PERSONA XANADU / Ex   作:撥黒 灯

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8月23日──【マイルーム】柊の理由

 

 

 ……明日から少しの間、バイトに勤しむことになる。

 それが終われば夏休みも残り2・3日。

 やり残したことは、なかっただろうか。

 ……いや、ある。

 

「……」

 

 サイフォンで、電話を掛ける。

 呼び出し音が3度、鳴り響き、通話の繋がる音がした。

 

 

『もしもし?』

「柊か?」

『……私のサイフォンに、私以外が出るわけないでしょう』

 

 そんなことないと思うが。

 洸に電話を掛けたら倉敷さんや伊吹が出ることもあるだろうし、祐騎に電話を掛けたら葵さんが出ることもあるだろう。容易に想像がつく。

 ……柊なら誰が代わりに出るだろうか。璃音とか?

 

 

「今日、予定あるか?」

『いいえ。下宿先の手伝いをしようとしていたくらいかしら』

「ああ、ヤマオカさんの」

 

 どうしようか。流石にその予定を遮るほどの用事ではない。

 そもそも用事と言うべきかも悩むほどの雑事だ。

 ……そうだ。

 

「なら、自分も手伝おう」

『……あの』

「そうと決まれば」

『いえ、だから……』

「それじゃあ、また後で」

『人の話を』

 

 ブツッ、と通話を斬った。

 勿論意図的にだ。

 続いてヤマオカさんに連絡。軽く事情を話して、今日一日だけ手伝いをすることを認めてもらう。

 

 さて。

 

「行こう」

 

 

────>カフェ【壱七珈琲店】。

 

 

「いらっしゃいませ。お好きなお席へどうぞ」

 

 入ってきたお客様に一礼し、出迎えるようにして奥へと誘導する。

 お手伝い開始から2時間ほど。ようやく接客にも慣れてきた。

 普通の飲食店だったら声を張り上げたり、あとは色々なメニューの呼称があったりして時間が掛かるのかもしれないが、幸い【壱七珈琲店】は私営のカフェで、静かでゆったりとした空間が持ち味。声を大きく出すこともなく、掛け声を短縮するなどの焦りを前面に出すこともしない。

 

 ふと、視線を感じた。

 振り返ると、柊がこちらを見ている。

 何か、言いたいことがありそうな顔だ。

 

 ……それはそうだろう。いきなり押しかけておいて、何か特別な話などはなくただ労働に勤しんでいるだけなのだから。

 柊としては、こちらの真意を探っておきたい所なのだろう。彼女がどんなことを考えているのかが読めるようになってきた辺り、自分たちもだいぶ仲良くなってきたのかもしれない。

 とはいえ今ここに居るのは結果であり、別に何か目的や裏がある訳ではないので、すべて彼女の心配は取り越し苦労となってしまうのだが。

 ……いや、いつまでもこうしていると、柊に心労が溜まっていくかも。

 普段から迷惑を掛けている身だ。こんな他愛のないひと時でまで疲れさせてどうする。

 

 ……幸い、時間帯からしても客足は遠のいている。

 今がチャンスかもしれない。本当は終業後が良かったが。

 ヤマオカさんに目配せをする。

 彼はなんてことなしにそれを察し、柊に声を掛けに行ってくれた。

 

「アスカさん。休憩にしましょう」

「……いいえ、お手伝いに来てくれた岸波君より先に休憩に入るのは」

「そう言うと思って、彼も一緒です」

 

 柊の視線が、ヤマオカさんと自分を行ったり来たりする。

 そんなに信じられないだろうか。

 

「自分も一緒だ」

「いえ、そこは疑ってないわ……はぁ、ヤマオカさん、“諮りましたね”?」

「ふふふ、何のことやら」

 

 笑って誤魔化しつつ、自分の方にウインクを飛ばしてきたヤマオカさん。お茶目な方だと思う。

 結局、確たる証拠もなく、時間の無駄だと察した柊は、大人しくスタッフルームへと歩いていった。

 その途中に、来るのでしょう? とこちらへ視線を向けながら。

 無論、着いていかない訳はなく、自分もその背中を追うことにした。

 

 

────>壱七珈琲店【スタッフルーム】。

 

 

 主に着替えなどに使うらしいこの部屋には、ロッカーと机、椅子といった最小限のものしか置かれていない。

 なんでも、ヤマオカさんや柊を含め、アルバイトの方々がここで休憩時間を過ごすことはないらしく、ヤマオカさんはカウンターでそれとなくくつろいだり、アルバイトの方々は休憩時間だけお客としてカウンターに居座っているのだとか。ちなみに柊は2階にある自身の部屋に戻るらしい。すべてヤマオカさん情報だ。

 

「それで、わざわざヤマオカさんまで巻き込んで、どういうつもりかしら」

 

