PERSONA XANADU / Ex   作:撥黒 灯

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4月16日──【????】アイドルにかける想い

 

 

 息を潜めて曲がり角に隠れる。

 

 

 自分に気付くことなく、異形の怪物が横を飛んでいった。

 

 ……あれは、なんだ。

 本当に、異形以外の何と呼称することもできない。

 空を飛ぶ球体のようなモノ。しかしそれには口があり、球体の直径と同じかそれ以上の長さの舌が、そこから延びている。

 胴体はない。目も鼻も無さそうだ。

 少なくとも、自分が知っている生物ではないだろう。

 そもそも生物かどうかすら怪しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なにかよく分からない、門のようなモノを通りすぎた途端、自分の視界は白く染まった。

 そして慣れてきたかと思えば、辺りに広がるのは見覚えのない光景。

 一瞬、ここが現実であることを疑いさえした。

 

 

 壁と床の間には隙間があり、そこから雲のようなものが垣間見得ることから、ここが空中であることが分かる。

 足場としてはしっかりしているが、油断はできない。何かの拍子に落ちたりしては、助からないだろう。

 しかし構造もさることながら、この床も壁も現実のものとは思えない。

 どこかの古代遺跡から、新種の石材でも見付かるのであれば、これは現実だろう。

 それくらい、今現存する日本式住居では再現されないであろう異質感を感じる。

 自分が世間知らずであることは考慮に入れても、だ。

 

 だが正直、そんなことはそこまで気にしていない。

 実際のところ、道中で疑問が頭を過ったにすぎなかったりする。

 

 そんなことより、玖我山を探すことが優先だ。当然。

 

 だが、自分が目を覚ました周囲では一切見つからず、意を決して急ぎ足で奥へ向かうも、先程のような怪物が徘徊しているせいで、思うように進めない。

 何より幸いだったのは、怪物たちの視界に自分が入らない限り、追われることがないことくらいだ。

 

「……玖我山」

 

 彼女は無事だろうか。

 結構進んできたものの、未だに彼女は見つからない。

 

 

 

 

「──なのよ、アンタ!」

 

 

 声が、聞こえた。身体が自然と反応し、の声の方向に走り出す。

 怪物を避けつつ、できる限りで急ぐ。今までが嘘のように、スムーズに進んだ。

 

 彼女の背を視界に捉える。

 

 良かった、無事だったよう……だ?

 

 

「さっきから……ホントに意味わかんない……」

『この物分かりの悪さ、流石はあたし』

「あたしって言わな──え、今バカにした? したよね?」

 

 

 

 ……気のせいか、玖我山の奥に、玖我山が見える。

 

 と言うか、声も2つ聞こえるし、何やら玖我山どうしで揉めてるみたいだ。

 

「玖我山!」

 

 声を掛けてみる。

 こちらを見たのは両方。同じ顔だ。なんでここに居るの、といった表情をしている。

 

「岸波くん、キミもここに来てたの!?」

『スゴいスゴい! ここまで来れたんだ! 地味そうな顔なのにやるじゃん!』

 

 ……また、地味と言われた。

 

「…………け、怪我はないか」

「う、うん。大丈夫、でも……」

『良かったわね、リオン(あたし)? 心配してくれる人が居て。まあナイトとしては見た目不足も甚だしいケド』

「……それで、玖我山、この人は?」

 

 先程から外見について酷い言い方をしてくるこの相手。

 見た目は玖我山 璃音そっくり。下手な双子より似ている。強いていうなら雰囲気が違った。何というか、気怠げというか。

 玖我山のことをあたしと呼ぶ辺り、まさかとは思うが。

 

「それが、その……よく分かってないんだけど、あたし……らしい」

「らしいって何?」

「……さあ?」

 

 彼女に分からないというのに、自分に分かるだろうか。

 

『だから言ってるじゃん、あたしはあたし。あたしが抱える本音なんだってば』

「本音?」

『本音って言うか、本心?』

 

 本音、本心。

 つまり彼女は、久我山が心の奥底で思ってることを代弁するような装置だと?

