PERSONA XANADU / Ex   作:撥黒 灯

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9月5日──【廊下】九重先生と目標 1

 

「あ、岸波君!」 

 

 下校の準備を終え、廊下を歩いていると、階段前で九重先生に出会った。

 

「九重先生、こんにちは」

「こんにちは。今日はもう帰り?」

「そうですね、特に用事もなくて……あ」

 

 そうだ、プログラミングの続きを習えないだろうか。

 今はテスト期間に程遠いし。いやでも、夏休みの課題の確認とかもあるから忙しいのだろうか。

 

「……そうだ、岸波君。時間があるなら、プログラミングの講習、やらない?」

「え、良いんですか?」

「勿論だよ。準備してくるからちょっと教室の前で待っててね!」

 

 まさか、九重先生の方から言い出てくれるとは。

 有り難すぎる申し出に、自分のことながら身を乗り出すような速さで反応してしまった。

 しかし、そんな自分の様子に何も言うことはなく、笑顔で立ち去っていく彼女。大人な対応だ。

 

 

────>杜宮高校【視聴覚室】。

 

 

 待つこと、数分。

 なにやら九重先生が、身体を隠すほどの大荷物を持ってこちらへ歩いて来ている。

 ふらり、ふらりと、上の方は今でも崩れそうだ。

 

「あ、岸波君、遅くなってゴメンね?」

「いえ。持ちましょうか?」

「ううん、大丈夫。それじゃあ……あ、鍵、ポケットに入れたままだった」

 

 しかし、彼女の両手はふさがっている。

 ……一度断られたけれど、ここは手伝いを申し出るべきだろう。

 

 

──Select──

  床に置きましょう。

 >持ちますよ。

  取りますよ?

──────

 

 

「うーん……ありがとう。ゴメンね?」

「お構いなく」

 

 本当に申し訳なさそうな顔をしないで欲しい。悪いことをしている気分になるから。

 眉を寄せた九重先生は、少しだけ、小柄さも相まってか、若々しく見えた。今でも十分に若手ではあるけれど。

 

「開いたよ」

「これ、どこへ置けば良いですか?」

「どこでも大丈夫だよ」

 

 言われた通りに、近場で適当な所へ荷物を下ろす。

 続いて九重先生は、そこから1席開けた隣の席に座るよう自分を促した。

 そして、空いた席に、九重先生が腰を掛ける。

 

「それじゃあ、起動させちゃってくれるかな。前回は触りだけしか伝えられなかったから、そこも踏まえて一から復習して行くよ。ソフトを立ち上げたら少し待っててね?」

「はい」

 

 とはいえ、完全にコンピューターが起動するまでやることはない。

 最新型の機種とはいえ、準備に時間は掛かるらしい。他の機種に比べれば微々たるものではあるのだろうけど。

 そういえば、このパソコンの裏でも、色々なプログラムが作動しているんだよな。それをこれから学ぶのか。そう思うと、待っている時間も少しだけ面白く感じられた。

 

 その間、九重先生はというと、持ってきた荷物の一部を取り出し、何かを書き込んでいる。

 覗き込むのは失礼だろうけれど、ちらりと見えた感じ……授業の用意だろうか。

 

「うん? どうしたの、岸波君?」

「いえ、やっぱり忙しかったですか?」

「そこまでではないかな。半分日課のようなものだから」

「そうですか。毎日、次の日の授業の内容を考えてるんですよね」

「うん。……あ、でも今してるのは、明日のことじゃないよ?」

「そうなんですか」

「うん。今日の授業で、みんながどういう反応をしていたか、とか。そういうことを書いてるんだ」

 

 準備を続けながら、会話をしていく。

 つまり、先生なりの授業の復習、ということだろうか。

 生徒は習ったことを復習し、先生はその生徒の反応を復習する。

 そうすることで、次回の授業はより適正に運営される、のかもしれない。

 言葉に纏めてみたところで、実感は沸かないけれど。

 

「立ち上げ終わったかな?」

「すみません、まだです」

「あっ、ううん。急がなくて大丈夫だよ!」

 

