PERSONA XANADU / Ex   作:撥黒 灯

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8月21~22日──【マイルーム】後輩たちと準備

 

 

 明々後日から温泉バイトだ。夏休みの間にやり残したことはなかっただろうか。

 毎日進めていた宿題をぱらぱらと捲っていると、視界の隅で何かが光ったことに気付く。

 

「?」

 

 机の上に置いてあったサイフォンの画面が転倒していた。覗き込んでみると、着信の表示が画面上に点灯されていた。差出人は……洸からだ。

 

『よお、今暇か?』

『ああ。どうした?』

『今、ジュンと一緒に居るんだが、お前もどうかって』

 

 小日向が?

 思わぬ所から、という訳でもなかったが、それでも出てくるとは思わなかった名前に驚く。

 まあ、今日は予定という予定がない。

 行くとしよう。

 

 

『行っても良いか?』

『おう。それじゃあ、商店街で待ってるぜ』

 

 

 返信を確認してから、サイフォンをポケットにしまう。

 さて、出かける用意をしよう。

 

 

 ────>杜宮商店街【入り口】。

 

 

 連絡が来てから1時間も経たない頃に合流。

 3人でメイン通路を歩きだす。

 時に伊吹の実家である青果屋を覗き、時に駄菓子屋で洸の思い出話を聞き、時に志緒さんの下宿先である蕎麦屋でご飯を食べる。

 そんなゆったりとした時間を過ごして、今日のお昼は過ぎ去っていった。

 

 他愛のない時間だったが、彼らとの距離が縮まった気がする。

 特に小日向とは何かがあればより縁が深まるだろう。

 

 

──夜──

 

 

 さて、何をしようか。

 そういえば宿題が終わってから、勉強をあまりしていない。

 が、いきなり勉強の気分に切り替えるのも難しかった。

 ならばどうするか。……そうだ、本を読もう。

 以前本屋でバイトしたついでに購入した、泳法の本。水泳部としては是非読んでおきたい。

 さて、読むとしようか。

 

「……」

 

 あなたが水に浸かった時、最初に抱く感情は何ですか?

 その一文から始まったその本では、最初に水と向き合うということから始まり、バタフライ、背泳ぎ、平泳ぎ、クロールの4泳法の基礎と、体の動かし方。それから使う筋力などが図解されている。

 なるほど確かに、意識しないと鍛えられない部位が多い。泳法をただ教わっても泳ぐことが難しいのはこういったことが原因なのだろう。

 ならばそこを鍛えれば解決するのかと言われればまた違う。それはあくまで動きやすくなるだけであり、泳げるのとはまた別なのである。

 と書いてあるが、今の自分にはまだその意味がよく分からない。

 この本もまだ3分の1程度。

 最後まで読んだ時、その神髄に至っていることを願って、今日は読書を終了しよう。

 

 

 

──8月22日(水) 昼──

 

 

『チョットせんぱぁい、聞いてますぅ?』

「ああ」

 

 サイフォン越しに聴こえてくる後輩の声に耳を傾けること十数分。

 そろそろ腕が疲れてきたが、しっかり話は聞いていた。

 

『そんなこんなで続けてた料理も、結構上達してきたし』

「本当に?」

『ヒトミだって文句言わなくなってきたんで』

 

 それが、指摘をすることに飽きたとかではなければ良いのだが。

 ……まあ、友人想いのヒトミなら、何だかんだ面倒を見続けることだろう。

 指摘がなくなったということは、確実に上達しているということ。それを信じたい。

 

『そんなわけで、どうやったらゴロウ先生に料理食べてもらえるか、相談したいんですけど、いいですかぁ?』

「食べてもらう機会か……」

 

 

 怪しまれず、断られづらいタイミングがいいだろう。

 まず料理を食べてもらうとしたら、渡すよりも一緒に食べる方が自然だ。

 だが、教室や食堂では一緒に食べないだろう。佐伯先生がどこでご飯を食べているのかは知らないが、あまり学食では見かけない。放課後いることはあるけど。

 だとしたら、プライベート……だが、プライベートで先生を連れだすというのも難しい。

 相応の理由でもなければ無理だろうが……いや、逆に待ち伏せるとしたらどうだろう?

