PERSONA XANADU / Ex   作:撥黒 灯

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8月3~4日──【ジェミニ】決断と誓い

 

 

 1日を開けて再び捜査を再開。

 まず訪れたのは、ダンスバー【ジェミニ】。目的は言うまでもなく、例の2人からの聞き取りだ。

 

「……本当に助けられるんだろうな、テメェ」

「全力を尽くします」

「……地味男クンを信じようじゃねえか。どちらにせよオレらに出来ることもねェ。……クソが」

「チッ……オラ、何でも聞きやがれ」

 

 何もできない歯痒さ。無力さ。そういうものを噛み締めてるのだろう。椅子に座る彼らは、拳を突き合わせたり、膝を殴ったりした後、自分の話を聞く姿勢を取ってくれた。

 ……ふざけるなよ、と逆上される覚悟だってしてきた。お前たちに出来るなら俺たちにもやらせろ。そんなことを言われるだろうと想像してたくらいだ。

 だが、彼らはそれをせず、こちらに情報をくれると言うのだ。どうしてそこまでしてくれるのか、少しだけ気になった。

 

「ありがとうございます」

 

 ……さて、何から聞こう。

 

 

──Select──

 >最近のBLAZEについて。

  アキヒロさんについて。

  高幡 志緒について。

──────

 

 

「昔と今のBLAZEで、違う所はなんですか?」

「違いだァ? んなもん色々あるわ」

「メンバーだろ、頭だろ、やってることも違ぇし……何が知りてえんだ?」

「……率直に聞きます。昔は“正義の不良”と呼ばれていたBLAZEが、その名を轟かせなくなった理由はなんですか?」

「「……」」

 

 黙りこくってしまった。やはり話したくない内容なのだろうか。

 

「……単純に言えば、今やってることはただのチンピラと同じ……か、それより酷ェ」

「お、オイ……」

「正直に言うしかねえだろォが。“BLAZEは落ちぶれてる”ってな」

 

 ……落ちぶれている?

 

「……ハァ、どうなってもしらねェからな。確かにオレらは前とは違ェ。一般人に喧嘩吹っ掛けるわ、場所の占拠はするわ、挙句の果てにはヤバい代物に手を出してるしなぁ」

「言っちまえばオレ等も同罪だがな。流石に喧嘩はしてねェが、テメェと会った時みてえにゲーセンで屯っちまうようになったし」

「……たむろっちまう?」

「長時間席を占領しちまったってことだよ、そんくらい分かれや地味男」

 

 なるほど。

 まあとにかく、小さな悪事を働く様になってしまった。ということだろう。身内から見てもはっきりとした事実らしい。

 そして、今のBLAZEがそうであるならば、以前のBLAZEは本当に違ったということ。当時と今の違いが大きく出ている、ということなのだろうか。

 

「失礼だとは思いますが、聞かせてもらいます。そう思っていて、直そうとはしなかったんですか?」

「正直、オレらが声を上げてもたかが知れてるしなァ。リーダーの声に逆らいすぎるのもいけねえ」

「その点で言えば、今のBLAZEは2つに割れてんだよ。昔のような活動をしたいメンツと、今のようなことを続けたいメンツ。昔通りがいい奴はこうして燻るだけで、今活動的な奴らは間違い続けてる。どうしようもねえんだ」

 

 ……これも“諦め”だな。グループ全体にその兆しはあった、ということか。

 これ以上は情報を掘り出しづらい。次の質問へ移ろう。

 

 

──Select──

 >アキヒロさんについて。

  高幡 志緒について。

──────

 

 

「アキヒロさんって方は、いったい何者なんですか?」

「……オレらの現リーダーってやつだな」

「すべてが狂ったのは、あの人に代わってから……ってワケでもねえな。多分、前のリーダーが死んだ時から狂ってたのさ、BLAZEは」

 

 死んだ……?

