PERSONA XANADU / Ex   作:撥黒 灯

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8月11日──【異界:蒼醒めた廃墟】異界攻略 1

 

「僕が思うに、やっぱりフラグってあると思うんだよね」

「……藪から棒に話し出してどうした」

 

 異界の中とは思えない程に静まり返った空気の中、唐突に祐騎が眼鏡を指で押し上げながら喋り出した。

 動作はカッコイイが、何を言っているのかがさっぱり分からない。

 

「さっき僕がなんて言ったか覚えてる?」

「『なんか落とし穴とかありそうな雰囲気だよね』……だったか?」

「そうそうそれそれ」

 

 1本だけ立てた人差しを振りながら、指期限良さそうに話す彼。

 意図的なのかどうか分からないが、1人だけテンションが違う。何というか、場に背いている。

 

「仮にあの時、本音で『コウセンパイや郁島って落とし穴に落ちそうだよね』って言っていたら、きっと僕は落とし穴に落ちていたと思うんだ」

「っておいちょっと待て、祐騎お前、そんなこと考えてたのかよ」

「ちょっとユウ君……?」

「思われたくないなら普段の様子を直したら? ハクノセンパイや柊センパイ相手だったらそうは思わなかっただろうし」

 

 2人が少し不満そうな表情でこちらを見た。

 自分で言ったことでもないのに、そんな目で見られても困るんだが。

 

「話を戻すけど、フラグ管理って大事なんじゃないかなって話」

「そんな話していたか?」

 

 そもそもフラグってなんだろうか。と首を捻る。

 話の流れからもいまいち読み取れない。もう素直に聞いてみようか。

 ……いや、今じゃなくて良いか。そもそもこの話自体今でなくて良い気がするけれど。

 というか一刻も早く無駄話を終えるべきな気がする。そろそろ誰がとは言わないが耐えきれないだろう。自分だって耐えきれない。

 

「まあ要するに、例え本心だとしても、人を馬鹿にするような発言をしちゃいけないってことだよ」

 

 自分が話を終わらせようとしたのが分かったのか、祐騎は仕方ないなぁと薄く笑いつつも彼女に目を向ける。

 

 

「──わかった? 久我山センパイ?」

 

「……ああ、うん。良いから取り敢えず出して」

 

 

 下半身を丸々穴の中に入れた璃音が、瞳から光を消したまま覇気のない声で呟いた。

 

 

「いや、ソウルデヴァイスの力で出ればいいじゃん、羽なんだし」

「………………引っ張って」

「だから自力で」

「引っ張って」

 

 ハイライトの消えた目をこちらに向けられても困る。さっきから誰かに視線を向けられるたびに困っている気がする。

 璃音の圧力に負けた祐騎と一緒に彼女を穴から引き摺り出す。

 

 数分前に嵌った落とし穴から這い出た彼女は、いつもの快活さを消し、ずっと俯いていた。

 少し、対応に困る。

 周りを見ると、付き合いの浅い高幡先輩は勿論、洸や空、祐騎も戸惑いを隠せないみたいだった。

 空の縋るような視線が、洸へ向く。

 それは無理だなと受け流した視線が、祐騎へ向いた。

 言葉なくすべてを読み取った、もしくは押し付けられた彼は、やや躊躇いがちに璃音へと声を掛けることに。

 

「あー……いやほら、バラエティ番組とかで慣れてるんじゃないの、久我山センパイ。アイドルだし」

「そういうの出てない」

「美味しい役どころだと思うけど」

「興味無い」

 

 ばっさりと一刀両断。

 取り付く島もなさそうだ。

 

「……いやほら、そもそも久我山センパイが悪いんだって。僕の発言に対して、『いやいや四宮君、ゲームのやりすぎだって。そんなのあるわけないじゃん』とか言うから。自爆フラグを盛大に踏み抜いていったから!」

「おい四宮、そこら辺にしとけ」

 

 自棄になった祐騎に高幡先輩がストップをかけた。

 だがもう遅い。

 

「そうだね、あたしが悪かった。ゴメン」

 

 完全に沈んだ声のトーンと死んだ目。

 これはまずいな、と誰かが思った。いや、全員が確信した。

 それぞれが焦ったようにフォローへ回る。

 祐騎の口が止まったのを見た洸と空は、すかさず視線を合わせ、共同戦線を組むことで同意する。

 

「ま、まあ気にすることねえよ久我山。誰にだって失敗はあるだろ」

「そうですよ! 別に私たち、なんとも思ってませんし!」

「誰も落とし穴がこんなところにあるなんて気づかねえし」

「嵌ったとしても仕方ありませんよね。ね!」

「……良いから、ちょっと1人にして」

「「「「……はい」」」」

 

 その気遣いも無残に切り捨てられた。

 すっかり意気消沈した璃音は、柊の近くへふらふらと歩いていき、無言で彼女の横に付いた。

 その間、柊はずっと目を逸らしている。何を考えているのかまったく分からない。

 

「……行くか」

「「「……」」」

 

 無言で頷く彼ら。

 異界攻略も中盤。そう、まだ中盤。

 自分たちはある種、追い詰められていた。

 

 

────

 

 

 淡々とシャドウを殲滅する女子が2人になったところで、さて何でこうなったんだろうと思い返してみる。

 流れが変わったのは、異界攻略が3分の1ほど進んだ頃のこと。

 元々、暗鬱が蔓延したような雰囲気の異界だったようにも思えるが、毒々しい様子の回廊は序盤のうちに終わりを見せた。

 代わりに出て来たのが、璃音が先程嵌ったようなトラップ。

 落とし穴だけではない。坂で大玉が転がって来たり、地面から槍が生えて来たりもしている。

 総じて、攻撃性が増したと言えるだろう。

 今までの異界にはない傾向だ。

 

