異界に入ると、おどろおどろしい雰囲気に呑まれかけた。
何て呼ぶのだろうか。……瘴気? 何処となく毒々しいというか、とにかく、今までの中でもかなり危険な雰囲気の異界のように思う。
とはいえ今日はただの様子見。少しは潜るものの、がっつりとした攻略は行わない。高幡先輩にも雰囲気と危険性はしっかりと知ってもらいたいし。
取り敢えず、長時間潜っていても危険がない異界であれば良いのだが。
少し歩いてみて感じ取ったのは、この異界が少し攻撃的だということ。
顕著なのは、植物だろうか。どの植物にも大きく鋭い棘が生えていて、一部では何やら怪しげな液体まで垂らしているものもあった。
それはまるで、シャドウとは別に何か、他人を拒絶している心の顕れのようで。
……アキヒロさんの人柄についても、後で高幡先輩に聞いておく必要がありそうだ。
各々が最新の注意を払いながら分析し、間に小さな戦闘などを挟みながらも先に進むこと、約1時間ほど。
不意に洸が口を開いた。
「そういや、“異界ドラッグ”についての情報はまだ共有してなかったな」
「異界ドラッグ?」
「ああ」
聞きなれない単語だが、あまり聞こえのいいものではない。同じ単語でも、駅前広場にある【さくらドラッグ】のような健全さは感じ取れなかった。
話している洸の雰囲気がそう思わせているのかもしれないけれど。
「まあ、最初はただの噂だと思ったんだがな。『BLAZEが危ないクスリをやってる』って聞いたから、昨日直接乗り込んで調べたんだ」
直接乗り込んだって……バーにか?
行き違いだったのだろうか。
「……あったのか?」
「ああ。バーの引き出しの中に、ヤバめな錠剤がな。連中は“HEAT”って呼んでるらしい」
HEAT。熱。BLAZEといいそれといい、炎関係のワードが多いな。どうしてなのだろう。
「それで、異界ドラッグって言うのは?」
「異界に生えている植物……って言って良いのかは分からねえが、とにかく、異界原産の何かを原材料として摂取できるドラッグの総称、だったか」
「……それは、柊が?」
「ああ。出来ればその入手先も突き止めてえ。BLAZEの連中が異界のことを知っていたとも思えねえし、何より、加工自体は専門家でもねえと厳しいらしいからな」
つまり、そこを突き止めて供給を断たねば、今回の異界化を解決したとしても、第2第3のBLAZEが生まれてしまうということか。
ならば、頭に留めて置かなければ。
何にせよ、詳しい話はまた後日だな。
「……クスリ、だと?」
「高幡先輩?」
「……何でもねえ」
「そうですか、気が付いたことがあったら、何でも報告してください。どんな些細なことでもです。情報があるのとないのでは、救助の成功率に大きな差が出るので」
「ああ、分かった」
明日にでも攻略会議を開いて、主だった流れなどをもう一度高幡先輩に伝えておこう。あとは情報の整理と共有。状況の再確認。たった今舞い込んできた情報を含めて精査も必要だろうし、やるべきことは多い。
……そういえば、もう1つ知っておきたいことがあった。
「サクラ、異界の脅威度は分かるか?」
『はい先輩。階層が深い訳でも、規模が大きい訳でもないので、それほど高くないとは思われます。敵性シャドウの強さも、今の皆さんでも十分に対処可能な脅威度かと』
「そうか」
異界の脅威度は生身の人間に対する危険度。これが高い場合、タイムリミットの設定を速めに押し倒していく必要がある……のだが、今回はそう短く設定する必要はないのか?
「は? いやいやちょっと待ってよ」
「どうした、祐騎」
「どうしたじゃないよ。じゃあ何? リアルで例えるなら、間取りはまったく同じなのに、玄関の大きさが3倍近く違う家があるってことだよ? ……いやまああるかもだけどさ。それでもその住宅を作ったことには意図があるはずだし。今回の件だって同じ、わざわざ入口が大きく開いたなら、そこには必ず相応の理由があるはずでしょ。流石に無視するには大きすぎる違和感だと思うけど?」
……ああ、そうか。巻き込まれた人数が多い理由か。
異界の規模や脅威度がそれほどでもないなら、いよいよ以て何が引き金となったのかは分からない。
「サクラ、何か分かんないわけ?」
『す、すみません。私には何も……』
「はぁぁ。異界探索補助アプリのくせに使えなさすぎるでしょ。……ここら辺は要改善か」
「改善?」
「何でもない、こっちの話」
……それだけ言うと、すたすたと歩いていってしまった。
その後ろを空が追う。単独行動は危ないよ。と諭す彼女と、それをはいはいとあしらう祐騎。この2人は、極めていつも通りだ。
……いつも通りといかないのは、やっぱり2年生組。自分たちか。
「……皆、まだ調べたいことはあるか? 無ければ一度引き返すが」
「オレは取り敢えず、大丈夫だな」
「……」
「あたしも大丈夫!」
「わたしもです!」
「僕ももう良いかな」
全員が……正確に言えば、柊と高幡先輩を除いた全員が肯定の返事をしてくれる。
「……なんだ、何か分かったのか?」
高幡先輩が隣に並び、鋭い眼光をこちらに向けてくる。
隠すなよ、とでも言うかのように。
隠すような情報でもないので、普通に明かすが。
「いいえ。一度、これより深く潜る為の準備をしに戻ります」
「戻る? 時間の余裕はあんのか?」
「はい。あまり悠長にとはいきませんが、1週間程度ならまず大丈夫でしょう」
その明確な基準も、話し合って決めなければならない。
今まで的確な助言をくれていた柊の一言は、今回望めないのだから。
さあ、取り敢えずはまた明日。攻略会議へ臨むとしよう。