礎 遷形のヒーローアカデミア   作:Owen Reece

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第5章 職場体験
第42話 ヒーロー名


体育祭が終わり、休日二日も直ぐに過ぎて学校が始まる。雨が降る通学路で傘をさして歩く礎の姿があった。

 

「huum…」

 

天気とは関係なく彼はなにやら疲れていた。それは休日中に自身の反省点と改善点を録画していた体育祭から捜そうと見ていたことに起因する。

 

爆豪との決勝戦中盤辺りでプレゼント・マイクが礎がキャプテン・アメリカを師事する者だと発言したからだ。

 

後の表彰式でスタークが現れ、その助言で点と点は繋がり理解できた。恐らく謙虚な自分の背を押してくれたのだろう。

しかし──

 

(見通しが甘かったか...) 

 

「ねぇ君ってヒーロー科の礎くんだろう?」

「はい?」

「体育祭みたよ!スゴかったなァ」

「え?あぁ...どうm_「準優勝おめでとう!惜しかったけど君はよく頑張ったよ!!」 

 

家から駅まではよかった、早朝は人通りは疎らだから。しかし駅に入るともう世界が違う。

 

通勤中のサラリーマン、自分とは違う制服を着た学生、声を掛けられる度に視線が一挙に向けられる。

 

だが礎も誰かに認められ、称揚されることは自身の頑張りが救われる思いだった。

 

中でも嬉しかったのは──...

 

「えっ!?礎くん!?体育祭の?キャプテン・アメリカの人でしょ!?」

「ばっか!そんな関係ないって!君ってテレビで見るより背が高いんだね!」

 

名高い師とは関係なしに自分を見てくれる事だった。それでも多くの人に対応するのは運動することとはまた別の体力を使う。

そうして礎はやや重くなった足で校門を潜って行った。

 

……

 

「超声を掛けられたよ来る途中!!」

 

「私もジロジロ見られて何か恥ずかしかった!」

 

「俺も!」

 

「俺なんか小学生にいきなりドンマイコールされたぜ!」

 

「「ドンマイ」」

 

教室の扉を開くと、そこには先日の体育祭を話題にするA組の姿があった。その光景に安心を覚えた礎は蛙水と同じ言葉を発した。

 

「あぁ゙~やめてくれぇ!」

 

「あら礎ちゃん、おはよう」

 

「おはよう、やっぱ皆もくたびれてんな」

 

自分の机に荷物を置いて話の輪に混ざる。話を聞くに皆も同じ様に有名になったようだ。別日で2、3年生も出場する体育祭があったのにも関わらずたったの一日で。

 

「礎!体育祭の放送みたか!?アイアンマンがこう、登場するとこ!やっぱカッケェぜあの人!!」

 

「目立ちたがりなだけだよあの人は。カメラも自分で操ってたに決まってる、まったく...」

 

切島が興奮して喋る感想に呆れた口調で返す礎だったが口元には笑みを浮かべていた。

 

「おはよう」

しばらくの間、談話しているとチャイムが鳴って同時に相澤が教室に入って来ると同時に挨拶をした。

 

「「「おはようございます!!」」」

 

A組の生徒も承知していてチャイムが鳴って即座に自分の席に座ると、相澤の気怠げな挨拶に元気な挨拶を返して授業が始まった。

 

「さっそくで悪いが、今日の"ヒーロー情報学"ちょっと特別だぞ」

 

(((((来た!!!)))))

 

相澤の言葉によって教室が不穏な空気で満たされ、緊張が走り、悲観的な考えが脳裏を巡った。

 

生徒らの考え相念を余所に、教壇に立つ相澤の真一文字に結ばれた口が徐々に開かれる。

 

「"コードネーム"ヒーロー名の考案だ」

 

「「胸膨らむヤツきたああああ!!」」

 

大きな叫び声が教室内に響いてさっきまであった空気が吹き飛ばされた。

 

席から飛び上がるほど騒がしくなるが相澤の睥睨によりクラスは一気に静まり返る。

 

「というのも、先日話した"プロからのドラフト指名"に関係してくる。指名が本格化するのは、経験を積み即戦力として判断される2.3年から…つまり今回お前らに来た"指名"は将来性に対する"興味"に近い。

卒業までにその興味が削がれたら、一方的にキャンセルなんてことはよくある」

 

