PERSONA XANADU / Ex   作:撥黒 灯

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9月15日──【マイルーム】濃い霧の日 4

 

 

 エレベーターのかごに入った自分と祐騎だったが、話し始める前にサイフォンの振動に気付いた。どうやら洸が連絡を入れてくれたらしい。上へと昇っていく感覚を得ながら、自分はサイフォンを開き、彼の話す内容を聞いた。

 その内容を、敢えて大雑把に纏めてみる。勿論内容はメモに纏めてあるけど。

 

「つまり、柊は普段学校へ行く時間と同じくらいの時間に出た後、そのまま【ルクルト】に寄ったってことか」

『素直に教えてくれなかったがな。ニュアンスとしてはそんな感じだった』

 

 どうやら、アンティークショップ【ルクルト】の店主──ユキノさんは、洸達に対してだいぶぼんやりとした言い方をしたらしい。

 彼女にとっては情報すらも商売道具。無料で教えてくれただけ有り難く思わないと。

 

「とにかく助かった。引き続き頼む」

『おう。…………すまねえな、ハクノ』

「何が?」

『いやその……オレが言うことじゃないけど、なんて言うか、達者で生きろよ?』

「ちょっと待って何があった!?」

 

 通話が切れる。

 ……何だと言うのだろう。

 煮え切らない気持ちのまま、祐騎と共にエレベーターを降りる。

 

 もしかして、ユキノさんに何かしら無茶な要求をされたのだろうか。……自分が。

 洸は他人を身代わりにして助かろうとする人間では決してないので、最初から自分が何かに協力することを対価として求められたか、もしくは全員に対して何かしらを求められたのか。

 

「何かあったの?」

 

 最後の焦った様子を不審がったのか、祐騎が尋ねてきた。

 なんだか不安にさせて申し訳ない内容だったが……どう言ったものか。

 

「いや、私用だから気にしなくていい。……というか気にしないようにさせてくれ」

「あー……よく分かんないけど、りょーかい」

 

 ……忘れよう。所詮今は考えても仕方のないことだ。この仮定があっていたとしても、情報料として割り切る他ない。

 

「さて……ここだ」

 

 今まで、場所だけは知っていたけど、一度も訪れたことのない場所。

 北都 美月の自宅の前に辿り着いた。

 扉の前に立ち、両者動きを止める。

 

「……いやいや。センパイ、早く押しなって」

「ああ」

 

 自分が押さないと始まらないよな。とインターフォンに指を添える。

 そういえば、アポなしで訪れても良かったのだろうか。

 ……友達ならこんなことをしても良いか。

 そう、友達として、インターフォンを押す。決して仕事上の上司であるとか、将来の雇い主であるとか、そういった関係での来訪ではない。友達として出した、友達の少女を呼び出すための機械音が、反芻した。

 数秒の沈黙の後、音声の繋がる音がする。

 

『はい』

 

 

──Select──

  美月、遊びに来た。

  北都さん、お届け物です。

 >みーちゃん、今大丈夫か?

──────

 

 

 隣でギョッとした反応を見せる祐騎。

 沈黙するインターフォン越しの声。

 

 

 ……どうする。

 引き下がるべきか?

 

──Select──

 >もう一度だ。

  止めておこう。

──────

 

 

 >自分の“戦士級”の度胸が、もう1度問いかけることを可能にした!

 

 

「みーちゃん、今大丈夫か?」

『……ふぅ、岸波くん』

「どうした?」

『言いたいことはそれだけですか?』

「いいや、中に入れてくれないか。話がしたい」

 

 途轍もない威圧感をインターフォン越しに感じるが、退くわけにもいかない。

 どうしても確認しなければいけない事があるし、彼女には話さなければいけないこともあるのだ。

 数秒の沈黙の後、電源の落ちる音がした。インターフォンの終話ボタンでも押したのだろう。

 そしてまたその数秒後、ガチャリと鍵の開く音がして。

 

