PERSONA XANADU / Ex   作:撥黒 灯

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*今話では主人公の台詞が「」に囲まれていませんが、この空間(ベルベットルーム)のみの仕様ですのでご注意ください。


第1話 異界化(Ran up against unexpected fate at night.)
4月13日──異質な空間にて


 

 

 

 

 

 ──ここは……?

 

 蒼い装飾を施された空間。自分は、そこで意識を覚醒させた。

 

「ようこそ、ベルベットルームへ」

 

 そう発した声の主は、目前の机に細い腕を置く、タキシード姿の老人。

 ベルベットルーム……ルームというからにはこの空間の名なのだろう。

 しかし、自分はどうして此処に居る? 

 確かさっきまで──はて、何をしていただろうか? 朧気な意識では居た場所も、自分の名前すら思い出せない。

 

 取り敢えず、周囲を観察する。

 全体的に青で纏められた空間。目立つものとしては、第1に老人、次に机と、奥にあるのは……操舵席か?

 本格的に何がどうなっているのか分からない。唯一、辛うじて感じ取れたのは、目の前の老人を含め、全てが常世のものではない、ということ。

 

 ……どちらかと言えば、自分があっちの世界のものであり、こちらに紛れ込んだ、のかもしれない。そう思う程に異質な空間で、歪な状況だ。

 せめて何か1つでも分かることがあると良いんだが。

 

「ここは夢と現実、精神と物質の狭間にある場所。本来は何かの形で“契約”を果たされた方のみが訪れる部屋にございます」

 

 こちらの疑問を察したのか、老人の方から答えを告げてくる。

 その後、何かを待つような間が訪れた。こちらの理解を待っているのか、次の疑問を探っているのか。

 ともあれ、このままではなにも進展しない。こちらから尋ねてみよう。

 

 >契約とは?

 

「契約がどのような形のものであるかは、私には分かりかねます。ですが……フフ、貴方も変わった定めをお持ちのご様子。近く、今後を左右されるような重大な選択が待ち受けているのやもしれませんな」

 

 随分なことを言ってくる老人だ。

 ……そもそも、人なのだろうか。姿形は人間のそれだが、何か、何処かが決定的に違う。

 外見的な要素だけで違和感を抱いたという訳でもないが、彼に視線を向けると思わず目と鼻部分に視線が流れていく。

 剥き出したような全開の瞳。異常なまでの鼻の長さ。他にも眉とか、些細な違和感が存在するものの、視覚から得られる情報はそんなものだろう。

 

 じっと見詰めるのも失礼な気がして、周囲へと目を向けてみる。

 ──ベルベットルーム。

 夢と現実。精神と物質の狭間であると、長鼻の男は言った。

 当然その名称に聞き覚えはない。自分の生きていた世界は、そんなファンタジーに包まれていないはず。……だよな?

 

 少し疑問点を整理しよう。

 ベルベットルームが先程語られた通りに、夢と現実の狭間を指すなら、非現実的な、夢なとといったファンタジー要素を含んだ形で現れるはず。

 長鼻の男は充分に現実的な存在ではなさそうだが、それにしたって、何故この空間は機械やら何やらに溢れているのだろうか。そのせいで、自分のイメージする幻想的な空気からはほど遠くなっている。

 ……尋ねてみるか。

 

 >貴方の言葉通りなら、なぜベルベットルームは、このような見た目を?

 

「ベルベットルームとは、お客人の心象風景……もとい、お客人という人の在り方を示しております」

 

 つまり、何の理由もなしに、この光景が映し出されている訳ではないらしい。

 心象風景。

 夢と現実の狭間。

 成る程、夢が記憶を整理する作用で見られるように、心象風景は現実の記憶が作用して作り上げていく。両者必要なものが同じなら、同列に扱われることは理解できる。納得できるかと問われれば、そんなことはないが。

 まあつまり、この光景を作り出したのが自分である、と。

 

 改めて周囲を観察する。

 見る限り室内であり、老人の奥には操舵席や、数々の計器が見える。部屋の左右に設けられた窓から覗けるのは暗い蒼。1部の窓には、下から上へと昇る、泡のようなものも映った。

 泡……ということは、水中か?

 まさかプールや川という事はないだろう。普通の水深でここまで光を通さないことは無理なはず。

 いや、存外今が夜という可能性もあるか? 精神と物質の狭間空間に時間経過が無いとしても、初めから曇夜だった場合も考えられる。

 まいったな、せめて生物の1つでも居てくれれば判別できたかもしれないのに。

 

「疑問にお応えしましょう。ここは深海。潜水艇として存在しているようでございますな」

 

 ……また心を読まれた。そんなに分かりやすいだろうか。

 まあいい。何故深海なのか、何故潜水艦なのかといった疑問は残るが、そこは自分の心象風景らしいし、他人に求めるべき説明でもなさそうだ。

 ともあれ、推測することならできる。キーワードは先の疑問通り、潜水艦と深海の2つ。深海といえば未知や暗闇。潜水艦といえばそれらの探索が思い浮かぶが──

 ……いや、止めておこう。

 ここが本当に心象風景ならば、得られる答えは探すものではない。長い人生で見付けるもの。振り返り、気付くものであるべきな気がするから。

 

「フフ……そのような考えに至るとは。願わくば、契約した貴方さまがその答えに──いえ、ここから先は口にせぬべきでしょう」

 

 >……えっ、なにそれ! 気になる!

 

「所で、占いは、信じますかな?」

 

 やり直した! この長鼻め、無かったことにしたな!?

 というか、名前を伺っていないことに今更気が付いた。

 ……本当に今更だった。

 

「失礼、申し遅れましたな。私の名はイゴール。ベルベットルームの主をしております」

 

 人の心に他人が主と存在している……?

 ベルベットルームとは、精神と物質の狭間に位置する空間だと彼は述べていた。

 もしかしてここで言う精神とは、人間全体にとってのものを指しているのだろうか。

 仮定世界。仮想世界。あるいは集合的無意識のように、個人に別れていても頭のどこかで共有されているもの。物質が現実世界的なものと仮定すれば、有り得そうな話だ。

 つまりベルベットルームとは、もともと複数人のものであり、個人へ出力する際に、その人の心象風景と融合して現れる……?

 精神科学の知識は持っているが、正直自分自身、何を言っているのか分からなくなってきた。

 

「ふむ、どうやらお疲れのご様子。今宵はここまで。次回お会いする時は、お客人が契約を成された時でございましょう。──それでは、悔いなき選択を」

 

 邂逅から別れまで、一方的なものだった。

 契約、それから選択か。

 取り敢えず、心に留めておくとしよう。

 

 ──視界がぼやけていく。

 

 

 空間認識が曖昧に──否、イゴールの説明通りなら、曖昧だった夢と現実に境界線が引き直され、文字通り、現実へ引き戻されているのだろう。

 

 

 

 こうして、怪しい長鼻との初邂逅は、身体(いしき)が水に溶け行くような感覚によって、幕を閉じた。

 

 

 




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