 

「……登山だ」

『……は?』

「登山をしよう」

『は?』

 

 思い当たったが吉日。

 後輩たちに声を掛け、駅前広場へと誘った。

 

 

────>駅前広場【MiSETAN】。

 

 

「それでセンパイ、どうして呼んだの?」

「ああ。佐伯先生の趣味は登山だと聞いていたから、偶然を装って一緒になれば共通の話題もできるし、たまたま作り過ぎたお弁当を一緒に食べれば料理を食べてもらうこともできる。一石二鳥かなと」

 

 だから必要なのは、登山の準備とお弁当を作ること。

 料理はだいたいできるようになったとの自己申告を受けているから、お弁当の心配はしないとしても、登山となると1日2日でできるようになることではない。

 というわけで、何事も形から。と道具を一式揃えに来たのだ。

 

「いや、そうじゃなくて」

「うん?」

「マリエはともかくとして、あたしをここに呼んだ意味は?」

「……」

 

 

──Select──

 >一緒に山登りしよう。

  女子の観点が必要だ。

  特にはない。

──────

 

 

「……ふーん、要は道連れってこと?」

「違う。ヒトミも一緒の方が楽しいと思っただけだ」

 

 そう言い返すと、彼女は訝しげに自分を下から覗き込んできた。

 何をしているのだろうか。

 

「……嘘じゃないみたいだね。いいよ、センパイの言うこと、取り敢えず信じてあげる」

「ありがとう?」

「すごくめんどいけど、マリエがやる気になってるみたいだし、仕方ない。付き合うかー」

 

 少しだけ笑みを見せた彼女は、マリエの元へ歩いていく。

 本当に、面倒見がいい。

 自分も行こう。移動中の短時間ではあったが、サイフォンで必要そうな道具は調べてある。後は店員に聞きながら選べば、きっと問題ないはずだ。

 

 

────

 

 

「ねえヒトミ、これとかどう?」

「うーん、ちょっと派手過ぎ」

「じゃあ……コレは!?」

「……微妙かも」

 

 右手と左手、それぞれに違うウェアを持ち、マリエは頭をうんうんと唸っていた。

 かれこれ十分近くは悩んでいるだろうか。それもそうだろう。安くはないお金を払って購入するのだ。妥協はしたくないはず。

 ちなみにヒトミは即断即決という形で決めていた。

 2人はいい意味で対照的な性格をしている。

 

「埒が明かない……センパイ、ちょっと」

「?」

 

 呼ばれたので、メンズコーナーを物色していた自分も後輩たちに合流することに。

 

「もうセンパイがビシッと決めてもらえない?」

「自分がか?」

「男性の意見があった方が、マリエも納得しやすいでしょ」

 

 

 不意に、以前服を選んだ際のやりとりを思い出した。

 あの時も最終的には意見を求められた気がする。

 確か、そう。“カジュアル系”の服装が似合うと思ったのだ。

 まああの時はこうして実際登山をする計画を立てるだなんて、夢にも思っていなかったわけだが。今回もそういった路線で攻めていった方が良い気がする。

 

 だが、ビシッと決め手とは言われたが、アドバイスをするくらいに留めて置いた方が良いだろう。自分で選んで買った。という方が愛着だって沸くだろうし、もしあるなら次回以降の反省にも活かせるようになるだろうから。

 

 

 

 

 

「ふう」

「お疲れ」

「ありがとう」

 

 ウェアやシューズなどを選んだ自分とヒトミは、小物を見てくると歩いていったマリエを見送り、店舗前のベンチに腰を掛けていた。

 彼女も自分も、多くの袋を抱えている。結構な荷物だ。

 

 

「アリガトね、センパイ」

「何が?」

「服、あたしのまで選んでもらって」

 

 ……言われてみれば、ヒトミのは選んでと言われていない。

 にも拘わらず、つい勢いで彼女に似合いそうなものも探してしまっていた。

 

「すまない。見ているうちにヒトミにも似合いそうだと思って」

「……まあ、悪い気はしないかな」

「そうか」

「少し地味だったけどね」

「……」

「でも、真剣に選んでくれたっていうのは、結構嬉しかった、かな」

「……そうか」

 

 

 まあ、嫌そうな表情はされていないので、良かった、ということにしておこう。

 個人的には地味と言われたことがショックだったが、まあ、そう言ってくれるなら考えた甲斐もあるというものだ。

 

「それにしても、登山ね」

「嫌か?」

「ううん、それは別に。ただ……」

 

 ヒトミは、困ったように眉を寄せる。

 その視線の先には、背を向け、棚を物色するマリエの姿が。

 

「マリエ、飽きないと良いんだけどねって」

「大丈夫だろう」

 

 その心配に関しては、そう思う。

 自分が断言すると、彼女は少し驚いたように目を大きく開いた。

 

「どうして?」

「料理だってそうだったから。面倒なことでも、佐伯先生と仲良くなる為に努力を続けられたんだろう? なら今回だって、同じはずだ」

「……まあ確かに、マリエの恋に走るパワーは本当に凄いからね。十代って感じ」

「十代って感じって、自分と違ってヒトミは同い年だろう」

「それを言ったらセンパイも1つ上だけどね」

 