「どうして、こんなに罠が多いんだろう?」

 

 思い浮かんだ疑問を、口に出してみる。

 せっかくなので今考えていたことを共有したかった、彼らとなら何かしらの答えが出せるのではないかと思ったから。

 

「そうだな。今までの異界じゃ、こういう歓迎の仕方はされてねえ」

「ふーん、ってことは、何か紐解くカギになるかもね」

「鍵?」

「異界は諦めた心を具現化した世界で、抑圧していたものが暴れられる場所なんでしょ。だったらこの異界や、センパイたちが前攻略したって言ってた氷の異界なんて言うのは、その人の欲求が色濃く出過ぎた場合なんじゃないかなってね」

 

 氷の張られていた異界【月下の庭園】は、相沢さんの発生させたものだ。

 仮にシャドウだけでなく異界の景観も彼女の心境によるものだったとすると、どういう側面からとらえられるか。

 ……割と答えは単純かもしれない。

 

「興味を持たれたいという想いと、拒絶」

「岸波先輩、どういうことですか?」

「薔薇とかと同じで、【月下の庭園】は美しい反面、危ない点もあった。張られていた一面の氷からして、普通の人なら綺麗だと感心したり、触りたいと関心を抱いたりする。けれどもそうして近付いたり触ったりしてしまった人には、少なからず被害が出る」

「害する意思がなければ、ただ美しいだけの景色だったはずってことか?」

「ああ」

 

 他にも美しいものなんていっぱいあるだろうに氷として異界が具現化したのは、少なからずそういった意図があったから、と推測するのが妥当だ。

 

 例えば祐騎の父。彼の異界は空中に浮かんだ神殿【妖精の回廊】。

 己の心は神殿のように不可侵で、他人に関与されることはない。加えて空中に浮いているのは、上昇志向や普遍的存在からの脱却と取れる。単純にお高く止まっていたという線もあるか。

 

 空の異界はどうだったか。

 これといった印象は残っていないが、強いて言うなら、安息。

 息苦しさもなく、窮屈さもない。適度に引き締まっているものの、ゆとりのある異界……だった気がする。

 それは空自身が柔軟でありたいと思うが故、なのだろうか。当時の彼女が抱えていた悩みに即して考えるなら、彼女が望む自由が異界の構造に出た、と考えていいかもしれない。

 

「確かに、そういう見方もできる……かも」

「まあ所詮は推論だけどさ、視点は多い方が良いでしょ」

「ユウキの言う通りだな。それで、だとするとこの異界は一体何を考えて作られたものなんだ?」

 

 全員が、数秒悩む。

 答えは出ない。

 先程までは正解が事前に用意されていたから、異界から真意を読み取ることも可能だったが、今回は違う。答えに行きつくには、審美眼や推理力が必要だろう。

 

「……とにかく、探索に集中しよう。あの2人を放っておくのも少し怖い」

「そうですね。行きましょう!」

 

 

──────

 

 

 

『異界探索率、そろそろ50%に到達。折り返し地点です。気を抜かずに頑張ってください』

 

 

 サイフォンから声が響いて来る。

 まだ半分か。かなり進んだ気はしていたのだが。

 だが、距離も時間もそこそこ使ったものの、未だに巻き込まれた人は1人も見つかっていない。人数が増えたとはいえ、今までの例に漏れず対象は最深部に居ると考えた方が良いだろう。

 

 

『──ずっと、あの日々が続くと思ってた』

 

 声が、聴こえた。

 思わず足を止め、呼吸の音すら消し、情報を掴もうとする。

 

 

『クソが……なんで……なんでなんだよッ。なんで死ななきゃいけねェ! なんで終わらなきゃいけねェ!』

 

 彼の抱く無念と激情が、強引に心へ語り掛けてくる。

 痛い叫びだ。聴いているだけで、自分も何かしなければという焦燥感に駆られてしまうほど、強い感情の伝播。身をつまされる思いというのはまさにこういう状態のことを言うのだろう。

 

『取り戻す……なにもかもだァ……その為だったらオレは……オレはァアア!』

 

 声は、そこで途切れた。

 

 

 

「「「「「「…………」」」」」」

 

 

 数秒の間、誰も言葉を発さない。

 

「まあ、そうだよな……情けねえ」

「高幡、先輩?」

 

 最初に口を開いたのは、高幡先輩だった。

 自然と彼に視線が集まる。

 

「アキが苦しんでたことには気づいてた。アキだけじゃねえ。全員が酷く傷ついていることくらいは分かってたんだ。だが俺は自分の意見を貫いて、自分の我が侭を押し付けちまった」

「……」

 

 高幡先輩の握る拳に、力が篭った。

 周囲に柱や壁でもあれば殴りかかりそうなほど、きつく握りしめた拳を見て、彼は表情を一層険しくする。

 だが、行動には起こさない。邪念を払うかのように深く息を吐き、握り拳を解いて、脱力した腕をぶらりと下げた。

 

「悪ぃ、つまらねえことを言っちまったな」

「高幡先輩、その」

「気にするこたぁねえ。行くぞ。今度こそ、あいつを……あいつらを助けなきゃならねえんだ」

 

 ……どうやらまだ、自分たちの知り得ない範囲の話があるみたいだ。

 当然か。すべてを話してもらえる訳がない。信用も信頼もないのに、それを求めて良いはずもなかった。

 考えよう。そして、言えることを、手伝えることを探すのだ。

 今、ここに共に居るならば、できることはきっとある。

 取り敢えずは、異界攻略を進めよう。

 

 


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