9月11~12日──【夢】濃い霧の日 1
夢を見た。
光を見出す夢だった。
4度の死闘を勝ち抜き、辿り着いた次の舞台。
対する敵は暗殺者。不気味な男性だった。
準備期間に入って早々、岸波白野とそのパートナーは急襲され、結果として狐の巫女は重傷を負ってしまう。
彼女は涙を堪えて謝る。己の油断でパートナーを悲しませていることを。道半ばで終わってしまう可能性が出てきたことを。岸波白野と共に過ごす時間を、終わらせてしまうことを。
謝罪された岸波白野は、以前助けた少女に解決策がないかを尋ねる。
そうして見えた一筋の光明。ただしそれは、戦場の中でこそ見えるもの。
無理を承知で挑もうとした岸波白野だったが、瀕死の妖狐が直前で駆け付けて来る。
もはやここまで来て、気遣いなぞ必要ない。一蓮托生の身。死なば諸共と同行することに。
命からがらやり遂げて、少女の助けも借りてパートナーを全快させることに成功した岸波白野。
復活したパートナーと共に、少女へお礼を言いに行った際、彼は重い真実を知ることになった。
自身が失ってしまったものとして、探し続けてきた記憶が、最初からなかったこと。
例えこの戦いで勝ち抜いても、地上へは降りられないことを。
しかし、彼は前向きだった。
“だったら、この聖杯戦争を終わらせる”。その世界で生きていく岸波白野が、抱いた決意。
己が生きる世界を、他者との共存が可能な世界へ変えること。
その目標を胸に、戦い抜くことを決めた。
そうして訪れた、決戦の刻。
岸波白野は、目にする。
パートナーの狐巫女が起こす、奇跡の光を。
────
──朝──
────>【マイルーム】。
「……」
目を覚ます。
今見た振り返ってみた。
自分ではない、自分のような存在が、目標を見つけた話。
今までのように、“生き残る”を主題にするのではなく、“生き残って達成する”目標。
戦いを終わらせる、か。
……自分たちの戦い、異界攻略は、どうしたら終わるのだろう。
────>杜宮記念公園【エントランス】。
エレベーターで一階へと降りると、見覚えのあるヘッドフォンを首から下げた少年が、サイフォンを忙しなく操作しながら壁に寄りかかってきた。
足音を耳が拾ったのか、一瞬目がこちらに向く。
「お、ハクノセンパイ。おはよー」
また目線がサイフォンへ戻った。
「祐騎、早いな」
「……バカにしてない? 普通の登校する時間じゃん」
「いつも遅刻ギリギリなことを考えれば早い方だろう」
「うっさいなー」
少し不貞腐れたような表情になった。
……そんなにしつこく言っただろうか。
少し申し訳ない気が。
「いやあのさ、そこまで落ち込まないでよ。やりづらいんだけど」
気付くと祐騎はサイフォンを操作する指を止めており、目線を画面ではなくこちらを向けていた。
どうやら祐樹の邪魔をしてしまったらしい。
「……すまない」
「だーかーらぁ……」
「……」
「はぁ、なんでこのセンパイ朝からテンションの浮き沈みが激しいのさ……情緒不安定なの?」
……だとしたら、夢を見た所為だろうか。
どことなく、気分が浮ついているのかもしれない。
「それで、祐騎は何故ここに? 立っていたということは待ってくれていたのか?」
「まあね。一刻も早く自慢したくてさ」
「自慢?」
「まあまあ百聞は一見に如かずって言うし、準備して。ほら、返すよ」
何となく得意気で、鼻歌を歌うように彼は、いつも通り貸していたサイフォンを返して来た。
それを受け取り、電源を入れる。
起動画面の後、見慣れたAIの姿が現れた。
『ただいまです、先輩』
いつものように、夜の間預けていた間桐サクラが、画面の中に戻っている。
その表情は笑顔だ。
「ああ、おかえり。サクラ」
ついつられて笑顔になってしまった。
「…………っていやいやいや、何普通に挨拶してるのさ」
「? 挨拶されたら返すだろう」
『そうですよね? 普通だと思いますけど』
「もっとさ、何か色々気付くこととかないの? ねえ」
『あ、先輩。私、何か変わったと思います?』
「サクラが何か……?」
──Select──
>髪切った?
化粧変えた?
背伸びた?
──────
『いいえ、切ってませんよ』
「もっとちゃんと見なって」
……違うらしい。
──Select──
>化粧変えた?
背伸びた?