 自分は会話している時に手を止めてしまうことがあるが、彼女にはそれがない。

 受け答えをする際はこちらに顔を向けることもあるのに、手が止まっているようには見えないのだ。

 もしかしたら、脳に『次はこれを書きなさい』と命令でもされているのだろうか。

 少し不思議に思い、九重先生の仕事姿を観察していると、不意に彼女が口を開いた。

 

「あの、前にも言ったんだけどね、岸波君」

 

 不意に、九重先生が姿勢を正してこちらを見る。

 あれほど淀みなく動いていた手が止まっていた。それほど大事な話なのだろうか。

 思わず、姿勢を正してしまう。

 前にも言ったこと、とは何だろう。

 

「はい」

「女性のこと、そんなマジマジと見るのは、どうかと思うんだ」

「……はい」

 

 説教だった。

 

「その、邪な眼、とか、嫌な気配は感じなかったし、私は別に怒っているわけじゃないよ? けどね、少し居心地が悪くなっちゃう人もいるだろうし、女の子はその辺、鋭いっていうから」

「すみませんでした」

「ううん。これから気を付けようね。……よし、気持ちを切り替えて、始めようか」

 

 笑顔を作り、少し重くなった空気を払おうとしてくれたのか、明るい声で荷物を再度まさぐる彼女。

 そうして、一冊の紙束を取り出した。

 

「それは?」

「これ? これはね、演習問題集、みたいな感じかな」

「問題集、ですか」

「見てみる?」

 

 はい、と手渡された紐によって束ねられた何十枚にも及ぶ紙。

 その一枚一枚に、色々な内容が書かれている。

 今の自分には、理解できない単語もいっぱいあった。

 

「これ、九重先生が?」

「ううん、私の大学の授業で使ってた資料」

「大学……」

 

 ということは、難しいのではないだろうか。

 見た感じ、後半はかなり意味の分からない英単語がずらずらと3枚ほどに渡って書き連ねられていることもあるし、

 

「難しそうな顔してるね」

「実際に、難しそうなので」

「確かに、岸波君は始めたばかりだし、そう思っちゃうのも仕方ないと思う。けどね岸波君。自分がこれから何を勉強するのか。最終的にはどういうことを学ぶかは、とても大事な事なんだ」

「今を一生懸命なだけじゃ、駄目ってことですか?」

「駄目ってわけじゃないけど、勿体ないかなって。それに、勉強している内容の到達点が分かれば、その知識を何に使えるか、イメージできると思うんだ。知識の明確なゴールがあることって、大事なんだよ」

「ゴール?」

 

 言われた内容を返して、質問する。

 どういう意味だろうか。

 

「例えば岸波君。一学期の最初に、ベクトルをやったよね? あれは、何に使う知識だと思う?」

 

 

──Select──

  定期テスト。

 >受験。

  色々。

──────

 

「……受験ですかね」

「正解。でも、満点じゃないかな。正解は……本当に色々なことができるようになる! だよ」

「?」

 

 色々なこと?

 漠然としすぎていて、それこそ質問の答えらしくない正答を教えられて、混乱してしまった。

 落ち着いて聞いてみよう。

 

「どういうことですか?」

「確かに岸波君の言う通り、受験に使う知識っていうのも正しいんだ。けれど、それは岸波君が自分のゴールを受験に設定したから」

「受験なんて、意識したことなかったんですけれど」

「だとしたら、学力はテストを乗り越えるためにある、っていう結論が、岸波君のなかにあるのかも」

「……確かに、テストでいい点を取るために勉強する、っていうのはありますけれど」

「うんうん、正しいことだよ。けれど、残念なことでもあるんだ」

 

 正しいのに、残念。

 先程も、正解だけれど満点ではないと言われた。

 話が見えてこない。

 

「例えば君が将来、航空工学を勉強したいと思っていたなら、飛行機やロケットの姿勢制御に使えるって答えたかもしれない。例えばスポーツ科学を勉強したいと思っていたなら、上手な踏み込みの仕方とか、ボールの飛ばし方とかを計算するのに使えるって言ったかもしれない。例えばプログラミングを勉強して、ゲームを作りたいなら、ゲームオブジェクトやキャラを生かすのに使えますと言ったかもしれない」