相澤は指名される経緯とその理由の傾向を話し、最後に慢心しないようにと生徒らに釘を刺した。

 

「頂いた指名がそんまま自身へのハードルになるんですね!」

 

「そ。で、その指名の集計結果がこうだ」

 

葉隠の言葉に相澤は小さく頷いて手に持ったリモコンのスイッチを入れた。

 

すると黒板に"A組指名件数"と出て、その下に指名の多かった者から順にデータが表示された。

 

「'嘘だろ…'」

礎が3013。

爆豪が2516。

轟が2150。

 

「例年はもっとバラけるんだが、3人に注目が偏った」

 

上位の3人は桁違いに抜きん出ていた。

 

「だー!白黒ついた」

 

上鳴が残念がって天井を仰いだ。

 

「1位礎、2爆豪って…」

 

「体育祭と順位逆転してんじゃん」

 

「メダル受け取らなかった奴とトップヒーローとコネ持ってる奴とじゃ差がなぁ…」

「わぁ~!指名来てる~。わぁ~…!」

 

「あぁ、来てる。来てるよ、良かったな」

 

麗日は礎の肩を掴んで揺らして指名が来ていた事に喜んだ。

 

(……こんなに指名して貰えるとは…ハードルか。今じゃ壁に思えるな…)

 

肩を揺さぶられながらも礎の表情は少し強張っていた。

 

「この結果を踏まえ、指名の有無関係なく、いわゆる職場体験ってのに言ってもらう。おまえらは一足先に経験してしまったが、プロの活動を実際に体験してより実りのある訓練をしようってこった」

 

「それでヒーロー名か!」

 

「俄然楽しみになってきたァ!」

 

「まァ仮ではあるが、適当なもんは「付けたら地獄を見ちゃうよ!!」

 

相澤が続けようとすると、女性の声で話は遮られた。

 

「「「ミッドナイト!!」」」

 

眼鏡を額にかけ、ヒールを鳴らしてミッドナイトが現れた。

 

「その時の名が!認知されてそのままプロ名になってる人多いからね!!」

 

「まァそういう事だ。その辺のセンスをミッドナイトさんに査定してもらう。

俺はできん。将来、自分がどうなるか。名を付けることでイメージが固まり、そこに近づいてく。それが"名は体を表す"って事だ。

"オールマイト"とかな」

 

寝袋を持って就寝の準備に入りながら相澤の言葉が礎に響いた。

 

("将来、自分がどうありたいか"…)

 

 

………

15分後。

 

「じゃ!そろそろ出来た人から発表してね!」

 

「!!!!」

 

発表形式であることを聞かされ動きが固まる。そん中で青山は最初に立ち上がり、迷い無く壇上に歩いた。

 

「行くよ…

輝きヒーロー…"I can not stop twinkling."訳してキラキラが止められないよ☆」

 

((((短文!!!))))

 

「そこはIを取ってcan’tにすれば呼びやすい」

 

「それね、マドモアゼル☆」

出端から独特な表現だというのにミッドナイトはしっかりとアドバイスをして、添削を行った。

 

次に青山が降りて、次は芦戸が元気に壇上に登った。

 

「じゃあ、次私ね!

リドリーヒーロー!エイリアンクイーン!!」

「…っ」

 

芦戸の奇抜な感性に礎は眉間を指で押さえて鼻を鳴らしてしまった。

 

(……血液の強酸性云々よりも芦戸なら主人公と髪型が似てるよな…)

 

顔を伏せて想像しているとミッドナイトが彼女に書き直しを命じた。

 

大喜利めいた空気だったがその次に手を挙げた蛙吹の【梅雨入りヒーロー"フロッピー"】でようやく元に戻った。

 

「huum…」

 

先に立った3人がヒーロー名に加えて字体にも性格が出ていた事を受け、礎はボードに書いた文字に手心を加えていた。

 

「(…無駄に溜めずに早めに行くか…)はい」

 

「はいっ指名1位の礎くん!」

(勘弁してくれや…)

 

ミッドナイトの言葉に複雑な表情を浮かべながら教壇に立ってボードを裏返す。

 

「ヒーロー名は─…ヴィタリウス」

 

ボードには手書きの跡が残る明朝体でVitalivusと書かれてあった。

 

「良いじゃない!でもこれってどういう意味?Vital(生命力)はわかるけど…」

 

