PERSONA XANADU / Ex   作:撥黒 灯

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4月16日──【杜宮市郊外】少女の異変、そして──

 

 杜宮の町外れ。

 随分と人気の少ない場所に出た。都内とはいえ、こういう場所があるのか。

 そんなことに少しだけ驚きつつ、彼女を追い続ける。

 多くの建物が錆びたり落書きされたりとしている中、玖我山が駆け込んだのは、廃れた倉庫のような建物。

 

 アイドルということもあり、体力的にも相当鍛えられているのだろう。結構な距離を走ったが、彼女の走行ペースは落ちることなくずっと一定だった。

 驚くほど早い、ということはなかったにせよ、着いて行くのがやっと。追い付くことなど出来ない。

 

 だが何にせよ、建物内へ入れば、これ以上移動することもないだろう。

 乱れた息を整えたら、彼女の潜む建物内に入ろう。

 

 

────

 

 

 ──〉杜宮郊外【廃工場】

 

 

 内部に人影はない。

 廃れた工場、という表現で正しかったのだろう。見渡したところ倉庫のようだが、中にある荷物も少ない。あってコンテナが少しだけ。使われなくなって久しそうだ。

 だが、玖我山の姿がないのはおかしい。確かに駆け込む姿を見届けたはずだが……呼び掛けてみようか。

 

「玖我山ー!」

 

 自分の声が響く。思ったより低くて少しだけ驚いた。

 

「玖我山、どこだ?」

 

 反応がないので再度呼び掛け続ける。

 

 ──返事がない。

 見たところ逆側にも出入り口はあるが、シャッターが降りている。そこから出たということはないだろう。

 なら何故出てこないのか。と考えて、気付いた。もしかしたら警戒されているのでは?

 

「……」

 

 少し黙ってみること、恐らく2、3分。

 体感的には結構待ったものの、漸く彼女がコンテナの裏から顔を出した。

 威嚇のつもりか、睨むような視線と噛み合う。

 しかしやがて、自分の姿をはっきりと認識したらしい。

 

 彼女はぽかんと脱力した。

 

「へ……岸波くん?」

「岸波くんです」

「……はあああああ…………緊張したあああ」

 

 大きく、大きく息を吐きつつ、身体の力を抜く。

 へなへなと膝を付いた彼女のもとへと寄り、先日のように手を差し伸べた。

 

「あ、ありがと……じゃなくて!」

 

 かと思えば、再度視線に力を込めた彼女は、手を激しく上下に振りつつ叫ぶ。

 こんなやり取り、前もしなかっただろうか。

 

「ストーカーかと思ったじゃない! ずっと一定のペースで着いてくるから足音変わらないし!」

「そんなこと言われてもな」

「仕方ないでしょ! ホントに怖かったんだから! ……っていうか、あれ? 何でこんな所に岸波くんが?」

 

 今更か、と思うが、恐怖で気が動転していたのかもしれない。

 自分にも責任の一端があるみたいだ、恐らく。

 仕方ないので、経緯を話す。

 カフェを出たとき、様子がおかしい玖我山を見つけ、気になったから追いかけてきた。と。

 

「……やっぱりストーカー?」

「なんでそうなる」

「いやー、あの足音とか、着いてきかた的にそうじゃないかと思ったのよねぇ、ファンでもないクラスメイトにそこまでさせちゃうなんて、あたしが怖いわー」

「あの、だから──」

「いくら心配だからってここまで着いてくることなんてないのに。でもアリガト、心配してくれたことは、嬉しかったよ」

「いや、玖我山──」

「だからね、安心して──」

 

 2度も強引に遮られれば、さすがにその意図を察する。

 先程から目が合わないのは自分をストーカーだと思い込んで避けているのではない。核心が突かれることを危惧しているのだと。

 故に彼女は露骨なほど話を逸らそうとしている。せめて主導権を握ろうと言葉巧みに──巧みではないが──誘導し、できることならば追及なく終わらせようとしていた。

 

 違和感を抱かせてでも封殺しなければならない。彼女にそうまでさせているものは、何なのだろう。

 

「玖我山」

「ん、なに? 服くらいにならサインしてあげないこともないけど」

「何があった?」

 

 一瞬、彼女の表情が凍った。

 しかしすぐに笑顔を取り戻す。

 

「アイドルのプライベートを知ろうなんて、また熱狂的なファンを産んでしまった……」

「誤魔化さなくていい。さっき……いいや、()()()からか、なにかあるんじゃないか?」

 

 そもそも彼女の行動が一貫性のあるものだったとして。

 だとしたら始まりは何処か。そんなもの、ファンに疑念を抱かせるような言動をした、一昨日あたりなのだろう。

 多分。

 

「玖我山の活動や評判は今日一日でも多く耳に入ってきた。実際多くのファンが玖我山を囲んでいただろうし、見守られてきたんだろう。だからこそ、彼らの多くは玖我山の異変に気付いていたみたいだ。一昨日から何かおかしいって」

 

 そもそも、アイドルとして多くの人に認められ、愛されている彼女が、あんなに多くの人に心配をかけているのだ。大なり小なり、何かあったには違いなかった。

 自分の目は誤魔化せても、ファンの目は誤魔化せない。 

 

「……そっか、バレてたんだ」

 

 あーあ、アイドル失格だなぁ。

 

 彼女はそう言って、身体を伸ばした。

 上半身を反らしながら、彼女は言う。

 

「先に断っておくけど、キミがどうって話じゃないから」

 

 そう確かに前置いて、彼女はぽつりぽつりと語りだした。

 

