決別。
惜しまず、別れること。
袂を分かつことを指す言葉。
決別を諦めたと言うが、それは……
「分かってるだろ、アキ。お前も」
「う……うるせえ! 訳が分からねえことを!」
額に青筋を浮かべ、戌井さんは早口で否定の言葉を述べた。
「うっわー、分かりやす」
祐騎の言に賛同するわけではないが、その態度の急変振りは、まさに図星を突かれて焦ったように見える。
問題の自覚は間違いなくあるのだろう、本人が否定しているだけで。
つまり、シャドウの目的は、その何かを認めさせ、決別させること、ということか。
『ハッ。焦ってんじゃねえよ、オレ』
「うるせぇえええ! テメエもシオさんも、後ろのガキどもも、全員うっせえんだよォ!」
「アキ……」
「見んじゃねえ! オレをその目で見んじゃねえ!!」
痛々しいものを見る目。
それを向けられることを、戌井さんは嫌がっていた。
……別に、志緒さんに悪意がある訳じゃない。この人は多分、戌井さんを馬鹿にしているわけでも、下に見ているわけでもないのだろう。
ただ彼を見ると、胸が痛む。そんな感じだ。
志緒さんの視点から言えば、決して戌井さんの現状に理解が及んでいないわけではない。そうでなければ、『俺たちが諦めたもの』などという言い方はしないだろう。
そこは手の届く範囲であったし、仮に手を伸ばしていれば、異界なんてものを生み出すことも、そもそも関わることすらなかった、という後悔だってあるのかもしれない。
『うるせぇなぁ。喚いてんじゃねえよ』
「て、テメェ!」
『そうやってザコのままでいるつもりか? 分かってんだろ。そんなんじゃ誰も着いて来ねえことも、誰にも認めてもらえねえことを』
「……ッ」
BLAZEのリーダーだと言うのに、後ろに誰も着いて来ない。
BLAZEのリーダーだと言うのに、誰も自分のことを認めてもらえない。
それは、異界攻略の際に聴こえてきた声の内容と同じだ。
しかしそんなものは戌井さんの目指したリーダー像ではなく、足りないものを補うための努力を始めても、それは変わらなかった。
以前祐樹が推測していたように、戌井さんは自身の弱みを見せなかったのではないだろうか。普通、弱い者として扱われている戌井さんが更に弱みを出して相談などをしよう、という考えには至りづらいはず。
だから自分は、彼が“誰かに頼ること”を諦めたのだと推測した。
「この際だからハッキリ言っておくぞ、アキ」
「な、んだよ」
「俺らの背中を追うのは、止めろ」
「──」
それは、戌井さんにとって憧れを捨てろという発言に等しかった。
志緒さんの聞いて漸く気付く。自分の推測は、間違ってはいなかったのだろう。ただ、決定的に足りなかった。
戌井さんは確かに頼ることを諦めている。頼らず、1人でなんとかすることによって頭としての力を誇示しようとしたのだろう。
そのこと自体は、きっと“間違っていない”のだ。
間違っていたのは、その方法。アプローチの仕方。
志緒さんやカズマさんという2大巨頭の後を継ぐにあたって、彼らの“在り方”を模倣しようとしたこと。
「お前がどうしてそこまで思い詰めちまったのか考えて、はっきりと分かったことがあるんだよ。俺たちの存在が、重圧になったんだろ?」
「ち、ちげぇ!」
「なら、お前に聞くぞ、
『アンタが言った通りだよシオさん。はっきり言えば辛ぇ。アンタらみてえな頭になりたくてよ、精一杯頑張った所で、誰も着いてきちゃくれねえんだ。どいつもこいつも、二言目には『竜崎が居た頃は』、『高幡さえ居れば』だ。……うんざりなんだよ! テメエらが目障りなんだ!』
「だろうな。……すまねえ。ケジメを付けなかったオレらのミスだ」
『……そうやって……』
髪を強く掻きむしり、空いた片手で顔を覆うシャドウは、いつか見た他のシャドウたちと同様、“膨れ上がっていく”。
『いつまでも上から目線で居るのが、うぜえってんだよッ!!』
「志緒さん、下って!」
肥大化した腕が高幡先輩へ向かおうとした所に割って入り、ソウルデヴァイスで攻撃を受け止める。
「全員、戦闘準備! 洸と璃音で志緒さんのガードを! 残り全員で攻める!」
「「「「 了解 !! 」」」」
隊列を組んだ頃には、戌井さんのシャドウは異形へと成り果てていた。
最早二本足ですらない、四本足の大型シャドウ。一見するとその姿は、カメレオンに近いだろうか。
目は激しく動いていて、長い手足は折りたたまれている。だがその両手両足は太く、よほどの力を持っていることが伺えた。
パワー勝負は得策ではない。ガードを空に任せて、自分がその補助。
あとは万能型の柊と遠距離型の祐騎に攻撃を任せていく。
基本方針はそんなところだろうか。
『我は影、真なる我』
全員が臨戦態勢を取り終えた。
異形の怪物を真正面に見据え、各々のソウルデヴァイスを構える。
『求めるものは強さ。自由な強さ。何にも縛られねえ、何にも邪魔されねえ、純粋なチカラだ』
縛るものも、邪魔するものも薙ぎ払う。
そんな決意が聴こえてくる。
志緒さんは勿論、彼を現在進行形で妨害している自分たちにも、その怒りは向けられていた。
『さあ、せいぜいオレを熱くさせてくれよォ……?』
「“ネイト”【ブフーラ】」
熱くさせてくれよと言われた直後に氷結属性のスキルを使う辺りに、柊の不機嫌さが滲んでいる。
……いや、怒りで熱くなるのか?