──────
『いいえ、変えてませんよ』
「もっとちゃんと見なって」
……違うらしい。
──Select──
>背伸びた?
──────
『いいえ、伸びてませんよ』
「いやもっとちゃんと見なよ!」
……違うらしい。
気付いたことは全滅だった。
最早何にも気付けていなかった。
「はぁ。ダメだね。期待を外れないダメっぷりだよセンパイ。って言うか背が伸びるとか、髪が長くなるとか何? AIだよ?」
『……』
「アップデートしたのかと」
「アプデもとい改造は施したけどグラ関係じゃありませーん」
「うーん」
『先輩、分かりませんか?』
「鈍いなぁ……」
そうは言われても。
サクラをじっと見てみる。
ここまで言うからには、何か変わったことがあるはずだ。
じっと観察してみる。
『……?』
特に変わった様子はない。
『あ、あの……』
強いて言うなら、少し恥ずかしそうにしていることくらいだろうか。
…………?
『せ、先輩、見過ぎです……』
「サクラ、なんでそんなに恥ずかしそうなんだ?」
『先輩のせいじゃないですかーッ!!』
サクラの、“初めて上げた怒声”が、エントランス内に響いた。
────>【通学路】。
霧の立ち込める通学路の中、祐騎と2人で歩く。
こうして一緒に登校するのは久しぶりだった。
そして会話は3人で行う。
これに関しては、本当に初めて。
「なるほど、これが祐騎のやりたかったことか」
「まあね。せっかくの北都グループ開発マル秘高機能AIなんだし、積極的に弄らないとって」
サイフォンをタップして、サクラの頭部部分を撫でると、彼女は恥ずかしそうに笑う。
これが祐騎のやりたかったことか。
「なるほど……」
祐騎が仲間になり、約束してから約二ヶ月と半分。
ほとんど毎晩サイフォンを貸し出していた結果、サクラは喜怒哀楽を使い分けられるようになった。
「……ま、正直感情なんて“演じているだけ”だし、そもそも僕が追加した機能じゃないけど」
「そうなのか?」
「うん。もともと機能自体は存在してたみたい。けど何故か、ロックが掛かってたんだよね」
わざわざ作ってロックを掛けて置いたということは、それが必要だったということじゃないだろうか。
まあ、何を思おうと後の祭り。
それに自分も、この方が良いと思う。
せっかくの同居人だ。より明るく楽しい方が良いに決まっている。勿論もともと楽しくはあったけれど。
『それにしても、カメラには霧しか映ってないんですが、お2人は普通に前見えてるんですか?』
「そこそこ。ってか霧ってマジで鬱陶しくない? こんなに見えないんだし、帰ってもバレない気がしてきた」
「それは止めておけ」
出席を取るのは室内だから、すぐにいないことが分かってしまう。
言われなくても分かっているのだろう。彼もいじけた様子なく、手を頭の後ろで組んだ。
「ま、どうせ寝るから良いんだけどね」
『授業中に寝るのは良くないと思います』
「……空に監視でも頼むか」
「それはマジで止めて」
声のトーンが1段階下った。
「だいたい違うクラスだからまだ助かってるのにこれ以上関わる要素を増やすのは本当に止めて」
「でも、嫌いじゃないんだろう?」
「はっ倒すよ」
「ははは」
「なに笑ってんの?」
『ソラさんとも、話してみたいですね』
「ああ、好きなだけ話すと良い」
『……あ、でも話せることは内緒にしておいてください。ふふっ、サプライズです』
「そりゃ良いかも。郁島を驚かせるネタでも考えてよう。授業が楽しみになってきた」
「ほどほどにな」
やっぱり仲良さそうな1年生コンビの片割れを見て、何だか自分も楽しくなってきた。
──放課後──
『えー。えー。全校生徒の皆さんに、ご連絡です』
帰り支度をしていると、校内放送が流れてきた。
この声は、九重先生だろうか。
『本日は濃霧の影響で、道が見えづらくなっています。帰りは遅くならないようにして、明るいうちに帰りましょう。本日の完全下校時刻は17時15分となります。部活動は原則として17時を目途に活動を終えるようにしてください。あ、後、運動部の皆さんは、顧問の先生の指示があるまで練習を開始しないように! よろしくお願いします!』
校内に喧騒が戻っていく。
普段は17時45分が完全下校だったが、今日はもっと早まるのか。
これでは誰かと遊ぶどころではない。九重先生の話通り、道草を食うことで夜に危険な思いをすることも避けたい。
今日はまっすぐ帰ろうか。
──夜──
せっかくだし、ゲームでもしようか。