「あぁ…えぇっとVitalと……Corvus(コルウス)Vitalivus(ヴィタリウス)。Corvusは烏座って意味も有るんですけど、大昔のガレオン船に使われてた梯子の名前でもあるんです」

 

ミッドナイトの疑問に答え、礎は一旦そこで話を止めた。

 

「…スタークさんに背中押されて…もう、俺の事を皆が知ってますから─…アメリカ(向こう)日本(こっち)を繋ぐヒーローって意味を込めてコレに…した」

 

決意を胸に、そう宣言した。

 

「おぉ…礎がコネを全面に出してきた…」

 

「俺、ガソリンスタンドみたいな名前になるかと思ってたわ。個性的に」

驚く上鳴と予想が外れた瀬呂。両者の感想に居たたまれなくなった礎はそそくさと席に戻った。

 

そこから皆も続々とヒーロー名を発表していった。

 

切島の"烈怒頼雄斗(レッドライオット)"

上鳴の"チャージズマ"

葉隠の"インビジブルガール"

と順調に来ていたが──…

 

「爆殺王」

「そういうのはやめた方が良いわね」

 

爆豪の破天荒過ぎる名は間髪いれずに止められ、彼は不平を飛ばした。

 

「…爆豪、爆弾狂(マッドボマー)でいいんじゃねぇか?偉くなった時に大変だろうが…」

 

「誰がマッドだ!!殺すぞクソネズミ!!!」

「爆発さん太郎は!?」

 

「てめぇも黙ってろ!クソ髪!!」

 

礎が思い付いた適当なヒーロー名を言うと切島もそれに続いた。

 

爆豪の突な飛行動があったものの全員のヒーロー名の発表が終わり、指名のあった者はその中から。

なかった者は学校側からオファーした事務所から選ぶ旨を伝えられた。

 

期限は今週末。残り2日と少ない猶予を与えられ、昼休みを迎えた。

 

「礎」

 

名を呼ばれ振り向くとそこに─…

 

「轟…どうした?」

 

「昼飯……食いに行かねぇか?」

 

「…あぁ」

 

意外なほど普通の提案を礎は気の抜けた返事で応えた。

 

……

 

「'おい あれ……!'」

 

「'礎…!キャプテン・アメリカの奴…'」

「'つーか隣ってエンデヴァーの…!'」

 

食堂までの廊下を並んで歩いているとそこかしこから視線を向けられ或いは2人の名前を囁かれた。

 

「…母と会ってきた」

 

「っ!……………その…思っていたより行動派なんだな…てっきり電話とかメールから始めるものかと思ってた」

 

「ちゃんと俺の言葉で伝えたかったんだ。俺の存在が母さんを追い詰めると思って会っていなかったら」

 

目を丸くして早口で返事をすると、轟は落ち着いた口調で話した。

 

「……母さんは謝って俺の事を笑って赦してくれた」

 

以前の険しい顔が嘘のように自然な笑みを浮かべ、年相応で等身大の彼の内面を見せた。

 

「とにかく……よかったよ、ホントに」

 

少し呼吸をおいて応えると食堂までたどり着いていた。

 

 

「礎は会いたくねぇのか?」

 

 

先程とは別の理由で目を丸くなる。

 

「……俺は_「あっ礎くん!お昼一緒に食べよう!!轟くんも!」

 

2人が目を向けるとこちらに手を麗日が見え、その隣には緑谷もいた。

 

「…向こうにいきゃいくらでも会えるさ。俺にはそれくらいでいい」

 

そう言って轟を促して2人が座る席に礎は歩を進めた。

 

 

 

…………

……

 

 

放課後。

 

「デクくん、一緒に帰ろ!」

 

「麗日さん!うん、礎くんも─…あれ?」

 

「礎くんね、なんかコスチュームの事で用事があるらしくって学校に少し残るんだって。……飯田くんは…」

 

彼女が言葉を詰まらせ緑谷が席を見ると、礎と同様に飯田の姿はそこにはなかった。

 

 

…… 

 

 

(開発工房…校舎一階……っ!Development Studio…!ここだ)

 

通学用の鞄と1枚のプリントを持って部屋を探していると英語で書かれ、デザインされた教室札を見つけた。

 

(体育祭で調べる機会が無かったからなぁ…職場体験前に確かめとかないと)

