礎 遷形のヒーローアカデミア   作:Owen Reece

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第38話 氷灰相容れず

「デクくん!」

「緑谷ちゃん!手術は無事終わったのね…!」

 

「うん…歩けるくらいには回復してもらった」

 

包帯だらけで気力無さげに戻って来た緑谷に友人らの声が上がる。

 

それに返事をしながら緑谷は席へと着いた。

 

「……休んでた方が良いんじゃ…」

 

「ちゃんと…見ておきたいんだ…」

「…!」

 

「ヒーローを目指す皆の活躍を…っ」

 

彼は心配する麗日の助言を断り、ステージを見る。その目にはオールマイトと話していた時の薄暗さは完全に消えていた。

 

 

 

『準決勝第1試合!!今回の体育祭の成績だけ見りゃ既に決勝級のカード!!

ヒーロー科

 

礎 遷形!

 

(バーサス)!!

 

同じくヒーロー科!

 

轟 焦凍!!』

 

プレゼント・マイクが対戦する二人の名を呼ぶ。

 

 

(……なんて顔している…)

 

ゴーグルを掛けた礎の目が相手を捉える。全てを理解した訳では無かったが、対峙して確かに分かったことがあった。

 

 

………〈「緑谷にはあぁ言ったが…俺はお前にも勝つぞ」〉………

 

 

あの時、控え室で見せた鋭い眼差しは消え、幾分か落ち着いた雰囲気を轟は見せていた。

 

 

READY(レディ)……』

 

 

((…………………))

 

試合開始の秒読みに入ると共に両者は構えを取った。

 

 

『__...START(スタート)!!』

 

_パキィッッ………!

 

開始と同時に轟の発した冷気がステージを覆い、薄い氷が両者を囲んだ。

 

礎の周りは彼の個性によって、免れたが本人は微かに困惑の色を見せた。

 

(…薄く氷を─…!……機動力を奪われた…が……これはっ……)

 

戸惑いの色を含んだ目で轟を見ると、此方に礎の視界を閉ざすように迫る氷の剣が、視線の先にいる轟を遮った。

 

轟の攻撃は礎に近付くものの個性によって防がれ、一筋の氷の道は彼を挟んで二つに裂ける。結氷する音が礎の背後へ抜けていく。

 

 

 

だが、

 

 

 

_ビシィィッッッ……!「っ!!!」

 

礎の目先に出来た氷壁を砕き、氷の柱が叩き込まれた。

 

柱は勢いのままに地面に突き刺さり、白い冷気が辺りを包む。が、

 

(……緑谷戦で見せたアレか…()()()()()()()()()()()()()()物理攻撃─…!……っ!)

 

一連の攻撃を予想通りとばかりに背後に避けた礎の姿がそこにあった。

 

 

『礎、轟の連続攻撃を難無く躱したァァア!!コイツやっぱ防御力パネェェーって…?…え?アレェ!??』

 

開始早々に繰り広げられる攻防に興奮するプレゼント・マイクの実況を止めたのは目線の先。攻撃を防いだ筈の礎の足だった。

 

 

(……避け切ったつもりだったが…初撃で地の利を奪われたのは痛いな……)

 

あろう事か、礎の履く靴。その踵の一部が凍っているのだ。だが彼は それを感覚で察し、轟から目を逸らさず瞬く間に溶かし、氷を消した。

 

 

「轟くんの攻撃が当たった……!?」

 

緑谷が驚きの声を上げる。

一瞬だけだったが彼の足が氷に覆われているように見えたからだったが─……

 

「いや……わからない……俺には当たったようには見えなかったけど……」

 

彼は身近に礎の能力を見た一人の尾白がだったからこそ、緑谷の疑問府が付いた言葉を補正するように話す。

 

 

 

「…なぁイレイザー……あれ当たったよなぁ?」

 

「……………さぁな…」

 

マイクを通さずに聞いたが、相澤は適当にはぐらかした。

 

「さぁなって..._『…おおっ!!』

 

ステージ上の轟が再び攻撃するのを目にして、慌てて切り替える。

 

 

 

轟の爪先を根元に、伸びる氷の水晶が礎に向かって放たれる。

 

(次はこっちが先かいっ……!)

 

腕を伸ばして先の尖った氷の結晶を止める。氷の柱は停止し勢いをそのままに途中で砕け、破片が礎に向かって落ちて来る。

 

「……………ッ!」_バキンッッッ!

 

降りかかる夥しい数の氷柱(つらら)が鈍く感じるほど礎の脳は最大限まで稼働し、左脚に力を入れて右へ跳んだ。

 

その動きと連動するように、突進する氷塊が彼のいた場所へと落下していた氷ごと呑み込む。

 

しかし礎はそれには全く眼もくれずに体勢を立て直し、轟へと向かって跳ぶ。

 

2度の氷を踏み、割る音。

 

その次の一歩で己が間合いに轟を入れ 大きく腕を振りかぶって──礎は相手を殴りつける。

 

_ッバシィッッ!

