PERSONA XANADU / Ex   作:撥黒 灯

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8月12~13日──【生徒会室】リーダーの資質

 

 

 攻略度が半分を超え、少し進んだ後に探索を終了させ、十分な睡眠を取った次の日。

 事前に応援要請があったが、夏休みも中盤。お盆前というのもあるのか、神山温泉はお客で満員だった。大多数の宿泊客が帰省前に1泊、といった感じらしい。そんなに立地はよくないはずのにここまでお客様が来るなんて、流石は神山温泉だな、と先輩が休憩中に独り言を零していた。

 

 この日は本当に忙しく、バイト代も少し色がついて返ってきた。

 

 

──8月13日(月) 昼──

 

 

────>杜宮高校【生徒会室】。

 

 

 バイト明けの今日。夏休みだと言うのに学校へ、それも生徒会室を訪れたのには、勿論訳がある。

 自分は今までのことを色々と相談する為、北都 美月を訪ねる為だ。

 

「こうして2人で話すのは久し振りですね」

「そうか? たまに連絡は取っているけれど」

「文面だけのやり取りだと、測れないものもありますから。やっぱり、面と向かって話す機会は貴重かと」

 

 確かにこうして向かい合って話していると、色々見透かされている感覚に陥る。

 ある種、柊と会話しているのと同じ感覚だ。

 自分の考えていることなどお見通しのようで、常に数歩先から助言されているような感じ。

 美月の方がそれを巧妙に隠す分、少し恐ろしかったりする。

 逆に柊は割とどこにスイッチがあるのか分かりやすいから。……今回は見事に地雷を踏んでしまったみたいだけれど。

 

「それで、何があったのですか? 異界関係、というわけではないでしょうし」

「いや、どちらかと言えば関係あるんだけれど」

「? それは柊さんに聞けば良いのでは?」

「それを踏まえて、相談させて欲しい」

 

 訝しげに小首を傾げる美月だったが、すぐに真剣な表情になって佇まいを正し、どうぞと合図をくれた。

 

 そうして今までの一連のやり取りを話した。

 半ば仲違いのようになってしまった経緯。

 現状の謎。

 解決しない不和。

 出来るだけ細かく、あくまで誰かの名誉を傷つけることだけはないように。

 

「なるほど」

 

 話を聞き終えた美月は、これから話すと言う意思表示なのか、紅茶を飲んで喉を潤わせた。

 コップを置いて、姿勢を正してから、彼女はゆっくり口を開く。

 

 

「岸波君は……」

「?」

「皆さんが、大事なんですね」

 

 言われた言葉の意味が分からなかった。

 どうしてそうなる?

 

「あまり信頼されていないような気がする。仲違いしている。そんなことを言いつつも、誰の事も悪くは言わないですから」

 

 それは、だって、悪い人など居ないから。

 本当に、少しのすれ違いだったのだ。掛け違えないこともできたはずのボタンが、たまたまズレてしまった。それだけの話。

 悪人を作る必要はない。

 

「それは違います。“全員が全員悪い”んです」

「全員?」

 

 それは、空や璃音を含めてか?

 

「ええ、全員。まあこればかりは教えても仕方ないですし、おいおい自然治癒を狙うしかありませんね。特に岸波君、柊さん、時坂君については」

「……なにか、ヒントだけでももらえないのか?」

「ありません。ヒントが答えのようなものですから」

 

 答える気はないが、確かに問題は存在するらしい。きっぱりと言い張る彼女の理論は、直感的に正しいものだと信じられた。

 だとしたら本当に、自分で気づいて自分で治すしかないらしい。

 自分に至らない点が多いことなど分かりきっているし、足りていないことばかりなのは分かっている。

 だけれど、面と向かって、自分の始まりを知っている美月にそう言われてしまうと、少しばかり堪えるものがあるな。

 

「ただ、リオンさんと四宮君、郁島さんについては、少し働きかけが必要かもしれません。今回の異界攻略が終わってからでも、少し時間を作って話してみますね」

「……そういう、何でも自分の手でやってしまおうとするのは、美月の悪い所だと思うけれど」

「性分ですので。それに、今の貴方たちには外部からの働きかけの方が効きそうですし」

 