ゲーム機の配線を準備して、『イースvs.閃の軌跡 CU』を開始する。
今日も今日とてキャラ出しだ。
そろそろ簡単に出てくることも無くなってきた。何かしらの条件を達成することで、より取り扱いの難しいキャラが操作可能になるだろう。
それと並行して、ストーリーを進めていく。
物語は起承転結の起を終え、承の部分に入って暫く経ったみたいだが、話の全貌がまだまだ見えてこない。難易度も段々上がってきた。
……まだ苦戦するようなところではない。この調子で次も進めていこう。
──9月12日(水) 朝──
────>【マイルーム】。
今日も霧が出ている。
この分だと、今日も早くに下校することになるかもしれない。
……学校へ行こうか。
少し気を付けて歩こう。
──午後──
ショートホームルームの時間。
佐伯先生はみんなにしっかりと聞くように。と念押しした後、教室を見渡して全員の視線が自身へ向いていることを確認し、口を開いた。
「皆も気付いていると思うが、昨日に比べて今日の方が霧が濃い。最悪の想定をし、今日のところはショートホームルームが終わり次第、学年クラスごとに強制下校になる。これから先も濃霧が続くようなら、この対応は続く。……ああ、それと、早く帰ったら遊ぶなとは言わないが、友達の家であっても近所であっても、極力外出は控えるように」
放課後まで止まないどころか、濃さを増す霧に対して、学校側は無理をしない決定をしたみたいだ。
誰かが怪我をするより断然良いだろう。
ホームルームが終わると、教室が一瞬だけ騒がしくなったが、そのまますぐに帰らされた。
……早く、霧が止むと良いな。
──夜──
軽く勉強していると、サイフォンに通知が届いた。
自分たち同好会メンバーのグループチャットだ。
『この霧じゃ、異界を探すのも危ないですね』
『だな』
空から発信があり、洸がそれに答えている。
『これから先、どうするよ』
『は? コウセンパイ、こんな視界悪い中彷徨いたいの?』
『別にそうは言ってねえが、かといって異界を探すのを止めるのもなって』
『止めるも何も、他の人が外出してないんだから外に行って異界探す必要もないでしょ。ハクノセンパイも、自宅待機で良いと思うよね?』
『ああ、自分は賛成だ。長く続くこともないだろうしな』
『ほらぁ!』
『でも、こうなると集まることも出来ないよね』
『そういやお前ら、学校がある時期は毎回どこに集合してんだ? 岸波の家か?』
『いいや、空き教室。明日の休み時間にでも案内するぜ』
『おう、頼む』
柊を除く、全員が話に参加した。
彼女はバイト中だろうか。
『あれ。アスカは居ないんだね。大丈夫かな、1人で探索とか危ないコトしてないとイイケド』
『流石に柊も1人ではしないだろう』
多分。
『……そういや柊、少し機嫌が悪かったな』
『機嫌が?』
『なんつーか、ピリピリしてたっつうか。柊らしくねえって言うか』
『へえ』
『あら時坂君、そんなに見てたのね。私のこと』
『なんつうタイミングで来たんだ本人』
本当に怖いタイミングで入ってきた。
倒置法まで使って自身のことを強調してきている。
揶揄う気満々、という感じだ。
『実際どうなのアスカ、何かあった?』
『別に何もないわよ、久我山さん』
『本当のところはどうなんですか?』
『本当も何もないわよソラちゃん』
『けど柊センパイのことを熱心に注意深く観察していたはずのコウセンパイが言うんだから、何かありそうだよね』
『おい後輩』
『ストーカー紛いの人に付けられた因縁を真に受けないで頂戴』
『おい同級生』
『それで、実際はどうなんだ、柊』
『べつに』
言いたくはないのか。もしくは洸の勘違いか。
謝ろうとして文字を入力していた時に、次の通知が来た。
『ただ』
柊が、打った2文字の後、間が空く。
誰も何も打たない。心配の表れだった。
もしかしたら、打った柊本人は後悔しているかもしれない。流れ的に言わなくてはいけなくなったから。
数分の時が流れて、次の通知がやって来た。
『昔から、濃い霧の日が嫌いなだけよ』
優しさ +2。
根気 +1。
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ちなみに一応。言う必要もないとは思っていたんですけど、祐騎とサイフォンを貸す云々のやり取りは探したところ80ページにありました。
1年以上前ですって。
1年で42ページしか更新してないってどういうこと……?