PERSONA XANADU / Ex   作:撥黒 灯

130 / 213
9月9日──【神山温泉】SPiKAと璃音

 

 

 日曜日の夕方。先週までと同様に神山温泉でアルバイトをした帰り道のこと。

 バスの中から流れゆく景色を眺めていた時に、不意にポケットの中から振動を感じ取った。

 サイフォンの新着通知。

 起動して送り主を確認すると、『久我山 璃音』との表示が出ていた。

 

『今晩空いてる?』

 

 文章は簡潔だ。

 簡潔過ぎてほとんど意味が分からなかったけれど。

 

『空いているけれど、どうした?』

『詳しい話は集まってから。場所はあたしの家で』

『璃音の?』

 

 行くのはだいぶ久々だ。

 確か……祐騎のお父さんの異界攻略前だった気がする。

 ……まあ一度行っているし、今回も特には問題ない……はず。彼女が迎えに来るわけでもないし、璃音の住所はあまり他人に知られていないと言う。通行人にさえ気を付けていれば、特に悪評とかは立たないだろう。

 

『分かった。何時に行けば良い?』

『20時以降かな。夕飯は済ませて来てくれると嬉しいカモ』

『了解』

 

 サイフォンをポケットに仕舞う。

 さて、どうして呼び出されたのだろうか。

 

 頭を悩ませてみた物の、特に思い当たる節もなく、時間と景色は過ぎていった。

 

 

──夜──

 

 

────>レンガ小路【久我山宅前】。

 

 

 周りに人影がないことを確認して、インターフォンを押す。

 ……もしかしなくてもこれ、ご両親が出てくることもあるよな。

 前回訪れた時は放課後すぐだったから気にしていなかったが、璃音的には問題ないのだろうか。

 

『はい』

 

 案の定、インターフォンから聴こえてきた声は、聞き覚えのない声だった。

 

「璃音さんに呼ばれて来ました。岸波 白野です」

『あ! お待ちしておりました、岸波さん。えっと……通して良い? え、駄目? 駄目なの? ……やっぱり大丈夫? ……ふふっ。ああ、うん』

 

 インターフォン越しでは音を拾えないが、誰かと話しているみたいだ。

 一瞬駄目という単語が出て来て内心とても驚いたが、撤回されたようで一安心。呼び出されておいて来ては駄目だったと言われたら、何が何だか分からなくなる。お待ちしていただいてたんじゃないのか。

 

『ふふ、ごめんなさい。どうぞお入りになって。鍵は開いてますので、中に入ったら閉めてからリオンの部屋まで来てください。……あ、リオンの部屋は分かりますか?』

「えっと、一応分かると思います」

『あら? ……で、では、お待ちしてますね』

 

 

 何やら焦ったような反応をしていたのが気になるが、まあ入って話せば分かるか。

 というか、今の人は誰だったのだろう。璃音のお母さんか?

 

 

────>久我山宅【璃音の部屋】。

 

 

 家の中にお邪魔し、鍵を閉めた後、うろ覚えだった道筋をたどり、確かここだっただろう、という部屋までやって来た。

 どうしようか。

 

 

──Select──

 >ノックをする。

  声を掛ける。

  無言で入る。

──────

 

 

 まあいきなり声を掛けて驚かせても申し訳ないし、無言で入るなどもっての外。ノックをするべきだろう。

 コンコンコンと叩き、反応を待つ。

 

「どうぞ」

 

 返ってきた声は、先程インターフォン越しに話した女性の声に近かった。少なくとも璃音本人ではない。

 本人の許可なく入って良いのだろうか。でも、もしかしたら声を出せない可能性も……風邪とか? いや、だとしたら何か呼び出すにしても何か用事を申し付けるだろうし……分からないな。

 取り敢えず入ってから考えるか。

 

「お邪魔し──」

 

 開けた扉の先に見えたのは、どこか見覚えのある4人の少女と、何故か縛られている部屋の主の姿だった。

 

「──ます」

 

 一瞬、引き返そうかとも思ったが、引き返したところで多分この不思議な状態は変わらない。

 ならば足を進めるべきだろうと勝手に入る。

 

「あ、入ってきた」

「ふーん。まあ、逃げ出さなかったことは認めてあげるわ」

「ちょっとレイカ……ごめんなさい、岸波さん」

「お、お久しぶりです!」

「ンー」

 

 5人が、思い思いに喋っている。

 いや、1人喋れていないけれど。

 取り敢えず、お久しぶりですと声を掛けてくれた少女に目を向ける。

 その顔は割とすぐに思い出せた。

 先日璃音と壱七珈琲店に行った帰りに出会った、ストーカー疑いのあった少女。

 その正体は。

 