 

そう思ってノックすると中から部屋に入るよう促され、扉を開けると小柄な人がいた。分厚いショベルを模した手袋と頭に鉄火面を被った男。

掘削ヒーロー"パワーローダー"だ。

 

「やぁ、礎くんだね。コスチュームを調べたいんだろう?プリントは持ってるかな?」

 

「はい、お願いします」

 

「ん……。なら別の教室を使うといい、ここを出て左だ。俺も同席したいんだがちょいと用事があってな、わからん事があったらその後で聞こう」

 

「十分です、ありがとうございます」

 

プリントを渡して言われた教室に入ると、そこは向こうの工房と似ているがやや整頓されていた。

 

教室のその奥を見ると、長机の上に出席番号の書かれた鞄と向こうから送られてきた際に入れてあったケースが置かれていた。

 

「既に懐かしいな、これも…」

 

ケースの上を触れて感触を確かめ、鞄の方を開けてコスチュームを着て最後に見慣れたマスクを両手に持って被った。

すると

 

『こんばんは、遷形。補助輪プロトコルの卒業おめでとうございます』

「ぅおぉっ!もしもし?誰!?」

 

見知らぬ女性の声と共に無機質だった画面に幾何学的な半透明のエフェクトが次々と現れて縮小して消え、或いは画面の両端に移動していった。

 

しばらくすると画面に縦線が走り、側に置いてあったパソコンがスキャンされ熱分布を分析した映像が流れ、次に白黒の内部が透かされたX線映像に変わった。

 

「…!これHUD(ヘッドアップディスプレイ)だったのか……」

『…─テスト完了。全システムの85%までアクセス可能になりました、アンロックされた機能を確認なさいますか?』

「…あぁ、頼む……」

 

目紛しい光景に思わず生返事をしてしまう。

 

『両手首のマルチジェネレーターに冷却装置とエア・サーキュレーターが追加され、起動方法が神経細胞間の刺激に反応するようになりました』

 

「神…なに?」

 

『頭に思い浮かべるだけで選択したエネルギーを発生させることが可能になりました。こちらの設定をデフォルトにしますか?』

 

そう言われ、両手を前に持って来ると円盤状のワイヤーフレームが掌の上に拡がり、滑るようにアイコンが出て来た。

 

「あぁそうしてくれ。……そうだ、スーツのお姉さん。このコスチュームの基礎情報って教えて貰える?」

 

マスク越しに見える現実と重ねられた映像に感動を覚えた礎は手を開いたり閉じたり、裏返して手の甲を見たりしながら質問を投げかけた。

 

『このコスチュームは耐熱性ケブラー素材、不定分子のマイクロファイバー生地と液体金属製のナノ繊維で織られ、小口径弾程度ならば弾きます』

 

「……へ?」

 

『聴覚及び視覚の増幅器は赤外線と紫外線にも対応しており、口周りのカーボン製フィルターは大凡(おおよそ)の毒物を防ぎます。加えて、マイクロ波の長距離GPS通信機器とスターク・インダストリーズの専用回線を内臓しています。これらの制御システムはチタニウム製の後頸部に組み込まれています』

 

「……スタークさんマジで凝り過ぎ…ていうかどうせだったら手の方までやっといてよ…」

 

辛うじて聴き取れた単語を頭の中で結び付けて、ようやく理解が追いついた礎が小声で呟いた。

 

高性能のコスチュームに自身が駄目になりそうだと不安に思いながら再び質問をする。

 

「あー…リパルサーレイは?」

『ありません』

「じゃあ...ロケットブーツとか」

『免許を取れる年齢ですか?』

 

冗談めいた質問を皮肉を混ぜて返された事に礎はほくそ笑んだ。

 

『本日はどのような御案件で?』

 

「あぁ…えっと…ヒーローの事務所に行って職場体験するんだけど数が多過ぎて困ってるんだ。知らない人もあるし…」

『数が多いとは?』

 

「ざっと3500件……」

受け取ったプリントの束の方に顔を向ける。

 

『…貴方宛のオファー1/70をスキャンが完了しました。紙を広げて頂ければ作業効率が向上します』

 

プリントの上を光の線がなぞり、画面上にスキャンされたヒーロー事務所の名前が羅列され視界の端に消えて行った。

 

「スッゲェ…」

 

