PERSONA XANADU / Ex   作:撥黒 灯

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8月18日──【マイルーム】先に気付いた者

 

 

 夢を見た。

 迷いを断ち切れぬ青年の夢だ。

 

 

 偶然とはいえ、助けたいと願い助けた命。

 その対価は、相手の夢。

 夢を奪ってまで助かった命に価値があるのか。助けた本人である岸波白野にも分からない。

 彼には夢が無いのだから、当たり前のことかもしれなかった。

 それでも、彼が足を止めることはない。未だ足を止める理由に、出会っていないからだ。

 

 次なる対戦相手は、狂戦士と狂者。

 言葉は通じず、コミュニケーションは取りづらい。

 相手は自身の世界を持っていて、岸波白野だけではなく、他の誰もをそこに迎え入れようとしていないようだった。

 ──彼の相棒を除いては。

 

 だからと言って、岸波白野のやることに変わりはなかった。

 寧ろやることが増えていった。

 

 戦うこと。

 戦う理由を探すこと。

 そして、戦った責任を取ること。

 

 生き残ることを諦められず、無責任なままでいるのに耐えられず、他人を切り捨てることを許容できない。

 故に岸波白野は、自分を探しながら、決められた刻限まで必死に生きるのだろう。

 その姿を後ろから見ることになった少女に、手を貸され、背中を押されながら。

 その姿を隣で見続けている相棒たる妖艶な狐精に、尽くされ、寄り添われながら。

 

 

────

 

 目が覚めて、またあの不思議な夢を見たか、と振り返る。

 相変わらず夢とは思えない夢だ。見たこともない人が多く出てくる辺り、失った記憶の中の知人か、もしくは前世の記憶でも受信しているのではないかと思う程に。

 

 救った側の責任。自分も歩み続けている道だった。

 一度救ったからには、寄り添ったからには、最後までしっかりと付き合う覚悟は持たなければいけない。それは4月か5月頃に、美月から言われたこと。

 命のやり取りを続け、救えずに終わっていた夢の中の彼にとっては難しい問題かもしれない。

 自分だって、唐突に友人を殺さなければ生き残れないと言われたら困惑するし、きっと悩みに悩むだろう。

 ……生きる、理由か。

 自分も、夢の中の自分も求め続けている、きっと大切なもの。

 だが、夢を通して、それを求める姿を客観視することができた。

 その上で、少し、考えたいことがでてきた。

 ……誰かに話を聞いてもらいたいかもしれない。

 

「……でも、今日じゃないな」

 

 今日は、約束の日。

 戌井 彰浩の救出に向かう日だから。

 

 

────>ダンスクラブ【ジェミニ】。

 

 

「いよいよ、だな」

 

 ダンスクラブ【ジェミニ】の前に全員が集う。

 誰もが緊張した面持ちでいた。気の抜けている者など居ない。とはいえ気負い過ぎている者は1人だけで、いつものメンバーは慣れもあってか、そこまでガチガチではなかった。

 

「高幡先輩」

「ん、おう、岸波か。行くのか?」

「いえ」

 

 気を張り詰めすぎです、とは言えない。

 以前からそうであったが、気負うなと言う方が無理な話なのだ。

 だが、それでも今の彼との間には、死線を潜り抜けた縁がある。少なくとも自分は、そう信じている。

 

「あまり、1人で思い詰めないでください」

「……」

「自分たちが居ます。戦うのは高幡先輩1人じゃない」

「……岸波」

 

「そうだぜ、高幡……いや、シオ先輩、オレらもう、仲間じゃないっすか」

「仲間……」

「そうですよ! 1人だと厳しいことでも、誰かと一緒ならなんでもできるようになりますって!」

「ま、元より1人ですべてやり遂げようなんて気持ち、傲慢が過ぎるしね。そういうの、“驕り”って言うんだよ。適材適所、高幡センパイは高幡センパイにできることをやれば良いから」

「ユウ君は、“心配はいらない、フォローは任せて”って言ってます!」

「言ってない!」

 

 ユウ君自動翻訳機と化している空と、真意を見抜かれて焦る祐樹ががやがやと言い合いをする中、高幡先輩は、くつくつと笑い出した。

 

「くっ……くくっ、本当に、お前らは……」

「緊張、解れましたか?」

「ああ、イイ感じだ。まったく、敬語は要らねえって言っただろうが。仲間だって言うなら、尚更遠慮なんて要らねえよ」

「それは、その……」

「無意識で敬語使っちまってたな」

 

 思い返すと、結構敬語で話していた気がする。

 気を許していないという訳ではなかったのだが。

 