 亡くなっていたのか、当時のリーダーは。だからBLAZEは変わってしまった、と。

 ……確かに人1人の死が齎す影響は計り知れない。その人への信頼が大きければ大きいほど瓦解するものはあるだろう。

 一応、他の理由に心当たりがあるかは聞いておこう。

 

「具体的に、どうしてBLAZEが変わったのか、という理由に心当たりはありますか?」

「……さあなァ。今のアキヒロさんとはそりが合わねえっつうか、あんま関わりなくなっちまったし」

「オレもさっぱりだ」

 

 分からないらしい。他の人の調査で何か引っかかると良いんだが。

 

 

──Select──

 >高幡 志緒について。

──────

 

 

「高幡 志緒。この前最後に助太刀してくださった方。この方はBLAZEと何かしらの関りが?」

「関りなんてレベルじゃねえ。創設者……レジェンドだよレジェンド!」

「あーまあ、前副リーダーの人だ。コイツみてえに、前リーダーと合わせて信者が大勢いる人でな」

 

 前副リーダー……待て。ということは本来、前リーダーが亡くなった後は高幡先輩が継ぐはずだったんじゃないのか?

 

「あの人が居てくれたらなァ」

「オイ、それは流石に失礼だろ」

「……だなァ。忘れてくれ。地味メンもな」

 

 いなくなった、か。前リーダーがお亡くなりになった時に脱退した、ということだろうか。あるいは時期が前後するのか、それは分からない。

 大事なのは、以前所属していたということ。今回の事件にまったくの無関係という線は薄くなった。これで調査に行ける。

 後は本人から直接聞いた方が良いだろう。

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございました。本当に、言い辛いであろうことまで答えて頂いて」

「ンな畏まってんじゃねえよ地味メン。なんだかんだ言ったが、アキヒロさんやほかのヤツらが無事戻って来んなら別に何でも良いんだ」

「絶っ対助けろ。しくじるんじゃねェぞ」

「……はい。必ず」

 

 

 熱い檄を飛ばされた自分は、取り敢えず今日は帰ることにした。

 明日、空と一緒に高幡先輩のところへ行こう。

 

 

 

──8月4日(土) 昼──

 

 

 ────>杜宮商店街【蕎麦屋前】。

 

 

 金髪の恰幅の良い男性、高幡 志緒先輩。三年生。

 おおよそ出前の帰りであろう、キッチリとしたシャツ姿に飲食店店員特有の前掛けを付けた彼はヘルメットを脱ぎ、バイクの電源を落とす。

 そこで、彼の瞳がこちらを向いた。

 

「お前ら、あの時の……」

「休日に押しかけてしまいすみません。改めて、その節はありがとうございました」

「ありがとうございました! 高幡先輩!」

 

 

 初対面の時に空から聞いた蕎麦屋で働いているという情報に間違いはなく、蕎麦屋を訪れ、志緒さんはいらっしゃいますか? と尋ねると、今は外に出ているから少し待っていろ。と強面の店主に言われた。

 そういう訳で炎天下の中ではあるが外で待たせてもらった自分たちは、目論見通りに高幡先輩と接触することができたわけだが……肝心の先輩のリアクションが良くない。

 

「悪いが今は仕事中でな、後にしちゃくれねぇか」

「……です、よね」

「……すみません」

 

 確かに、待っていたは良いものの、実際彼が手隙であるかどうかまでは分かっていなかった。

 ……仕方ない。仕事が終わる時間帯を聞いて出直すか。

 

「……しゃあねえ、少し待ってろ」

 

 だが、こちらが切り出す前に、暖簾をくぐって店内に戻ってしまった高幡先輩。

 待っていろと言われたので店先で待機していると、前掛けを外した先輩が戻ってくる。

 

「30分、休憩を貰って来た。……お前ら、この暑さの中、1時間近くここに居たってのか」

「……本当だ、もうすぐ1時間ですね」

「そんなに経つのか、気付かなかった」

「……フッ。まあいい、上がれよ。奥の席で話すぞ」

 

 

────

 

 

「つまり、アレか。お前らはアキたちが巻き込まれたアレを追ってる部活で、助ける手段を持ってる。だから情報提供に協力しろってことか?」

「……平たく言えば」

「ふざけてんじゃねえぞ」

「生憎、本気で本当のことです」

 

 眼力を入れて睨んできたが、それを受け止める。

 真剣に、真摯に向き合えば、きっと分かってもらえるはずだ。

 空が良い人と断じたこの人のことを、自分は信じる。

 