 この話はここまで。と彼女は準備した紅茶を口へ運んだ。

 

「それで、BLAZEのことと、異界のこと、でしたか?」

「ああ。美月はどこまでBLAZEのことを知っているんだ?」

 

 以前、高幡先輩が不意に、美月の名前を出した時があった。蕎麦屋での話し合いの時だ。

 彼と彼女の間に、自分たちが知らない結びつきがあることは分かっている。強いか弱いかは分からないが、貴重な情報には間違いない。

 

「そうですね、お会いした回数ほど数えられるほどですが、一通りの方と面識があります」

「なら、高幡先輩とも」

「ええ、高校に入る前から存じ上げていました。……カズマさん、前リーダーの方のことも、勿論」

 

 一度間を開けるようにして紅茶を飲んだ彼女は、その言葉を吐き出す。

 聞きたいことはどうやら、彼女にも伝わっているみたいだ。

 

「前リーダーの方、カズマさんは、美月から見てどんな人だった?」

「そうですね……兄、という存在は、ああいう人のことを指すんだな、といった印象でしょうか」

 

 死んだ人を、思い返す。別に悪口を暴いて欲しいわけでもなく、好感をあらわにして欲しい訳でもなかった。

 だというのに、どうしてだろうか。

 質問しただけで、残酷なことをしているような感覚に陥る。

 

「元気な方でした。面倒見も思い切りも良く、自然と人を惹き付ける魅力、というものが備わっていて。よく言うリーダーの資質を持っている方、と言っても良いですね」

「……つまり、快活な男性版美月ということか」

「話聞いてました?」

 

 リーダー。人の上に立つ資質という意味で美月より上の人は、彼女の祖父くらいしか見たことがない。

 自分にとって誰かを従える人、というのは美月というイメージが少なからずある。それも無理にこき使うのではなく、人望で人を動かせるタイプの。

 

「……あまり言いたいことではないですが、私、そこまで人望ありませんよ? 人を惹き付ける、といったタイプの人材では、決してありません」

「そうなのか? それは悲しいな」

「もしかして煽ってます?」

「いいや」

 

 最初に、校舎を案内してもらったことを思い出す。

 

 淀みない口調で学校のことを説明し、穏やかで綺麗な笑みを浮かべて、そこで暮らす人たちを見る彼女のことを、生徒会長と呼ぶのだと認識した、あの日。

 その声その表情に、偽りなんてなかった。確かに彼女はこの場所に“特別な感情”を持っていて、そこに属する人々の幸せを願っていて。

 この人になら付いていきたい。そう思わされたのだ。

 この人が守る学園なら安心だ。そう思えたのだ。

 

「美月は気付いていないかもしれないけれど、美月の横顔や背中は、十分に人を惹き付ける魅力に長けていると、自分は思う」

「──」

 

 反応を見せず、まるで固まったように動作を止める美月。

 ……そういえば以前にもそんな反応をしたことがあったな。

 少し面白い。

 

「末恐ろしい人ですね……」

「なんて?」

「失礼、なんでもありません」

 

 先程までより大きくカップを傾け、紅茶を飲み干す彼女。

 そのまま立ち上がり、注ぎ足し分の用意に向かった。

 

 ……しかし、そうか。人に接する機会の多そうな美月から見ても良いリーダーだったということは、カズマさんの人望は相当なものだったに違いない。

 なんで死ななきゃいけねぇ、か。

 戌井さんだけじゃない。高幡先輩だってそうだし、関わっていた多くの人が、その損失を認めたくなかっただろう。

 そんな中で、戌井さんが異界を生み出す程に思い詰めたのだとしたら、その理由は……“後継者としての重責”、だろうか。

 

 

「美月」

「……どうしました?」

「あまり気分のよくない仮定の話をしていい?」

「どうぞ」

 

 再び準備を終えて席に戻った彼女に、問いかける。

 

「もしも征十郎さんが急な都合で隠居されて、その後を美月が引継ぐことになったら、どう思う?」

「…………もしお爺様がお亡くなりになられたとしても、若輩の私が北都を継ぐことはないと思いますが、そういう話ではないのですよね?」

 

