「な」
「なんてことを、言ってるんですか!」
空の怒号が、響く。
「シオさん、それは流石に」
洸も表情は険しい。
自分だって祐樹だってそれは同じだ。
あれだけ前に出ないと約束したのに、それを反故にするのと同意義の行為。
……いや、自分たちの動きが、順調に見えないから凶行に走らせてしまったのだろうか。
そんな心配をしたものの、自分たちの横を通り過ぎて前に進む志緒さんの瞳には、確固たる“焔”が宿っていた。
自棄になっているわけでは、ない?
「勘違いすんな、岸波たちに不足があるわけじゃねえ」
「なら何で……」
「まだ、俺の出番だったってだけだ」
意味の分からないことを答えながら、しかし、ここは任せておけと自分に言い残し、彼は息を大きく吸う。
深呼吸のように。しかしすぐには吐き出さず、吸った空気に気持ちを乗っけて。
「BLAZE元特攻隊長、戌井 彰浩!」
「『!?』」
戌井さんの名を、叫んだ。
「お前が“折れない男”だってのは、よく分かってる。それゆえの“特攻隊長”って肩書だ。だが、それだけならどこにでもいる“特攻隊長”。BLAZEの特攻隊長とは呼べねえ」
大剣のソウルデヴァイス“ヴォーパルウェポン”を掲げ、切っ先を大型シャドウへと向ける。
「思い出させてやるよ、この剣で。この拳で。お前が失くしちまった“焔”ってやつを」
『ふッざけんなァアアア!』
激情を露わにしたシャドウが、志緒さんに突っ込んできた。
その突進を両手を添えたソウルデヴァイスで押し留め、踏ん張る。
受けきった。
「思い出せよアキ、俺たちが掲げた焔ってなんだった」
『そんなのは決まってんだろ! 強さだ! 理不尽に負けず、不条理に屈さねえ。真っ向から向き合っていく力強さだ!』
「ああ、その覚悟を全員で持っていたからこそ、俺たちはチームになった」
『それがなんだって言』
「今のBLAZEに、お前に、その強さはねえ」
『──』
「おらァ!」
巨体をはじき返すように、ソウルデヴァイスを押し戻す志緒さん。
両者の間に、空間が開いた。
『アンタまで……』
「……」
『アンタまで、オレを否定すんのかよッ!』
怒涛。
絶え間ない連撃。
休む間もなく、堰を切ったような怒りが、志緒さんに叩き込まれ続ける。
耐える。
耐える。
耐える。
圧倒的に振るわれ続ける暴力に対し、志緒さんはただ防御を続ける。
圧倒的力を振るわれ続けていても、すべてを防ぎきれている。
「あ、圧倒的過ぎるでしょ……」
「これは、いくら高幡先輩でも……」
止めるべきじゃないか。とこちらに問いかけてくる1年生2人。
それに対して洸は、待つことを選んだ。
手を出したいのだろう。割って入りたいのだろう。ソウルデヴァイスを握る拳は強く締め付けられている。
それでも彼は動かなかった。
「──岸波君」
唯一、自分に直接掛けられたのは、気のせいではあるが、“久しく聞いていなかった声”。
柊 明日香が、こちらを真っすぐに見つめていた。
「良いのね?」
「ああ」
任せろ、と彼が言うのだから。
はたしてそれが正解かどうかは分からない。
けれども志緒さんは、勝算があるように前を見据えているのだ。
今だってその目には、焔が灯っている。
なら、自分たちはそれを信じる。
今あそこに居るのは、何も知らなかった志緒さんではない。
困難を知った上でなお救おうと足掻く、1人の“先駆者”なのだから。
「アキ、お前が持ってたクスリ、
『それがなんだよ。気を紛らわせようったってそうは行かねえぞ』
「お前が何を思ってそれを名付けたのかは知らねえ。けどな、そんなもんで
『……なにが言いてえ』
「お前の、俺たちの焔は、俺たちから溢れ出たモノだっただろうが! 代用なんてできる訳がねえだろ!!」
『──』
一瞬、攻撃の手が怯んだ。
その間を見逃さず、志緒さんは動き出す。
「焔は強さだって言ったな!」
『そ、うだ!』
「その通りだ! 焔ってのは俺たちの強さ! “俺たちの意志の強さ”だ!」
躱し、受け流し、躱し、受け止め、また走り出す。
段々と距離が詰まり始めた。
ソウルデヴァイスが届く間合いまで、あと少し。
「カズマの背中を覚えてるか?」
『忘れるわけねえだろ……瞼の裏に強く焼き付いて、消えねえよッ』
「その焔が、魂の輝きが、そんな小さい“熱”によって支えられてたかよ」
『……そんなわけ、ねえだろ!』
