朝、目覚ましの音と共に目が覚めた。人と直接話すのは良いもんだが、ここまで疲れが残るとは…。
厳しい訓練を終えた次の日の朝とは違った怠さを感じながら洗面所に向かった。目を開けることすら辛い、早く水が欲しい。
顔洗ってリビングに着くと珍しく叔母さんが朝食を作っていた。
「おはよう、高校生。」
「おはよう叔母さん。それ俺の?」
「コーヒー入れてくれたらね。」
そんな事だろうと思った。
「はいよ。」
と言って二つカップを取ってコーヒーを用意する。
「ねぇ何人友達できたの?昨日から変に楽しそう。」
卓について朝食を食べていると叔母さんが中々鋭い質問をしてきた。よく見てる人だ、家族だから当然だけど。
「友達はできたけどクラスの半分とも話してないよ、昨日はテストして終わったようなもんだし。」
「へぇ〜。良かった、できたんだ。越して来てからモニターとしか話していないから心配した。アヤは地方の高校に行っちゃったし、あなたが寂しいと私も寂しい。」
叔母さんが唇を突き出しながら言った。
まぁ心配してくれてるのは本当だろう、だけど____
「あー、もしかしてそれ聞きたくてご飯作ったの?大丈夫だよ、心配させるような事はしない。」
「そう、だったらいいわ。」
と言って叔母さんはコーヒーを飲んだ。
「じゃあ俺、着替えて行ってくるね。」
そう言って自分のコーヒーを飲み干して部屋に戻った。
僅かに残る眠気と戦いながら学校に向かっていると、前方にふわふわした緑の髪の毛が見えた。あれには見覚えがある。小走りで追いついて隣に並ぶ。
「おはよう、緑谷。」
「……」
あれ、と思って顔を覗き込むと、聞こえていなかったらしい。俺の声どころか周りの音、全てが。
「電子レンジの卵……どうやったら爆発しなくてすむんだ?ワット数を下げる…タイマーを短く…感覚的過ぎて掴みきれない……じゃあ他に何か方法は……」
ブツブツ呟いている。昨日のソフトボール投げのときもこんな風になっていたが近くで見ると…かなり不気味だ。
さすがに歩いている時にこの異様な集中は危ないと思い、今度は緑谷の肩を叩いて声を掛けた。昨日の切島だな。
「おはよう。」
「うわぁっ!お、おはよ.ざい..ます。」
予想通り驚かれたのに苦笑しつつも、続けた。
「喋るのは初めてだったな。初めまして、礎 遷形だ。」
「はっ初めまして、
(敬語?テンパってんな。)
「初対面なのに笑いが緑谷、周りの音が聞こえなくなるほど集中してると危ないよ」
人差し指で虚空に円を描きながら、伝えた。
「そっそうだよね!ありがとう。」
「どういたしまして。昨日の指の怪我は治った?ズダズダだったろ。」
「う、うんリカバリーガールの治療が効いて朝になったら治ってたよ。」
「それは良かった。リカバリーガールには俺も挨拶しに行ったよ、祖母が大昔から知り合いでね。それにしても、個性を使って体が傷つくなんて珍しいね。」
昨日から気になっていた事を尋ねた。
「そっ!そうだよね。入試の時も大怪我しちゃって大変だったんだけど、その時もリカバリーガールのおかげで治ったんだ。」
「そうだったのか、あの人にはお互い頭が上がらないな。」
「フフッそうだね。」
気がつくと二人して笑っていた、緑谷とは仲良くなれそうだ。そのまま話しながら歩いた、どうやら緑谷はオールマイトのファンらしい。午後のヒーロー基礎学がオールマイトの予定らしいので、とても楽しみにしていたんだとか。
