「……………」
大小様々な氷の破片が散在するステージの上、礎はそこに呆然と肩を落として立ち尽くしていた。
「すっげえ試合だったな…」
「エンデヴァーの…No.2の息子に勝っちまうなんて…礎って奴、一体何者なんだ?」
「優しかったり、変に力押ししたり…魅力的な事は違いないけどなぁ…」
試合が終わった後 目下プロヒーロー達の話題になっているのは、その礎の事だった。
轟や爆豪然り、彼の全力を垣間見たのだから当然だが──クラスメイト顔色は違っていた。
「…………」
試合終盤。立ち上がり、窮地に陥った轟に向かって声援を送った緑谷は安閑としない表情を浮かべる。
彼は気を失って倒れた轟が運ばれて行くのを観客席から見送り、視線を礎に移した。
「礎くん……」
緑谷は彼の名前を呟くと試合前の礎の顔を思い出す。
多様な表情を見せる礎の、遠慮がちに笑いながら自分の思いを汲んで闘うと言った彼がこの結果をどう思っているのか。
それは容易に想像できた。
「Huuu...」
だが心配する思いは彼には届かず、溜息を吐くと礎は顔を伏してステージを去って行った。
一方──…
(…半端な結果を残しおって……馬鹿者め………ッ)
目元を覆う炎のマスクの下でエンデヴァーは眉間に皺を寄せた。
……………
………
…
『準決勝第2試合!爆豪 対 常闇!
爆豪のラッシュが止まんねぇ!!』
第1試合とは打って変わって会場は熱気を取り戻していた。
「うっゼェなぁぁア!それ!!」
_BOOM!!
「修羅め…!!」
爆豪の攻撃が直撃し、常闇の
数度目の空疎な結果に歯噛みするように爆豪は叫び、常闇は熾烈な攻めに冷や汗を垂らしながらも攻撃を防ぎきっていた。
_BOOOM!!
_BOOM!!
_BOOM!!
爆豪の攻撃を自在に変形する黒影を盾状に伸ばし防御のみで、反撃に出ずに後退するばかりだ。
『常闇はここまで無敵に近い個性で勝ち上がってきたが今回は防戦一辺倒!!』
「常闇何でェ!?私たちンときは超攻撃してきたのに!!」
「なにかタネが…?」
芦戸と八百万が疑問を口にする。両名は試合が始まって長くても数十秒で敗れてしまったからこそ、常闇の現状が信じられないという面持ちだ。
「黒影…爆発の光で攻撃に転じられん。相性最悪だ…」
「僕らに明かしてくれた弱点…バレてなければ転機はあるよ…!」
(読みが甘かったか…黒影の
常闇は爆破して飛ぶ相手を見ているが、幾度と無く繰り返された攻撃を受けたせいで黒影は既に涙目だ。
(疲弊を狙う気が…こいつますます機敏に──…)
_BOOM!
空中から間合いを詰めた爆豪はそのまま黒影に爆破を食らわせるが、相手までは届かない。
「掴め!黒影!!」
_BOM!
空中で無防備になった相手を狙って反撃する。しかし爆豪が片手による爆破を使った事により黒影の攻撃は空を切った。
黒影、常闇、両者を飛び越え一気に相手の背後を取る。
『ウォォ!?爆豪、常闇の裏を取ったァァ!』
後ろに回り込まれた常闇は直ぐさま黒影で爆豪へと追撃を行う。迫る黒影を前に爆豪は両手を合わせた。
「
瞬間的な小さな爆発の後、強烈な眩ゆい閃光を掌で繰り出すと黒い爆煙が立ち昇り、両者の姿を隠した。
『オイオイ…煙幕ばっかだな…!どうだどうだ!!?』
流石に見えなければ実況の仕様が無いのかプレゼント・マイクは愚痴をこぼす。
しかしながらも、目を凝らして煙が晴れるのを待つ。
やがて煙幕が晴れていくと極小規模の爆発が見え、やがて2人の姿が露わになった。
そこには地面に背をつける常闇の顔を抑え込み、不敵な笑みを浮かべる爆豪の姿があった。
「…黒影の弱点…知っていたのか…っ」
「数撃って暴いたんだバァカ…!まぁ相性が悪かったな…!!同情するぜ……
詰みだっっ…!」
問い詰める爆豪に勝機を失った常闇は目を瞑り悔しい気持ちを抑えながらも、口を開いた。
「……………まいった…」
『常闇くん降参!爆豪くんの勝利!!』
ミッドナイトが鞭で空を弾き、勝敗を付けた。
『これで決勝は礎 対 爆豪 に決定だァ!!』
決勝戦の対戦カードが決まり、観客らはまた一層と盛り上がりを見せた。
「常闇くん悔しいな……」
常闇が負けたことに同情する麗日。
「俺 常闇行くと思ったわ」
「彼も決して無敵ではないということか」
予想に反した結果に感想を述べる瀬呂に対して、やや目力を込めて上鳴が答える。
また、
「光が弱点か?なるほど…爆豪、そういうとこ突くの好きだな…」
と、頭に包帯を巻いた切島は溢した。
「お前 とんでもない奴にケンカ売ったな」
「いやいや…アイツ"個性"の相性 運が良いだけ」
拳藤がクラスメイトの悪態を皮肉るように髪を触ると、物間は言い訳を話しながら その手を退けた。
「結局、A組パラダイスだぜ…!クッソゥ!!!」