ともあれ、先手を取ったなら続いていこう。
「“タマモ”【エイガ】!」
潜在能力として存在する【呪怨ブースター】のおかげで若干火力の上がった、呪怨属性攻撃。
……氷結属性の時と同じく、そこまで効き目がよくないみたいだ。
手ごわいな。
「見透かせ、“ウトゥ”!」
祐騎の指示で、彼のペルソナが【ラクンダ】を放つ。シャドウの移動速度が落ちることで、こちらの攻撃は当てやすくなり、逆に相手の攻撃は当たりにくくなるはずだが……正直どこまで持つか。
『アァ? なんかしたかよ?』
「へっ!?」
てっきり猶予があると思って構えていた祐騎に、大型の拳がクリーンヒットする。
自分たちも、反応しきれなかった。
全然遅くなっていないのではないか?
推測していた速度よりだいぶ早い。
「ユウ君!」
倒れた祐騎を起こしに空が駆け寄る。
息を切らし、腹部を抑える彼は、キツくシャドウを睨んだ。
「成程ね、デバフ無効……なかなかボスっぽいじゃん。ハクノセンパイ! 今回デバフはなし! 自己強化に専念する形で行った方が良さげ!」
「わかった!」
効かなかったのは確か。他の術を試してもいいが、防御力を下げても攻撃力を下げても目に見える変化はない。
それよりは、割り切っていく方が良いだろう。
「わたしも行きます! 受け取ってください、“セクメト”【リベリオン】!」
「ありがとう。……チェンジ、“フウキ”【タルカジャ】」
相手の妨害が出来ないのであれば、自分たちが強くなればいい。
空が掛けてくれた技の詳細はよく分かっていないが、不思議な高揚感に包まれた自分は、そのままの状態でペルソナ能力を発現させることに。
「チェンジ、“オオクニヌシ”【五月雨斬り】!」
【五月雨斬り】。ペルソナによる三連撃の物理攻撃。
普段、強敵を相手にする時は一撃の威力が低いこともあって使い辛いけれども、今は別だ。
過信は良くないが、こういう高揚感に包まれている時は、攻撃がよく通る。
『くッ』
目論見通り、シャドウのバランスを崩させ、転倒させることに成功した。なかなか分の悪い賭けだったが。
「チャンス! ここが攻め時でしょ!」
「ああ。今だ、畳みこもう!」
「ここで詰めなきゃ、いつ詰ませるのさ。ってね!」
降ってわいた機会に、先程転倒させられた祐騎が燃えている。いつになくテンションが高い。
だが、彼の言葉通り、今は攻め時だ。
全員で囲み、思い思いに全力でダメージを与えていく。
……だが、どこか感触が変だ。
いつもだったらもう少し……そう、反応があるはず。
だが、シャドウにはそれがない。
『……ハッ』
シャドウが片手を重心に身を回転させ、振り回された足によって後退を余儀なくされた。
『ンだよ、この程度かァ……?』
確実にダメージは入っているとは思うのだが、如何せん敵の反応にそれが出ないので、判断がしづらい。
いつも通り攻め続けていて良いのか?
互いに疲労は蓄積していく。我慢比べを挑むのは悪い手ではないが、最善手では決してない。みんなに負担が掛かり過ぎるし、多少のリスクはある。
だとしたら、どうするべきか。
『舐められたもんだなァ』
気が付くと、目の前にシャドウの足が迫って来ていた。
「先輩ッ!!」
空が間一髪、足を受け止めるようにガードに入ってくれた。
……今のは本当に危なかった。シャドウが何も言わなかったら反応すら出来ていたか怪しい。
『喧嘩中に余所見とは、余裕ぶちかましてくれんじゃねえかよォ』
「空、助かった」
「いいえ。ですけどこの状況、どうしますか?」
「……」
現状、明確な打開策はない。
となるとやはり持久戦に持ち込むべきか。
だったら現状ダメージを負っている空と祐騎を下げて、洸と璃音に交代してもらって──と。
そんなことを考えていた時だった。
「なあ、アキ」
後方から志緒さんの、声が聴こえてきた。
「タイマンだ。まさか逃げるなんて言わねえよな?」
耳に入ったのは、まさに耳を疑う発言だった。