「えっと、SPiKAの方々、ですよね?」

「はい、私達──」

「「「「SPiKAです!」」」」

「ンー!」

「おお……」

 

 思わず圧倒された。

 疑うまでもない本物。

 テレビやデジタルサイネージで流れていた挨拶、そのまま……いや1人はちゃんと言えていないけれど、とにかく画面の中から飛び出してきたかのような驚きを齎してくれた。

 ……さて、本物のアイドル達となると、悪意とかではなさそうだけれど、それでもそろそろツッコむべきだろう。

 

「璃音」

 

 

──Select──

  ごめんなさいはしたのか?

 >苦しくないのか?

  いつも大変なんだな。

──────

 

 

「!?」

 

 問われた璃音は少し驚いた後、笑顔で首を横に振る。

 どうやら大丈夫らしい。

 

「見ましたかハルナ先輩、レイカ先輩」

「……リオン先輩、すごい嬉しそう」

「気に掛けられて嬉しかったのかしらね」

「ふふっ、そっとしておきましょう」

 

「んんっ! ンンーン!」

 

「「「「何言ってるか分かりません」」」」

 

 あ、璃音が怒っている。普通に怒っている。

 

 それにしても、仲良いんだな。

 最初から悪いとは思っていなかったけれど、こうしてプライベートでもしっかりと付き合いがあるのか。

 

「……あ、自己紹介してませんでしたね。私はハルナ。天堂(テンドウ) 陽菜(ハルナ)です。よろしくお願いしますね?」

如月(キサラギ) 怜香(レイカ)よ。よろしく」

「よろしく」

 

 挨拶してくれたのは、インターフォンで会話してくれたらしい黒髪の、おっとりとした女性と、金髪で苛烈なイメージのある女性。

 天堂 陽菜と如月 伶香。SPiKAでも1期メンバーと呼ばれる、璃音を含めた3人組のうちの2人。確か前一度だけ調べたことがあるが、自分と同学年だった気がする。

 中でも天堂さんはリーダーであり、女優のような演技方面でも活躍しているという。対して如月さんは雑誌などのモデルを務めることが多いのだとか。

 

「わ、わたしは柚木(ユズキ) 若葉(ワカバ)です! ワカバって呼んでください。この前はいきなりすみませんでした!」

七瀬(ナナセ) (アキラ)。アキラでいい。……わたしも、少し前から着け回すようなことしてごめんなさい」

「いいや、自分は別に大丈夫だけれど……」

 

 謝罪の言葉をくれたのは、先日会ったSPiKAの後輩組──通称2期メンバーの2人。

 栗色の髪の少女──若葉と、黒髪の少女──晶である。

 

 それは別に良いのだけれど、何故SPiKAメンバーが集まった部屋に自分は呼ばれて、しかも璃音が縛られているのだろうか。

 璃音に喋らせると不都合のある内容について、とか?

 

「それで、単刀直入に聞きます、岸波さん」

「はい」

 

 天堂さんが、自分と向き合う。

 思わず、姿勢を正してしまった。

 何を聞かれるのだろうか。

 

「リオンからは度々お名前を伺っていましたが、ずばり、リオンとはどういう関係ですか?」

「友人だ」

「「「「……」」」」

 

 なんだろう、この期待外れみたいなリアクションは。

 もう少し、言葉を選んだ方が良いだろうか。

 

「大切な、友人だ」

「「「「……」」」」

 

 まだ何かあるでしょうっていう期待されるような目を向けられても困るんだけれど。

 

「何て言うか、安心して背中を任せられる友人と言うか、璃音がいればなんとかなるって思える存在と言うか、何だかずっと自分が頼ってばかりで申し訳なく思っているんだけれど」

 

 少しの沈黙の後、4人は何かを密談するように審議に入った。

 その後ろで、璃音がバタバタと転がっている。大丈夫かあれ。

 まあ自分も多少恥ずかしいことを言った自覚はあるが。それでも本当のことだし。

 

「……嘘は、言っていないみたいですね」

「みたいね。安心したような、肩透かしをくらったかのような」

「あ、リオン先輩の拘束、そろそろ解きます?」

「うーん、そうね。リオンも嘘は言ってなかったみたいだし、また何かあったら縛れば良いでしょう」

「ハルナ先輩、怖い」

 

 笑顔で言う天堂さんへジト目を向けた晶が璃音の拘束を解いていく。

 目に見えて怒っているが、良いのだろうか。

 

「よくも縛ってくれたわね……ううん、縛ったのは良いケド、いや良くないケド!? 百歩譲って良いとして、何本人に聞いてくれちゃってるのねえッ!?」

「でもリオン、正直なことが聴けて嬉しかったでしょう?」

「それはそれ! これはこれ!」

「否定しないんだ」

「ア~キ~ラ~!」

「ごめんなさい」

 

 喜んでくれたみたいなので、正直に答えて良かったということにしよう。

 というか、結局、何で縛られてたんだ?