「……郁島、お前までこの虚言が正しいって言うのか。だいたいそんなことを部活でやるってのがワケわからねえ」

「……高幡先輩、わたしは“元被害者”です」

「ッ!?」

 

 空が、ゆっくりと話し出したのは、春先の事件のこと。

 掻い摘んで、端的に、ただ事実だけを述べていく。

 最初は驚愕に目を見開いた高幡先輩も、静かに熱を込める空の弁に聞く耳を傾け始めた。

 

 

「そうして、ここに居る岸波先輩と、他の部員の方々に助けられました。わたし達は確かに子どもですけど、確かにその被害や恐怖を知っていて、立ち向かってきたんです。信じられないのは、わかります。けれどもう既に、信じられない現象が高幡先輩の前で起きてたはずです」

「……確かに、荒唐無稽ってワケじゃなさそうだ。有り得ねえ現象には有り得ねえ対処、か。道理かもしれねえな」

 

 一生懸命理解してくれようとしている。

 ああ、本当に良い人だな、としみじみ思ってしまった。

 

 実際、どんなに説明したところで荒唐無稽だとは思う。事実として捉えるには複雑すぎるし、やはり意味不明なのだ、“異界化”は。

 実際に人が目の前で消えたとはいえ、おいそれと信じられるわけがない。

 恐らく高幡先輩が信じてくれたのは、空。空の気持ちと言葉だろう。

 

「……フゥ、そういった問題は、北都のヤツの専売特許だと思ったがなぁ」

「北都……美月ですか?」

 

 3年生の高幡先輩から出てくる名前で、北都と言えば、まあ美月だろう。

 ここで知り合いの名前を聞くとは思わず、うっかりと反応してしまった。

 案の定、少し冷めた目で高幡先輩が自分を見てくる。

 

「先輩を呼び捨てにするとは良い度胸じゃねえか」

「あっ。……まあ、本人から許可は貰っているので」

「……へえ、北都が、か。俄かには信じ難いが……いや待て、お前まさか、春に2年に来たって言う転入生か?」

「はい、そうですけれど」

「なるほどな」

 

 勝手に頷きだした高幡先輩。何だろう。何か心当たりがあったのだろうか。

 

「話は分かった。情報の提供だったな? 話すこと自体は別に構わねえ」

「あ、ありがとうございます!」

「その代わり、俺も連れてってもらうぞ」

 

 ……やっぱり、そう来るよな。

 昨日の2人がおかしかっただけで、普通はそう言うはずだ。

 

「いや、残念ですが、それは無理です」

「そ、そうですよ! 危ないですし!」

 

 想定できた要求に、応えることは当然できない。

 

「先程も説明したように、命の危険がありますから、連れていくことはできません」

「なら言わせてもらうが、さっき郁島の話の中には、“被害者側の命の危険”ってのもあったはずだが、今巻き込まれてるアイツらにも、当然あるんだよな?」

「……ありますが」

「なら、助けさせろ。俺が原因で巻き込んだのかもしれねえんだ。黙って見ている訳にはいかねえ」

 

 ……その気持ちは、分からないでもない。

 でも、駄目なものは駄目だ。

 

「危ないですから、駄目です。任せてください」

「そ、そうですよ! 今回はわたし達に任せてください!」

「無理だな。強引にでも付いていかせてもらう」

 

 命の危機があるというのに、何がそんなに彼を駆り立てているのだろう。

 ……いや、その気持ちは分かるのだ。

 だけどそれでもなんとかなる方法があるのに、それに縋らないのは、何故か。

 

「頼む。取らなくちゃいけねえ、ケジメがあるんだ」

 

 両手をテーブルにつき、頭を下げる高幡先輩。決して軽そうな頭ではない。真摯に、向き合って下げられたことは分かる。

 でも、それでも返答を変えるわけには──

 

「“今度こそ”、間違うわけにはいかねえんだ……!」

 

 ──変えなくて、良いのか?

 決してふざけて言っている訳ではないのだろう。この数十分話した限りだが、そんな軽々しい人間には見えなかった。何というか、筋の通っている人間というか、芯のあるいい人、というのが正直な印象だ。

 

 ──変えるべきでは、ないだろうか。

 確かに、命に替えて良いことなんてない。

 

「……でも! でもでも、本当に危険なんです!」

 

 だとしても、本当に拒否すべき所か?

