PERSONA XANADU / Ex   作:撥黒 灯

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9月13~14日──【マイルーム】濃い霧の日 2

 

 

 起床してすぐ、窓の外を見てみる。

 今日も霧は晴れていない。

 ……学校へ行こう。

 

 

────>【通学路】。

 

 

 話し声が聴こえる。

 ぼんやりと、シルエットだけは見えた。男女が一緒になって登校しているらしい。

 歩いている方角から言って、恐らく杜宮の生徒だろう。

 

 

「つかこれ、休校になりそうじゃね?」

「えー? そうかな」

「だって危ねえじゃん。道に犬の糞とか落ちてたらどうするよ」

「ちょっ、ヤめてよね!」

「ハハハッ」

 

 ……笑いどころか?

 しかし確かに恐怖だ。何が落ちてるか分からない。

 こんなところでコンタクトでも落とそうものなら、一生見つからない可能性だってある。

 ……まあ道端に落としたコンタクトを拾うかと言われたら、拾わないだろうけど。

 

「ま、休みになってもやることないけどな」

「で、でも1日一緒に居られるよ?」

「は? 家から出ないが? 自宅待機の意味分かってる?」

「……なんで私、こいつと付き合ってんだっけ……」

 

 ……カップルの未来も霧に飲み込まれたみたいだ。

 一刻も早く晴れることを祈ろう。

 ……気まずいので、取り合えず追い抜こうか。うん。

 

 

──放課後───

 

 

「残念だが、今日もまっすぐ帰るように」

 

 佐伯先生が予想通りの言葉を宣告する。クラスの一部から溜め息が出たものの、意見や異議は出なかった。

 

「お前達が不満に思うのも分かるが、事故に遭ってからでは遅いからな。皆も、その点は理解してくれるものだと信じている」

 

 それじゃあ、順を追って解散だ。と、佐伯先生は廊下へ出た。

 他のクラスが現在帰宅するために外に出ているらしい。一階出入り口の人数整理のため、自分たちが帰るのはもう少し後になるらしい。

 

 ……どことなく、窮屈だ。

 帰ったら何をしようか。

 

 

──夜──

 

 

「サクラ、勉強するから音楽を流してくれ」

『はい、先輩。何かご希望はありますか?』

「お任せで」

「うーん、でしたら、動画サイトの作業用BGMを探しますね」

 

 待ちながらも勉強を開始する。

 やがてピコン。とシステム音が鳴り、やがて音楽が流れてきた。

 ……これは、波の音か?

 

 

 

 

 

 ……駄目だ、眠くなってきた。

 

「サクラ、止めてくれ」

『はい。……どうでした?』

「癒された、かな」

 

 今日はぐっすり眠れそうだ。

 勉強は捗らなかったが、良しとしよう。

 

 

──9月14日(金)──

 

 

 

────>【通学路】。

 

 

 ……今日も濃い霧が出ている。

 

 

「よっすー」

「おー」

 

 話し声が聞こえるものの、少し離れているのか、話している人たちの顔は認識できなかった。

 声的には、恐らく男性。それも若い方だろう。高校生かどうかは分からない。

 

 

「すっげぇ霧」

「なー……こりゃ今日も部活は無しか。くそー……」

「家で筋トレするっきゃねえ!」

「なんでだよ」

「フラストレーションがマッハで溜まるんだよなぁ。俺の筋肉が働かせろと蠢いてるぜ」

「素直にキモい。……まあ確かに、こうも部活だけじゃなくて遊びすら制限されるときついな」

「でもよ、規制するのって部活や校外活動だけで良いんか? って思うのオレだけ? あの“噂”とかあるじゃん」

「あー。あれか……」

 

 ……噂? なんのことだろうか。。

 だが、ここで会話に入っていくことはできない。

 何か霧について噂があるというのなら、知っておいた方が良いか。

 

 

──午前──

 

 

 授業間の休み時間、自分は洸に廊下へと呼び出された。

 

「……柊が、休んでいる?」

 