「……」

「こんにちは」

「その、どうも」

「………………よく来てくれました、四宮くん。それから、岸波くんも」

 

 歓迎の笑みを浮かべる女性が、ゆっくりと扉を開けてくれた。目は笑っていなかったけれど。

 ……少し顔が赤い。

 

「はくくんじゃないのか」

「「!?」」

 

 祐騎が目を全力で見開く。

 美月の顔が一瞬で真っ赤になる。

 その後、両者ともすぐに平然とした表情へと戻ったが。……いや、美月は少し顔に赤みがかかったままだけれど。

 

「んんっ。……どうぞ、上がってください」

「ああ」

 

 少し大きく扉を開き、彼女は中へと自分たちを促した。

 当然断る理由もなく、中へと入る。

 この2人謎過ぎるでしょ……という祐騎の呟きだけが外に残され、自分たちは美月の家に上がらせてもらった。

 

 

────>美月の家【リビング】。

 

 

「こちらに」

「ありがとう」

「どーも」

「いいえ。お2人とも紅茶で良かったですか?」

 

 リビングへ自分たちを通し、中央に配置された椅子への着席促した美月。

 彼女は自分たちが座ったことを確認するなり飲み物の可否を確認してきた。2人揃って首肯すると、すぐに『お茶を出しますので少々お待ちください』とキッチンへと立ち去って行く。

 何となく手持ち無沙汰だった自分は、静かに待っていた方が良いだろうと雑談を控え、周囲を観察することにした。間取りは自分の部屋より少し大きいくらい。部屋数は同じ。

 ただ、美月の部屋の方が少しだけ彩に溢れている。

 その最もたる象徴は、窓際に置かれた大きな観葉植物だろう。

 勿論植物は一種類だけという訳ではなく、部屋に生気を与えるように、色々な場所に飾られている。それらは窓際のものと比べるとかなり小物だが、色彩的には同様に美しかった。

 

 一周見渡してみると、祐騎と目があった。どうやら彼も時間を持て余していたらしい。

 そんな自分たちのもとへ、芳しい香りが届いた。

 

「岸波くんと四宮くんのお2人でやって来たということは、何か相談事ですか?」

 

 不意に、台所に立つ美月が口を開く。

 彼女はこちらを見ていない。

 何か相談事ですか、と言うが、実質彼女は理解しているだろう。窓の外はこんな状況で、自分と祐騎の関係性を彼女は知っているはずだから。

 

「ああ。異界のことで幾つか聞きたいことがあるんだ」

「……良いですよ。何についてでしょう」

「ます、今杜宮で起きている、霧を中心とする異変。これは異界絡みで間違いないか?」

「その前に、皆さんが現状をどこまで理解しているか、教えてもらっても?」

「ああ」

 

 お盆の上に、ソーサーに乗せた紅茶を持ってきた美月が、そう尋ねてくる。説明する前に、こちらの理解度を知っておきたかったのだろう。

 祐騎と確認し合いながら、自分たちが把握している範囲の情報を話す。

 異質な霧が立ち込めていること。噂話が流行っていることとその内容。行方不明者が出ていること。そして最新の情報である、現実世界にシャドウが出現していること。

 今話した内容以上に判明していることがないことを祐騎と確認し合ってから、そこで終わりであることを告げる。

 自分たちの対面に座っていた美月は、すべてを聞き終えた後、紅茶で少しだけ喉を潤した後に口を開いた。

 

「まず、最初の岸波くんの質問に答えますと、“私たち”としてはこの霧が立ち込めてからの一連の流れは、異界絡みであると推測しています」

「“私たち”って、柊センパイが所属している所みたいな、組織のこと?」

「ええ。その認識で問題ないですよ、四宮くん。尤も、内情などはかなり異なりますが」

 

 祐騎の問いに応えた彼女。そう言えば、美月の所属する組織について、深くは知らないな。今回の一件が終わった後にでも、聞いてみようか。

 

「美月個人の推測も、それが正しいと考えているのか?」

「? 私の推測ですか?」

「ああ。あくまで今相談しているのは美月だからな。美月個人の意見が聞きたい」

「──」

 