 この人は、こんなにも覚悟を決めているのに。口先だけではない凄みを、自分は感じているのに。

 それに、前回の異界攻略でも思ったのだ。

 やはり、関係者がいるのといないのでは、説得の難易度が変わる、と。

 どれだけ話を聞いたところで、どんなに情報を集めたところで、自分たちはあくまで外野で他人。増してや救助対象が赤の他人だった場合、本当に話すら聞いてもらえないかもしれない。

 だとしたら、連れていくこと自体は悪手ではないのではないか。

 特に今回、アキヒロさんや巻き込まれてしまった数人を、自分たちは知らない。

 連れていく場合と行かない場合、どちらのリスクが高いか。

 

「戦力は多い方が良い、違うか?」

「ごめんなさい、“力”を持っていない高幡先輩は、戦力にはなれません」

「……いや空、待ってくれ」

 

 柊に判断を仰ぎは、しないことにした。

 何より彼の“無力感”は、自分として無視できないものだったから。

 祐騎の時とは違う、最初から自分の意志で、彼を連れていくということ。その責任は、果てしなく重いだろう。

 

 でも、自分にできる最善を尽くし、発生する責任は負う。と誓っているから。

 

 

「高幡先輩、約束していただけますか?」

「何をだ」

「自分たちの指示には、絶対に従うことを。止まれと言ったら止まってもらうし、戻ると言ったら戻ってもらいます。……それでも、命の保証はできません」

「……おう」

 

 息を吸って、吐く。思ったより心臓が高鳴る。どくんどくんと響いてきて耳障りにすら思う。体温が上がった感じ、熱が出ているような高揚感。自分しようとしている決断を責め立てるように、身体は異変をきたしていく。

 

 ……こんな重責を、毎回毎回柊だけに背負わせていたのか。

 

 いつも柊が役割を買って出てくれることを思い出した。

 今までは与えられた選択肢で、促されるようにして選択してきた。

 この感覚が初めてなはずだ。今まですべて、肝心な部分を柊に押し付けてきたのだから。

 

 ……自分で背負うんだ。

 

 そうできなければ、誓いは誓いでなくなる。自分が戦場に立つ理由を否定することになってしまうから。

 

「助けられる、なんて思わないでください。助けられず、無為に命を捨てることだってあるでしょう。寧ろその可能性の方が、高い。……覚悟は、本当にありますか?」

 

 だってこれは、“救う確率を上げる為に、命を捨てる覚悟をしてください”と言っているようなものだ。結果として人の命を、棒に振るう選択を、自分はしているのだ。

 手だって震える。どうしても、こんな無慈悲な言い方になってしまう。

 

「岸波先輩……」

 

 空が、不安そうな表情でこちらを見ている。

 

「……ハッ、情けねえ。ケジメだなんだと言っておきながら、膝が震えてきたぜ。……上等じゃねえか。絶対に救い出して、生きて帰ってやるよ」

「高幡先輩……」

「そう、ですか」

 

 しかしなんか、自分らしい発言じゃないな、と思った。

 自分らしさが何かは分からないけれど、何となく、柊っぽい気がする。

 何故かと考えて、気付く。深層心理で、何かを背負う者を、柊と定義しているのか。そこまで彼女に頼り切っていたのか。

 なんてみっともなかったのだろう、今までの自分たちは。

 ……言葉を借りたままで、責任を背負うなんて、言えないよな。

 

「その、高幡先輩」

「……何だ」

「“手伝ってください”。そして、“手伝わせてください” 貴方の救いたいものを、救う手助けを、自分たちにもさせてもらえますか?」

 

 “貴方の命を、背負わせてください”。

 口に出さない覚悟を込めて、右手を出す。

 彼は少し沈黙して、天を仰ぐように深呼吸した後、大きな右手で、自分の手を強く握りしめた。

 

「願ってもねえ。よろしく頼む」

 

 手と目から伝わってくる固い意志。

 

 形ばかりのリーダーだけれど、今、結んだ手に誓おう。

 絶対に死なせない。誰も、誰1人として。

 

 


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