 

だがその雑破な動きをした右腕は易々と轟の左手に掴まれた。

 

 

 

「!!────使え」

 

実子の対応にエンデヴァーが顔を顰めた。そしてそれは奇しくも その対戦相手も同じだった。

 

 

 

「ッ!…なんで…使わないッ轟…!!」

 

「…………」

 

旋毛を曲げた礎の問いに彼は応えない。

 

「…!……ぁ?」

 

一瞬。

目を逸らした礎の視界に轟の右半身が映る。そこは既に薄く霜が降りて、白色の斑点を作っていた。

 

「ッッ!!」

 

握られた手を振り切り、距離を取る。

 

 

『一進一退の攻防ー!!どっちも引かねぇ!!ってッおぉ??!』

 

氷結と氷の柱による同時攻撃がプレゼント・マイクの実況が遮る。

 

『轟、再び仕掛ける!でも おいっ!?礎、動かなァァい!!』

 

龍の鱗のように趨る氷の波と丸太の如き氷の柱が相手へと迫る。

 

だが攻撃とは裏腹に俯き、視線を伏せる礎の目元に影が落ちる。彼の口元から歯噛みするように犬歯が覗いた。

 

 

「…──ッッ!!」

 

前を向くと同時に礎は空を叩いた。それにより起きた風圧が逼る2つの攻撃を粉砕する。ステージ上に満ちていた寒気が温度差によって彼を中心に球形に白い筋を引く。

 

吹き荒れる突風は轟を跨いで客席に強風が直撃する。

 

「〜〜ッッ!!」

 

轟な咄嗟に背面に氷を作り吹き飛ばされるのを防ぎ、前から吹いてくる風から顔を腕で守る。

 

 

〔っうぉおっっ……!!〕

 

〔〜〜ッッまた風が…!!っっ寒…!〕

 

 

『礎、緑谷並みのパワーで轟の攻撃を破ったァァ!!』

 

突如として起きた派手な攻撃に実況にも熱が入る。

 

 

「………ッ!」

 

氷の破片が飛ぶ中、轟は顔を覆っていた腕をどけて相手を見て僅かに目を見開いた。

 

そこには砕いた氷の一片を咥える礎の姿があった。彼の吐いた息が白い色をつけ地面に消える様に落ちてゆく。

 

礎は僅かに仰け反ると背後に回した重心を前へと戻す。その勢いのままに腰に辺りにあった手を前に突き出し──…

 

_ッゴゥッッ!!

 

冷気を、放った。

 

 

一連の動きを見ていた轟はすぐさま氷の防壁を前に作り出す。

 

放たれた冷気は空気を冷やし雪を作り、それらは風に乗り吹雪となって瞬く間に氷壁へと激突した。

 

「〜〜〜ッッ!!」

 

漏れ出た冷気は壁を超え轟をより冷やしていく。体の震えはさらに増し、体表を覆っていた霜が凍り出す。

 

 

『礎の反撃ィィ!!上手く轟の弱点を突いてきたァ!!!』

 

『……騎馬戦の時といい、よく相手を見てる。闘うたびに観察眼が鋭くなっていくなァ…アイツは……だが………』

 

『…?どうした??イレイザー…』

 

綴る言葉が詰まった相澤にプレゼント・マイクは疑問を口にし、やや間を置いて彼は答えた。

 

『………轟にしろ礎にしろ力押しが過ぎるぞ…何やってやがんだ……』

 

半ば呆れたように喋る相澤の言う通りに轟は攻め続けてきたが、相澤が喋っている間も礎は様子を見るでも無く冷気を放ち続けていた。

 

 

轟の作り出した氷壁は正しく機能し冷気の直撃を防ぎ、それによって徐々に厚みを増していく。

 

「〜〜ッッぐッ!!」

 

轟は歯を食いしばる。

 

氷の壁はぶつかる冷気を防いでも下がる低下する温度までは止められなかった。

 

試合開始当初に凍らせた地面と放ち続けた氷結に上乗せされた寒冷により、彼の半身の約8割が既に氷で覆われていた。

 

 

_ッバキンッッ……

 

咥えた氷の破片に亀裂が走る。止めどない悪寒により体が震え、プラスチック製のゴーグルは耳を凍てつかせるようだ。

 

寒さに震えているのは礎も同じだった。

 

彼は小さなエネルギーを媒体とし更に大きな力に変え、放てるだけ。それらに対して耐性がある訳でも無い。

 

(轟、お前はもう──…気づいているんだろう。俺の弱点を…っ…なら─…!)

 

つまり冷気を放ち続ける行為は彼自身を冷やす事に直結する事だった。

 

その無謀な攻撃は、メッセージだと最初に気づいたのは轟だった。

 

《使えよっ…》

 

ただ一心にそれを伝える音の無い声だ。

 

蝕む様に進む自身の凍結が轟の頬まで迫っていた。

 

(…悪ィ…礎……あの時の事はもう─……守れそうに無い……)

 

思い返すのは控え室で応えた相手の姿だ。

 

………〈迎え討つ(アベンジする)だけだ…ッッ〉………

 

(…緑谷と戦ってから自分がどうすべきか。自分が正しいのかどうか。わかんなくなっちまってんだ……)

 

彼の苦悩が頭を曇らせ、冷気が思考を阻害する。

 

その時、

 

「っ轟くん!!!」

 

(…ッ!!)