 数舜の間、キョトンとした美月。その様子はまるで動揺しているかのようだった。

 しかしその気持ちは紅茶を飲んで落ち着けたらしい。何にどうして動揺したのかは知らないけれど。

 

「そう、ですね。私個人としても、そう判断するに足る状況証拠は揃っていると考えています」

「そうか。自分たちも同じ考えだ。特にシャドウの発生が決め手になったが」

「逆に、そっちの方で僕らが掴んでいない情報とかはあるの?」

「いいえ。持っている情報に大きな差異はないでしょう」

「なら、認識のすり合わせが出来た所で、更に質問がある」

 

 さて、何から聞こうか。

 

 

──Select──

 >発生しているであろう異界について。

  街中に現れたシャドウと噂について。

  美月の対応について。

──────

 

 

「まず、異界について聞いておきたい。今まで自分たちが攻略してきた異界とは、やっぱり違うのか?」

「そうですね。……岸波くんには以前お話したかと思いますが、四宮くんはご存じですか? 異界が発生する3大要因について」

「ハクノセンパイが理解している程度なら知ってると思うよ。人的要因に自然要因、それから連鎖要因だよね」

「ふふっ、流石です。岸波くんも、しっかり憶えていて、伝えてくれたんですね」

「もちろんだ」

 

 人的要因というのが、今まで自分たちが対応してきたような、誰かの抑圧された感情が呼び水となり、シャドウを核として形成される異界。

 自然要因というのが、その名の通りに自然と発生してしまう異界のこと。基本的に小規模で、対応も容易だという。普段歩いていて不意に見つけたりすることがあるのが、この類の異界である。

 連鎖要因は……確か説明されなかった気がする。

 

「そうですね。あの時は敢えて連鎖要因について明かしませんでした。別に隠していた訳ではありませんが、言う必要性を感じなかったというのが、正直なところです」

「発生率が低いのか?」

「そうですね。そもそも異界の発生率自体はそこまで高い方ではないんです。ここ数ヶ月の杜宮市内が異常なだけで。そしてその中でも、連鎖要因による異界が発生する可能性は、1割にも届きません。もう少し細かく言うのであれば、2%以下かと」

「……低いな」

 

 思っていたよりも更に低い数字が出てくる。

 彼女が断言するのだ。確固たる事実を元に発言しているのだろう。

 ならば彼女の話さないという判断は、悪戯に不安を煽りたくないという点において、凡その場合ならば正しかったはずだ。

 

「でもさ、絶対起こらない訳じゃないんでしょ? 確率が低いとはいえ、所詮はランダムエンカウント。確率的に出会わないことが絶対ではないなら、説明すべきだったと思うけど? こうして現に出くわしているワケだし」

 

 だが、今回に限っては、祐騎の反論の方に力があった。

 現に自分たちはその現象に行き当たり、解決する為に動き始めている。

 事前に情報があれば、もう少しスムーズに動くことが出来たかもしれない。柊1人での活動を許すことがなかったかもしれない。

 その後悔は、自分たちの胸に宿っている。

 

「……話しても良かった、とは思います。けれど、お2人は1つ、勘違いをしていますね」

「「勘違い?」」

「私は別に、今回の件が連鎖要因によるものだとは、一言も申し上げていませんよ」

 

 ……それは、確かに。

 だが、それでは説明がつかない。

 人的要因も、自然要因も、連鎖要因も原因でないというなら、一体何が因を為したというのか。

 

「今回の異界は、恐らく自然要因による異界です」

「自然要因……確かに有り得なくもないだろうけれど」

「でもさ、自然要因って危険度や難易度が低いものじゃないの?」

「危険度や難易度が低いものが“多い”、というだけで、すべてが容易で簡素な異界ではない、ということです」

 

 美月の表情は、暗い。

 決して明るく取り繕おうとはしていなかった。

 

 

 




 

 度胸  +3。
 根気  +1。


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