「手短に説明しますね。まずは、連鎖要因と自然要因の違いについて」
美月は、一度口に付けたカップへ手を伸ばすことなく、話を続ける。
祐騎は姿勢こそまっすぐではないけれども、耳を傾けるかのように前傾姿勢で話を聞こうとしていた。
自身が知らない情報、ということで、興味がそそられたのだろうか。
「最初にはっきりさせておきたいのは連鎖要因の分類。立ち位置としては、自然要因や人的要因の亜種、といった扱いになります」
「亜種ってことは、連鎖要因は自然要因の一種であり、人的要因の一種でもあるということか?」
「自然要因の一種か、人的要因の一種。ですね。異界はおおまかに分けて2種類、自然要因と人的要因による2つがあり、この2つの中でも危険度がかなり高いものを、連鎖要因と言います」
彼女がわざわざ訂正してくれたのは、自然要因と人的要因は共存しない条件だから。自分の捉え方は間違っていなかったが、言い方が間違っているということを伝えたかったのだろう。
お陰で違いを明確に認識しやすくなった。
「質問。連鎖、って言うくらいだし、1つの異界だけじゃなくて他にも異界が発生する状態のことを示す、と僕は推測してるんだけど、その危険度が高すぎる異界が周囲に影響を及ぼして異界を発生させている、ということでオッケー?」
「……ええ。驚きました。流石は四宮くんですね」
「お褒めに預かり光栄でーす」
棒読みで美月の賛辞に応える祐騎。
表情から察するに、本当に嬉しそうではなかった。
どうしたのかと彼の横顔を眺めていると、こっちを見ないでよと一瞬睨まれる。
「連鎖異界の発生源となる、自然要因か人的要因の異界の核は、強力な使い魔を使役します。その使い魔が強力なものであれば、単体で異界を形成し、連鎖していくように分布を広げていく。故に連鎖要因と、私たちは呼称しています」
「召喚した使い魔が、異界の主となる……」
なるほど、連鎖要因と名付けられた理由が分かった。
自然要因や人的要因と同じで、祐騎が言う通りそのまま事象そのものが名称として定着した、ということだろう。
ただ、この連鎖要因……放っておくとすごい数の異界が生まれる、ということだよな?
それともシャドウが生み出せる異界の数に限りとかはあるのだろうか。
「うげ……ってことはなに? 大元のラスボスを倒した後に、生み出したであろう中ボスたちを倒しに回らないといけなくなるワケ?」
恐らく似た推測をして、その面倒さに嫌気が差し込んだのだろう。
祐騎が顔を顰めつつ、美月に自身の推測の是非を問う。
「いいえ。そうはなりません」
対して美月の答えは、否定だった。
「まず、召喚者を討伐すれば、召喚者によって呼び出された使い魔たちは消滅します。その身を保つエネルギーの供給が途絶えるから、という説もありますが、真偽の程は定かではありません」
「なるほどね、つまりRTAしたければ最初からボスに挑むことも可能ってワケ。珍しく良いシステムじゃん」
「それに、一度に呼び出せる使い魔の数も存在によって限られている様子。その上限もクールタイムも個体によって違いますが、共通して言えるのは」
「最速で大元を叩けば、すべて解決する、ということか」
「ええ。そういうことです」
美月が漸く、柔らかく微笑んだ。
対処方法としては、それ以外にないらしい。
心に留めておこう。
「それで、今回の異界は連鎖要因ではなく、自然要因だというのは」
「生み出された使い魔によって異界を形成された様子がないことが判断の基準ですね。現状、霧による異界成分の濃さで位置こそ絞り切れてはいませんが、異界は1つと断言して良いでしょうから」
「なるほど」
使い魔を産み出せるほど強力ではあるけれど、生み出した使い魔が異界を形成出来ていない時点で、召喚者の力量は測れるということだろう。
それでもやはり、十分に危険なのだけれど。
……異界についてはこれくらいで良いか。他の質問をしよう。
──Select──
>街中に現れたシャドウと噂について。
美月の対応について。
──────
「さきほどお伝えした通り、街中のシャドウは異界の主による使い魔の一種でしょう」
「そういえばその使い魔って、異界を形成できないんだよね? だとしたら今までの異界の主よりは弱いの?」
「一概にそう言えるわけでもありませんが、基本的には使い魔の方が討伐が楽かと。ですが、人的要因による異界形成の際、重要になるのは力ではなく想いの丈。比べようとするのは若干お門違いかと」
「ふーん……まあでも、雑魚シャドウが今までのボス級って断言できないと分かっただけ、まだ希望はあるかな」
確かに、道行くシャドウがどれも今までに戦った異界の主ほどの実力を持っているなら、苦戦どころの話ではなかっただろう。
きっと自分たちだけでは牛歩のように進むしかなかったはずだ。
そうでないというだけで、希望は持てる。もとより希望を捨てていた訳ではないけれど。
「街中に現れたシャドウを倒すことで、行方不明者数に歯止めをかけることは出来るのか?」
「いいえ。きっとそれではキリがないでしょう。いたちごっこと言っても良いですし、例えば今回のケースだとして、皆さんで杜宮全域を常にカバーすることは出来ないでしょう。人数的に」
「……それはそうだな」
増えたとはいえ、数は十にも満たない。複数に分かれて一か所一か所潰していった所で、成果と呼べそうなものは得られないだろう。
「そういえばさ、何で住民が行方不明になるワケ?」
「それは……」
祐騎の問いに、一瞬言葉を詰まらせる美月。
口元を手で覆い、目線を逸らして何かを考え込む彼女。
だが彼女は、ここまで来て隠す必要もありませんか。とこちらへ向き直った。
「単純に申し上げると、異界の養分にする為です」
「「!?」」
養、分……つまりは餌。
本当にそんなことが?
「人的要因の異界は形成者の負の感情。諦めによる悲嘆などを強く吸っています。それがなければそもそもどれだけ異界適正が高い方でも、異界を維持できません」
「そう、なのか?」
「確かに、どうやってこんなものが出現し続けているんだろうとは考えたことある。……けどこうして聞いてみると、衝撃的過ぎるでしょ……」
「なら、自然要因による異界がどうやって存在を維持しているのか。……答えはもう、分かりましたか?」
「“連れ去られた人たちの負の感情”。恐怖などを吸い込んで、文字通り、異界の養分としているわけか」
自分で言葉に出してみて、許せないという気持ちが沸いてきた。
人が抱く感情を、そうして利用するなんて。
それも負の感情だ。謂わば異界からしてみれば、自分が生きる為に他人に不幸せになってもらうのと同じ理論。
異界に思考などなく、自然要因の異界の主に感情などない。恐らく生き残るために必死なのだろう。それで言えば食物連鎖と同じかもしれないが、それでも到底、許せるものではなかった。
そう思うのは、食べられる側ではなく食べる側に位置することの多い人間の、傲慢なのだろうか。
ともあれ、行方不明者が多発している理由も、異界の外にシャドウが出て来ている理由も分かった。動物でいう所の、狩り、ということなのだろう。
……次の質問に行こうか。
──Select──
>美月の対応について。
──────
「……わたし、ですか?」
「ああ」
聞かれることを想定していなかったかのように、目を丸くしている。
何を驚いているのだろうか。
「……」
「……」
「……」
何故か、場が沈黙した。
美月と祐騎は喋る前段階なのか、それとも空気に便乗したのか、もうすっかり熱が失われかけていた紅茶を口元に運んでいる。
ここは自分が何か喋った方が良いのだろうか。
「教えてくれ。みーちゃんの今後の予定を」
2人が噎せた。