 

「だいたいねえ、抵抗するときに投げ付けられた服もタオルもすべて仕舞ってあげたんだから、感謝しなさい」

「そもそも縛らなければ抵抗も何もしないから!?」

「だってリオン先輩、縛らなかったら質問の時に邪魔してましたよね?」

「当たり前じゃん!」

「でも先輩が友人って言うのが信じられなかったので」

「なんで張本人の言うことが信じられなかったかな!?」

「自己評価なんて、当てにできるものじゃない」

「そうだとしても! そうだとしても! こう……ねえ!」

「「「?」」」

「首を傾げないで!」

 

 わいわいと姦しく騒いでいる4人。

 

 一方で、自分は天堂さんと向き合っていた。

 

「安心しました」

「はい?」

「ちょっと不安だったんです。リオンの友人の男の子が、邪な目的で近付いていたらどうしようって」

「誤解は解けたんですか?」

「ええ。部屋に入った時も必要以上の所を見ようとしませんでしたし、服とかタオルとかのワードが出た時、探すような素振りを見せませんでしたから。まあ、それはそれでどうかとも思うんですけどね。結構リオンの部屋には来られてるんですか?」

「これで2回目ですかね」

「そうなんですか。……そういえば岸波さんは、わたし達のことを知っていて下さったんですよね。ありがとうございます」

「いいえ、自分も最初は知らなかったんですけど、璃音と仲良くなってからこう、調べさせてもらいました」

「あら、ではリオンに会うまではご存じなかったんですね」

「すみません。璃音にも初対面ですごく落ち込まれましたね。その後CDを渡されて、絶対聴いてよね。って渡されました」

「……ふふっ、目に浮かびますね」

「あはは」

 

 自分は初対面の時のことを思い出し、彼女はそれを空想して、お互い笑い合った。

 

「岸波さんは、自然体ですね」

「どういうことですか?」

「そういえば、入った時から緊張とかしていなかったなあって。自分で言うのも何ですけれど、わたし達はアイドルで、初対面なので、もっと驚くと思っていました」

「ああ。……驚きはしたんですが、璃音が縛られているインパクトでどうでもよくなっていましたね」

「……ひょっとして、テンション上がりました?」

「まさか。心配したに決まってるじゃないですか。それでもすぐに皆さんがSPiKAの方々だと気付いたので、悪意がある行為じゃないと分かり、落ち着きましたが」

 

 友人が縛られている姿を見て、テンションが上がる訳がなかった。

 逆に天堂さんは、璃音を縛っていてテンションが上がったのだろうか。……そういえばさっきも、何かあったらまた縛りましょうと笑顔で言っていたな。もしかしたらヤバい人かもしれない。

 

「……うん、なるほど。だいたい分かりました」

「何がですか?」

「岸波君は、信頼しても良さそうな人であることが、です。試すようなことを言ってしまい、ごめんなさい」

 

 そんな疑いを持った直後に、真摯に頭を下げてきた天堂さん。

 全部自分を試すための言葉だった、というのか。

 ……流石は女優としても活躍しているアイドル。冗談の気配がなかったから、本気で言っていると思ってしまった。

 

 

「心配をかける方が悪いの! アタシ達がどれだけ心配したか分かる!?」

「分かるって! 心配してくれるのは素直に嬉しいの! 本当にアリガト! けどやり方ってものがあるでしょ!?」

「そんなこと気にしてる余裕があるなら乗り込んでないわよっ!」

 

 

 そしてそんな話をしている間に、璃音と如月さんの口喧嘩? がヒートアップしていた。

 仲良いなあの2人。

 

「あのぉ、先輩たち、その辺で……」

「近所迷惑」

 

 後輩たちがおろおろとしながら間に入り、璃音と如月さんを引き離す。

 なんだかSPiKAも大変そうだ。楽しそうだけれど。

 ……やっぱり、璃音も自分たちと一緒にいる時とは少し違うな。

 それも当然のことだ。関わった時間も、密度も違う。

 だがそれでも、楽しそうなことに変わりはない。

 いつだって彼女は笑顔で、周りを笑顔にしている。

 いつだって彼女の周りは楽しそうで、彼女を笑顔にしている。

 それは、彼女の目指すアイドルの体現、なのだろう。

 