芳しくない対戦カードに鉄哲は不満を口にする。
……………
………
…
『小休憩挟んだら、すぐに決勝戦始めるぜ!エブリバディィ!!!』
「"ワアアアァァァァーーーーー!!"」
プレゼント・マイクの煽りに観客達は声援を持って応えた。
「──…っと。悪りぃイレイザー、ちょっとトイレ行ってくるわ。間に合わなかったら実況ヨロシクな」
「(冗談じゃない…)……早く済まして戻れよマイク…」
実況用マイクのスイッチを切り、冗談混じりに彼は席を立った。
「HA!HA〜!じゃ行ってくるわ」
閉まっていくドアの隙間から手を軽く振って彼はトイレへと向かって行った。
………
…
_コンコンッ…
しかし、彼が行ったのにも拘らずドアからノックの音が聞こえた。
「…あン?(……マイクの野郎…)」
同僚のめんどうくさい悪戯だろうと確信する自分に辟易しながらも、1人残された相澤は席を立った。
扉の先にいるであろうプレゼント・マイクを予想しながらもドアの向こうの相手が違っていたら失礼だろうと考え、ドアへと歩いてその扉を引いた。
だが、
「……ッッ!?──…貴方は………っ」
瀟洒なスーツを着こなし、サングラスを外す相手の姿を見ると常に気怠げな表情をしている相澤の目が見開かれた。
……………
………
…
「……失礼します…」
保健室で治療を終えた轟はリカバリーガールに礼を言うと、静かに通路を歩く。
彼は衝撃によって気を失ったものの、体に負ったダメージは少なく。一般的な治療としばらく横になった事で回復できていた。
(……………)
しかし体は回復しても、彼の気分は良くはならなかった。
礎 遷形。
彼の弱点を気づいていながらも手を抜いてしまった。おそらく礎自身は初手で感づいたと確信していた。
彼の煽動とも言える攻撃によって刹那的に全力を出すものの結果、不誠実なまま試合は終わってしまう。
礎は勝ったが──…「……オイッ…!」
聞き覚えのある声に反応して、轟は首をそちらに向けr_ドン!!
胸倉を掴んで壁に押付けられた。その時 頭を打ったのだろう、染みるような痛みが耳に聴こえるようだった。
「─…ッてめぇッッふざけんなよ!!なに手ェ抜いてんだ!!!このクソがッ!」
轟を押し付けた人物は爆豪だった。
「お前の家の事情も気持ちも…!こっちは知ったことじゃねぇんだよ!!」
彼が憤怒の声を上げたのは試合結果ではなく、その過程に腹を立てたからだ。土壇場で全力を出さずにそのまま敗北を喫した。
「勝つつもりもねぇならとっとと辞退でも何でもしとけやっっ!!クソが!!」
側から見れば自ら負ける事を選んだと思われても仕方無く。そしてそれは、爆豪が望む"絶対的な1位"に唾を吐く行為だった。
「なんで…!なんで…テメェはっっ!!」
「…………………………悪い…爆豪……」
「……〜〜ンのッッ…!」
目を伏せ、謝る相手の胸倉を掴んだままに拳を握り締め、爆豪は腕を振り上げ───振り落とす。
が、
「ッッ!」
動かない。
触れられた感触も無く。まるで薄い鉄の膜で覆われたような感覚がする。
「止めろ。爆豪」
血走った目で後ろを見ると、轟と闘った礎が爆豪の肘辺りに手を上げていた。
礎は個性を使ったのだろう。頭上に構えられた腕は、
「…礎……ッてンめっっ……!」
「……何をしようがお前の勝手だがここで轟に手を出せば、俺は先生達に報告する。
……間違い無く不戦敗になるぞ」
礎は爆豪の目を真っ直ぐに見て、なるべく冷静に喋る。
「ンだとこの…………っっ!!」
「お前の言い分は理解出来る、それが正しい事も。でも闘ったのは俺だ。文句があるなら──…俺との試合で示せばいい」
「〜〜〜〜ッッ!!」
爆豪の奥歯が軋み、音を立てる。
その血走った目が相手の言葉によって更に鋭くなっていく。
それを静虚に見据える礎。
一瞬にして彼らを中心に通路内を緊迫した空気が満たし、張り詰める。
僅か数秒間のその時間は、永遠に続くかのように緩慢に進んでいた───……
しかし、
「………………」
刺すような視線はそのままに爆豪は襟元を掴んでいた右手を弛め、轟を突き放すようにその手を離した。
それを目にした礎も爆豪の腕を抑えていた個性を解き、手を下ろした。そして完全に此方に振り返った爆豪が口を開く。
「……テメェは決勝で完膚無きまで叩きのめすッッ…!もしお前も手ぇ抜いてみろっ……そん時ゃ、後ろのクソカスと一緒にブッ殺す!!」
「………俺が勝つからありえねぇよ…ッ」
礎と爆豪が互いに睨み合う。
食い違った意思表示が貫くような空気を作り出した。
「……………フンッ…」
意外にも視線を外したのは爆豪だった。鼻を鳴らし、片方だけポケットに手を入れながら来た道を戻って行く。
すると………BOM!!!