 少し深刻そうな表情の洸が自分に報告してきたのは、彼女の不在だった。

 とはいえ、無断欠席と言うわけではないらしい。

 

「ああ。トワ姉が言うにはただの風邪らしいんだが、現状が現状だしな」

「柊本人には連絡したのか?」

「ああ。ホームルームが終わってからな。寝てるなら良いんだけどよ」

 

 本当に、ただの風邪だと良いんだが。

 風邪で休むことを望むなんておかしいとは思うけれど、それでも彼女が1人で動いているよりはマシだろう。

 まさか、壱七珈琲店のヤマオカさんに、「柊さんは家にいますか?」とは聞けないし。信用していないみたいで嫌だ。

 ……いや、こうして考えてしまっていること自体、信頼できてない証拠か。

 取り合えず今は、彼女を信じよう。

 

「取り敢えず、夜まで待ってみたらどうだ?」

「そう……だな。そうするしかねえか」

「何かあったのか?」

「いや、少し聞きたいことがあったんだが……まあ、別に急いでいる訳でもねえしな」

「そうか」

 

 確かに、柊が居ないと異界関連の相談は誰にしようか悩む。

 自分たちはあくまで素人。事態へ対応する為の人員に過ぎず、知識を持っているわけではない。

 ……その点で言えば。

 

「異界関係の話なら美月……いや、生徒会長に聞くのはどうだ?」

「別に言い直さなくても良いぞ。ハクノと北都先輩が仲良いのは知ってんだし」

「いや、流石に学校のなかだと、周りの目があるから」

「あー……それもそうか。一部聞いたら憤怒のごとき形相で詰め寄ってきそうな1年に心当たりある」

 

 え、そんな人が?

 

「その人のこと詳しく」

「いや、あれはオレもよく分かんねえ」

 

 ……取り合えず、気に留めておくとしよう。

 あと、人目と背中には気を付けよう。

 

「だがまあそもそも、柊と会長が……アレな時点で、柊の代わりに相談っていうのもな」

 

 洸の心配も尤もだった。

 美月はともかく、柊は気にするだろう。嫉妬、かどうかは分からないが、とにかく良い気はしなさそう。

 まあ取り敢えず、最終手段として手札にあるということを覚えていて貰えれば良いか。

 

「ところで、自分も洸に聞きたいことがあるんだが」

 

 朝聞いた“噂話”について、何か知っていることがないか、確認してみる。

 それに対して、洸は少し考え込むようなリアクションで。

 

「実は、相談事はそれ関連でな。……まあ不確かなことを伝えるのもなんだし、夜までにもう少し情報を集めてみるわ」

「分かった。任せる」

「おう。……そろそろ時間だな。それじゃあ、また夜に」

「ああ。また」

 

 彼と別れて教室へ戻ると、チャイムが鳴るまで残り2分を切っていた。

 

 

──夜──

 

 

 サイフォンが振動する。

 

『2つ、報告がある』

 

 洸からの通知。

 それから暫く。最初の通知から、4分ほどが経ちそうな頃、次の文が打ち込まれた。

 

 

『まず、霧が蔓延してから流行るようになった噂話からだな』

『噂?』

『あ、わたしも商店街の人たちから聞いたことあります!』

『そういや、俺も今日来てた客から聴いたな』

『あたしもクラスで聴いたかも』

『……ネットには特に上がって……いや、あったあった。コレかな』

『なんかだんだん話す必要がなくなってきたんだが』

『いや、もしかしたら違う部分があるかもだし、頼む』

『まあ、そうだな。何から話すか』

 

 話題に参加しているのはやはり、柊を除く全員。

 自分以外は、何かしらの噂を耳に入れたらしい。

 洸は切り出し方をまた数分悩んだ。

 

『まず、霧が出るようになってから“行方不明者”が増えている』

『行方不明?』

『おう。いなくなったとか、連れ去られたとか、まあそこら辺は諸説あるが』

『あたしもそれ聴いた! なんでも、“化け物の鳴き声が聴こえた時、人が連れてかれる”とか』

『化け物?』

 