この興奮からして筋金入りのファンなんだろう、と思っていると俺は先ほどの彼の呟きの内容を思い出した。
「さっき、電子レンジの卵がどうとか言ってたけどそれがどうかした?」
「えっ!?きっ聞こえてた!?」
「ん?うん。」
ビクゥっと肩を大げさに跳ねさせる緑谷に首を傾げた。たかが卵だろうに…どうしたってんだ。というか昨日からネクタイの結び方下手くそだな、なんか太い。
「そっそれは、今朝!そう、今朝目玉焼きを温めようとしたら、爆発しちゃって!」
彼はワタワタ、手を胸の前で振りながら言い訳をするように早口になる。何故、隠し事をする様に話す…。少し怪しいが、特に気にする事でもないだろう。
「目玉焼きねぇ…俺はアレ苦手だから食べないけど、目玉焼きでダメならスクランブルエッグに品替えすればいいと思うが…」
「そっか……確かに…。」
「そういえば昔、身体を傷つけて放電するヒーローが向こうでいたよ。彼は内側に棘のあるスーツを着ていてヒーロー名は確かペナンs…」
彼の個性と似ているヒーローに心当たりがあったので話していたが横を見ると彼はまた顎に手を当て俯き、またブツブツを始めていたのでパチッパチっと指で音を鳴らした。
「ハイハイハイ、それは後。周りの目が俺も痛いよ。」
「ご、ごめん礎君、癖で…。」
はは、とモサモサの頭をかきながら笑うのを片眉を上げて見る。ヒーローの卵…一年だから卵の卵だが、雄英前で転びました。なんてジョークにもならん。
そんなことを思いつつ、俺達は校門をくぐった。
ヒーロー科は、午前中は必修科目などの普通の授業をやるらしい。プレゼントマイク先生が教える英語は、先生のテンションが高い以外は特に変わった内容でもなかった。
高校での初授業という事もあり内容は大体こっちの中学の復習みたいな感じか、俺でもそれは何となくわかった。午前中はこうして何事もなく普通の高校生の様に過ぎていった。
そして午後。いよいよクラスの皆が待ちに待った、ヒーロー基礎学の授業だ。今日の担当は勿論、昨日発表されていた通り……。
「わーたーしーがー!!普通にドアから来た!!!」
勢いよくドアを開けてお決まりのセリフと特徴的な笑い声を発する。2mを優に超える筋骨隆々な体、太い骨を鋼のような筋肉が覆っている様は、ぴったりと体を覆うド派手なコスチュームによって更に強調されているようだった。
「オールマイトだ…!すげえや、本当に先生やってるんだな…!!」
「
「画風が違いすぎて鳥肌が……」
「シモンズ…夢が叶ったよ…」
やっぱり本物は想像していたよりも大きいなとしみじみ感じた。
「ヒーロー基礎学!ヒーローの素地を作るため、様々な訓練を行う科目だ!!」
単位数も最も多いぞ、とオールマイトは謎ポーズで言う。
「早速だが今日はコレ!!戦闘訓練!!」
オールマイトは、バッと謎ポーズの状態から"BATTLE"と書かれたカードをこちらに掲げて見せた。
戦闘訓練か、昨日のテストからして間違いなく個性を使用してもいいやつだ。
しかし、最初のヒーロー基礎学をオールマイトの授業。それも実技にしたのは安全性などはさておき、掴みとしては最高なのではないだろうか。
「そしてそいつに伴って…こちら!!」
オールマイトが手の中のスイッチを押すと、何の変哲も無いと思っていた壁にスッと隙間ができた。ガコッと音が鳴ったと思ったら透明なロッカーのようなものが出てきた。
中には箱が入っていて、それぞれ1~21までの番号が書かれている。クラスの人数と同じだ。