「色々、あるんですね」

「うん。知識は何通りも活かし方があるの。ただその活かし方を決めるのは……ううん、活かせるようにするのも殺しちゃうのも、自分自身ってこと……かな?」

「……」

 

 なるほど。

 どこかで聞いたことがあったような気もする、知識の活かし方。

 思えば彼女の授業では、度々今やっている内容でどういったことができるのか、教えてくれていることがあった。これは、そういうことを伝えたかったのだろう。

 余談、のような形でノートには纏めてあるものの、意識して読み返したことはなかった。今なら少し見方も変わるかもしれない。帰ったら見返してみよう。

 

「だからね、岸波君。君がいったい何のために、プログラミングを勉強するかも、考えておいて。その為には、どの程度の努力が必要なのかも」

「そう、ですね」

「ただの授業だったら、ここまでは言わないよ。けれどね、コー君から、岸波君が勉強したがっているって聞いて、何か目指したいものがあるのかなって」

「……目指したいもの」

 

 正直、夢とかなりたいものとか、そういったものを意識して勉強したいと言い出したわけではなかった。

 あくまで最初は、ペルソナ使いとしての実力向上のため。もっとできることを増やしたい。それだけだったのだ。

 

「……でも、方向性を持って勉強すると、それ以外の知識をおざなりにしがちなんじゃ?」

「うん、それもその通り。それこそさっき岸波君が言ってくれた、受験のための勉強だって、受験に必要のない知識だったら優先して覚えようとしないだろうし。けれど曖昧な目標や、やる気がない状態だと、すべての知識が中途半端になっちゃう」

 

 だから目標を、か。

 確かに、意識してみた方がいいかもしれない。

 

 ……元を質してみれば。

 ペルソナ使いとして戦うのは、悲劇から目を逸らさない為。誰も死なせない為。ならばプログラミングの勉強だって、その為のものであるはずだ。

 なら、人を救うために勉強をしているのか、と言われたら、間違ってはいないのだろうが、少し首を傾げてしまう。

 だとしたら、自分が勉強する意味とは……?

 

「先生、ありがとうございます」

「……うん、少しいい目になったね。それじゃあ改めて、始めよっか!」

 

 後でもう少し考えてみた方が良いかもしれない。

 取り敢えず今は、どんな知識も取りこぼさないよう、全力で勉強するだけだ。

 

 

──夜──

 

 

 放課後まで勉強していた所為か、今日はとても眠い。

 もう寝てしまおう。

 

 

 

 ……九重先生に数学の質問をする夢を見た。

 今日のことが、案外深く残っているらしい。

 

 

 




 

 コミュ・法王“九重 永遠”のレベルが2に上がった。
 
 
────
 

 知識  +2。
 根気  +2。


────


 誤字脱字報告・ご意見ご感想等お待ちしております。




 おまけ。


──Select──
  床に置きましょう。
  持ちますよ。
 >取りますよ?
──────

「あ、うん。ありが……ぇええええ!?」
「?」
「ん? じゃないよ! ポケットにあるって言ってるよね!?」
「はい。だから両手も塞がってますし、自分が取るべきかなって」
「鞄とかじゃないんだよっ。わたしのポケット、胸とスカートにしかないんだからねっ」
「……胸はまずいですね。すみませんでした」
「スカートもだよっ! ううう……よいしょっ」

 荷物をどさっと床に置く九重先生。
 その手があったか。

「岸波君、今日の講習は中止です」
「え?」
「ちょっとお説教だからっ!」
「ええ……?」

 完全下校のチャイムが鳴るまでの間、彼女はとても怒っていた。
 確かに説教の内容を聞いていると、一方的に自分が悪い。
 椅子に座らせてくれたことだけ、有り難く思おう。

 →トワ姉のおこ顔見たい人向け選択肢。本当は正座させたかったみたいですが、説教と体罰は違うのでさせませんでした。洸相手ならさせてたと思います。家で。

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