの”北都美月としてでも良ければ、協力させてもらえませんか?」

「……ありがとう。心強いよ、みーちゃん」

 

 本当に、心強い。

 彼女と共に行動したことはないけれど、そこはもうぶっつけ本番だ。

 その連携を補強するのは、指示者である自分の役目。

 友人である美月の能力を十全に活かし、大切な仲間たちが縮こまらずに動けるようサポートしなければ。 

 

「ま、これにて一件落着だね」

「まだ始まったばかりだけれどな」

「じゃあ僕はちょっと電話してくるよ。そろそろ進捗も気になるし」

「ああ」

 

 自分もそろそろ電話した方が良いだろうか。

 とはいえ彼らの移動にも結構な距離があるから、まだ歩いている最中かもしれない。祐騎の方に進展があったみたいなら、その後に聞いてみるとしよう。

 

「私も、関係各所への連絡が済み次第、すぐに動けるよう手配しておきます。少々時間は掛かるかもしれませんが、出来ればその間に」

「ああ。位置を突き止められるよう努力する」

 

 尤も、努力するのは自分たちではなく、仲間たちなのだけれど。

 

 

「それでは、そちらは任せましたよ。……は、はく……はくの、くん」

「はくくんじゃないのか?」

「……動じませんね」

 

 何だかとても悔しそうだった。

 まあ、何はともあれ。

 

「任された。また後で」

「ええ。少々お待ちください」

 

 

 




 

 美月の家に来訪してからの祐騎視点集
(あくまで美月を腹黒生徒会長だと思い込んでいる祐騎が勝手に曲解しただけのことですが一応)

「……」
「こんにちは」
「その、どうも」
「………………よく来てくれました(面倒なのが来ましたね)、四宮くん。それから、岸波くんも」



「こちらに」
「ありがとう」
「どーも」
「いいえ。お2人とも紅茶で良かったですか(飲み終わったら帰って下さいね)?」



「岸波くんと四宮くんのお2人でやって来たということは(用件だけ速やかに話して)何か相談事ですか(早く帰ってもらっても)?」


手短に説明しますね(忙しいので巻きます)。まずは、連鎖要因と自然要因の違いについて」


「質問。連鎖、って言うくらいだし、1つの異界だけじゃなくて他にも異界が発生する状態のことを示す、と僕は推測してるんだけど、その危険度が高すぎる異界が周囲に影響を及ぼして異界を発生させている、ということでオッケー?」
「……ええ。驚きました(取り敢えず褒めますか)流石は四宮くん(一般人よりマシ)ですね」
「お褒めに預かり光栄でーす」



「そうだな、多分何個かあるんだけれど」
「全部言っておこうよ。後腐れない方がすっきりするし」
「……四宮くん、楽しそうですね(調子に乗ってません)?」
「そう?」



「……あれ、これって噂の羞恥プレイというものでは(先程の仕返しですね)?」
「今頃気付いたの?」
「……1回は1回ですからね(やった分“だけ”は我慢します)




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