「入学前に送ってもらった"個性届"と"要望"に沿ってあつらえた
「おおお!!」
皆が一斉に沸き立つ。コスチュームには夢と希望とロマンが詰まっている、加えて、俺はそれが皆より一年多い。
切島に至っては立ち上がってこぶしを握っている。コスチュームは、ヒーローを目指すものにとって、それだけ大事なのだ。
「着替えたら順次グラウンド・βに集まるんだ!!」
「はーい!!!」
オールマイトの良く響く声に皆と共に一元気な返事をする。
届いてから毎日のように着ていた事もありグラウンドβに着いたのは割と早いほうだった。というか襟元から大きく空いてる穴に足から首元まで通して頸部にあるボタンを押せば、体にフィットしてくれる。見た目だけはスリーピース・スーツそのものだ。
後は上からコートを着て少し目立つマスクを被れば終わり、制服を脱ぐ時間を合わせても1分もあれば余裕で着れるハイテクスーツだ。
改めて思うがスタークさんとMr.リチャーズの技術は本当に凄いな。
マスクを外して待っていると上鳴ともう一人、耳たぶがイヤホンプラグのような女子と話しながら来た。
二人とも普段着と見た目はあまり変わらない、似たようなコスチュームの人はいるようだ。
「上鳴。」
「おっ!礎ー!スーツがバッチリ決まってんなぁ。」
「上鳴もな。其方は?」
「あぁ、じr___「
「おいっ」
??…ほう…。
「礎遷形だ、こちらこそよろしく。良いコスチューム、とメイク似合ってる。」
「…どうも。」
「耳郎、俺がせっかく紹介しようとしたのにっ!」
「頼んでない。」
……見た目がロックでパンクだ、音楽好きそうだな。個性も少なからず音に関わりがありそうだ。
「礎のはもっとピッチリしたのかと思ったぜ、更衣室でいきなりシュッ!っ縮んだからよ。」
「あぁ、それは縮んだっていうより電気を流して1番良い形に復元したんだ。だから縮むって言うより分子同士の距離を____...」
と言っていたら、上鳴が口を閉じてはぁ?という顔をされたので話題を変えることにした。
耳郎は聞いていたみたいだが。
「あーその、普通の服と見た目があまり変わらない人がいて助かったよ。1人だけ浮くんじゃないかと思ってた。」
「あら、いいじゃありませんの」
すると、後ろから声を掛けられて振り返る。
「「「……!!???」」」
(OMG.OMG.OMG....)
「個性に合ったコスチュームならば、見た目など二の次ですわ。」
うなじにかかった髪の毛をかき上げて喋る八百万。彼女は胸元がおへそ辺りまでざっくりと開いた赤いスーツを纏って、レオタード風の衣装から何ら恥じる様子もなく長く白い足をさらけ出している。
ノースリーブから伸びる二の腕は…!
(止めよう、ダメだこれ。)
色々と危険だ、そう感じてマスクを被った。視線を悟られたら、変態になり下がる。
視線悟られないようにしたなコイツ…
耳郎はなんとなく察した。
ッ!?上鳴!見過ぎだ!!そう思いながら、目のやり場に困る八百万に悟られないよう、必要以上に首を動かさずに口を開いた。
「その..八百万。そのコスチュームがスゴクニアッテルヨ。」
「ありがとうございます。」
よし、この調子で…
「君の個性って、体から物を生み出すんだっけ?だからそのデザインなんだ…。」
「ええ。本当はもっと布の面積を少なく注文したのですが、結果はご覧の通りですわ……。」
何処に落ち込む要素が…?