「始まりは、ほんの些細な違和感だったの」

「違和感?」

「キミに会ったときに感じたやつ。違和感、不快感? そこはどっちでも良いんだけどね」

 

 それは以前会った時にも聞いた。直接言われたし。

 

「正直に言えば不思議だった。キミってほら、全然個性的な方じゃないし、どちらかというと、特徴がない。地味系だからさ」

「なんで唐突にディスられているんだろう」

「だからこそ、なんであたしがキミをそう思ったのか、全然検討が付かなかった。本当に、言動が勘に障ったわけでも、態度が鼻についた訳でもない。あ、ファンじゃない云々は置いておいてね」

 

 そこは別なんだ。

 

「で、段々と違和感だけが増していって、全然晴れなかったの。こうして話していても、まだモヤモヤが残ってる。何て言うのかな、自分のなかで処理できない感情が暴れまわってるって言うの? そんな感じ。まるで、自分(あたし)自分(リオン)じゃない、みたいな」

「……」

 

 自分が自分でない感覚。

 まだ、確固とした己が定まらない自分には、いまいち理解できないものだった。

 ……これでは没個性と言われても反応できない。

 

「でも、仕事中はそうも言ってられない。気持ちは晴れないけれど、せめて歌ってる時くらいは真剣になろうって、そう思って……()()()()()()の」

「思ってしまった?」

 

 そう思うことが、なにか悪いのだろうか。

 仕事である以上、切り替えなければならない場面は存在するはず。

 もっと言えば、生きている時点でその思い直しは大事だ。

 自分だって、記憶を無くしたことから、せめて今を大事に生きようと思い直したように。

 

「……でも、そうすることで、実際に起きてしまった。起こしちゃったの」

「……何を?」

 

 一拍、息を飲んで。

 

「“災害”を」

 

 無人の空間は嫌にそれを響かせた。

 災害。言葉としては単純だ。

 人を、何かを害する災い。

 だが、それを玖我山が起こしたというのは?

 

「あたしもそこまでよく把握してるわけじゃない。でも、覚えてる。昔も、似たようなことがあったしね」

「……聞かせてくれるか?」

「ここまで話しちゃったしね」

 

 力のない笑いだ。

 そちら方面の知識に明るくない自分だが、それでもその顔はアイドルがするべきものではない、と断言して良いほどに、酷かった。

 まるで何かに絶望しているように。

 まるで何かを諦めているように。

 まるで何かを、取りこぼしてしまったように。

 

「歌に心を込める。音に意思を乗せる。いつからかあたしは、これらが苦手になった。心が昂れば昂るほど、“それ”は起きやすい」

 

 その、虚ろな瞳は過去を映す。

 

「最初は、病院のベッドを切り刻むような鎌鼬が起きた。次に、機械が異常をきたすようになった。変な音が聞こえるようになった。変な声がするようになった」

「……」

「それでも最近までは収まってたの。確か……あたしが、アイドルになるって決めてから。歌ってる時も、踊ってるときも、今まではなんとも無かった……なかったのに……!」

「玖我山……」

「どうして今なの!? 全部上手くいってて、三周年ライブも目前で、みんなでもっと上に行きたいって話してて……なのに、どうして今さら、こんなことが起こるの!」

 

 それは彼女の、心からの叫びだった。

 瞳の端から涙が溢れる。

 それを拭うことなく、彼女は自身の膝を殴った。

 

「昔のだって、てっきり思い過ごしだったか、勝手に治ったかって思ったのに……そんなわけない。ないのに、あたし、必死に目を逸らしてた」

「……」

「ホント、バカみたい」

 

 掛ける言葉が見つからない。

 もとより、そんな気はしていた。

 自分より努力していて、自分より輝いていて、自分より周囲に求められている。そんな人に、自分程度が助言できることなんてない、と。

 

 だが、こうも思う。

 自分にしか、言えないことがある、と。

 自分だから、出来ることがある、と。

 だから、口を開け。

 思っていること、考えていること、何でもいい。感じたことをすべて彼女に伝えるんだ。

 

「こんな甘い覚悟で、何がみんなを笑顔にする、よ。何が、見てくれる人みんなに元気を届けるアイドルになる、よ」

「玖我山、自分は──」

 

 言いかけて、気分が最悪に堕ちた。

 胃の中身がかき集められているようで、気持ち悪い。

 なんだ、これは──

 

「やっぱりあたしが、あたしなんかが、夢や、希望なんて持つべきじゃなかったんだ」

 

 それでも、自分は、彼女に声を掛けたい、掛けなければならない。

 ──“それ以上思わせて(言わせて)はいけないのに。”

 

 

「──アイドルなんて、やるべきじゃかったんだ!」

 

 

 

 

 夢への否定(諦念)を玖我山が口にした途端、世界に亀裂が走った。

 

 

 

 

 

 

 

「──っ」

「え、きゃあああ!」

 

 彼女の後ろに、なにかが揺らめいて見える。

 扉のような、門のような。

 だが、何でもいい。

 何であれ、あれは、“よくないもの”だ。

 

 ──だから踏み留まるな、手を伸ばせ。

 

「玖我山ァ!!」

 

 至近距離に居たはずなのに、手が遠い。

 まるで空間が、世界が捻曲がっているかの様に。

 彼女は腕で身体を抱き、身を守るようにしてその向こうへ落ちていく。

 

 ……届かないか!

 

 伸ばした手が触れることはなく。

 自分も後を追うように、そこへ呑み込まれていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、“そこ”を認識する。

 

 そこには一切の現実がなく。

 そこには一切の常識もなく。

 そこには一切の情緒もなく。

 

 ただただ、立ち尽くす自分の視界には、見覚えのない世界が広がっていた。

 


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