 

席から立ち上がり、叫ぶ緑谷の声に我を取り戻す。

 

「__...負けるな!!頑張れ!!!」

 

(──緑谷っ…!)

 

樹霜の様に轟を包む氷が溶けてゆく。彼は自由になった両手を握り締め、前を睨む。その相手は壁の向こうの礎へ送られる。

 

広げた左手が壁に触れる。温度差によりそれは溶け、蒸気を上げる。それと共に、彼の半身が炎を纏った。

 

 

既に震えは礎の指先にまで来ていた。

だが─…

 

「……ッ!!…はっ」

 

吹き荒れる猛吹雪の中、氷壁の向こうに紅く揺れる炎が垣間見えた事が彼に笑みを浮かべさせた。

 

瞬きすら許されない刹那の合間。

 

氷壁の中心が炎熱により溶けて、ガラスの様に薄くなり彼の光炎を透過し相手に向かって炎が放たれた。

 

轟の炎熱は礎の放っていた冷気を丁度、彼と相手の中間まで一息に呑み込む。

 

「っあ゛ぁッッ!!」

 

だが礎も負けじと空いていた手を添え、空を掴むように前に出し攻撃の出力を上げ、炎に対抗する。

 

ステージの中央で起こる、炎と冷気の鍔迫り合い──。

 

 

「スッゲェ…!両方とも……!!」

 

「なんつー戦いだよ…!マジでっ!」

 

冷気により現れた雪により反射し、光炎は眩しさを増す。それらの反射を腕で防ぎながらA組の面々は勝負を見る。

 

周囲に熱と冷気が溢れ出す。それは数秒間続き、変化が起きた。

 

「……っ!礎が押されてる!?」

 

「なんで…!?……あっ…!ヤバい!周りの氷が溶けてってる!」

 

冷気の源である氷が溶け、水へと変化しつつあった。加えて先に攻撃を仕掛けていた礎の体にも限界が来ようとしていた。

 

 

(やっぱり押されるか……ならっ─…)

 

一際大きな冷気を放つと礎はそこで攻撃の手を止める。瞬間的に相手の攻撃を押し返すが、炎熱は勢いを止めずにそのまま進む。

 

「ッッア゛づ……!」

 

進み続ける炎に呑み込まれそうになった瞬間、彼は前へと跳躍し微かに顔を歪ませながら空中から轟へと迫った。

 

轟は一旦攻撃を止め、虚空を飛ぶ礎に向かって左腕を伸ばす。その面持ちは確固たる意志を感じさせる。

 

避けきれなかったのだろう。礎は靴を少し焦がしながらも相手を見る。

 

(悪かったな轟…お前が悩んでいた事に気付いていながら使う事を強いてしまった)

 

瞠目しながら彼の髪が逆巻くように揺れる。礎は左手で自分の肩を掴み、右腕に力を込める。

 

(……どうしてもお前の力が、緑谷が何を成したのか、知りたかったんだ。…これで終わりにしよう……!)

 

両者、目を互い違いに見つめ合って迫り来る相手を迎え撃とうとしていた──…

 

しかし、

何の前触れもなく轟の脳裏に、父と母が浮かんだ。

 

母の怯えたような顔。幼い自身を見下ろす父。

 

一時(いっとき)、晴れた頭に再び霞がかかる。

 

それらを追懐してしまった事で轟は目を伏せ、降りかかる攻撃と礎を遮る氷の隔壁を作る。

 

右腕を振り下ろすと同時に放った礎の攻撃は前方にあった全てを吹き飛ばし、白い帯を引いた強烈な風を生み出した。

 

 

『っ嘘でしょ!!?またぁっ!!??』

 

ブリザードの如き突風はミッドナイトを寒えさせ蹲る事を強要させる。

 

『礎の最大出力での攻撃ィィ!!轟は緑谷戦で超爆風を撃たなかったようだが…勝負の行方は……果たしてっっ!』

 

実況の言葉が無くても、目の前で起こった事を目にして観客席にいるプロも含めて皆が騒めく。

 

 

「ハッ……ハッ…ハッ……」

 

白煙が晴れステージが露わになっていくと、そこには両膝をついて息を荒げる礎の姿があった。実況のいう最大出力とは語弊があるが、残存していたエネルギーを殆ど使った攻撃だったからだ。

 

 

 

彼は右の掌を覆う氷を見据えると、頭と目で相手を探すと──…彼は居た。

 

ステージからやや離れた所。礎から見て左手に横たわっている。おそらく最後の最後に自身の背後に作ったのであろう氷の上に倒れた轟の姿があった。

 

「………な…………」

 

 

『轟くん場外!!

よって───……礎くんの勝ち!!』

 

 

「……なんで…」

 

目尻を下げて嘆くように漏れた声は誰にも聞こえず、主審の判定の声の中に孤独に沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 




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