 

──Select──

  特になにも。

 >少し話をしようと思って。

  大事な話がある。

──────

 

 

「話?」

「ああ。あれ以来、ろくに話せてなかったから」

「……そうね」

 

 単に夏休み、ということもあったのだろう。

 学校で会う機会があれば、捕まえてお話、ということもできた。

 だが今は長期休暇。自分から連絡を取らなければ会うことはできない。

 だからこそ、この夏のやり残しになってしまいかねなかったのだけど。

 

「……過程はどうあれ、結果を出した貴方には、私を咎める権利があるわ」

「批難?」

「調和を乱し、いたずらに仲間間での不安を煽った行動の責任を追及するのでしょう?」

「……」

 

 しないけど。

 何を言っているんだろう。

 それにしても、調和を乱し、不安を煽った、か。

 

「……」

「な、なにを笑っているの、岸波君。気味が悪い」

「え、笑っていたか?」

「ええ」

 

 そうか。

 だとしたら、ふと過った考えが、嬉しかっただろう。

 

「いや、柊は自分たちのことを仲間だと、自分たちの中に調和があったことと認めてくれるんだなって」

「──」

 

 その追及に、愕然とした恍け顔を見せる柊。

 目は見開き、口は半開きだ。

 指摘は随分と予想外だったらしい。もしかしたら、彼女にとっても無意識のうちに、口を突いて出た言葉だったのかもしれない。

 それでも、彼女は1人で落ち着きを取り戻す。

 

 

「そういう揚げ足を取るところ、時坂君そっくりね」

「そうか?」

「ええ」

 

 首元へ手を伸ばし、後ろ髪をさらっと広げる。

 

「自分でも少し、驚いているわ。そんな単語が私の口から出るなんて」

 

 それでも、考えずに吐露された言葉ならば、彼女が無意識下で思っていることなのだろう。

 

「まあでも……あの時間が嫌いではなかったのは、確かかもしれないわ。ああやって、同年代の人と他愛無い雑談をすること自体、今まで少なかったから」

「向こうに居た時は友人とかいなかったのか? 日本人だから?」

「人種差別があった訳ではないわよ。ステイツでの学生生活も、今のクラスでの扱いと何ら変わらない。一定の距離を保ったまま、誰からも怪しまれない優等生、って言ったところかしら」

「確かに柊は優等生って呼ばれていることが多いし、少し近寄りがたいって話も聞いたことがある」

「……そこは、『自分で優等生って言うなよ』っていうツッコミを入れるところでしょう」

「ツッコんで欲しかったのか」

 

 なんとなく、洸ならそうやって会話を回したのかもしれないなと思った。

 柊の方ももしかしたら、そう考えての発言だったのかもしれない。

 

「調和。確かにこの前までの私たちの間には、あったかもしれないわね」

「今でもあるぞ」

「そうかしら? ……いいえ、今のは失言だったわ。忘れて頂戴」

「少なくとも自分たちは、柊のことを大切な仲間だと思っている。柊がどう思っていようともだ」

「仲間と思っていたらしいことは、恥ずかしながら先程のやりとりで明かしてしまったけれど……大切な仲間、ね」

 

 一瞬だけ間を置き、彼女は天を仰ぐ。

 

「まあ、仲が良いのは確かだわ。久我山さんも、時坂君も、ソラちゃんも、四宮君も、今目の前にいる貴方も、皆同じように、変わらず声を掛けてくれたし」

「そうだろう」

 

 ……今挙げられた人たち全員が柊と話した、ということは、自分が最後だったということ。

 忙しかったとはいえ、後回しにしたことがなんだか情けなくなくなってきた。

 

「私が知る以上に皆が優しいことは、理解している。……だからかしらね。余計に、この関係が怖くなるのは」

 

 怖くなる?

 どういうことだろうか。

 

 

──Select──

 >反論する。

  聞き返す。

  何も言わない。

──────

 

 

 彼女の抱く恐怖について、思うことはある。

 ただ、それを言葉にしてぶつけるには、“豪傑”級の度胸が必要だろう。

 

 

──Select──

  反論する。

 >聞き返す。

  何も言わない。

──────

 

 

「怖い、っていうのは、どういうこと?」

「慣れ合うだけの関係に、成長はない。って考えているだけよ」

「慣れ合いでここまでやってきたわけじゃないと思うが」

「今までは、そうね。だからこそ今仲良くしていることで、これから先そのバランスが崩れる時が来てしまうのではないかと、心配になるの」

 

 柊は柊で、先を見据えているのだろう。

 考えている人が違い、手に持っている情報量が違う以上、自分と彼女が思い描く未来は異なるのは当たり前。しかしそうは言っても、彼女の不安は可能性が低い中の1つ。当然あり得ることにはあり得るけれど、それこそ、不安視し過ぎて付き合いを避ければ、仲間内の縁を崩壊させてしまうような話。