「気に障った?」

「ハッ。まさか。そんな小さいことに目くじらは立てねえよ」

「そんじゃまあ、ここからはお互い遠慮なしってことで、どうだ?」

「良いぜ。……だが正直仲間とは言っても、このままだとお前らには頭が上がらなくなっちまいそうだな」

「別に気にすることじゃない」

「ああ」

「……異界関係じゃ力になれねえが、この先お前らが現実で困ったら、何が何でも力になる」

 

 だから。と前置いた彼は、気合を入れる為に、胸の前で両拳を叩きつけ──

 

「岸波、時坂」

 

 ──その拳を、こちらに向けた。

 

「今は、お前らの力を、貸してくれ」

「! ……へへっ。上等!」

「ああ、全力を尽くそう」

 

 洸と志緒さん、自分。3人の拳を、突き合わせる。

 ゴツッと鈍い音が身体に響く。少し痛いが、気合は十分に入った。

 さて。

 

「柊と璃音も、よろしく」

「「……」」

 

 口を開かない柊と璃音に頭を下げる。

 反応はきっと返ってこないだろう。それは自分たちの問題で、今日が済んだらしっかりと解決していけば良い。

 今は、目先の問題に集中しよう。

 

 

「みんな……」

 

 (ゲート)の前に立ち、振り返る。

 全員の表情が、よく見えた。

 先程より柔らかく、しかし先程よりも力がある。

 そんな頼もしい戦友たちに背中を押されるようにして、自然と言葉が出てきた。

 

「行こう」

「「「「 応! 」」」」

 

 扉へ向かって駆け込む。

 目的地まで、最速で飛ばそう。

 

 

 

 

 

 

 

 

────>【異界:蒼醒めた廃墟】。

 

 

『おいおい、ナニ調子に乗ってンだァ……?』

 

 最奥に至る道筋に踏み入れた途端、声が流れ込んできた。

 だが、知らない男の声だ。戌井さんが言われたことの記憶でも流れているのだろうか。

 

『ンだと』

 

 違った。今のは戌井さんの声だ。

 どうやら2人は、会話をしているらしい。

 

『ンだとじゃねェぞ腰巾着』

『ッ』

『言い返すか? 言い返せんのかァ?』

『黙れ……』

 

 会話というには、少し雰囲気が悪かった。

 

「今の声は……」

「心当たりが?」

「ああ。……当時敵対してた都下最大級のグループ、ケイオスってグループの幹部の声だ。耳に残る感じ、間違い様がねえ」

 

 志緒さんの腕に、力が入っているのが見て取れた。

 ……ああ、そうか。そのグループが、先輩の相棒である竜崎さんを。

 

 ――あの人たちに及ばねえのは、分かってんだよ。

 

 

 次に流れてきたのは、戌井さんの心の声だった。

 イラつきを孕んでいることは声色で明らか。もう少し聞けば、何か分かるだろうか。

 

『ハッ、しけてんなァつまんね。張り合いがねェんだよ今のテメエらは』

 

 ――いつもそうだ。あれからいつだってオレらは、下に見られてる。

 

『だいたいよォ、カズマもいねえシオもいねえチームなんて、誰も付いて来ねえだろ』

『……やめろ』

 

 ――その名前を出すんじゃねえ。

 

『良いか、テメエらBLAZEの時代はなァ』

『やめろッ』

 

 ――わかりきってることを外野が言うんじゃねえよ。

 

『ケイオスに負けた時点でもう終わったんだよ!』

『やめろッて言ってんだろうがァ!』

 

 ――じゃあ、どうしろってんだよクソ、クソッ!

 

   

   

「……」

 

 どうしろ、か。

 

「行きましょう、志緒さん」

 

 その答えを、伝えに。

 

「……ああ」

 

 

 

────>【異界:蒼醒めた廃墟・最奥】。

 

 

 最奥に到達して最初に見えたのは、戌井さんが、彼のシャドウと思われる人物に首を絞められている場面だった。

 

「やめろぉおおお!」

 

 志緒さんが、叫ぶ。

 その巨体に見合わない速度で走り、ソウルデヴァイスを呼び出し、シャドウへ向かって斬りかかった。

 

 その体験型のソウルデヴァイスを、戌井さんのシャドウは、片手で受け止める。

 

「うっそぉ」

「なんて力……」

 

 少し間を開けて、囲むように展開した自分たちは、各々のソウルデヴァイスを召喚。

 いつでも切り込める体勢を取った。

 

『よぉシオさん。遅かったじゃねェか。遊び疲れたぜ』

「テメェ……!」

『ギャハハハ! なにキレてんだよシオさん! まさか一度見捨てた相手を助けたいなんてダセェこと抜かさねえよなァ?』

「生憎、そのまさかだっ!」

 