 頷きを返す。

 彼女も、この質問がどういう意図で尋ねられたものかは分かってくれているみたいだ。

 ……仮定だとしても、恩のある人をそういう扱いで見たくはなかったな。

 

「そうですね。まず、“私はお爺様にはなれません”。それを、内にも外にも示していくしかない。その上で、今できることとできないことを明確に線引きし、色々と取捨選択することになる……とは思います」

「取捨選択?」

「応えられない期待を背負い続けることはできませんし、相手が私を見ているのならともかく、先代を見て要求しているのなら、断るほかないでしょう。私は、私にできることしかできませんから」

 

 

 そう言って、彼女は力のない笑みを浮かべた。

 …………そうか。

 

「無理にでも応えようとするのかと思った」

「……うーん、正直に言えば、分かりません。要求の範囲にもよりますし、何より経験のないことですから」

「そうだよな」

「ええ。お父様やお母様が亡くなった時は、すべてお爺様が引き継いでくれたので、私が何かを求められるということはほとんどなかったですし。……だから今のは、当事者としてでなく、あくまで私の理想を元に立てた推測でしかありません。理性で判断する最善はさっき述べた通りですが、感情がそれを凌駕することだって、想像に難くないですし」

 

 理性が勝つか、感情が勝つか。

 それは、自分たち異界攻略者にとっても、大事な問題だ。

 決して感情が勝つことは、悪いことではない。理性が勝つのだって間違っていない。

 結局、何が正しいのかは、自身と周囲が決めることなのだと思う。

 今回の異界だって、正直に言えば戌井さんと高幡先輩たちでしか、何が正しいかは見通せないだろう。彼らが当事者で、彼らの正義をぶつけ合わせるのが自然なのだから。

 だからもし、先程の仮定が現実に起こったとして、彼女が取る決断について、何か言うことは出来ない。

 その決断の果てに待つのが、本人を含めた誰かの悲しみだとしたら、話は別だが。

 

「すまなかった。嫌な想像をさせて」

「いいえ。……それに、まったく考えたことのない話ではありません。お爺様もあの年齢ですし、今が上手く行っているからといって明日どうなるかは想像つかないですから」

 

 人望のあった人の後を継ぐのだ。その人を超える必要はないが、その人と同じくらいの人望は求められるだろう。

 そうでなければ、集まっていた人たちはいつか離れていってしまう。

 せっかく憧れの人が作り上げた居場所を、自分の力不足で壊してしまう。

 そんな恐怖が、あるのかもしれない。

 

────

 

『取り戻す……なにもかもだァ……その為だったらオレは……オレはァアア!』

 

────

 

 戌井さんの、慟哭にも似た叫び。“取り戻す”という言葉の意味が、もしその通りの意味なのだとしたら、彼は……

 

 

「……すまない、考え込んだ」

「いいえ、少しでもお役に立てれば良いのですが」

「十分だ。ありがとう。それで、もう1つの件だけれど」

「異界について、ですね」

 

 そう、異界について。

 前回辿り着いた考察が、正しいものであるかどうか。それを彼女にも聞いてほしかった。

 

「なるほど、よくご自分たちだけで気づきましたね」

「ということは」

「ええ、恐らく正解です。……その辺りは柊さんも詳しいとは思いますが……いえ、余計なことを言うのは止めておきましょう。とにかく、その推測は間違っていません。あくまで統計上、データの上での話ですが。正解なんて自分たちで勝手に決めつけたものでしかないですし」

「……それもそうか」

 

 異界の生みの親でもない限り、正解かどうかなんて想像することしかできない。

 その前日までは正解でも、ある日突然法則性が弄られる可能性だってあるのだ。まあその生みの親が本当に居るとして、その存在に意志があり、こちらを害そうとする思惑があればの話だが。

 ……そもそも何で異界が存在するのかという話に発展しそうだな。止めておこう。

 