 実年齢でいえば何歳かは分からないが、取り敢えず置いておこう。

 

「ヒトミは、マリエのことが羨ましいのか?」

「羨ましいっていうか……どうだろ」

 

 少し思い悩むようにして腕を組む彼女。

 

「うん。羨ましいのかもしれないね。あたしはあんなに真っすぐにはなれないから」

「……憧れてるのか」

「うん。出来ることなら、出来る範囲で、応援してあげたいなって」

 

 そういう彼女は、真っすぐ前を向いていた。

 真っすぐに、マリエの背を捉えていた。

 

「ほら、あたし、捻くれてるから」

「そんなことないと思うが」

「そんなおだてなくても良いよ。自覚あるし」

 

 ……まあ、彼女が想うならそういうことにしておこう。

 

「だからこそ、余計眩しく見えたんだろうね。マリエが。あたしにはないものを持ってるから」

「……マリエみたいになりたい?」

「それは、ないかな。ああやって明るく振る舞うことはできない。暖かい人間なんて、あたしは演じれない。ほんとはしたいとも思ってないかも」

「なら、相容れない、と?」

「まあ確かに、真逆だよね。けど、そうじゃない。あたし達は……まあ、あたしからすると、マリエは大切な友人。それは、多分」

 

 言葉を、選ぶ間を置いて。

 

「それを貫けるあの子の性格を、あたしは尊敬してる。からだと思う」

 

 これ以上ないほど柔和に微笑んだ。

 どちらかと言えばダウナー系で、若干楽しそうにはすることはあっても、基本表立って表情に出すことが少ないヒトミが、優美に。

 失礼な話だけど、こんな表情もするのか、と魅入ってしまうほどに、魅力的だった。

 そんな自分の反応に気付かず、自身の気持ちを表せる言葉を探すので手一杯な彼女は、止まらず口を開き続ける。

 

「なんだろ。こたつに惹かれる猫ってこういう感じなのかな……なんて」

 

 そういうヒトミの目が温かいものであることに、きっと彼女は気付いていない。

 彼女の持つ優しさ、付き合いの良さ、面倒見の良さは、彼女の温かさに直結する。

 ヒトミ本人だけが、彼女の持つ温かさに気付いていない、ということだろう。

 

「……話すの、思ったよりハズい。やらなきゃよかった。テンション上がりすぎたかな」

 

 

──Select──

  また聞きたい。

  次は自分の話でも。

 >今度は3人で。

──────

 

 

「……そうだね。センパイの恥ずかしい話も、マリエの真面目な話も聞いてみなくちゃ。思い返して赤面するみたいなやつ」

 

 その返事を言い終わると、彼女は伸びをするように立ち上がり、こちらを振り返った。

 

「……そろそろ、マリエのところに行ってくる。なんか、悩んでそうだし。荷物は置いてってイイ?」

「ああ、行ってらっしゃい」

 

 その背中を見送り、さて自分はどうしようかと考える。

 

 

──Select──

 >重い荷物を持てるよう整理

  2人へのプレゼントを購入。

  自分もマリエのもとへ行く。

──────

 

 

 そうだ。

 2人が戻ってきて、移動をする時、自分が重い荷物を預かって移動できるよう整えておこう。プレゼントはまたいつかの機会にでも探そう。

 できれば今日中に道具を一通り揃えて、後は登るだけ、という形に持っていきたい。

 さて、もうひと踏ん張りだ。

 

 

 

 

──夜──

 

 

 さすがに疲れた。

 一日中買い物に興じてしまったが、それでも得るものはあった。

 他でもなく、ヒトミのことがよく分かったこと。マリエの話も、いつか聞いてみたい。どうやらまだ気を許されてはいないみたいなので、気の遠い話にはなりそうだけれど。

 山登りという行為は、後輩たちと佐伯先生の接点づくりのためであり、かつ自分のためでもある。

 登山をすれば体力も付くだろうし、いつか異界攻略に役立つ日が来るかもしれない。来ない方が良いのは確かだが。

 

 いつか登山用の本でも買わないとな。

 

 さてこんばんは……新学期に向けて勉強でもしようか。

 

「サクラ」

 

 ……は、祐騎に預けているんだった。

 以前の約束で、サクラを少し調べたいという祐騎に、彼女を貸している。

 特に自分が外出し終えた夜などは基本的に貸していることが多かった。

 とはいえ、祐騎の調べものについて、進展したという報告は未だ届いていない。そもそも何を調べたいのかは分からないが、彼も彼で今頃必死なのだろう。

 仕方ない。今日は普通に勉強するとしようか。

 

 




 

 コミュ・悪魔“今時の後輩たち”のレベルが4に上がった。


────

 知識  +2。
 魅力  +1。




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