納まらぬ憤激を空いた横の通路に向けて放たれた。
ほぼ閉鎖された空間で小規模とは言え爆発が起きた為、空気の震えと同時に地鳴りが生まれ埃が小さな煙を引いて落ちてきた。
そうして小さくなってゆく爆豪の背を見送った。
「………礎…わr_「よせ轟。謝るな…っ」
「っ!」
「負けた相手に謝るな。それは己を弱くする行為だ」
「……………」
諌めるように、強い語気で横を向いたまま礎は話す。
納得出来ない試合結果だったと、轟自身は確信していたが彼は決して轟を卑下にしなかった。そればかりか相手への同情を感じさせていた。
「……両親の事は聞いた。だからあの試合の事でお前を責めるつもりは無い」
「……!」
「…俺は緑谷とは違う、他人の家庭の事情に口を挟むような勇気は持てない。
ただな……」
礎は俯き少し首を振って、言いにくい事を頭の中で慎重に言葉を選ぶ。
「…生きてる内に自分の口で伝えないと必ず後悔する。お前に俺と同じ思いをしてほしく無い」
「……!」
相手の方に向いた礎の目は抑え難い憂慮を感じさせる。
轟はその言葉に目を大きくして驚き、俯く様に視線を外した。
「……それだけ言いに来た」
早めに視線を元の方へ戻し、自分がここに来た理由を言うと礎はその場を去る為に歩き始めた。
(………………)
礎の言葉に轟は暫く凝然する。
その時──…
「轟っ」
「………?」
呼ばれて前を向いた轟は、礎を見ると彼は、此方に振り返っていた。
「…迎え討つとは言ったが、いつ決着を付けるとは言ってない。次、闘る時は全力を出してくれ」
「ああ……約束する」
「爆豪との試合、見といてくれよ」
「……言われなくても…わかってる」
さっきとは少し変わった闊達な様子で喋る礎に、轟は小声で返事をした。
彼が返事をすると礎は片頬を上げて笑い、そのまま歩いて行った。
………
…
(………………───ありがとう。礎…)
向こうへ歩く礎に背を向け、心の中で礼を言うと轟も再び歩みを始めた。
……………
………
…
蛇口から水が流れ、白い琺瑯に斑らに光が反射する。
轟と別れると礎は近くの手洗い場の洗面台で顔を洗いに来ていた。流れ出る水は手で掬われ、顔に運ばれる。
(何で爆豪の前だと俺はあぁも暑苦しくなる?
それを二度、三度繰り返し、礎は濡れたままの顔で鏡を見る。
(…っ全く……試合まで時間も余裕も無いのに何やってんだか、俺は……)
体操服の袖で顔に付いた水を粗く拭き取ると、鏡の下に付いていたコンセントに手を伸ばす。すると──…
_Dzzzz!……
プラグから礎の指先に向かって電光が走る。点滅する部屋の照明の代わりにストロボのような光が礎を中心に明滅する。
指から手、腕を通り反対側の腕へ。
眩しい光を伴うエネルギーが己の中へ蓄積されていく様子を狙い澄ました目で見つめる。
_Dzzn!!
もう十分。と微かに荒い息を立てて拳を握り締めると電光は止まり、部屋に光が戻った。
「hurm……ッ」
耳から離れない残響を胸に、再び気を引き締めて礎はステージへと向かう。
そして、雄英体育祭最後の試合が始まる。
先日、僕のヒーローアカデミアとアベンジャーズ/インフィニティ・ウォーのコラボ企画が発表されました。
両方のファンとしては嬉しい限りです。いつか公式さんでコラボするかも知れないと思ってましたが、いざ実現すると夢の中にいるようです。
公式ツイッターでキャンペーンをやっているので宜しければ皆さんも気が向いたら参加してみては如何でしょうか?
URLを貼れれば良いのですがそれは出来ないので、お手数ですがググって頂けたら幸いです。
最後に…この小説を書いていて本当に良かったと思いました。
長文失礼しました!!