 いきなり行方不明なんて穏やかではない単語が出てきたかと思えば、化け物という耳を疑う言葉まで出てきた。

 まあ、シャドウを相手取ってる以上、化け物という言葉1つに驚くことはないのだけど。

 それでもまさか、普通の人たちが話す話題に出てくるとは思わなかった。

 

『鳴き声としては、狼とか、チーターとか』

『何かの動物を特定してる訳ではないのか』

『みたいだよ? まあ、クラスの人たちが色々なことを言ってたから、統計でも取ってみればまた違ったかもだけど』

 

 それもそうか。共通の認識として“この動物だ!”となっている場合は、化け物などという呼称を使わない。

 つまりは誰も見通せてないのだろう。

 

『……すまん、チーターって鳴くのか?』

『素直に聞いたシオセンパイには後で音声ファイル送ってあげるよ。どちらにせよ、そのうち調査するなら共有して欲しい知識だしね』

『あ。あたしも分からないんだけど。くれる?』

『あーはいはい、送るよ』

『……ユウくん! わたしにも送ってくれる?』

『イヤだね』

『祐騎、オレにも頼む』

『仕方ないなぁ、コウセンパイは』

『なんか辛辣じゃねえ?』

『わたしの方が扱いは雑ですよ、コウセンパイ。まあユウくん自身に悪気はなくて、多分頼られて嬉しいから照れてるだけだと思いますけど』

『は? そんなことないし。勝手なこと言わないでくれる?』

 

 なんとなく、顔を赤くする祐騎と、呆れて笑う空の顔が思い浮かんだ。

 後輩たちは今日も仲が良い。

 

『化け物の正体か何かは知らないけど、人が行方不明になったのはマジかもね』

『何か分かったのか、祐騎』

『まあ、分かったってほどでもないかな。毎日何かしらの書き込みをしている人が失踪してたり、居なくなったと噂される人が居て、実際に捜索願いまで出てるみたいだよ』

『……マジか』

『マジマジだね』

 

 マジマジらしい。

 祐騎が言うのだから、そうなのだろう。

 大事なのは、それがどういうことなのか、ということだ。

 

『この現象は、異界に関連があるのか?』

『これだけだとまだ断言はできないね』

『噂がこれだけなら。な』

 

 暗に、それだけではないと言う洸。

 それに続いたのは、空だった。

 

『わたしからも良いですか?』

『ソラちゃん? どうしたの?』

『わたしが聴いた噂はちょっと違くて、“どこからともなく大きな手が出て、人を捕まえていく”といったものなんですけど』

『手?』

『はい。なんでも頑丈で、人1人を握れるほどのサイズですとか』

『……恐竜ほどの図体を持ってなければ、その大きさの掌にはならねえな』

『つまり、噂に便乗したただの出鱈目か』

『もしくは超常の存在か、と言うことになるわけだ』

 

 超常の存在。

 異常な事態。

 やはり、自分たちが持つ知識では、異界関連という結論に紐付いてしまう。

 

『シオさんが聴いた噂は、この2つのどちらかか?』

『いや、細部は違えな。特徴的に違うのは、“女の声が聴こえる”ってところだ』

『連れ去られる時に?』

『ああ。そうらしい。連れていく存在は化け物って言ってたから、その点は久我山のと同じだな』

『なるほど。ありがとう』

 

 なんだかよく分からなくなってきた。

 これがすべて又聞きだからだろうか。それとも、同じような情報が錯綜しているからだろうか。

 どちらにしても、これらはまとめてしっかり覚えておかなければならない。

 柊が居れば、この案件が異界関連のものかの判断が付くのだけど。居ないなら致し方ない。

 

 

『それで、もう1つの報告は?』

『ん、ああ。柊から連絡が返ってこなかった』

『朝送ったやつの?』

『ああ』

 

 そう、か。

 大丈夫だろうか。

 少し心配だな。

 