呟きながら紙を机に広げていき、それらは次々と線でなぞられていった。

 

『オファー書類のスキャンが完了しました。グラフィックに反映しますか?』

「グラフィック?あぁ頼む!」

 

_ッバシュン!「わッッ!次は何!?」

 

音のした方を見るとコスチュームが送られた時に入れてあったケースの側面に四角く掌ほどの大きさの切込みが入り、その部分だけが少し浮き出ていた。

 

「こんな仕掛け……?」

 

恐る恐る突き出た部分を引くと、中には高さが4センチ程ある小さな箱が入っていた。中を開くと緩衝材に嵌め込まれた金属製の球が3つ入っていた。

 

「なんだ…これ…………ぅおッ!」

 

1つ手に取って眺めていると突然青い閃光が差し、驚いた礎はそれを落としてしまった。部屋の中心に向かって転がったそれは急停止し、その真上に青い画面が映し出された。

 

気付けば残りの2つも同様に青い光を放ち指名を受けたヒーロー事務所が列挙していた。

 

「グラフィックってこれか……」

『お気に召されましたか?』

「…うん…そうなんだけど…出来れば先に知らせて欲しかったよ」

 

そう言いながら箱から球を全て取り出して地面に置くと独りでに転がって、三角形を描くように広く3つの球が並んだ。

 

すると工房室にホログラム画面が広がって、部屋全体が青白い光で満たされた。

 

『走査結果からオファーを受けたヒーロー事務所の検索を掛け、顔写真と解決した著名な事件を表示しました』

 

「もう!?凄いなスーツのお姉さん…」

『光栄です』

 

礎を中心に広がった画面が切り替わり夥しい数のヒーローの顔と名前、その下に事件名が映された。すると、ふとした言葉に礎が眉を顰めた。

 

「…"スーツお姉さん"じゃ趣が無いよなぁ……貴女って名前は持ってるの?」

『当該項目は持っていますが現在は未登録の状態です』

 

「そうか…」

 

その返事を受けて礎は顎を撫でて思案を巡らせ、口を開いた。

 

「じゃあ…そうだな……IRIS(アイリス)はどう?人と神を繋ぐ虹の女神の名前だ」

 

『……アイリスと呼んでもいいですよ』

 

彼女は優しく言葉を返し、やや不安に思っていた礎を安心させた。

 

「じゃあアイリス…頼みたい事がある」

『何なりと』

 

「これを着てる時だけ…ヴィタリウスと呼んでくれ。ヒーロー名で呼ばれれば気力が充実する」

 

『喜んで……ヴィタリウス』

 

 

 

……………

………

 

 

 

72時間前。

 

『…通信を暗号化、外部との接続をこの回線を残して解除。指示するまで戻すな』

 

『了解しました』

 

自身をサポートする人工知能、フライデーに指示を出し虚空を見つめる。この飛行機を運転しているのも彼女だ。

 

機内天井の四隅から小さく青く光り、スタークが見つめる先の虚空に立体映像が映った。

 

そこには根津校長を始め、相澤を含めた数人の教員が長机を囲むように座っていた。

 

 

………

 

 

雄英高校会議室。

クインジェットと同じくここにも青い光がスタークのホログラムを映し出し、やや間を空け再び光が明滅して人影を作り出した。

 

『…根津校長、この場を設けてくれた事に感謝します』

 

現れ出たのはコスチュームを着用し、マスクを脱いだスティーブ・ロジャース…もといキャプテン・アメリカその人だ。

 

彼はスタークに負けず劣らず流暢な日本語で根津とスタークに挨拶をし、同じく映し出された机の後ろに座った。

 

「礼を言わなければならないのは我々のほうだ。スターク氏に御足労頂いた上に貴方まで…」

 

『私は足を運んだだけですよ、校長。それに示威行為は私の得意分野だ。その為に極秘の来日になってしまったが…』

 

スタークが驚かせてしまったであろう相澤に視線送る。

 

…彼が雄英を訪れ、体育祭にてプレゼンターを務めたのは(ヴィラン)連合の襲撃を受け少なくない社会的影響を受けた雄英高校、延いては日本のヒーロー社会を危惧した働きだった。

 

「いえ…失礼、キャプテン。ソーは?彼も出席すると聞いていましたが…」

 