 

「玖我山は、本心から……自分のことを地味だと思っているんだな……」

「……え、あ、ちょっ……ちがっ、わ、ない、ケド……」

 

 違わないのか。 

 

『あははは。結構面白いね、キミ』

 

 こっちは面白くないんだが。

 

 取り敢えず、受け入れるしかない。ただでさえ現実味の薄い場所なのだ。こういうこともある、と割り切るしかないだろう。

 

「ご、ゴメン」

「……いや、取り敢えずは良いとして。そんなことより……もう1人の玖我山。お前は何がしたいんだ?」

『簡単よ、玖我山璃音(あたし)本音(ねがい)を叶えること』

「願い?」

 

 もしかして、彼女が先程言っていた、見てくれる皆を笑顔にする、という?

 アイドルというきらびやかな夢を追い掛ける、その先に思い描くもの、ということか?

 

 そう尋ねると、彼女の本心は首を振った。

 

『今のリオン(あたし)の願いは、アイドルを辞めて、平和に、誰も傷つけることなく過ごすこと』

「違う! あたしはそんなこと願ってない!」

『でも、後悔してるんでしょ、アイドルをやらなければ、得体の知れない力で“誰かを傷つける”こともなかったって』

「……っ」

 

 誰かを、傷つけた?

 そういえば、何かしらの事故があったとは聞いたものの、具体的な内容は知らない。

 

『簡単よ、チカラが暴走して、それに巻き込まれた一般人(ファン)が怪我をした。表向きには器材トラブルってことになってるケド、あたしがやったの。そうよね、リオン(あたし)?』

「……それは、その……」

「待ってくれ、力って結局何だ?」

 

 玖我山自身が廃工場でも似たようなことを言っていた。

 災害を起こした、とか。

 

『分かんない』

「「……は?」」

リオン(あたし)に分からないことが、あたしに分かる訳がないでしょ』

 

 ……それは、そうか。

 もう1人の彼女の言を信じるなら、彼女は玖我山 璃音の本音でしかない。

 彼女が知らないことを、本心であるもう1人に求めるべきではないだろう。

 

「それで、平和に過ごしたいという願いを叶える為に、ここに幽閉しようってことか?」

『まあ、そんなとこ。だって、もう夢を追い掛けても無駄だって気付いちゃったし。今さら戻っても出来ることなんてないでしょ? だから、出る必要なんてない、ぜーんぶ諦めちゃえば良い。分かった、リオン(あたし)?』

「分かんない。分かるわけないでしょ!」

 

 ……どういうことだ。

 本心ではそう思っているが、玖我山には本当に分かっていないと?

 それとも、分かっていないフリをしているのか。

 

「諦めるのは、玖我山の望みではない?」

「当前! まだまだSPiKAは走ってる途中だし、これから3周年ライブだってある! それに約束したの!」

「グループの人たちと?」

「うん! 見に来てくれる人全員を笑顔にできるアイドルになろうって! いつかアイドルの頂点に立とうってね! だから……だからこんなことで、諦めてなんかいられないの!」

『本当に?』

 

 元気のある全力の宣言に、本音(もう1人)の彼女が反論する。

 

『またあんなことが起きても良いと?』

「それは……心を押さえて歌えばなんとか」

『それで生き残れる程、優しい世界じゃないことは分かってるでしょ。それに、心を込めずに歌って、全員を笑顔に出来るなんて思ってるの?』

「…………」

『気付いているんでしょう? 歌ってしまえば、誰かが不幸になるって。見に来てくれる人を笑顔にするアイドルになんて、どうしたってなれないことくらい。なら、アイドルなんて辞めちゃった方が良い』

 

 玖我山は黙る。黙りこくってしまう。

 確かに、彼女の本心が言っていることは間違ってないだろう。

 本心の発言に間違っている所はない。

 いつ如何なる時でも全力で歌うべきだし、それが出来なければ彼女は彼女らしさを失うだろう。

 

 ──だから。

 

「玖我山、全力で歌えないなら、アイドルは休むべきだ」

「……ッ、キミにッ! あたしの想いを、あたしたちの歌を知らないキミに、何が!!」

「知っているとまでは言えないけれど、聞いたぞ、CD」

 

 今でも、思い返すと気分が高揚してくる。

 ハマる。という気分がよく分かった。

 