『あ! あたしも送ってるけど反応ない。良かったー……無視されてるのかと思った』

『ここまで連絡がなかったなら、彼女の下宿先に問い合わせた方がいい。流石に心配だ』

『柊の下宿先?』

『壱七珈琲店って店だよシオ先輩。レンガ小路にある』

『ちなみに高幡先輩と同じく、住み込みのバイトのようなものもしてます!』

『後を継ぐとかそういうのじゃないみたいだけどね。一宿一飯の恩を返し続けてる、みたいな? 僕もよく分からないけどさ』

『へえ、アイツも住み込みで……ハハ、これでようやく話題が出来たぜ』

『話題?』

『何だかんだあったし、少し壁みたいなものがある気がしてな。アイツとは正直、会っても世間話1つに満足に出来てねえ』

 

 なんだろう。

 少しその絵面が思い浮かぶ。

 一緒の方向に帰っているのに、距離が空いた所を並んで、時々気まずそうな顔もするが大半はおくびにも出さない風景。

 なんてしっくり来るのだろうか。

 

『ちなみにお前らは柊と普段、どんな話をするんだ?』

『あたしは普通に雑談。その日あったこととか、休日何する? とか』

『オレが思ってた以上に普通に友達してんだな』

『いやー……一言二言で返されて終わっちゃうんだけどね』

 

 距離を詰めようとしているが、軽くあしらわれてしまうのだと、璃音は言う。

 それでも、立派な心掛けだった。

 

『わたしは普通に時たま会話してます。ランニングとかの最中に会うと飲み物とか買ってくれますし』

『あたしと全然対応が違う』

『あー、なんだかんだ、柊のやつは面倒見が良いからな。落ち込むなよ久我山』

『ですね、友人というよりは、先輩として後輩を気に掛けてくれている。という感じかもしれません。気を落とさないで下さい、璃音先輩』

『なんかめっちゃフォローされてるんだけど』

 

 多分気のせいではない。

 

『僕は普段、雑談とかはしないけど、気になったことを質問して答えてもらうくらいかな。この中だと1番付き合いはないと思うよ。コウセンパイとハクノセンパイは?』

『オレは』

 

 

 言葉が続かなかった。

 なんて言い表せば良いのか分からないのかもしれない。

 

『洸とはあれだな。からかいがあったり、冗談を言い合ったりと、1番自然な感じの友だちな気がする』

『……まあ、からかわれるのは心外だがな』

『あー……柊センパイ、コウセンパイをからかうのに余念がないよね。寧ろ趣味の1つにしてる感じ?』

『良いストレス発散になるんじゃない?』

『本当に心外なんだがな』

 

 それでも、何だかんだで洸が1番柊と仲が良いのは、周知の事実だ。

 洸自身、分かってるからこその対応、と思われる対応をしている。彼の性格もあるのだろうけど、あまり怒らないし。

 

『それで、ハクノはどういう話をするんだ?』

 

 洸からバトンを渡され、考える。

 柊と話すことか……そうだな。

 

『人生について、が主だな』

『重い』

『それは重いです』

『重っ』

『うわー』

『そんな反応をすることか?』

 

 まあ他にも、異界関連の話とか、それこそ洸の話とかもするけれど、明かすほどのことでもない。

 ……ただ、もう少し軽く雑談できる程度には仲良くなりたいかも。

 

 これはグループチャットだ。柊自身も後から履歴を振り返ることができる。

 全員、それが分かっていて彼女と至りたい関係を好き勝手に喋っていた。

 想いを伝えるには不器用すぎるやり方になっているけれど、素直に受け取らなそうな彼女に対しては、ちょうど良いのかもしれない。

 

 そんな風にわいわいと騒ぎ続けて暫くした頃に、夜が更けた為解散となった。

 結局、柊がこの話題に参加することも、後から何か反応してくることもなく。

 

 

 

 

 柊の消息が途絶えたとの連絡が来たのは、翌日の朝になってのことだった。

 

 

 

 




 

 知識+1。


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