『あぁ…申し訳ない。彼はアスガルドへ発った、火急の要件だそうだ。そのせいで連絡が遅れてしまった』

 

『ソーのことより(ヴィラン)連合と死柄木の事だろう。脳無とやらの所感をおしえてくれませんか』

 

ホログラム上に出た主犯、死柄木の映像に猜疑な目で見るとそことは別方向にスタークは視線を送る。

 

『…─オールマイト』

 

そこには痩せ細った姿のオールマイトが教師陣同様に座っていた。

 

オールマイト(わたし)対策という言葉通り…かなり追い詰められました」

 

『改造人間か…人体改造ならゾラやジャッカル、Mr.シニスターがいる。スターク、脳無のDNAから何か痕跡をさぐれないか?』

 

『可能だが…サンプルがこっちに無いことには』

 

「では捜査担当の警部に連絡します」

 

彼の提案を呑んだ相澤が携帯を出して教室を出た。

 

『気掛かりなのは主犯よりも明らかに強い脳無がなぜ死柄木に従っていたかだ』

「彼を操るブレーン…主導者がいると?」

 

根津が懐疑的な面持ちで訪ねるとスタークが頷いて、口を開いた。

『もしくは死柄木本人も操られているか。洗脳、マインドコントロール、方法は定かじゃないにせよね』

『オールマイト、心当たりは?』

 

「……多過ぎます…」

 

『『「「「………………………」」」』』

 

オールマイトの呟きで教室は静寂と化した。平和の象徴である彼が倒して来た敵は多い、もっと言うなら買った恨みも。

 

「…失礼、スタークさん。塚内警部と連絡が取れました。協力に感謝することと許可が下り次第、すぐに送るとの事です」

 

『了解した、ありがとう。なら今はこれぐらいか…スティーブ?』

 

『…そうだな……では何かわかればこちらから報告します。…イレザーヘッド』

「はい?」

 

再び席に着くと声が掛けられ、相澤は頭を上げた。

 

『遷形はどんな様子だろう、ヒーローにはなれそうか?』

 

「あー…、あいつの努力次第ですよ。精神面で荒いところがありますけど成長はしています」

 

『そうか……わかった。彼、少し考えすぎる節があるから─…これからも厳しく揉んでやってくれ』

 

「言われなくても喜んで」

 

僅に頬に皺を寄せて応えると、質問者も似たような顔をした。

 

『では根津校長、名残惜しいが……我々はこれで』

 

「えぇ、ありがとうございました」

 

スタークが別れの挨拶を切り出すとロジャースや教師陣も立ち上がり、やがて光が消えて二人の姿は無くなった。

 

……

 

「……ふぅっ…!流石に緊張するね、あの二人を前にすると。毛並が逆立つところだったよ」

 

「お疲れさまです」

 

小さな音を立てて、倒れ込むように腰を着くと根津は溜まっていた息を吐いた。

 

「しかし脳無のサンプルだけとは…彼らがもっと捜査に乗り出すものかと思っていました」

 

「我々とこの国の捜査機関を信じてくれている証拠じゃないか。それに──彼らが此処に来れば彼らの敵も来る。だからこそ我々に任せてるんだろう」

オールマイトの問いに根津は静かに微笑みながら応えた。

 

「さっ!まだ体育祭は続いてる。明日もがんばろう、みんな」

 

根津の言葉に教師らが揃って返事をし、皆が教室を後にした。

……

 

「…トニー、オールマイトの様子はどうだった?」

 

『hmm…見たところ少なくとも半年、長くて数年は持つだろうが、如何せん専門外だ。学校が夏休みに入る時期をみて精密検査を受けるそうだ』

 

「彼、あてがあるのか?」

 

『デヴィット・シールド。"個性"研究の第一人者、優秀だ』

 

「I・アイランドの彼か、流石の人脈だな…」

 

『あぁ、もう切るぞ。ティ・チャラにも弟子の活躍を伝えてやりたい』

 

「わかった。タワーで会おう」

 

そう言うとトニーを形作っていた線が崩れて青い光が消えると同時に通信が入った。

 

『スティーブ、下に来て。事件かも』

 

「了解。ロマノフ、直ぐ行く」

 

通信をしつつ立ち上がると傍らに置いていたマスクを被り、星条旗が描かれた盾を背負った。

 

 

 

 

 




 
 
 
 
 
 
 
 
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