「あ、柊」
「あら、岸波君」
廊下で柊とばったりと出会った。
手には鞄が握られている。
「柊も帰るところ?」
「ええ、岸波君もそのようね」
「どうせなら、一緒に帰らないか?」
「構わないわ」
校舎から見ておおよそ同じ方向に進む者同士なので、共に帰ることに。
彼女はどうやらこの後、用事があるらしい。下宿先の仕事を手伝うとのことだ。急ぐ程ではないにせよ、そこまで時間が余っているという訳でもないらしく、特に寄り道などはしないで直帰する。
それでも、割とゆっくり話せたので良かった。
……そろそろ仲が深まりそうな気がする。
──夜──
────>【マイルーム】。
『岸波』
突然、志緒さんから連絡が入った。
何かあったのだろうか。
『もう夕飯食ったか?』
『いいや、まだだけど』
『そうか、なら、食いに来ねえか?』
どうやらご飯のお誘いらしい。
……良い機会だ。行ってみよう。
『行って良いなら是非』
『分かった。今は何処にいる?』
『ああ。もうすぐ出る』
『分かった。なら下で待たせてもらうぞ』
……下?
取り敢えず降りてみよう。
────>杜宮記念公園【マンション前】。
マンションを出ると、バイクに乗った志緒さんが門の前に立っていた。
「よお、岸波」
「志緒さん、どうしてここに?」
「ちょっとした野暮用でな。そういえばお前の家も此処だったと思い出して、良い機会だから連絡した」
「なるほど」
そういえば攻略会議の時に、自分の家に案内したんだったか。
覚えていてくれたらしい。
「ほれ」
ヘルメットを渡される。
「乗って良いのか?」
「駄目なら渡さねえよ」
「ありがとう」
有り難く受け取り、ヘルメットを被る。
そのまま志緒さんの後ろに乗り、腰に手を回す。
「お願いします」
「おう。離すなよ」
「飛ばすのか?」
「いや。だが普通に走ってたとしても、走行中に離されると、いざって時に危ないからな」
「そういうものか」
まあ確かに、志緒さんは何だかんだ真面目っていうか、曲がったことはしない印象だ。法も破らないし、安全運転にも気を使ってくれそう。
エンジン音が聞こえ、バイクから振動が伝わってくる。
と思ったらすぐに動き出した。
2人乗ってるし、バランスを取るのは難しいかと思ったがそうでもないようで、危なげなく大通りに合流。
そのまま、目的地へと走り続ける。
初めて後ろに乗ったが、思ったより腕などに当たる風が強い。
前に乗っている志緒さんなんて、より全面的に風を受けているのだろう。
そこら辺は慣れなのかもしれないが、疲れないのだろうか。
……いやでも、この感覚は良いな。
自分は普段、自転車等を含めて乗り物を操縦しないが、それでも自分で漕いでここまでの爽快感は味わえないことは予想できる。
直接風を感じる感じないの差だろうか。少なくとも今までに乗ったどの乗り物よりも気持ちが良かった。
バイクか。少し興味が湧いてきたかもしれない。
ただ、身体が野晒しな分、雨天時は辛いかもしれないけれど。
「そういえば志緒さんって、結構配達とかでここら辺を回ってるのか?」
「ああ、基本的には毎日だ」
「……結構な頻度だな」
それならここまで運転が上手いのも納得だ。
「働き始めたのはいつ頃なんだ?」
「? そうだな、高校入学前とか、そのくらいだったと思うぞ」
「その頃から住み込みで?」
「ああ。……ずっと、世話になりっぱなしだ」
自分もそうだが、志緒さんも、血縁でない人に面倒を見てもらい続けている被扶養者。
その借りは、大きい。一生かかっても返しきれる気がしない程度には。
「でも、志緒さんはお店を手伝ってる。少しずつでも恩を返せてるじゃないか」
「一人前になるまでは迷惑を掛けっぱなしだ。教える手間だってかかる。そう簡単に返せるもんじゃねえ」
なるほど確かに。