 一際力を込め、ソウルデヴァイスを押し込む志緒さん。

 さすがに彼の全力は受けきれなかったのか、シャドウは一旦ソウルデヴァイスを離し、後ろへ後退した。

 その隙に、空と洸が戌井さんを回収する。

 

『おいおい嘘だろシオさんよォ。頼むからそんなダサい真似しないでくれよ』

「五月蠅え。ダサくて何が悪い。それをしたいって意志は決まってる。それを為すべき力は借りた。なら、成し遂げられねえ方がダサいだろ」

『なに訳のわからねえことを言ってんだよ!』

 

 今の所、シャドウが怪物に変化する様子はない。

 それにまだ会話は通じている。

 自分たちが出来ることと言えば、志緒さんの援護と、戌井さん本人の回復か。

 

「柊、回復を」

 

 柊のディアが戌井さんに掛かり、彼の辛そうな面持ちが少しだけ和らいだ。

 

「……テメエら、は」

「助けに来ました」

「……チッ、るせぇ、どけっ」

 

 自分を押しのけ、足を引き摺りながらも前に出る戌井さん。

 見兼ねた空が肩を貸そうとするが、払いのけられた。

 

「おい、何してやがる」

「アキ!?」

『なんだ、起きたのか、オレ』

「うるせェ! オレの顔で喋んじゃねェ!」

 

 戌井さんは、怒鳴った。

 やはり、シャドウと対面して、冷静というわけではないらしい。

 先程までは首を絞められていた。殺されかけていたということだ。

 一体なぜ、シャドウは本体である戌井さんを殺そうとしていたのか。

 

 ……空の時のシャドウは、空自身を攻撃しようとか殺そうとかはしていなかったな。

 

 だが、悟らせようとはしていた。

 あくまで自分に気付かせようと話を回し、己に納得させることで、本人の意思を奪おうとしたのだ。

 シャドウの目的が、本人の意志を乗っ取ること。本能のままに行動させるよう仕向けることだとすると、戌井さんのシャドウが彼に分からせようとしたことは……?

 

『連れねえこと言ってんじゃねえよ。オレはオマエだ。同じ顔してんのは当然だろうが』

「わけわかんねえこと抜かしてんじゃねえぞ! それからシオさん! アンタは何でこんな場所に居んだよ!」

「お前を、アキを助けに来た」

「……は? 助けに……? 嘘、だろ……嘘だ、嘘だ」

 

 志緒さんの発言を聞いた直後、様子が一転した。

 助けに来たのが、そんなにおかしいのか?

 

『ああ、その通り。嘘だよ、オレ。誰かが助けに来てくれるなんてユメに決まってるもんなァ』

 

 助けに来てくれるはずはない。

 シャドウはそう言った。

 つまり、戌井さんの本音は救われることを諦めているということか?

 一体、何故。

 

────

  

『まさか一度見捨てた相手を助けたいなんてダセェこと抜かさねえよなァ?』

  

────

 

 ……そういう、ことか。

 

 

「志緒さんは、本気で戌井さんを救いに来ている」

「岸波?」

「なんだ、テメエは……」

「志緒さんの仲間だ」

『「……は?」』

 

 間の抜けたような表情で、受け入れられない事実を叩きつけられたような声を出す彼ら。

 まあ、そういう反応になるよな。

 

「志緒さんが、貴方を救うのに集めた仲間だよ」

「嘘、だ……だってシオさんは、オレらを……オレを見捨てて」

「そうかもしれない。以前は」

『……テメエ』

 

 まあそれは後で本人に思う存分語ってもらおうとしよう。

 打ち明ける覚悟は出来ているはずだから。

 自分たちがするのは、その機会を設けること。

 みんながこちらを見ている。

 ああ、そうだ。いつも通り。

 戌井さんと、本音でぶつかり合う為に、まずは。

 

「岸波」

「はい。……戌井さん、貴方は。貴方が諦めたことは」

 

 

 心の壁を、壊さなければ。

 

 

──Select──

  

 >誰かを頼ること。

  

──────

 

「誰も助けてなんてくれない、誰も力になってくれないならと、他者へ期待することを止めて1人殻に閉じこもり、すべてを単独でこなそうとした。違うと言うなら──」

「少しズレてるぞ、岸波」

「──え?」

 

 違う……?

 突然志緒さんに遮られて、頭が真っ白になる。

 頼ること、ではない?

 なら、何だと言うのか。

 

 

 

 

 

「アキ、お前が諦めたのは……違うな、“俺たちが諦めた”のは、“決別すること”だ」

 

 


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