「なら、今回の異界でも、判断材料には含めて良さそうだな。どういう意図か分かるか?」

「うーん、毒々しい雰囲気から切り替わって、トラップが多い回廊に。……なんて言いますか、ちぐはぐではありませんか?」

「ちぐはぐ?」

「トラップというのは本来、入って来てほしくない所に設置する者です。ここから先は危ないぞ、という警告の意味合いが強い。ならばどうして、最初から仕掛けてないのですか?」

「……」

「それに、途中から雰囲気が一変したというのも気になります。戻す必要ないじゃないですか。追い払いたいのであれば」

「……つまり、追い払うつもりはないと?」

「そうですね。“来てほしくはないけれど、来て欲しい”。“弱い者は求めていないけれど、乗り越えてくる強い存在を待っている”ともとれますか。とにかく、完全な拒絶ではないですね」

 

 その点で言えば、相沢の異界と似ているとも言える。明確な害意がある分こちらの方が厄介だが。

 それにしても、強い存在を待っている、か。

 彼らの過去とすり合わせれば、待たれているのは、きっと。

 

──Select──

  カズマさん。

  高幡先輩。

 >その両方。

──────

 

 

 どちらか、という話ではないだろう。

 多分、“リーダーとして引っ張ってくれる存在”を待っているのではないだろうか。

 ……大方の予想が纏まってきたかもしれない。

 

 

「ふふっ、何か掴めたみたいですね」

「ああ」

 

 本当にありがたい。

 柊も璃音もいない今、集団を纏める話や異界の話などをできるのは、美月くらいしかいないから。

 洸も空も祐騎も、個としては本当に頼りになる存在だが、今回の議題とは少しばかり、相性が悪いし。

 

「助かった。本当にありがとう」

「いいえ、お気になさらず。……でも良かったです。岸波君、大分頼りがいが出てきましたね。つい最近まで素人だったとは思えません」

「それは、まあ、ありがとう」

 

 偏に、潜った修羅場の数が、自分を成長させているのだろう。あまり嬉しくはないが。

 いつだって誰かが犠牲になるかもしれないリスクを負っているのだ。素直に喜べるわけがない。

 

 退室の準備をする。

 目の前に置かれたティーカップの中身を飲み干し、改めて感謝を伝え、立ち上がった。

 そんな自分の姿を見ながら、彼女は何かを思案するように黙り込んでいた彼女は。

 

「……ああ、そうです。最後に1つだけ、伝えておきたいことがありました」

「何についてだ?」

「最初に全員が悪い、と言った件についてです。まあ、ちょっとしたことですが」

 

 少し目を座らせて。

 

「岸波君、リオンさんを頼り過ぎていませんか?」

 

 ぐうの音も出ない忠告を放った。

 

 

 

 

 

 

 

 少々きまずい想いを抱いた自分が、やや反省しつつ生徒会室を出ようとした時、最後にもう一度だけ、「岸波君」と呼び止める声が掛かった。

 振り返ると、座っていたはずの美月が、いつの間にか立ち上がっていて。

 

「高幡君のこと、BLAZEの皆さんのこと、よろしくお願いします」

 

 静かに、頭を下げてきた。

 ……ああ、そうだよな。心配でないはずがない。

 友人……かどうかは分からないが、先の話を聞く限り、気の知れた仲に一度はなった相手。できることなら、彼女自身で手助けをしたいだろう。

 だが、祐樹の一件で垣間見えたように、柊と美月はその……あまり仲が良くない。仲が悪いというわけではないのだろうが、今の状況で美月が対応に身を乗り出せば、柊が何を思うかは想像に難くなかった。

 

「ああ、全力を尽くす」

 

 いつか彼女に誓った、出来る限りで力を貸すという約束。

 元より負けて良い戦いなんてないけれども、より一層、負けたくない理由が増えた。

 

 




 

 今の白野には優しさが圧倒的に足りていないので、コミュが始まりません。なんてこった。ふつうに優しい程度じゃ絆を深めるのに物足りないというのかミツキさん。そういう所が好き。

 今回の選択肢は、間違えても正解まで無限ループ系なので回収しません。

 誤字脱字報告、ご意見ご感想等お待ちしております。

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