「正直、凄かった。聴いていて元気が出たし。はっきり言って、応援したいなって、ファンになりたいと思えた」

 

 廃工場にまで追ってきたのは、それを伝える為でもあったことを思い出す。

 ようやく言えた。

 

 ありがとう、歌を聞かせてくれて。

 本当に、良い歌だったんだ。

 

「え……な、なら!」

「でも、それがキミたちの持ち味だろう。自分が応援したいと思ったのは、全力の玖我山たちだ。全力で、ぶつかろうとするSPiKAだから、応援しようと思える」

「……そうじゃないあたしに、応援する価値がない、っていうの?」

「まあ、似たようなもの、かな」

 

 だから。

 

「だから、言わせて欲しいんだ。……何もかもを諦めるには早いはずだって」

「……ぇ?」

「まだ足掻けるはずだ。今は少しだけ休もう。そうしてよく分からない力と向き合って、解明させて、治してから、万全の状態でアイドルに戻れば良い」

「……ッ」

『…………ハァ?』

 

 きっと彼女にしてみれば、もう耐えがたい絶望を味わった後なのだろう。

 こんな摩訶不思議な現象が起きているのだ。想像を絶する葛藤に違いない。

 それでも、諦めてほしくなかった。

 応援したい、と思えたのだ。本当に、彼女の──彼女たちの歌は素晴らしかった。  

 

『マジで幻滅。少しは説得してくれるんだって期待してたってのに。そもそも心の折れかけたリオン(あたし)に、今さら何ができるっていうの?』

「諦めても何も変わらない。人は前に進む生き物だ」

『進むのが辛いのに? 現実と夢が離れていって、何故進むかも分かっていないのに、休みもせずに進めと言うの?』

「休んでも良い、寧ろ休むべきだ。けれど完全に足を止めるのだけはダメだと、自分は考える。もう1人の玖我山が言っているのは、いますぐ何もかも捨ててしまえ。ということだろう?」

『そ。だって疲れちゃったし。アイドルにも、生きていることにすらも。だって何も変えられない。何も救えないことが分かっちゃったからさ。ね、もう1人の私』

 

 見透かしたような視線が玖我山を捉える。

 顔の色素が抜け落ちたかのように真っ青な表情のリオンは、1歩後ろに退いた。

 

 それが何よりの図星である証明。

 彼女の、諦め。

 

 なら、自分は彼女にやる気を取り戻させることから始めよう。

 どうせ何の手立てもないんだ、出来ることをしたい。

 少なくとも、辛そうな女の子を助けるのは、間違っていないはずだから。

 

「玖我山」

 

──Select──

 >アイドルは好きか?

  アイドルは嫌いか?

  本当に辞めたい?

──────

 

「……え、う、うん。そりゃあまあ、好き、だけど」

「どこが好き?」

「……みんなに希望を配れる所、とかかな」

「うんうん、他には?」

「……キラキラ輝いている所。色んな人を応援できて、色んな人が応援してくれて、自分も仲間も含めて、たくさんの人を笑顔にできる所」

 

 それが彼女の原点。

 自分に元気をくれた存在に、今度は自分が成りたいという、大きくて暖かい夢。

 彼女がアイドルを、続けたい理由。

 

『でも、あたしにそれはできない。歌っても傷つけるだけ。なら、何もしない方が良いに決まってるでしょ』

「それは……」

 

 反論がなかった。

 これが、彼女がそれを諦めようとする理由の1つ。

 アイドルをしても、何も変えられない。ということか。

 

──Select──

  アイドルは好き?

 >アイドルは嫌い?

  本当に辞めたい?

──────

 

「嫌いじゃない、嫌なこともあったケド、何より楽しかったから。前に進めてるっていう実感もあったし」

『結局無駄だったんだけどね』

「……」

 

 黙った。

 ということは、今までの努力が無駄だったと思っているからこその、絶望が?

 

 

 ここまで諦めたい2つの理由を知れた。

 目指したものを、正体不明の力が邪魔していること。

 努力が無駄ったと思い込み、次の行動をとれないこと。

 

 それでも彼女は、夢を抱いている。

 諦めるには惜しい夢を。輝かしく、暖かい願いを。

 

 それを強くするには、マイナスな聞き方をするべきではない。

 発破をかけるように、彼女の強い意思を、輝かせるように。

 

 

──Select──

 

 >玖我山の願いは、その程度の壁に躓いて良いものなのか?