教育に時間を割かれている限り、恩を返せているとは言い辛いだろう。
それでも、役に立っていることは間違いないはずだけど。
……ああ、自分の将来もそうなるのかと思うと、もどかしい。
「自分も、早く色々返していきたいな」
「……そういや、そこら辺の事情は聞いても良いものなのか? 気にはなってたんだが」
そういえば、話してなかった。
……志緒さんが相手なら話しても良いか。
仲間内では多分周知のことだし。
それに色々と境遇が近い関係で、気を遣われたくないことも多分分かるだろう。そういう点では、他の人に比べて少しだけ、話すのが楽そうだ。
さて。どう説明しよう。
「分かった。少し時間は掛かるけど聞いてくれるか?」
「ああ」
後ろにしがみ付いたまま、口を開く。
そう幾度も体験している訳ではないが、時間は経ったといえど数回は説明したことがある内容。以前よりうまく伝えられることだろう。
────>商店街【蕎麦屋≪玄≫】。
「なるほど」
記念公園から杜宮商店街まではそれなりの距離があるが、バイクに乗っているとその時間も一瞬。思ったより早かったので、いまいち話が纏まりきらなかったくらいだ。
それでも志緒さんは、バイクを止めてからも話を聞き続けてくれた。店の中でする話でもねえだろ、とバイクに腰を掛け、飲み物まで買ってくれている。
おかげで、何にも遠慮することなくあらましを話し終えることができた。
「コールドスリープに、記憶喪失。とんでもねえスケールだ」
「言葉にすると大げさだが、そんな自分は苦労していない。苦労を掛けてはいるが」
「……そういうもんだよな。だからこそ、世話になった時間や内容以上の恩を返さねえといけねえ」
「ああ」
恩という単語。
彼が言うだけで、重みが伝わってくる。それほど重要視しているってことなのだろう。
「なるほどな。だからあの時、現在進行形で世話になり続けてるって言ってたのか」
「ああ。リハビリが1年半、今年度ももう半年……経ったな。もう2年と少しお世話になり続けているし、なんならあと1年半はずっとこのままだ」
「……北都に、3年分」
志緒さんが、遠い目をした。
「本当に、強く生きろよ」
「強く生きないと将来恩を返せないし、そのつもりだ」
「はっ……お互い大きな病気も怪我もできないな」
「ああ。そしてそれは異界攻略でも、変わらない」
「元より負けられない戦いだが、ただ負けないだけじゃ足りねえってことか。尚更強くならねえとな」
「お互いにな」
何が面白い訳でもないが、自然と笑みがこぼれた。
多分、嬉しかったのだろう。境遇の近い彼との会話が。
理解者との間に、縁の息吹を感じる。
────
我は汝……汝は我……
汝、新たなる縁を紡ぎたり……
縁とは即ち、
停滞を許さぬ、前進の意思なり。
我、“皇帝” のペルソナの誕生に、
更なる力の祝福を得たり……
────
「おっと、そろそろ入るぞ。今日も俺の驕りだ。たらふく食ってくれ」
「良いのか」
「ああ。ただ、俺が作るものに限るから蕎麦以外にはなるが。あと、奢る代わりに、出来れば率直な意見が聞きてえ。何か感想があったら隠さず言ってくれると助かる」
「そういうことなら、是非」
「おう。じゃあ準備してくる。決まったら呼んでくれ」
店の暖簾をくぐる。
店内にはお客さんが半分くらい入っていて、どの人も嬉しそうにそばを啜っていた。
改めて見ても、良いお店だ。お客の笑顔がそれを物語っている。
志緒さんはこの笑顔を守る為にも、料理スキルの向上を意識し、こうして他人に試食を頼んでいるのだろう。
真面目に取り組まなければ。
その日の出てきた夕飯は、今まで食べた外食の中でも非常に美味しく感じられた。
コミュ・皇帝“高幡 志緒”のレベルが上がった。
皇帝のペルソナを産み出す際、ボーナスがつくようになった。