 

 

 

 ついつい話し込んでしまったが、夜も遅い。

 どうやらSPiKAの面々は璃音の家に泊まるらしく、自分は1人で帰ることになった。

 見送りには、どうしてか天堂さんが来てくれている。

 

 

「岸波さん」

「はい?」

「今日は突然呼び出してしまって、すみませんでした」

「……ああ、あの連絡は天堂さんが打ったものだったのか」

「はい。呼び出したのもわたしなので、わたしがお見送りに来ました。……あ、それと、呼ぶときはハルナ、で良いですよ? 皆そう呼びますし。リオンと一緒にいるなら、これからもお会いするでしょうから」

「分かった。陽菜の敬語は……抜けないやつか」

「癖、みたいなものなので。仲の良い人たちには、そうでもないんですけれど」

 

 美月みたいなものだろう。芸能界も周囲は大人だらけ。敬語が自然と染み付いた、と考えて良いかもしれない。

 SPiKA内で敬語を使わないのは、同等で居たいという意識からか、或いは……いや、推測は止めておこう。

 

「みんな、リオンのことを心配していたんです。ひどい人ではなさそう、というのはワカバちゃん達から聞いていたんですけれど、わたしもレイカも、どうしても直接確かめておきたくて」

「皆、璃音のことが大切なんですね」

「ええ。岸波さんも、ですよね?」

「……はい、大切な友人です」

 

 彼女と出会ってから、色々なことがめまぐるしく起こっていたから。

 共に苦難を乗り越えてきた友、という意識の方が大きい。

 彼女と一緒でなければ、乗り越えられないものもあったと思う。

 それは異界攻略に関してのことだけではない。もっと普段の生活単位での話だ。

 璃音だけではなく、出会ったみんなとの

 

「璃音に何かあったら、わたし達の誰かに連絡を頂けませんか?」

「それは構わないけれど、誰の連絡先も持っていない」

「……そうですよね。なら──」

「──アタシかハルナのを教えるわ。それで良いわよね?」

 

 遮るように、如月さんが上から降りてくる。

 

「遅いからって心配してたわよ。特にリオンが」

「あはは、そうだね。岸波さんも、呼び止めてしまってすみません。……それでレイカ、良いの?」

「良くなかったら言わないわよ。ハルナは信頼できるって判断したのかもしれないけど、アタシはまだちゃんと話せてないし。ハルナやリオンを疑う訳じゃないけど、そういうのは自分の目でやらないと気が済まないの。……それで岸波、どっちにするの?」

 

 

 ……どちらにしようか。

 

 

──Select──

  陽菜。

 >如月さん。

──────

 

 

「……アタシで良いの?」

 

 

──Select──

 >いい。

  考え直す。

──────

 

 

「……そ。分かったわ。ならこれ、連絡先だから」

「ありがとう。こっちは……」

 

 

 如月さんと連絡先を交換する。

 

 ……新たな縁の芽生えを感じる。

 

 

────

 我は汝……汝は我……

 汝、新たなる縁を紡ぎたり……

 

 縁とは即ち、

 停滞を許さぬ、前進の意思なり。

 

 我、“星” のペルソナの誕生に、

 更なる力の祝福を得たり……

──── 

 

 

「あと、如月さんって呼び方は止めなさい。普通にレイカで良いわ。かたっ苦しいし。リオンと同じ感じで良いわよ」

「ああ、わかった。怜香」

「よろしく岸波。じゃあまた」

「またお会いしましょう、岸波さん」

「ええ、また」

 

 陽菜と怜香が手を小さく振ってくる。それに軽く礼を返し、扉を開けて外へ。

 

 門を出て、直進。曲がり角を曲がって、メインストリートまで出たところで、今晩のことをふと振り返った。

 とんでもないことになったな。

 まさかアイドルの知り合いがこんなにも増えるなんて思わなかった。

 でも、璃音のことを話せる相手が出来たのは大きい。彼女が持つ悩みも解決しやすくなるだろうし、お互いフォローに素早く回れるだろう。

 

 ……それにしても、思ったより話疲れたな。今日はもう帰ろう。

 

 




 
 
 コミュ・星“アイドルの少女”のレベルが上がった。
 星のペルソナを産み出す際、ボーナスがつくようになった。


────


 なお、璃音コミュは前回と今回合わせてレベルアップ形式なので、今回のこれでは変動しません。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。