落ち込んだ様子の八百万さんが困ったように笑った。その時、背後から裾を引っ張られるのを感じて下を見た。
黄色いマントと紫のマスクを被ったクラスメイトが
「ヒーロー科最高。」
とサムズアップと共に俺に言った。
彼にしか見えないように背面で親指を立て数回頷いた。
そんな事をしていると、オールマイトが来ていた。振り返るとどうやら皆そろっていたみたいで、それぞれ自分の"個性"を意識したようなものだったり、自分の好みだったりといろいろな物を詰め込んだ、文字通り"個性"豊かなコスチュームに身を包んで立っていた。
これこそヒーロー科って感じだ。慣れないようにもたもたと着替えていた緑谷はどうなっただろうと探してみると、それっぽい体格の人が居た。
オールマイトを意識したようなマスクに、緑のジャンプスーツ。多分彼が緑谷だ。今朝も言っていたが、衣装に取り入れるほどだったのか…。ファンの鏡だ。
「ヘイ!全員そろったね!さあ……始めようか有精卵共!!戦闘訓練のお時間だ!!!」
もう一度ワッと沸くクラスメイト達とは反対に、俺は落ち着きなくが無くなりそわそわした。戦闘訓練って事は、クラスメイトが相手だ。オールマイトはそんな僕を尻目に、ざっと皆を見回して
「いいじゃないか皆!カッコイイぜ!」と感想を告げる。
「先生!ここは入試の演習場ですが、また市街地演習を行うのでしょうか!?」
ロボットっぽいコスチュームの奴が挙手して質問する。礼儀正しさと声からして飯田か、マスクがロボット似ってところは俺と一緒だ。
「いいや!もう二歩先に踏み込む!屋内での対人戦闘訓練さ!」
オールマイトがいつもの笑顔で言う。俺は口元に手をやって目を伏せた。屋内…"一対一"と"一対多"または"多対多"で戦略と、使えるエネルギーが変わってくるな。
「敵退治は主に屋外で見られるが、統計で言えば屋内のほうが凶悪敵出現率は高いんだ。監禁・軟禁・裏商売…このヒーロー飽和社会。真に賢しい
「基礎訓練もなしに?」
誰よりも早く質問したのは俺の前にいた梅雨ちゃんだ。オールマイトは彼女の質問に反応してグッと拳を握る。
「その基礎を知るための実践さ!…ただし今度はぶっ壊せばオッケーなロボじゃないのがミソだ。」
「勝敗のシステムはどうなります?」
「ブッ飛ばしてもいいんスか。」
「また相澤先生みたいな除籍とかあるんですか……?」
「分かれるとはどのような分かれ方をすればよろしいですか。」
「このマントヤバくない?」
(取り敢えず、最後まで話を聞こうや…皆…)
梅雨ちゃんの質問を皮切りにして皆が次々と質問して行く。授業とは関係ないこともあると思うけど、オールマイトは冷や汗を流してプルプル震えている。オールマイトだって教師としては初心者だ、順序を立てて説明をしてただろうに。
とにかく皆は初めてのヒーロー科らしい授業に浮かれていて、コスチューム着れてテンションがハイってことか。
俺だけ違う、この感じはよくないぞ…。
先生は何とか立て直そうと紙を取り出して読み上げた。あれは..カンペ…か?
「いいかい!?状況設定は"敵"がアジトに"核兵器"を隠していて、"ヒーロー"はそれを処理しようとしている!ヒーローは制限時間以内に敵を捕まえるか、核兵器を回収する事。敵は制限時間まで核兵器を守るか、ヒーローを捕まえる事。」
(映画のダイハードだな。)
「コンビ及び対戦相手は…くじだ!」
「適当なのですか!?」
スッと出されたくじ箱に飯田が反応する。それにはオールマイトでなく緑谷が答えた。
「プロは他事務所のヒーローと急造チームアップすることが多いし、そういうことじゃないかな…。」
「そうか……!先を見据えた計らい…失礼いたしました!」
「いいよ!早くやろう!」
と言って振り返ってオールマイトは拳を上げた。
そうして彼は、箱を俺たちの前に持ってきた。ここで気になることがあって手を上げる。
「オールマイト先生。このクラス奇数人数なので二人一組に分けるなら、どれかのチームが三人になりますよね…?それもくじで決めるんですか?」
「その通りだ礎少年!だから、一つだけ一個しかないくじを作った。それを引いた人は後からどこかのチームに入れることにするからね!
その代わり、その人は始まる直前までチームのメンバーが分からないようにする!」
クラスがざわついた。1チームだけ3人になる、という事だ。
「……ありがとうございます、先生。」
目を細めてお礼を言うと、オールマイトは熱いサムズアップを返してくれた。なぜだか嫌な予感がした…。
お読みいただきありがとうございました。
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