 まあでも、否定するわけにもいかない。

 先程の彼女の言葉を信じるなら、自分も彼女も、人付き合い初心者というか、友達付き合い初心者、というものだ。

 自分は友人たちとの関係が正の効果を生み出すと考え、そうできるように動いている。

 彼女は友人たちとの関係で負の効果を生み出すことを恐れ、そうならないよう動いている。

 アプローチの違い。結果を出していない自分たちがお互いのやり方を否定したところで、なんともならない。

 

「何より私は、私の剣を鈍らせるのが、何より……いいえ、なんでもないわ」

 

 そこまで言って、彼女は言葉を止めた。

 柊の、剣?

 仲間たちとにぎやかにやっていると、鈍る何かがあるというのか。

 例えばなんだろうか。

 孤高こそが力の源、のような信念とか?

 いいや、だとしたら今更感が強い。それを考えているような人が、自分たちを指揮したり共に戦ったりなどはしないだろう。

 彼女が自分たちと共に居る時、嫌々行動しているようには見えなかった。そうとは思いたくなかった、というのもあるが、彼女は彼女なりに楽しんでいてくれたと思う。その証明が、先程彼女が零した調和、という言葉なのではないか。

 そういうこととして考えよう。不仲を疑うべきではない。

 しかしそうなると、想像がつかない。

 

「余計なことまで話してしまった気がするけれど、そろそろ戻りましょうか」

「……ああ」

 

 一体彼女は、その剣に何を賭けているというのか。

 柊のことが少し分かって、また少し謎が増えた一日だった。

 

 

 

 




 

 コミュ・女教皇“柊 明日香”のレベルが5に上がった。


────


 夏休み後半が飛んでいくのはお約束、ということで。
 次回は8月30~31日。
 第5話エピローグとなります。


 特に大事でも何でもないけど、選択肢の回収です。
 前触れなく度胸が必要とか言って来る選択肢、嫌いです。(敢えて回収ナシ)

121-1-1。
──Select──
 >特になにも。
  少し話をしようと思って。
  大事な話がある。
──────


「そう、なら戻っても良いかしら」
「冗談です話をしましょうお願いですから」
「そ、そんなに必死にならなくても」

 かくなる上は、土下座か。
 
「膝を引かないで。止めなさい。止めて。止めてと言っているでしょう! だいたいこんな姿、もしヤマオカさんにでも見られた、ら──」
「……」

 時が止まった気がする。
 背後に気配を感じた。
 それはすぐに去って行った。
 
「……」
「……」
「とにかく、早く話してくれるかしら。迅速に」
「はい」


 →この次の選択肢で、♪が出ない事件が……
 
──────
121-1-3。
──Select──
  特になにも。
  少し話をしようと思って。
 >大事な話がある。
──────


「そう切り出されると、告白みたいね」
「?」
「露骨に首を傾げられるとこちらが困るわね」

 告白しに来た、という点では間違いでないのかもしれない。なにもかもさらけ出す、という言葉を告白と言うならだが。
 どちらかといえば、自分が告白するというより、互いに心の内を明かせればと思っている。
 
「まあ良いわ。私にも話さなくてはいけないこともあるし」
「長い休憩になりそうだな」
「……話す時間は、何も休憩の間だけじゃないけど」
「……ああ、そうだな」

 →無駄に良い雰囲気になるのは良くない。この先の話的に。
 
 
 
──────
121-2-3。
──Select──
  反論する。
  聞き返す。
 >何も言わない。
──────


「……時坂君なら」
「うん?」
「時坂君なら、ここで遠慮もなく、『お前ほどのやつが、何に怖がるってんだよ』とか言いそうよね」
「『怖い? 何が怖いってんだよ』くらいだと思うが」
「……まあどちらにせよ、岸波君はそういう所、踏み込んでこないわよね。とても正しいことだとと思うわ」

 だが、想像上の洸の発言も、正しくないわけではないのだろう。もしかしたらそちらの方が正解かもしれない。
 いや、彼女がその話を振ってきたことこそが、答えだ。
 自分は選択を間違えたのだろう。

 自分と洸の、違う所、か。
 人付き合いの思い切りの良さ、という面では、確かに彼らに多くのものを教わっている最中だ。今の自分にはなくて、洸にあるもの、なのだろう。
 似ている似ていると言われ続けたが、違っている面は劣っている所、ということか。
 自分もまだまだ頑張らなければならない。
 
 
 →聞き返す・反論する。の時はあった、柊の悩みの吐露がなくなります。踏み込んでこない者に明かす必要なんてないのは当たり前。
  

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