 

──────

 

『もう良いの、その方が楽』

 

 だが、玖我山は答えない。

 悩んでいるのだろう。

 本心からの言葉が、正解とは限らない。だって本当に、その力をどうにか出来る当てがあるかもしれないじゃないか。

 

「やりたいならやれば良い」

 

 言ってから思う。なんて無責任な言葉だろう、と。

 しかし、彼女の問題は認識できた。

 それが何によって引き起こされる現象なのか、どうしたら防げるのか分からない以上、アイドルはできないと思い込んでいるらしい。

 ──だが。

 

「何で辛いことを辞める理由に直結させる? 玖我山はまだ努力できるだろう。玖我山は1人じゃないだろう。誰かに相談はしたか。何処かに研究でも依頼したか。取れる手は、本当にもう残っていない?」

「あた、しは……」

 

 彼女は俯く。自分の言葉は無責任で、残酷なものだろう。希望を与えるだけ与えても、解決することはできないのだから。

 それでも彼女に刺さった。ならばそれは、玖我山にとっても考えるべき可能性の1つのはずだ。

 どうすれば良いのか、なんて己自身にしか決められない。

 だからこそ、安易に結論を急ぐなんて、間違っている。

 

「SPiKA。良いグループ名だと自分も思う。自ら輝く乙女、乙女座の恒星の名が由来。誰が何処に居てどんな状況でも見つけられるくらい輝いて、それが誰かの希望になれば良い。そんな意味合いもあるんだってね」

「え、何でそれを──」

「調べたんだ。さっきも言った、ファンになろうかと思ったし。思わず歌声に惚れそうだったくらいだ」

「な──ッ」

 

 顔を赤く染める玖我山。

 ふ、ふーん。そっか。と顔を反らしながら呟いている。

 

『で、ファンになるから、なに?』

「ああ、すまない。自分が言いたいのはそうじゃないんだ」

 

 まっすぐに彼女を見詰めて、問う。

 

「SPiKAの中で、光っているのは玖我山だけ? 他のみんなは自分の輝きを反射してるだけの存在?」

「そ、そんなこと──」

「4人も居るのに、玖我山1人を照らせない程頼りない光なのか?」

「頼りなくなんてない! ハルナは演技力スゴいし、レイカは1番ストイックに努力してるし、ワカバはいつも一生懸命だし、アキラはダンスがスゴいし。みんなあたしと違う長所がある、みんな輝いている!」

 

 本当に、お互いがお互いを尊敬しあって出来ているグループだ、と昼頃誰かが高説していた。

 玖我山本人も圧倒的な歌唱力を持っていて、他のどのメンバーにも負けていない。欠けて良い存在では決してない。

 先輩も後輩も関係なく、同じところを夢見て、競いあって、叶えあう。

 久我山だけではなく、今のSPiKAから1人も欠けるべきではないのは、自明のことだ。

 

「だとしたら、なんで諦める、なんで希望を捨てる。玖我山がダメなときは他の誰かが支えてくれるんじゃないのか?」

「みんなが……」

「せめて、相談してからにしよう。もちろん自分も力を貸すし、学校の皆も、きっと協力してくれる」

 

 なんたって、今日1日囲まれてた程だし。

 彼ら彼女らの情熱は、身を以て知っている。

 

「……そっか、そうだよね」

 

 

 彼女の纏う雰囲気が、何処か変わり始めた。

 恐らく、良い方向へ。

 

「もう1度聞く。玖我山 璃音の、アイドルへの想いはそんなものか? そんな簡単に諦められるのか?」

「ううん……できない。あたしはアイドルが好きだから。あたしは憧れたアイドルになるって決めたから。あたしのアイドルへの想い、嘗めないでよね!」

 

 涙を堪えながらも、明るく、見る者を元気にする笑みを浮かべた玖我山を見て、ひとまず安堵する。

 

 

 黙ったままの、もう1人を忘れたまま。

 

 

 

『つまーんなーい』

 

 





 一言だけ言わせて欲しい。



 ルビ多い!





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