先程までとはまた一段階違う殴打が、志緒さんに飛来する。
彼はそれを刃の腹で受け止めようとするが、踏ん張りきれずに後退した。
『そんな柔い人じゃなかった……そんな“紛い物”じゃなかった。アノ人も! アンタも! もっと純粋に眩しかった!』
「……」
『でもオレはそうじゃねえ! アンタらみたいに熱くはなれねえ! だから。オレは、クスリに頼るしかなかった。そうじゃねえと誰も着いて来なかった。偽りでも、“焔”を掲げていないとやってけなかったんだよ!』
異界ドラッグに手を染めることが悪いことだという自覚はあったのだろう。
だが、それを頼らざるを得なかった。
そうしないと、彼は大切な居場所を守れなかったのだから。
だが、誤った過程で得た結果を、認める訳にはいかない。
『なあシオさん……オレは、どうすれば良かったんだッ!』
「頼れば良かっただろ」
もう答えなんて分かりきってるだろ。と言わんばかりに、迷うことなく彼は答えを口にする。
「口が裂けても、俺を頼れとは言えねえ。俺は一度、お前らから逃げてる。そんな俺がどの面下げていつでも頼れなんて言えるかよ」
『……なら、誰を』
「志を、“焔”を! 共にした仲間に! 決まってんだろ!」
『ッ』
攻撃が、止まる。止まっている。
先程から息つく暇なく行き交っていた拳は、両者ともに収めている。
「“魂”を交し合っていれば、恐怖で繋ぎ止めることもなく、あいつらだって着いて来たはずだ。1つ1つの焔が集まって、大きな焔になって。その全員の焔を背負っていたから、カズマの焔は眩しく感じたんだ。お前が見てたっていう俺の焔だって、俺の分だけじゃねえ。カズマの分も、お前の分だって背負ってたから、眩しく見えたんだろうよ」
だから、お前が求めたものは間違っている。
そう志緒さんは断言する。
「いつまでも死者の背を追ってんじゃねえ。いつまでもなくなった背中を追い求めてんじゃねえ。俺たちはそんな立派でもねえし、俺たち個人は追われる程の価値なんてねえんだよ」
だから決別しろ。と志緒さんは言う。
決別を諦めた。か。その通りかもしれない。
確かに頼ることも諦めているが、そもそもそれは、志緒さんやカズマさんという大きな
彼らのようになるまでは誰も頼らない。弱みを見せないと決めつけてしまったから。
……でもそれは、何かがおかしいような。
「なんだったら、BLAZEなんて肩書はなくても良かったんだ」
『それはッ』
「元々、俺とカズマが始めたもんだしな。お前のグループだ、新しい名前にして心機一転ってのも悪くなかっただろ」
名に縛られた。というのは確かにあるかもしれない。
BLAZEはこうでなければいけないという思い込みがあるなら、BLAZEからも決別するべきだと、そう言っているのだろう。
……違和感が酷い。
「何もBLAZEじゃねえと焔が掲げられねえってわけでもねえ。だから見てろよ、アキ。等身大の俺を。ありのままの俺の焔を」
自分のように疑問を抱いている人は、周囲に居ないらしい。
今は、胸に置いておこう。
「今の俺はBLAZEの高幡 志緒じゃねえ。ただの高校生で、住み込みバイトをしている高幡 志緒だ。だが、そんな俺でも得ることができた、俺の“意志の力”を」
志緒さんの周囲が光る。
青い、オーラのようなもの。
どこか見覚えのある光だ。
今まで、璃音も空も祐騎も、ソウルデヴァイスとペルソナを同時に発現させていた。だからこそ、気付きづらかったのだろう。
ソウルデヴァイスの顕現は魂の輝き、発光として現れる。
対してペルソナは、なんとも淡い光の顕現だった。
ただそれは、弱弱しいとか軽いという表現ではない。
強すぎて溢れ出たもの、というか。陽炎のような、自身の中に渦巻く大きな力の余波が漏れ出ている形、とでも言うべきだろうか。
とにかく、それは間違いなく、膨大なエネルギーを秘めていた。
『なら、見せて見ろや……打ち砕いてやるよッ!』
シャドウは大きく振りかぶり、渾身の一撃を放つ。
対して志緒さんは、“叫んだ”。
「来やがれ──“アータル”!」
浮かび上がってきたペルソナは、人の形を模った火の集合体。ただし羽のようなものもある。それが鎧を着、楯を身に着け、槍を構えている。
そのペルソナ──“アータル”が、楯を以てシャドウの一撃を受け止めた。
『──あ』
「【ヒートウェイブ】ッ!」
繰り出された反撃が、決まる。